映画化された『僕は妹に恋をする』『カノジョは嘘を愛しすぎてる』など、マンガ家・青木琴美のヒット作を裏で支えた、敏腕編集者 畑中雅美。彼女が語った企画の極意、それは「目利きになること」だった。
コルクの佐渡島庸平さんは、彼女についてこう語っている。
“小学館に畑中雅美という編集者がいる。(中略) 僕が「ちょっと敵わないな」そんな気持ちを抱かされる編集者だ。
※引用:【マンガ新聞】10万部超えのヒット連発!敏腕女性編集者が『赤毛のアン』と出会ったらこうなった『キス、絶好、キス』
小学館が発行している少女漫画誌『Cheese!』の編集長 畑中雅美さん。彼女は、マンガ家・青木琴美の大ブレイク作品『僕は妹に恋をする』『僕の初恋をキミに捧ぐ』『カノジョは嘘を愛しすぎてる』 の編集を担当。彼女が連載企画を担当した作品は次々に映画化されていく。少女漫画のヒット作を世に送り出す、敏腕編集者だ。
小学生の頃からマンガの世界に魅了され、マンガ編集者として生きる道を選んだ彼女。しかし、スキルも経験もない無名の新人時代、作家からの信頼はほぼ皆無で相手にされなかったという。ヒットを生み出す編集者『畑中雅美』としての信頼をいかにして積み上げてきたのか。そこには彼女が独自に生み出した、企画者としての極意が見えてきた。
入社1年目のときに、担当することになった作家さんから「畑中さんが担当ってことは、この雑誌で私は期待されてないってことですよね」と言われたんです。
もちろんショックだったんですけど、でも当然だなと思いました。だって、たとえば美容院を想像してみて下さい。店長やチーフがいるのに、自分を担当してくれる美容師が生まれて初めて髪を切る新人だったら、すごく不安になりますよね。スキルも経験もない新人の言うことを最初から信頼はできないし、自分の大事な髪を新人に任せたくない。
髪の毛ですらそう思うのに、私が担当するのは、作家さんにとって自分の人生をかけた作品です。作家さんが私に担当されたくないと思うのは当然だなと思いました。
そこでまず、同じ部署の先輩たちが打ち合わせをするたびに、全部盗み聞きしていたんです。作家さんとどんな風にコミュニケーションをとっているのか。観察していると、ヒット作を出せている先輩とそうではない先輩に大きな違いがありました。
ヒットをなかなか出せていない先輩は、「この部分がおもしろくない」と一生懸命修正をしていたんです。でも、どれだけ長時間打ち合わせしても、それでヒットを出せてないってことは...どう考えても、編集者の「おもしろくない」の感覚が間違っているわけじゃないですか。つまり、目利きじゃない人がどれだけ修正しようと意味がない、むしろ邪魔なんだなと新入社員ながらに思いました。
漫画編集者の仕事には、3つの段階があるんだなと。1段階目が、目利きであること。その作品が売れる/売れない、おもしろい/おもしろくない、読者アンケートで1位なのか/2位以降なのかがわかること。
つまり、作家さんの作品が世の中からどう見えるかを正確に映し出す「鏡」であれるかどうかということ。自分の好き嫌いで判断するのではなく、きちんと時代背景や未来を予想し、作品を客観的に映し出してあげることが編集者に求められる役割だと思います。当時はアンケートと発行部数が大事な指標だったので、アンケートのランキングと部数を言い当てられるように自分の感覚を磨くようにしていました。
2段階目は、どこのせいで面白くなくなってしまっているのか判断できること。医者でいうところの、「今あなたは風邪を引いていますね」と原因を診断できる状況のことです。
そして、3段階目が、「こう修正したらいいんじゃないですか」と具体的に修正方法を提案できること。ヒットを出してない編集者は、そもそも1段階目でつまづいてるんですよ。だってOKを出した作品がヒットしなかったんだから。
にもかかわらず、そういう人ほどいきなり3段階目である具体的な修正を出していることが実は多々あり、これは凄く恐ろしいことだと思っています。だってその編集の判断が間違ってるってことは、修正しなければヒットしたかもしれないんです。だから、修正は本当は一番最後にやるべきことだと考えています。
漫画の内容に関しては、最初の数ページで主人公に関心が持てるかどうかが、その後読み進めてもらえるかどうかの鍵を握ります。
作家はどんな物語にするのか、どんな出来事が起きるかに読者が惹きつけられると思っている人が多いですが、じつはそうじゃなくて、そもそも人は「興味がある人」の物語にしか興味はない。だからこそ、最初の数ページで登場人物たちを好きになってもらえるようにする。結局その後にどんなストーリーが展開しようと、「興味のない人」に起こっていることはおもしろがってもらえません。
私にとって漫画は、現実世界でつらいことがあっても、自分を救ってくれるエンターテイメントだと思っています。だからこそ、現実にはないもの漫画で描きたい。私はそれをやる編集者になろうと明確になった瞬間がありました。
この世にある物語を、現実直視型と現実逃避型の2個に分けた時、成功者はとにかく現実直視をさせてくれる物語が好きなんです。偏差値とか体重を知りたがるのは、成績上位者と痩せてる人。現実を直視することで改善する成功体験を繰り返してるから、現状を知るのが好きでしょうが無いんですよ。勿論それはとても生産的で大切なことです。
でも私は現実逃避型の物語こそがエンターテイメントだと思ってます。学校から泣いて帰ってきても、Cheese!の漫画を開いたら、学校であったことを忘れてしまう。そんな時間を漫画を通して届けたい。出版社に勤めていて、いろんな人たちを助けられる立場にいるからこそ、現実逃避の漫画をやろうと思いました。
なので、その思いやスタンスは、作家さんとも共有しています。現実を救う内容かどうか、それがつまりエンターテイメント、売れる漫画です。売れた数だけ誰かのやりきれない日々だったり、退屈な日常を救う。そのためにヒット作をこれからもつくっていきたいです。
※本記事は、大人のための街のシェアスペース・BUKATSUDOにて開催されている連続講座、「企画でメシを食っていく」(通称・企画メシ)の講義内容をCAREER HACKにて再編集したものです。
撮影:加藤潤
文 = 野村愛
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