2019.07.04
ビッグデータで患者を救え! 元医師、マッキンゼー出身者の「安定捨てた」挑戦

ビッグデータで患者を救え! 元医師、マッキンゼー出身者の「安定捨てた」挑戦

医学部卒で研修医を経てマッキンゼーへ。さらに外資系製薬会社…という順風満帆なキャリアを歩んできた長谷部靖明さん。プライベートでは二児のパパ。じつは2人目の子どもが産まれたタイミングで起業し、収入は育休明けの妻に託した…? 彼を突き動かしたのは、「より多くの患者さんを救いたい」という想いだった。

0 0 2 2

35歳で収入激減!? それでもやりたかった医療サービス開発

医療プラットフォーム『Activaid(アクティヴェイド)』は、患者同士がつながれるSNSのようなコミュニティサービスだ。

構想されている仕組みとして、患者さんがシェアしてくれた体調情報などがビッグデータとなり、新薬開発や治療法の発見に使用されていくというもの。

ゆくゆくは連携した医療機関や製薬会社にデータを提供することを目指す。

「実現したいのは、患者自身が医療の発展に参加する世界。それこそが、20年後、30年後の医療を変えると信じています」

同サービスを開発したのは、長谷部靖明さん(35歳)。研修医を経てマッキンゼーに就職。さらに外資系製薬会社で華々しいキャリアを歩んできた。

そんなキャリアを捨てて選んだのは、医療サービスの立ち上げ。サービス開発も、起業ももちろん初めて。家に帰れば妻と子どもが待っている。

「たくさんの患者さんを救いたい。あと本音を言えば、“僕がどうしてもやりたかったことだった”というエゴもあるんです(笑)」

爽やかな笑顔で語ってくれた長谷部さん。そこに気負いはなさそうだ。

医療の課題を解決する。そして、自分らしい生き方をする。そんな彼の仕事観に追った。

picture

【プロフィール】長谷部靖明(はせべやすあき)
名古屋大学医学部医学科卒業。初期研修医として内科、外科、小児科などを学んだ後、社会が医師に求める役割の多様性を考え、臨床以外のスキルを学ぶことを決意。2011年より、マッキンゼー・アンド・カンパニーで製薬企業を中心としたプロジェクトに従事する。2013年より関東労災病院 経営企画室にて中長期経営計画立案等に携わった後、ノバルティスファーマへ。日本とスイス本社にて約4年間、新薬開発の戦略立案等を担当。2018年4月にActivaid株式会社を創業。翌年2月に、医療プラットフォームサービス『Activaid』をローンチした。

「どこが薬をつくるか?」って患者さんには関係ない

そもそも、自分で事業を起こそうと思ったきっかけが何かあったのでしょうか。

私自身、前職はノバルティスファーマという外資系製薬会社で働いていたのですが、「患者さんにインタビューをしたい」と言っても「だめだ」と跳ね返されてしまうことが何度もあって。それが原体験ですね。

医療はコンプライアンスが厳しい世界。病院が何かデータを集めようと思ったら自病院の患者データに依存しますし、製薬会社が患者と接点を持つことも原則できなくなっている。理由としてはインタビューをすると患者さんが「病気を治す薬をつくってもらえる」と期待をしてしまうから、というのが建前です。

でも、患者さんからすれば、「誰でもいいから1日でも早く病気が治る薬をつくってほしい」と思っていて。

調査にも協力したいと言ってくれているのに、話を聞くことさえできない。業界に蔓延る常識のせいでできないなんておかしいですよね。

たとえ一つの製薬会社が開発のために何千ものデータを集めても、それが他社に展開されることもありません。理由は、医薬品の研究開発に携わる機関は、どこも“自分たちのところで”薬を開発したいと思っているから。

これからの医療には、より多くの患者データを病院や製薬会社、研究機関がいつでも参照できる仕組みが絶対に必要になる。病院や製薬会社ができないのであれば、自分でやるしかないと思ったんです。

+++『Activaid』のコンセプトは、「つながる・病気を見える化する・医療の発展に参加する」。第一弾として、2019年2月に炎症性腸疾患(※)の患者向けサービス(β版)をリリース。参加メンバーは242名おり、すでに2万近いデータが集まっている。今後は対象疾患を追加するほか、治験マッチング等の機能も随時実装予定。(※)29万人と日本で最も患者数の多い難病。10代~30代と発症年齢が若いのが特徴。

「家計は…当分妻に頼ることになりますね(笑)」

長谷部さんは二児のパパということで。これまでの安定した生活を捨てて起業することに、ためらいは?奥さんも反対しなかったのでしょうか。

もちろん悩みました。世間一般的に見たら、「子どもが生まれてすぐ起業なんて…」という意見が大半。でも妻に起業の相談をしたとき、こんな言葉をかけてくれて。

「もし30年後に、“あのとき本当は起業したいと思ってたけど、家庭があるからできなかった”なんて言われたら悲しい」

妻自身、収入面でも子育て面でもすごく不安だったはず。それでも「私も育休が明けるし、今がいいタイミングかもね」と背中を押してくれたことには、すごく感謝しています。

家庭にはそれぞれ事情がありますから、何が正解でも不正解でもない。

でも、発信する前から家族を「言い訳」にするのは、妻にも子どもにも失礼だなと。それは誰かや何かのせいにして、結局自分が本当にやりたいことから逃げているだけかもしれない。妻の言葉を聞いてハッとしました。

+++はじめてのプロダクト開発だった長谷部さん。「システム開発においてフロントエンド、バックエンドという言葉があることを初めて知りました(笑)」と語る。5人のエンジニア、1人のデザイナーがプロジェクトに加わり、開発を進めたそう。開発費等は製薬会社や病院、研究機関への協力を打診。「自分がやっていることがどれだけ世の中に大きな影響を与えるのか?」という“ミッション”に共感してもらえるよう、熱意を持って想いを伝える。どちらかと言えば冷静で論理的な自分を変えている最中です、と笑顔で話してくれた。

「家庭を持ちながらのスタートアップ」に成功事例を

35歳でITによる起業。決して早いとはいえないですよね?

そうですね。ただ、「家族がいてもやりたいことはできる」ということも証明したいと強く思っていて。

僕のような年齢になると、起業に関わらず転職や退職などあらゆる「変化」をためらいがちになります。年齢を重ねればライフスタイルが変わって、自分のためだけに時間を使えなくなることも多いですよね。だから仕方のないことでもあります。

でも、一人でも多くの成功事例があれば、「自分もチャレンジしてみよう」と思う人が出てくるのではないかなって。

それに30代~40代って、スキルや知識、業界でのツテが備わっている。それって「専門領域に新しい変化を起こしやすい世代」とも言えるんですよね。

それが僕の場合、たまたま医療分野でした。中堅世代が専門分野に潜む課題に目を向け、どんどん事業を起こしていく。それは業界全体のアップデート、そして社会が抱える問題の根本解決につながると信じています。

まぁ、僕もまだ成功したわけじゃないので、「これからに期待してください」としか言えないですけどね(笑)

picture

起業は、いわばエゴ。

もうひとつ、個人的な価値観としてやっぱり「特別な存在でありたい」「人と違うことをしていたい」という、ある種のエゴみたいなものがあって。それは全然否定しないんですよね。

たとえば、僕が「新薬開発の現場で感じた課題」って、周りのメンバーも同じように思っていたはず。解決しようと思うか、思わないか。思って、動いたのは僕が勝手にやっていることでもある。

道端にゴミが落ちていて、拾うのも、拾わないのも自由。「拾わない」ことも悪くない。僕は単純に「みんなが拾わない中でゴミを拾う自分」が好きなだけ。人と違うことをしている「特別感」が心地いいだけなんだと思います。ぜんぜんいいヤツなんかじゃない。

それは、医師からコンサルに行って、製薬会社に行った…というちょっと変わったキャリアを見てもらえれば分かるかもしれません(笑)

「起業」っていうと「常識を覆す」とか「社会を変える」って壮大な話になりがちですが、もっとハードルは低くていいし、自分が心地よいと思える仕事の選択肢でいい。「やる自分」と「やらない自分」のどちらでありたいか。どうせなら、みんながやらないオリジナリティのあることをしたいし、そのほうが楽しい。原動力と言えるものって、もしかするとそれだけなのかもないですね。


編集 = 白石勝也
取材 / 文 = 長谷川純菜


特集記事

お問い合わせ
取材のご依頼やサイトに関する
お問い合わせはこちらから