2012.08.29
なぜ、バスキュールがつくるコンテンツは人々を夢中にさせるのか。

なぜ、バスキュールがつくるコンテンツは人々を夢中にさせるのか。

インタラクティブコンテンツの旗手として言わずと知れたバスキュール。次々と“ワクワクする仕掛け”を世に送り出している彼らは、どのようにしてそのコンテンツを生み出しているのか。バスキュールが考える“インタラクティブ”とは何なのか。その核心に迫った。

0 0 114 0

世界初のソーシャルライブミュージックビデオ。


次世代メディア・コンテンツの形式として「テレビとネットの融合」が叫ばれて久しい。しかし、そこからワクワクするようなコミュニケーションや体験は果たして生まれているだろうか。たとえば、ユーザーのつぶやきが番組の画面上に表示される。クイズやアンケートにリアルタイムで答える。番組で紹介された商品をその場で購入する。出来てもこれくらいのもの。

そういった中で“ユーザーが参加して一緒にミュージックビデオをつくる”という体験型の番組が話題を呼んだ。それが2012年3月に放送された『MAKE TV』(TBS)である。ユーザーはソニーが提供するAndroidアプリ『DOT SWITCH』をダウンロード。画面上に表れる「PUSH!」に合わせて、そのスイッチをひたすら連打する。指定時間内で「PUSH!」が一定数を超えると「CRASH」が発動し、番組内のセットが壊れるのだ。アメリカのポップ・デュオKARMIN(カーミン)のPV撮影と連動しており、世界初ソーシャルライブミュージックビデオとして“インタラクティブ”ならではの「みんなで参加し、時間を共有する」という体験を生み出した。

同番組をCreative Lab『PARTY』と協力して手掛けたのがバスキュールだ。その他にも第15回文化庁メディア芸術祭大賞を受賞した『SPACE BALLOON PROJECT』『TOYOTAソーシャルヒッチハイク』を手掛けており、記憶に残っている人も多いだろう。彼らがつくるコンテンツはクチコミを巻き起こすだけでなく、見る人にとって忘れられない体験となっている。

彼らは、一体どのようにして人々が夢中になるコンテンツを生み出しているのか。彼らが考えるインタラクティブの本質とは何なのか。その核心に迫るべくクリエイティブディレクターの原ノブオさんと、ディレクターの渡邊敬之さんにお話を伺った。


原さん・渡邊さん

左から、原ノブオさん、渡邊敬之さん。

“おもしろ演出”は単なる味付け。料理でいう“塩・コショウ”でしかない。

― バスキュールが仕掛ける“ぶっとんだ企画”、いちユーザーとしていつも楽しみにしています。バスキュールではどのようなプロセスで企画が生まれ、カタチになっているのでしょうか?

原さん

原:
おもしろ演出やサプライズ的な仕掛けが注目されがちなんですけど、それは料理でいう塩・コショウみたいなもの。最後のちょっとした味付けに過ぎないんですよね。最近は料理に使う“材料を集める”ところや、もっと手前の“野菜を育てる”みたいな段階から関わることが増えました。

『AXE』のキャンペーンだと1年くらい前から「来年こういうキャンペーンをやりたい」といった簡単なブリーフがあるんです。かしこまったプレゼンはなくて、キャンペーンの方向性や達成すべきミッションを話し合うところからスタートします。その後、メモ書きやラフスケッチでのやり取りがあってコアアイデアが決まり、最後の数ヶ月で一気にクリエイティブに落とし込む感じです。

たとえば、いろんな角度からセクシーな女性を眺められる『AXE HOT ANGLE』は、一見するとおもしろ半分で作ったエロコンテンツっぽい。でも、実際は緻密なマーケティングに基づくキャンペーンの一環で仕掛けたもの。“元気な男性の本能に訴える”というコミュニケーションが『AXE』のブランドコアにあって、セクシーな表現の必然性やユーザーのエモーションについて相当検討しているんです。企画会議でも「パンチラではありません。パンツは見せません」とか真顔で言ったりして(笑)

男ってアイドルのグラビア雑誌とか、ついつい下から覗くじゃないですか。クライアントの担当者は女性なんですけど「特に若い男性にはこういう本能があります。雑誌じゃどれだけ覗いても見えなかったものが、インタラクティブコンテンツでは見える。そこに意味があるんです!」とか説明しながら、その場にいた男性陣が頷く。けっこう真剣に(笑)。もちろんバカバカしくて、くだらないアイデアはすごく重要ですが、それよりも達成すべきミッションをはっきりさせて、キャンペーン全体で“いかにユーザーに価値のある体験が届けられるか”ということを考えますね。

プレゼンで複数案を用意しない。練りに練った「1案」で勝負する。

原さんと渡邊さん


― AXEでもそうですが、クライアントとの関係性は非常に重要になりそうですね。どのようなプレゼンや提案を行ない、関係性を築いているのでしょうか。

原:
プレゼンに持っていく企画は、だいたい一つだけですね。どのようなキャンペーンでもクライアントが必ず叶えたい要望があるので、それに応えるベストな案を持っていきます。自分たちが考え得る最もいい方法なので、必然的にひとつにしかならないんです。もしそれで納得してもらえないのならウチじゃなかった、僕らのチカラ不足です、と。

仮に複数案出してほしいと言われた時は、「まず一案見てもらって、ダメだったらやり直す」という流れにしてほしいと言うことはあります。自信があるわけじゃなくて、考え尽くした案を持っていくことが誠実さだと思うんですよね。あ、でも、途中で案を変えることはあります。もっといいアイデアが思いついちゃったとか。ミッションがクリアできるベストな方法なら、どんどん変えたほうがいいですから。

クライアントも決して複数の案がほしいわけではなくて、どうすることがベストなのか迷いがあるだけなんだと思います。たとえば、SNSでキャンペーンをやろうという時に、クライアントから「mixi、Twitter、Facebook、それぞれの特徴が知りたいから、お金を掛けてでもリストがほしい」と言われたとします。でもそんなリストを作るよりも、どんなことに不安を感じていて、何を成し遂げたいのか聞いたほうが早い。そうすれば「Twitterでこういう企画をやればいい」とアドバイスができます。僕らだって無駄には動きたくないし、クライアントに無駄なお金を使わせたくもない。クライアントのお財布までケチります(笑)


― それでも頭が固かったり、自分たちの都合のよい解釈を押しつけてきたり、そういったクライアントもいるのでは?


最近は少ないですけど、「そんな都合のいい話ないだろ」みたいな、ユーザーの存在を無視したブリーフも昔はありました。極端な例ですけど、ページを開いたら“メールアドレスを入力してください”といきなり出て、入力したら“ありがとうございました”だけみたいな。合コンでいきなり「メアドくれよ。何の見返りもないけど」とかあり得ないじゃないですか。そんなブリーフが上がってきたら「今、別の話があって」とか言って社内を逃げ回りますね。聞こえないふりとかして(笑)

いい仕事って、ユーザーとクライアント、そして僕ら、この3者が幸せな状態になることでしか生まれないものだと考えています。“ユーザーが大事”とか“クライアントが大事”とはよく言われると思うのですが、個人的にはそれだけではダメだと思っていて。制作を担当する僕ら自身が「その仕事をすることでお金以外の何かを得られるかどうか」ということも大事だと思うんです。

僕ら作り手は、今までにない面白いものを生み出すことが何よりの喜びだし、それが作り手としての一番の財産にもなります。僕らが言われたことを言われた通りにやるのではなくて、新しいチャレンジをして面白いコンテンツを生み出すことができれば、結果的にユーザーの方々にも今までにない楽しみを味わってもらえますし、ユーザーに喜んでもらえれば、もちろんクライアントの目的も達成されるわけです。

技術ありきではなく、「やりたいこと」があってこそのテクノロジー。

― どんどん新しいコンテンツが生まれてくる中で「技術の進化」はひとつキーワードになると思います。現在、どんなテクノロジーに注目していますか。


渡邊さん

渡邊:
うーん、すごく難しいところですね。ちょっと前までFlashを3Dっぽくしただけでもてはやされたのに、今はSNSがあって動画も使えてブラウザも進化して…もうキリがない。といっても、単にFlashやCGの精度を上げればいいわけではありません。任天堂にいた横井軍平さんの「枯れた技術の水平思考」と同じで、別に“ハイテクノロジーを使う”ことが目的ではないですから。むしろ「先端技術をどう使うか」と考え過ぎると、逆に発想を狭くしてしまうこともある。ごくありふれた技術でも組み合わせや別角度からのアプローチで、新しいアイデアに結びつけていくことが重要だと思います。

たとえば、『AXE』の『AXE HOT ANGLE』も“360度カメラ”と“顔認識”という既存技術の組み合わせです。『DOT SWITCH』でいえば、従来であればQRコードを使ってPCとケータイを同期させていたところを、PCから流れる高周波をスマホで受け取って同期させるという仕組みを使っています。以前から世の中にある技術だとは思うのですが、WEBで使ったのはかなり珍しいと思います。専門家じゃないので全部手探りで、みんなで知恵を出し合いながらモールス信号的なモノをイチから設計してWEBに対応させていきました。エラーが出ないように配列を工夫したりして。我ながらよくここまでやるなぁと思いました(笑)

原:
そうそう、どうしてもQRコードでの同期にはしたくなかったんですよ。ガラケーを画面に向けるのはもう古すぎるしダサい。それにQRコードにケータイをかざすと、“今まさに自らの手で同期させています”という感じが強いですよね。“自然と同期されていてスマホでPCが動く”というシンプルなリモコン体験が楽しいわけで、そこは譲れない部分でした。

インタラクティブの先にある「体験」をつくり出す。

― 最近では“インタラクティブ”という言葉も一般的になってきて、中には「本当にこれでインタラクティブと呼べるの?」と疑問に思えるようなものもあったりします。バスキュールでは、“インタラクティブ”というものをどう捉えているのでしょうか?

原さん

原:
そもそもインタラクティブって、“ポチって押したら何か動く”構造のことですよね。電気のスイッチとか、ドアノブとか、どこにでもあるもの。そこに感動はありません。

僕らがつくるのはそういったインタラクティブ装置ではなく、“インタラクティブコンテンツ”なんです。一瞬で時間や距離を飛び越えていくようなワクワクする体験や、そこから生まれる感情があるかどうかが重要。インタラクティブな仕組み・仕掛けを使って、何かをもっと便利にしたり、誰かと誰かがつながるようにしたり、他では得られないワクワクを提供したり、そういった新しい体験をつくっていくのが僕らの役割だと思っています。

たとえば、オリンピックとかサッカーとか、テレビの前で「がんばれ!」って応援するじゃないですか。そこにあるのは「ここにも味方がいるぞ。一緒にがんばろう」という気持ち。それが本当に選手に届いたらすごい体験になる。以前、『adidas』のキャンペーンで実際にやった企画なのですが、サッカーの日本代表が宿泊するホテルにモニターを設置して、サポーターからのメッセージが24時間流れるようにしたことがありました。翌日、選手がそのメッセージをブログで取り上げてくれたりすれば、ファンと選手の距離はスタジアムに行くよりももっと近くなりますよね。こういった忘れられない体験を作りたいんです。グラビア雑誌を下から覗きこんで「昔は何の反応も返ってこなかったけど動いた!興奮する!」といった体験、こういうものにこそインタラクティブの本質があるんじゃないかと思います(笑)


文 = 白石勝也
編集 = 松尾彰大


関連記事

特集記事

お問い合わせ
取材のご依頼やサイトに関する
お問い合わせはこちらから