ドラッカーが提唱した「パラレルキャリア」をご存知だろうか。現職以外に仕事をしたり、非営利活動に携わったりする生き方だ。民放キー局のIT戦略を担いつつ、この生き方を実践する柳内啓司さん。「働き方」と「生き方」の距離が近づいている昨今、個人と組織に向けた「パラレルキャリア」のススメとは?
民放キー局で働く柳内啓司さんの働き方は非常にユニークだ。
柳内さんは大学院に進み、人工知能研究やレコメンドエンジンを開発するエンジニアの卵だった。研究と並行してサイバーエージェントでのアルバイトも経験。WEBデザインやビックデータ解析等に携わっていた。
その後、新卒でテレビ局に入社した…が、WEBと関係のない「照明」を3年間担当したというから驚きだ。現在は、テレビ局におけるコンテンツ戦略を担当。テレビとソーシャルメディア、WEBを掛けあわせたコンテンツ戦略のプロジェクトマネジメントを担っている。
特に興味深いのは、会社という組織の「外」でも活躍の場を広げていることだ。たとえば、パラレルキャリアの考え方や実践法を伝える講演会なども頻繁に行なう。2013年には 『人生が変わる2枚目の名刺~パラレルキャリアという生き方』、続いて2014年には『「ご指名社員」の仕事術』といった著書も発売した。
プライベートでは、自転車サークルにバンド活動、書籍プロデュース、WEBサービスの企画など…パラレルキャリアを実践している。そんな柳内さんが歩むキャリアから次世代の生き方=働き方を考えてみたい。
― 柳内さんの経歴だとエンジニアとしてインターネット企業に就職する道もあった気がするのですが、なぜTV局に?
まず、テレビがすごく好きだったからです。ずっとテレビっ子だったんで、小学生の頃、友だち同士で「あの番組みた?やばかったね!」と言い合ってました。そんなみんなの目に一斉に触れるもので、インターネットやWEBのスキルを活かしたい気持ちがありました。
あと、自分なりに、キャリア戦略のようなものがあったんですよね。たとえば、インターネット企業でプログラミングができる、デザインができるという人たくさんいて。
でも、テレビの世界にはまだまだ少ない。でも、これからの時代は絶対必要になる。希少価値の高いところに行けば、自分を高く売れるんじゃないか?と思ったんです。
― テレビ局に入社してからは、どのような仕事に携わられたのでしょうか?
最初は「制作技術」というカメラや音声、照明を担う部署に配属となり、僕は照明を担当していたんです 。で、最初の1年は「照明助手」ですね。照明監督から「あそこにライトを立てて」みたいな指示があり、できるだけ早く正確にセッティングする。それこそ肉体労働に近いですね。
― エンジニアリングとは全く関係ないですよね。「こんなことがやりたかったんじゃない!」という風にはならなかったんですか?
体力的に過酷だったので、それで心が折れそうになったことは…(笑)。でも、テレビの仕事って番組づくりを知らないと何も語れないんですよね。しかも、ライティングによってセットの雰囲気や人物の写り方は全く違うものになる。番組づくりにとってすごく重要な役割だし、すごくクリエイティブなんですよ。
番組づくりの裏側の知識があり、そこにWEBやインターネットのスキルを掛け合わせれば、必ず役に立つだろうとも考えていました。だから、僕の場合、仕事そのものはすごく楽しめていたと思います。
一般論でいえば、下働きって「こんなことがやりたかったんじゃない」と思うことのほうが多いですよね。その中でも未来を見据えればがんばれるし、スキルも磨ける。やりたいことにもつなげていける。
たとえば、多分総合職で普通に会社に入るとひたすらエクセル入力だけやる…みたいなこともあって。そこで「こんなことをやるために…」と、ふてくされていたら「何だコイツ?」と上司に思われて面白い仕事が回ってこなくなっちゃいますよね。
そうじゃなくて「いかに効率的にやろうか」とか「スピードを速めるためには」とか、そういう発想が持てるかどうか。ゲーム化して雑務を面白がってもいい。こういうスキルや考え方はあらゆる場面で活きてくることだと思います。
― そもそも柳内さんが「パラレルキャリア」に興味を持たれたきっかけとは?
原体験は中学時代で、わかりやすく言えば「二足のわらじ」ですよね。勉強とバスケの両方をかなりハードにやっていて、2つの活動を同時にやることで相乗効果が生まれると感じていました。
もちろん一つを追求するやり方もありますが、一つのことをやり続けると視野や発想が狭くなったり、メリハリがなくなったり。社会人になってからの社外活動も、社外で学んだ企画の発想、プロジェクトの進め方が社内で活きたり、その逆があったり。一歩引いた自分を社外に持っておくほうがいいと感じたんです。
― 講演会での登壇など仕事には直結しない活動もされていますよね。必ずしも仕事と直結させてないのでしょうか?
もちろん、すぐに仕事で活かせるようなスキルアップのために勉強会に出たり、それはそれですごくいいですよね。ただ、直接関係のない活動もすごく意義があって。セレンディピティに近い能力が身につくというか、そこが面白いんですよね。偶然の出会いがあり、全く知らない業界の人たちから刺激をもらえる。
― プライベートで得たことが仕事に活きて、その逆もあり。中間にあるような活動も…と、公私の区切りが意味を成さないイメージですね。
これからはもっと社会全般的に「プライベート」と「仕事」の境界線はなくなると考えています。たとえば、Facebookで上司とつながったら、土日に友だちと開催したバーベキューが見られてしまうとか。小さいことですが、もうありますよね(笑)。インターネットをはじめ、テクノロジーが「境界線」を壊し、ひとつの人格に収斂していくというか。
― 公私を分けたいから、SNSを使い分けたり、限定公開にしたり、試行錯誤があって。全てオープンにすればラクだろうと思うものの…抵抗がある人もいますよね。
緩やかな使い分けは誰にでもあると思うんですけど、そこも解けていく感覚はあります。私も出来ていませんが、理想はどこにいても等身大の自分でいられることなのかもしれませんね。
公私を分けたい場合、もちろんできるんですけど、「人生をどう捉えるか」に関わると思って。仕事で「ここまでが僕の仕事で、これからは僕の仕事じゃありません」だとなかなか発展性を見出すことが難しい。信頼も生まれづらいですよね。好むと好まざるに関わらず、境界線が薄れていくなら、いっそのこと興味のあること公私で分けずにぐいぐい入り込んだほうが面白い気はするんですけどね。
それこそ、WEBの世界で働くエンジニアやクリエイターにとってはすごくいい時代で。ビジネスにおける一次情報を今までは一部の人に握られてて、アクセスができなかったんですよね。でも、今は自分で作って直接マネタイズできる。だから、どんどんフロントに立っていけばいい。実際、シリコンバレーの優秀なスタートアップってCEOがエンジニア出身だったりして。専門性にプラスして人脈や知見、プロジェクトを進めるチカラなどがあればかなりの強みですよね。
― 社外活動は大きな会社であればあるほど「良しとされない風潮」もある気がします。どのように社内でのポジショニングを築けばよいのでしょうか。
「本業を疎かにしない」ということに尽きると思います。ちゃんと信頼を得ていく。努力していく。
あとは、普通の会社にいると社外活動って勇気がいると思うのですが、意外とやってみたら「キャラ付け」になったりして。趣味もそうですけど、登山が好きとか、年がら年中フルマラソンに出ているとか、「あーあの人か!」ってなるじゃないですか。目立つのはちょっと怖いですけど、やっちゃえば意外と面白がってくれる人って多いと思いますよ。
― 「本業を疎かにせずに社外活動を」というお話があったと思うんですけど、なかなか時間がつくれないこともあって…どうすればいいのでしょうか。
多分、悪循環に入ってしまっている人も多いと思うんですよ。残業が当たり前で、もう毎日ヘトヘト。疲れがとれないまま、また翌日に突入して…みたいな。
だから、無理してでもリフレッシュできる状態をつくるしかない。その環境を会社が与えてくれないなら、他の人とは違うやり方を試す。ズバッと帰ってみるとか、無駄だと思うけどやらされていることをやめるとか。何とかスキマを作らないと始まらないので、そこは勇気が必要なのかもしれません。そこさえ上手くできれば、あとはペースができてくると思います。
― その環境がつくれたとして…それでも、まだまだ実践する人は少ない気がします。「社外でも活動を」といった意識は広まっているのでしょうか?
すごく個人差があると思います。やっぱり個人でプロジェクトを始めると、ちょっと目立ったり、浮いちゃったり…結構こわいですよね。組織からはみ出るリスクはあると思うんで。「そんなことしてる暇があったら、もっと本業頑張れ」と突っ込まれるとか。
一方で、Googleみたいなイノベーティブな企業だと「20%ルール」があって「20%は自分のやりたいことをやってみなさい」と。そこからイノベーションって生み出そうとする企業もある。そう考えると、ちょっと組織からはみ出してもやってみたほうがいいと思いますね。
― 会社としても社員の社外活動を許容するかどうか?ここは論点ですよね。そもそも、なぜ多くの企業では社員の副業が禁止されているのでしょう。
引き抜かれるリスクを想定してのことだと思います。いい例えかわかりませんが、副業禁止の会社は「束縛する彼氏」に似ています。自分の彼女が他の男とデートしたら、ほかの男に取られてしまうかもしれない。だから、束縛して自分のことで頭いっぱいにしようとするわけです。でも、自信のある彼氏なら「息抜きしておいでよ」って言えますよね。そういう彼氏かっこよくないですか?(笑)同じように、本当に魅力的な会社は声を大にして「副業はダメ」とは言わないですよね。
組織として対応できるかどうか。束縛だけでやっていけるのか。テクノロジーが進化し、パソコンひとつあれば、どこででも働ける職種も増えています。もう現実として実現ができてしまう。この状況を前向きに捉えられない会社は、時代に取り残されてしまうのではないか?という気はしています。
― それに加えて「副業はダメ」と言っても、やる人はやってますもんね。
そうそう、本当にそうですよね。だったら「OK」にしてしまったほうがいい。じつは会社がパラレルキャリアを許容するメリットもすごくたくさんあるんですよね。一つは採用力というか求心力が上がりますよね。「あ、許容してくれるんだ」ということで優秀な人材を獲得できたり。
優秀な人であればあるほど窮屈なところに行きたくないんですよね。シリコンバレーだと超優秀なエンジニアが3社ぐらいのプロジェクトを掛け持ちして、300万円ずつもらっていたりする例が出てきている。もちろんそれぞれ秘密保持契約を結んで、情報の壁を持ちつつですが。
もう一つの観点からいえば「社員のモチベーションを上げる無料の福利厚生」だと思うんです。週末思いきり社外で活動して、晴れ晴れした気持ちで月曜から仕事してもらえばいいじゃないですか。
たとえば、週末に会社のお金を使って社員運動会をやるのと、社員が自腹で自己研鑚してきて社内にノウハウを持ち帰るのとどっちがいいか。費用対効果で考えてもアリですよね。もちろんそこにはリスクが伴うんで勇気はいると思います。ただ、リスクを取らないとリターンもないし、そこさえ決断すればいろいろ変わるのではないでしょうか。
あとは「ルールづくり」ですよね。うちの会社も「社外活動届け」を出さないといけないのですが、彼女が出かける時に「帰る時は連絡してね」「どこに行ったか教えてね」と最低限のルールは決めておくみたいに。あまりにフリーダムで放任だと、本当に恋愛してどっか行っちゃうかもしれないので(笑)。
― 選ばれるだけの魅力を自分(自社)が持つ。その人たちが戻ってきたい環境にするということですよね(笑)。これからの時代、それが企業の競争力につながるのかもしれませんね。本日はありがとうございました!
[取材・文]白石勝也
編集 = 白石勝也
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