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アラサーでエンジニアに!?さらにはデジハリの教員にまでなった男とは

2015-02-19

アラサーでエンジニアに!?さらにはデジハリの教員にまでなった男とは

28歳の時、アパレル店長から未経験でWEB業界入り。それから約13年でデジタルハリウッド大学院教員になった山崎大助さんへのインタビュー。Microsoft MVP受賞エンジニア、書籍執筆の著者と、多面的な活躍を見せる山崎さんに、「どうすればアラサー、未経験でもエンジニアになれるのか」を伺いました。

アラサーからの遅咲きエンジニア

国内外で必修化の流れがあるなど、プログラミング教育・習得の重要性が説かれている昨今。デザイナーはもちろん、セールス、マーケティングといったエンジニア以外の人にとってもプログラミングスキル習得は大きな関心ごとではないでしょうか。

同時に、国内におけるエンジニアやプログラマの採用ニーズは右肩あがり。プログラミングスキルやエンジニアとしてのキャリアを持つ人材は引く手あまたです。こういった時代背景を踏まえれば、プログラミング習得、エンジニアへの転身はキャリア選択のひとつになったと言えるかもしれません。

ただ、どうしても活躍する多くのエンジニアは、10代、遅くとも20代前半からプログラミングを学んだ人ばかり。20代後半~30代にかけてアラサー世代の挑戦は無謀なのでしょうか?

こんな疑問に向き合うべく、デジタルハリウッド大学院教員を務める山崎大助さんを取材しました。じつは山崎さんは、28歳でアパレル店長からエンジニアに転身したという異色の経歴の持ち主。現在は教員、Microsoft MVP、数々の書籍・記事の著者として活躍中。そんな彼にご自身の経験を含めて、「アラサー、未経験でもエンジニアになる方法」を伺いました。


【プロフィール】
山崎大助 Daisuke Yamazaki
デジタルハリウッド大学院 教員/G's Academy TOKYO 主席講師/Microsoft MVP(Bing Maps Development)

元アパレル店長。28歳にして未経験からエンジニアを目指す。現在は全世界で約9人しかいないMicrosoft MVP (Bing Maps Development)の1人であり、日経ソフトウエア、@it他、雑誌での連載・書籍執筆他、エンジニア向けイベントにも登壇。
【著書】
「レスポンシブWebデザイン「超」実践デザイン集中講義」(ソフトバンク クリエイティブ)
「jQueryレッスンブックjQuery2.x/1.x対応」(ソシム)

「Wordって何?」「メールってどう送る?」というレベルからのスタート

デジハリ 山崎大助


― 山崎さんは28歳でキャリアチェンジを実現されています。そもそもエンジニアになろうと思った理由は何だったのでしょうか?


もともとアパレルの会社で働いており、店長まで任されていたのですが、じつは28歳の時に体を壊したことがあったんです。その時、「この仕事、ずっとやっていけるのかな?」と思ったことがきっかけですね。

仕事でカラダを壊しても、会社は守ってくれない。会社の一員である以上、自分の代わりになる人もいる。それで、自分にしかできない仕事をしたい、自分にしかできない仕事をするには、「手に職」がないとダメだと当時はそう思いこんでいました。少し冷静に見ると、会社で自分を活かす方法や、活躍する方法も沢山あります。でもその時はそう考えられませんでしたね。結果それが転機になります。

それが2000年頃だったんですけど、ちょうどWEBサービスが盛り上がり始めた頃で。いまの奥さんに「それならパソコン覚えたら?」と薦められて。さっそく、PCを購入してみたのですが、実はPCに触れるのはこの時が初めてだったんですよ。本を読みながら、「おお!メールが送れた!」「Wordって何だろう?…」とか、そんなレベルからのスタートでした(笑)。本当に苦労しました。

やはり新しい業界に28歳から挑むには難しい部分が多かったです。「その年齢じゃはじめるの遅い」など、プログラミング始めるには遅すぎると。以前は見返したい気持ちもありました。でも、今はそういう言葉を投げてくださった方々に感謝の気持ちがあります。それで自分も本気になれましたから。


― 未経験からどんな職種に転職されたんですか?


実はPCのインストラクターからスタートしたんですけど、「技術は教えるから、接客のスキルを活かして」と採用してもらいました。ただ、自分でもスキルを伸ばしていきたかったので、業務の合間に自分で勝手にアンケートフォームをFlashで作ったりして。思えばこれが自分の作った最初のプロダクトだったんですよね。とても簡単なものでしたが、当時は「できた!」「おれって天才!?」なんて思って(笑)

そのFlashでつくっていたことがきっかけで、「つくる側のエンジニアになりたい」と、次の仕事を決めました。そこから受託をやったり、自社サービスを作る社内SEになったり…と、今のキャリアを築くまでは実はいろいろ紆余曲折を繰り返して…という感じですね。

それこそ、身に付けたスキルでいえば、受託における顧客とのやり取りもそうですし、自社サービスの企画、プログラミングでいえば、PHPやMySQL、業務知識でいえば、携帯キャリア、金融サービス、航空会社のシステム、WEBサービス…といろいろですね。特に独立系SIで巨大なプロジェクトに携わったときは、自分のエンジニア人生でも飛躍的にスキルが上がった頃だと思います。

正直、うまくいったことばかりではありません。辛かったことや失敗談も多い。ただ、その分、良い人や仕事にめぐり会えたし、いまはデジタルハリウッド大学院教員として生徒に話せることは多いと思っています。それが今の自分の強みですね。


― 年齢的に「遅い」と言われても道は拓けた。諦めなかったことも勝因でしょうか。もし、同じようにアラサー、未経験からエンジニアになりたい人がいたら、なれると思いますか?


人によるとは思いますが、不可能ではないと思います。僕自身の話になってしまって恐縮なのですが、幼少期からプログラミングをしていたわけではなく、理系出身でもない文系の元アパレルの店長が、今はITでは最先端を学べるデジタルハリウッド大学院で先生にまでなっているわけですから。

また、デジタルハリウッドでもWEB/IT業界以外から来ている教え子が多くいて、未経験からエンジニアやクリエイターとしてどんどん巣立っています。なので、授業でも言うのですが、プログラミングに挑戦するのに、年齢で遅いと諦める必要はないと思いますし、自分から動いてみることでチャンスは必ずやってきます。もしキャリアに悩む20代後半の方でもぜひ、チャレンジしてみて欲しいと思っています。

情熱を向けられるプロダクトを個人でつくり、発信すべき。

― エンジニアとしてキャリアチェンジができたとしても、その先で山崎さんのように活躍できるかはまた別のお話なのかと思いました。活躍するエンジニアになるためにやるべきことはありますか?


そうですね、あくまで個人的な見解ですが、エンジニアとして突き抜けるためには、「情熱を全力で注げるプロダクトを作ること」が大事になるのではないでしょうか。

僕の場合は、2008年頃、プライベートで「AIR NOTE!」というフリーソフトを夢中で作った経験があって。当時ってAdobe AIRが出た時期で、これを使って多機能なスケジュール管理ソフトができるんじゃないかと思ったんです。

周りに話を聞いたら、「Adobe AIRなんて、流行らないでしょ。そんなの作ってどうするの?」みたいな否定的な反応で。でも自分としてはやっぱり作りたかったし、面白いと思って、可能性を感じて…だから作ってしまった。一週間でプロトタイプ、ちゃんとした物は一ヶ月で完成させました。

プログラミングってそもそも難しいので、自分が作りたいものでないと情熱を注いで出来ないと思うんです。人に言われたモノなんて本気で取り掛かれない、感情移入できない、ある意味片手間じゃないですか、正直。何だよしょうがねぇなぁとか(笑)。自分の時間を使って、普通だったら飲みに行きたい時間も寝る時間も惜しんで使う。ということは、自分は本当にこんなものを作りたいという物をやらないと無理だと思うんですね。継続しないと思うんです。なので、たとえ人から止めておけと言われても気にしない。とにかく本気で作りたいって思えるものを作ることが大事。他人の意見に流されず、自分の心の声を信じるのも大事です。

あとは、自分でつくったものを、とにかく外に「発信すること」です。開発した「AIR NOTE!」は、Adobeギャラリーというサイトで公開して発信しました。すると、ダウンロードされ続けて、2、3年はダウンロード数TOP3にずっと入るという大きな反響に繋がったんですよね。これはホントに嬉しかったですし、大きなキッカケとなりました。

そういったところがきっかけになって、「web creators」「日経PC21」「windows100%」など多くの雑誌から掲載させて欲しいという依頼が来て、「ああ・・・こうして作ったプロダクトは広がっていくんだ・・・。」と実感しました。

自ら発信していくことって、ある意味セルフブランディングの観点だと思うんです。Adobe AIRでの一つの成功体験を得られたことで、その後のHTML 5が出た時にも、真っ先に徹底的にチャレンジしました。この時も周りはHTML5に難色を示す人が多かったのですが、先んじてHTML 5の技術を使ってiPadアプリを作ることができました。

そして、「日経ソフトウエア」他、色んな雑誌に「こんなアプリを作った!」と発信して、10ページの記事を書いて欲しいという依頼が来ました。自分から動けば何かが起こる、そしてスキルの高度さよりも世の中に必要とされるものを知っている人という認知に繋がる、ということが確信に変わりました。


デジハリ 山崎大助


― はじめての分野、領域だと尻込みしてしまいそうですが…


断らない、まず受けてみるのも大事ですよね。発信によって広がったチャンスって逃すといつやってくるかわからない。だから、とにかくチャレンジしてみる、と。

2013年頃、それまで全然接点がなかったソフトバンククリエイティブから「記事見ました。レスポンシブWEBデザインについて本を書いてみませんか? 」とメッセージが来たことがあって。それまでに書いたことがあった記事は、AdobeAIRやHTML5のことだけでしたし、正直、全然書いたことがない分野についての依頼で驚きました(笑)…。でも、誰かに先に研究し尽くして書かれてしまうくらいなら、自分が研究・調査して書いた方が良いだろうと、本一冊を執筆して。全ては、最初の「AIR NOTE!」がきっかけだったんですが、自分の人生を変えてしまいました。キャリアチェンジした後、これらをやらなかったら、スキルはあっても会社の一エンジニアとしてエンジニアライフを送っていたと思います。


― そうして、エンジニアとして活躍しながら、デジハリでの教員、Microsoft MVPや、書籍執筆者としてのポジションを得られたわけですね。


はい。エンジニアとして突き抜けるには、色々な道があると思いますが、僕の場合はそうですね。これから『G's Academy TOKYO』というデジタルハリウッドが主催するアカデミーで主席講師を務めていくのですが、スキルの部分はもちろん、こういったスタンスや生き方の部分も伝えていきたいと考えています。早熟の天才ではなく、遅咲きの雑草系だからこそ伝えられることがたくさんあると思っています。人生すべてムダで無いわけで、自分の人生で学んだものを上手く利用していく、いいことも、悪いことも全て。それが長所となりONLY ONEの人材になるはずです。


― 山崎さんの授業、受講してみたくなりました。多くのエンジニアが『G's Academy』から巣立っていくと素晴らしいですね。ありがとうございました。


[取材・文] 手塚伸弥


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『G's Academy TOKYO』 とは、デジタルハリウッドが新たにスタートさせた、授業料後払いという新しいシステムのエンジニア養成学校です。「できるだけ多くの若い人に本格的なプログラミングスキルを学ぶ機会をつくりたい」といった思いが込められています。山崎先生の他、BASE えふしんさん他、様々なネットベンチャーからメンターが参加。詳細は、下記リンクをご覧ください。

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