2018.11.01
「アイデアがつまらない」と言われた日を忘れない。 田渕将吾が平凡から抜け出すためにやったこと

「アイデアがつまらない」と言われた日を忘れない。 田渕将吾が平凡から抜け出すためにやったこと

水曜日のカンパネラ OFFICIAL SITEのアートディレクションを手がけたAID-DCCのアートディレクター 田渕将吾さん。 業界内のクリエイターたちから「先鋭的」とも評されるクリエイティブの原点はどこにあるのか。田渕さんが「実力不足を痛感した」と話す20代の頃にタイムスリップしてみよう。

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AID-DCC 田渕将吾が実践したレベルアップの方法とは

水曜日のカンパネラ OFFICIAL SITE、FINAL FANTASY XV ROYAL GALLERY、NHKスペシャル 新・映像の世紀……これらのWebサイトにアートディレクターとして関わった田渕将吾さん。

カンヌライオンズやグッドデザイン賞をはじめ国内外の広告賞を次々と受賞するクリエイティブカンパニーAID-DCCの一員だ。

+++水曜日のカンパネラ OFFICIAL SITE。コムアイ氏のInstagramと連携し、写真が更新されるたびにサイトのカラーリングも変化する

輝かしい実績。そして、ときに「先鋭的」とも評される田渕さんのクリエイティブは業界内での評価が高く、若手クリエイターからの信頼も厚い。

さぞ順風満帆なキャリアを歩んできた……かと思いきや、過去には先輩から「つくるものがありきたりでつまらない」と言われ、実力不足を痛感したこともあったという。

彼はいかにして挫折から立ち直り、クリエイターとしてレベルアップしてきたのか。

過去に遡り、彼が取り組んできた自己研鑽の数々、そして「100点ではなく、110点120点を目指す」と断言するクリエイティブへの強いこだわりを探ってみよう。


【プロフィール】田渕 将吾(たぶち・しょうご)デザイナー / アートディレクター
1982年生まれ、HAL・モード学園卒。アートディレクション、WEB/空間/インタラクションのデザイン、フロントエンドエンジニアリングに従事。クリエイティブカンパニーAID-DCCに所属。CSS Design Awards審査員。ポートフォリオ :  www.s5-style.com Twitter : @shogoTabuchi AID-DCC : www.aid-dcc.com

渾身のアイデアを「それ、つまらないよね」と言われた日

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有名アーティストや有名ゲームタイトルのWebサイトなどを手がける田渕さんですが、若手の頃から今と同じように活躍されていたんですか?


いえいえ、全然。小さな成功はあれども大成しない普通のデザイナーでした。

特に2009年ぐらい、前職のWebプロダクションに入社して間もない頃は大変でしたね。少数精鋭の組織なので1つの案件に全員で取り組むのですが、制作以前の企画会議の段階で特に苦労していました。

会議では僕も入社したてなりに積極的に発言していたんですが、先輩たちの視点や視座に全然追いつけなかったんです。渾身のアイデアのつもりでも、毎回のように「言ってることはわかるけどつまらないよね」「それ、よくあるやつじゃん」と。

企画が決まって実際に制作を始めてからもいろいろありましたね。一度言われたことは二度も言わせないでと言われながらも、何度も同じポイントを指摘させてしまったり。それで、指摘してもらったことはメモ帳に書き溜めていってたんですが、そのメモがどんどん増えていって……言われたこともできない自分が情けなくなったこともありましたね。


負の連鎖というか……自分の責任とはいえ、そういうことが続くと気持ちが折れてしまいそうですよね……。


そうですね(笑)。

でも僕は先輩に恵まれてたと思ってます。

クリエイティブに関してはきちんと指摘してくれるんですが、無下に「明日の朝までにやり直してこい」みたいな指示をする人たちではなかったし、何より改善点を理論的に解説してくれるので僕も納得したうえで取り組めました。

“カッコイイ先輩あるある”かもしれませんが、自分が任せられてるデザインが納期に間に合わなさそうなときに、いつの間にか修正をやってくれていたこともありましたね。それが一度だけではないので、もう感謝しかなかったです(笑)。

地道に審美眼を鍛えたブックマークサイト

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いくら先輩に恵まれていたとはいえ、田渕さんご自身の成長のための主体的な行動もあったと思います。


そうですね……強いて挙げるとすると2005年からやっている「ブックマークサイト」ですね。

僕は美大などに通ってたわけではないので、学校で美術とかデザインの教育を受けた経験がないんです。新卒でデザインの良し悪しがわからないままいきなり憧れのデザイナーになってしまった。だから、とにかく“目”を鍛えようと思って、世の中で優れているとされているサイトをとにかくたくさん見ることにしました。

本屋でWebデザインの本を読みあさり、URLをメモして、自宅でひとつずつアドレスバーに入力して……めちゃめちゃ地道ですけどね(笑)。

当時は優れたWebデザインをまとめたサイトは少なかったので、だったら自分でつくってしまおう、と。まぁ、自分のメモ帳をサイトにしたイメージです。


+++田渕さんのブックマークサイト「S5-Style」。今では約6000件のサイトが登録されるまでになり、若手デザイナーたちが日々自己研鑽のために訪れてくれているという


ブックマークサイトの運営を通じて、田渕さん自身に変化ってありましたか?


もちろん。ブックマークサイトを通じて知り合った人もいますし、声をかけてくれる人もいます。交友関係が広がるきっかけにはなりましたね。

あとは誤解を恐れずに言うと「勉強熱心な人」という印象付けもできたと思います。実は前職のWebプロダクションに入社できたのも、先輩がブックマークサイトを見ていてくれたからなんです。面接のときに「いつも見てますよ」みたいな会話から始まったので、そういう意味では最初の印象は良かったはず。もともとはインプットを目的として始めたサイトだったのに、それ以上の成果につながったといえるかもしれませんね。

ポートフォリオサイト制作に全力を注ぎ、自分の強みを見つけた

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田渕さんが成長を実感した出来事ってありますか?


エポックメイキングな出来事というよりも、それまでの取り組みが少しずつ形になってきたという表現のほうが正しいかもしれません。


というと?


大きく分けて2つあります。

1つ目は、自分のポートフォリオサイトをつくったこと。2010年ぐらいにつくったサイトなんですが、先輩に見せたところ「なんで仕事でこういうことをやってくれないんだ」と言われて。なんというか、はっとさせられました。無自覚に仕事のデザインとポートフォリオサイトのデザインを切り分けて考えていたので。そのあたりから仕事でのデザインの考え方に変化が芽生えた気がします。

もう1つは、僕が学生時代にコーディングを学んでいたことです。前職はFlashに強い会社でした。当時はFlash全盛期。みんなそれぞれの分野の専門家の集まりだったけど、HTMLのコーディングとなると僕が一番詳しかった。デザインに関してはたくさん指導されていたけど、コーディングになると立場が逆転したんです。そのあたりから少しずつ頼られるようになりました。

それもあってこのポートフォリオサイトはデザインだけでなくてコーディングも全て自分でやっていて、画像にエフェクトをかけたり、シームレスにページが遷移したり、サウンドに合わせてビジュアライズしたり。当時では難しいことをがんばってやっていましたね。

でもこれをつくったことで自分の得意分野というか進むべき道が見えてきた感覚がありました。


+++田渕さんのポートフォリオサイト「S5-Style Hello world.」


最近はnoteなどがあるのでポートフォリオサイトもつくりやすいかもしれませんね。


そうですね。ただ、僕の成功体験からするとnoteのようなプラットフォームではなくて、自分の全精力を注ぎ込んでひとつのサイトをつくったほうがいいと思います。

クライアントワークだといろいろ譲歩しなければいけないことがありますが、ポートフォリオサイトなら自分のすべてをつぎ込める。もし頭一つ抜きん出たものをつくれれば、高いスキルがあることの証明になりますし、何より自信につながるので。

100点ではなく、110点120点を目指す

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ー 現在は話題のWebサイトを手がけながら、同社のアートディレクション力の底上げを実現しています。前職以前のことを振り返って「やっておいてよかった」と感じることはありますか?


今ひとりで大規模なインタラクションのWebサイトを手がけられるのも、前職で企画からデザインやコーディングまで一貫して携わっていたからだと思います。レベルは低かったかもしれないけど、両輪を回し続けてきたことが実を結んでいる感覚はありますね。

たとえば、パートナーのディベロッパーから納品されたものに対しても、さらにプラスのフィードバックができる。ディベロッパーと円滑にコミュニケーションができるから、たとえ100点の仕上がりでも110点、120点とブラッシュアップしていけるんです。


ー つくられたサイトを見て、「田渕さんらしいデザイン」だと思うことがあるのですが、「自分らしさ」って何だと思いますか?


そうですね……あくまでも主観ですが、大前提としてクライアントの課題を解決できていることと整理整頓されている美しさは心がけています。

プラスアルファであるとしたら、サイトに物語性をもたせることとか、体感してもらいながら情報を伝えるようなデザインでしょうか。Webサイトって上下左右だけではなく奥行きもあるんですよね。そういう動きを駆使したり、あとは音楽や映像を追加したり、ユーザーが受け身でいても自然とサイトに没入しているような感覚にすることは、特に意識しているポイントかもしれません。

+++田渕さんが「AID-DCCに入社して最初の成功体験だった」と話すNHKスペシャル「新・映像の世紀」のWebサイト。歴史の海を泳ぐような演出は、まるでタイムマシンに乗ったような錯覚を覚える©️ NHK (Japan Broadcasting Corporation)


ー そのあたりのこだわりって、田渕さんにとってどういう意味があるんですか?


未来の自分のためですね。たとえば3ヶ月間クライアントワークに関わったとします。でも、どのデザイナーでもできる仕事で納品したら、次の仕事につながらないような気がして。仕事の一つひとつを未来につなげるためにも、110点、120点で納品できるように心がけています。


ー 最後に今後の目標について教えてください。


音楽やファッションに通じることにチャレンジしたいですね。それは単純に音楽系のWebサイトがつくりたいというわけではなくて。

音楽やファッションはユーザーの生活の中にとても身近にあることですよね。そうゆう距離感の近いものをアートディレクションしたいという興味があります。たとえばアーティストのMVも手がけてしまうような、Webの括りにとらわれないアートディレクターを目指したいと思います。


ー 実務以外に個人でサイトをいくつも制作。さらに「常に110点、120点を目指す」という姿勢は、キャリアに頭打ち感を感じている若手クリエイターのみなさんにも刺激になると思います。今日はありがとうございました。

撮影:なかむらしんたろう


文 = 田中嘉人


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