フリーランス歴10年を超え、ますますWEBデザイナーとしての幅が広がってきたという「crema design」黒野明子さん。グラフィックデザイナーであり、コーダーであり、講師としても活躍する彼女は「私にはコレ!という特技はない」という。いかにしてマルチスキル力を高めてきたのか?
[プロフィール]黒野明子
デザイン事務所、制作会社を経て2003年よりフリーのWEBデザイナーに。デザインユニット「linker」を経て、現在は「crema design」として個人で活動。インターフェイス開発・運営、サイトデザイン等を担う。動画学習サイト『lynda.com日本版』トレーナー、WEB制作入門サイト『Adobe Pinch In』でのデザイントレンド解説記事執筆等も担当。主な著書『デザインの学校 これからはじめるIllustrator&Photoshopの本』(技術評論社)『ウェブデザインコーディネートカタログ』(共著・同)
― 黒野さんは、WEB業界で長くフリーランスとして活躍されていますが、必要とされるスキルってどういうものなのでしょうか?
WEB業界には色んなタイプの人たちがいますよね。
今いちばん目立っているのはマークアップエンジニア系の人たちかなと思います。コーディングについて、JavaScript、CSS、HTMLのことだったらもうなんでもまかせろ!みたいな。さらにメディアやブログで記事も書いて、海外のカンファレンスにも参加して……と、己の武器を研ぎ澄ませて闘っている人たち。
そういう人たちとは別に、グラフィックやUIなど表側の制作に長けていて、「あとはコーディングの人たちにおまかせします」というように、ビジュアル系のスキルセットをフルに使って活躍するタイプもいるのかなと。なんとなく私の勝手なイメージですけど(笑)
私の場合、そういう特定の技能を深めるということが、今のところできていなくて(笑)コーディングもやるし、グラフィックもやるし、講師として教育的なこともするし…というような、いくつかのスキルを合わせて働いています。
いちおう一通りなんでも自分でできるので、小さめのプロジェクトを自分ひとりでまわすことはできますし、納品したサイトのCMSの使い方を社員の人たちにレクチャーしますよというのも“込み”で仕事を受けたりしています。そういうマルチに手を動かせる部分に加えて、「グレーゾーンに入っていくスキル」が私の強みかもしれません。
― グレーゾーンですか?具体的にどういうことですか?
WEB業界では、それぞれの職域を分けてきっちり分業して働くケースが多いじゃないですか。エンジニア、デザイナー、ディレクターとか。でも、その職種と職種の合間に生じる、どっちがやるかわからない「グレーゾーンの仕事」というのがあるんですよ。
例えば、あるプロジェクトでシステムを作るエンジニアさんがいます。その人はPHPが書けて基本的なHTMLも書けますと。そしてディレクターさんは企画と進行をやりますと。さてサイトマップなり画面遷移図はデザイナーも含めてチームで考えるけど、誰がまとめる?…っていう風に、ふっと浮き上がるスキマというかポジションがあるわけです。それが「グレーゾーン」ですね。
そういう時に、私はデザイナーですけど、コーディングもできるし、サイトマップもつくれるし、画面遷移図も作れますよ!という感じで、そのグレーゾーンのスキマに入っていくのが得意ですね。
― なるほど。ディレクターとしては、そういう人がいてくれると非常に助かりますよね。
他にも、WEBデザイナーとしては、いただいた原稿をそのままページに流しこむだけじゃなく、誤字脱字があったら修正を提案するといったことはしています。普通、グラフィックやエンジニアの人がやらない部分まで、敢えてケアすることで、自分の価値になるし、そこを評価してもらえて「また頼もうかな」と次の仕事がつながっていくわけです。自分の役割を限定せず、雑食スキルだからこそできることかなと思います。
― 逆に「その仕事、なぜ私に?」って思った経験ってありますか?
CSS NiteというWEBデザイナー向けの勉強会イベントで、最初にライトニングトーク(LT)を頼まれた時は、「え?なぜ私に?」って思いましたね。人前でしゃべる仕事が来るとは思っていなかったので。CSS Niteの主催者からすれば、「黒野さん、ほぼ毎回出席してるし、なにかネタあるでしょ?」くらいの軽いオファーだったのかもしれませんが。でも結果的にそれを受けたことが、今の私のキャリア形成にすごく重要な出来事でした。
― どんなテーマでLTしたのですか?
当時はCSSレイアウトが、まだ一般的に普及してなかった時期で、テーブルレイアウトの企業サイトがまだいっぱいあったんですね。企業サイトの中で、どれくらいの割合でCSSレイアウトが普及しているかっていうのを調査して発表しました。
日本の代表的な企業をリストアップする時、日経平均株価指数を算出するためのいわゆる「日経225」を調べてみたら面白いかなと思ったので、その対象になっている銘柄企業のサイトを225社分チェックして、CSS、テーブル、ハイブリッド、Flashオンリー…etcに分類してパーセンテージを発表したら、すごくウケたんです。
― LTって、もっとライトにやるものだと思いますが、225社調べたっていうのはスゴイですね。
ものすごく大変でした(笑)
調べる作業を、のべ2週間くらいしてましたね。他の仕事の合間をぬって。ギャラが出るわけじゃないですけど、せっかく枠をもらったのだから、面白いことやろうと思って頑張りました。結果としてWEB制作界隈の人たちには喜ばれて、顔と名前が売れましたし、某WEBデザイン専門誌から「うちの企画で、同じようなネタをしたいので協力してください」っていうオファーにも繋がりました。
そこから色々、わらしべ式にキャリアが展開していたったんです。その雑誌に調査協力者としてクレジットが載ったことで、大手WEB制作会社からのお仕事のオファーに繋がり、さらには書籍の執筆、そして講師のお仕事にも繋がっていきました。さらに、講師のスキルとデザイナーのスキルがあることで、オンライン動画学習サイト『lynda.com日本版』から、海外で動画撮影をするお仕事のオファーにも繋がりました。そのおかげでオーストリアのスタジオに3回も行くことができましたし、インターナショナルな職場で働く雰囲気を味わうことができました。LTのオファーを疑問に思いつつも受けたことで、すごく仕事の幅が広がったわけです。
― 今後も仕事の幅をますます広げていこうとお考えなんですか?
これまで受託でサイト制作して納品するスタイルのお仕事が多かったのですが、最近は「サイトを育てていく」ということに関心をもっています。
自分が制作に携わったサイトは、ローンチ後にエゴサーチとかしてみるんですよ。そこで「使いづらい」とかの声があれば、人として直したいって思うじゃないですか。そういう時に、一度納品してそこで終わってしまったサイトだと、なかなか直すチャンスがない。
現在は渋谷の宮益坂にある某WEBマーケティング系企業からチャンスをいただいて、週に3回「サービスの中の人」として、被験者(テスター)の人からのフィードバックを基に、インターフェースの改善策を提案するお仕事もしています。そこで得られる知見は、フリーランスで受託して納品して終わるのとは違いますね。
― これからフリーランスのWEBデザイナーとして働く人たちへ、なにかアドバイスをお願いします。
今の私にとっても課題なんですけど、ポートフォリオはしっかりまとめておいた方がいいですね。
先日、趣味のサルサダンスつながりの友人が、サンフランシスコから遊びにきたんです。その人はベンチャー企業の社長さんで、私がWEBデザイナーをしてると言ったら「ポートフォリオをみせて」って言われたんですが、用意がなくて。もしかしたらまた新たな展開になっていたかもしれないですよね。
フリーランスの場合、次の仕事のチャンスがどこに転がっているかわからない。ポートフォリオをきちんと作る時間をもつことも大事ですし、ポートフォリオに載せられる仕事を選んでいくという視点も大切だと思います。
それと、これからフリーランスになる人は「フリーになること」を最終目標にしない方が良いと思います。「一芸に秀でてますが、他は苦手です!」というような方は他の方との連携により、組織の中でこそ輝く場合もあるので。自分にとって心地よい働き方を求めた結果、フリーを選ぶのであれば一番良いと思います。
― ありがとうございました!
[取材・文] 鈴木 健介
編集 = 鈴木健介
4月から新社会人となるみなさんに、仕事にとって大切なこと、役立つ体験談などをお届けします。どんなに活躍している人もはじめはみんな新人。新たなスタートラインに立つ時、壁にぶつかったとき、ぜひこれらの記事を参考にしてみてください!
経営者たちの「現在に至るまでの困難=ハードシングス」をテーマにした連載特集。HARD THINGS STORY(リーダーたちの迷いと決断)と題し、経営者たちが経験したさまざまな壁、困難、そして試練に迫ります。
Notionナシでは生きられない!そんなNotionを愛する人々、チームのケースをお届け。