2015.10.22
「死にかけた男」星野リゾート出身者がスタートアップをはじめたワケ|アルクテラス 新井豪一郎

「死にかけた男」星野リゾート出身者がスタートアップをはじめたワケ|アルクテラス 新井豪一郎

EdTechの注目スタートアップ・アルクテラスの創業者・新井豪一郎氏へのインタビュー。星野リゾート時代にはスノーボード事故によって「死にかけた」男を動かす原動力とそのキャリアとは。様々な経験を経て創業したからこそ見つけた、アルクテラスで実現したい未来について伺いました。

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星野リゾート出身者が立ち上げたのは教育系スタートアップ

自由が丘の閑静な住宅街に佇む、真っ白な一軒家。そんな渋谷・六本木のスタートアップと一線を画すような場所にオフィスを構えているアルクテラス社。学習個性式指導ツール「カイズ」、個別指導塾「志樹学院」、そして勉強ノートまとめアプリ「Clear」を手掛ける教育系スタートアップだ。

特に「勉強ノート版SlideShare」ともいわれるClearは、アジア圏を中心に海外展開をはじめており、リリース1年で70万を超えるユーザー、3万冊以上の公開ノートを蓄積している。EdTech Japan Global PitchでGold Prizeを獲得するなど、EdTechのなかでも特に注目を集めている同社だが、興味深いのは創業者である新井豪一郎氏のキャリアだ。

大学まではバリバリの体育会系、新卒で入社したNTTでシステムエンジニアとしてのファーストキャリアを積むと、Appleの「Think Different」のCMに触発され起業を志す。しかし、当時23歳の彼はすぐに起業することはなかった。NTT退職後、MBAを取得。コンサルティングファーム、そして星野リゾートのスキー・リゾート事業責任者を経て2010年、35歳でアルクテラスを創業している。

様々な業界で経験を積んだキーパーソンがスタートアップで活躍する事例が増えてきた今、「起業を志して10年以上経ってからアルクテラスを創業した。AppleのCM、コンサル、そして星野リゾート時代に事故で『死にかけた』経験が、今の自分、アルクテラスの事業につながっている」と語る新井氏のキャリアに迫った。

「Think Different」AppleのCMが人生観を変えた

― 新井さんは新卒でNTTに入社されているんですね。


僕は勉強も社会勉強もしないでずっと運動ばかりしていた大学生でした。なので、就職活動をするタイミングに、どういう業界でどんな仕事をしたいか全くわからなかったんですね。そこでとりあえず各業界のトップ企業を受けていこうと(笑)。

その中でNTTに入った理由は、通信事業だけじゃなく商社機能や金融機能、不動産機能もあって、自分のやりたいことを見つけたら何でもできる環境だと思ったからです。入社して最初の仕事はエンジニアリングでした。

でも社会人2年目の僕はAppleのCMに出会って衝撃を受けました。「Think Different」"Crazy Ones"(クレイジーな人たち)というものです。若い自分はやる気で満ち溢れているのに、この場所にずっといたら自分が本来持っている力を発揮することなく一生を終えてしまう可能性があると強く感じました。起業して自分の力を試してみようと。NTTは4年で退職し、まずは経営を学ぼうとMBAを取得するため、ビジネススクールに通いました。


― すぐに起業せず、コンサルティングファームに入社した理由は?


ひとつは経営者の視点で徹底的に考える経験を積みたかったこと、もう一つの理由は事業ドメインが決めきれなかったことです。アルクテラスで手がけている「教育」の分野で創業しようと決めたのはコンサル時代です。

星野リゾート入社のきっかけ、人生を変えた社長との出会い、そして死

― でもコンサルの次に選んだキャリアは星野リゾートだった?


実は星野リゾートへの入社は、当時考えていた教育事業とリゾート事業を組み合わせたモデルを星野社長(星野リゾート代表取締役社長・星野佳路氏)に直談判しようと中途採用試験に潜り込んだことがきっかけなんです。運よく最終面接まで進み、星野さんに「新井さん、志望動機は?」と言われて、「志望しません。御社と提携したいんです」って言ったら、「えっ?」と(笑)

「こういうビジネスをやりたくて、御社のリゾートの中で展開したいんです」と続けました。すると、星野さんは快諾してくれました。


― ということは、星野リゾートには教育事業をする目的で?


いえ、それが違うんです…(笑)。ビジネスプランをより精緻に詰めていくと、儲かる見込みがあまりないことが分かったんです。

しかし星野さんから「新井さんはやりたいことは明確なんだから、まずは経営者としての経験を積むべき。ちょうどスキー場の再生事業をはじめるから、責任者として星野リゾートではたらいてみないか」とオファーいただいたんです。もともとスノーボードが大好きでしたし、30歳でここまで大きな事業を任せて貰える機会もそうないと思い入社を決断しました。

星野リゾートでの仕事は本当にエキサイティングでとても充実していましたが、1年目のある日、新しいコースを開発する目的で保有スキー場の場外を滑ることになました。そしてグループの最後方を滑っている途中、木に激突して事故を起こしました。

アルクテラス 新井豪一郎氏

僕は肋骨が3本折れて肺に刺さり、声も出ず動けなくなる。メンバーは皆気づかず滑り続けて見えなくなる。その時「あ、死ぬな」と思ったんです。生まれて初めて自分の死を強烈に意識して。その時、「僕は、ここで死ぬのか。まだやりたいことが何にもできてない、教育で世界を変えると決めたのにまだ一歩も踏み出してない」と思ったんです。

その後、奇跡的に早期に発見してもらい生き延び、必ず今度こそ教育事業を起こすと決心しました。星野リゾートで任された仕事を3年やり遂げ、2010年にアルクテラスを創業しました。

僕自身、星野さんに対して勝手にライバル心を持っています。彼も30歳前後で社長業を継いだ人。リゾート業に対して並々ならぬ熱意とクリエイティビティーを持っている「クレイジーな人」なんです。

23歳の時に見たAppleのCMに登場する偉人と、同じくらいクレイジーな人のもとで働けた経験は、自分のキャリアの中でも大きな資産となっています。

起業に10年かかったからこそ分かったこと

― 教育事業を手掛ける理由は?


もともと僕自身、小さな頃から勉強に対するコンプレックスを持っていたんです。学校の先生の授業を聞いても全然頭に入ってこない子ども。でも参考書を買ってもらって自学すると、理解が進んで成績もグンと上がった。

この違いは何かと考えたら、僕は耳から情報を仕入れてこう順序立てて理解するよりも、目から情報を吸収して視覚的に理解するほうが得意だったんです。当時はまだ、いまほど思考整理がされていませんでしたが、みんな自分にあった勉強方法を見つければ本来持っている力は必ず発揮される。いまアルクテラスが掲げる「Adaptive Learning」の原体験をビジネスにしようと。


― 最初に手掛けたのが個別指導塾向けのtoBサービス、学習個性式指導ツール「カイズ」です。


まずは自分たちがやろうとしている「教育の最適化」がきちんとした効果があるのか、僕と共同創業者の白石が個別指導塾にアルバイト講師として潜り込んでテストを繰り返したんです。すると効果は間違いのないものだと確信できた。

それから自社でも個別指導塾を立ち上げ、絶え間なくカイズのプロダクトをブラッシュアップできる体制を整えました。


― テクノロジーや理論部分だけでなく、自分たちでリアルの学習塾を運営するというのも非常に面白いです。そして既に海外展開も果たしているClearはtoC向けのサービスですね。


アルクテラス 新井豪一郎氏

もともと、一人で勉強していて何か問題にぶつかった時に解決できる仕組みをつくることから思考して生まれたのがClearです。どうしたら分かる手がかりを提供することができるだろうと。

それにはいろんな方法があると思うんですが、電車に乗っていたら偶然、隣に座ってた女子高生が友だちに、自分の可愛いノートを自慢しているのを目にしたんです。「きれいにノート作れたんだ」。聞いてる方も「すごくわかりやすいじゃん」って反応する。

そんなコミュニケーションを目にして、勉強ノートをシェアするサービスに可能性を感じたんです。学生はみんな、人のノートを見たいし、きれいにノートを書いた人はそれ自慢したい。それをシェアできるプラットフォームを構築したら問題を解決できるんじゃないかと。


― 確かに学生時代、テスト前には勉強ができる友人のノートをみんなでコピーしてシェアしていました。


そうですよね。リアルではずっと行なわれていた行動をデジタルのプラットフォームに再現したのがClearです。

投稿されるノートを特殊な画像処理で加工して、単元別にまとめ直し、検索・フォロー、今後はレコメンドなどを通じてユーザーに最適なノートを提供する。日本でも順調に投稿と登録ユーザーを増やしていて、既にタイでリリースし台湾と韓国でのリリースも控えている状況です。国内外で一気にアクセルを踏み、学生のための学習グローバルプラットフォームとして成長させたいと思います。


― 最後の質問です。起業まで10年以上かかって、現在6年目。「もっと早くやっておけばよかった」と言った感想を持ったりしますか?


はじめてすぐ思いましたよ(笑)。「あっ、これって別にもっと早く始められたな」って。すべてが新しく、経験したことのないチャレンジなので、今までの経験がそのまま生かされるわけじゃない。その時々の柔軟性、対応力、適応力っていうことのほうが大事で、それは25歳でも35歳でも同じ。

けれど、僕はこれまでの仕事をどれもある程度やり遂げてきている自負がある。それによって多少なりともスキルと経験、自信を得ているのも事実です。やりきったからこそ、過去の経験に後悔はないし、いまは前だけ向けているのかもしれません。


― やりきったからこそ後悔がないし、前進し続けられる。今回は貴重なお話、ありがとうございました!


文 = 松尾彰大


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