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「俺ってクリエイティブだろ?の大後悔時代から学んだこと」谷田光晴|TWDW2015

2015-12-18

「俺ってクリエイティブだろ?の大後悔時代から学んだこと」谷田光晴|TWDW2015

TWDW2015公式プログラム「ビジネスとクリエイティブが交差するところ」イベントレポート。谷田光晴氏のトークを書き起こし形式でお届けします。


【登壇者】
株式会社SPOON代表取締役
慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科 特別招聘講師
谷田光晴

1980年、兵庫県篠山市生まれ。学生時代から映像制作のキャリアをスタート。2010年、Canon 你好色彩を上海にて発表、時報広告金像賞入選。2011年に日本最大級のプロジェクションマッピングショー「NaraFantAsiaSANZO」、2012年には「NaraFantAsiaYAMATO」を発表。2013年「HONDA CR‐Z MOVE篇」を発表。同年、愛知県小牧市小牧山城築城450年記念事業のグランドフィーナーレの総合演出を担当。2014年、宇宙ミュージアムTeNQ「シアター宙」の基本コンセプトを立案。同シアターのコンテンツの総合監督。同年、6代目道頓堀グリコサインの恒常期映像を監督。また同看板の点灯式の総合演出を担当。2015年、和歌山市にて「光の回廊 ヒカリのコリドール」を発表

「クリエイティブ」に憧れる

おそらく皆さんがいい話を聞けるのは、さっきの時間で終わりなので。もう、ペンとかね、ノートとか、メモとかはね、取りあえず、おいてもらったほうがいいと思います(笑)。

今から、皆さんにお聞きいただきたいのは、とある男の失敗談でございます。たまに関西弁も出ます、てか、出まくってますね。気楽に聞いてください。簡単に自己紹介しますね。

谷田光晴と申します。35歳です。天然パーマです。株式会社SPOONという会社で、代表取締役やってます。今は舞台映像演出家、メディアプランナーなんて肩書を名乗ってますけど…。3、4年ぐらい前に「プロジェクションマッピング」ってよく聞くようになったと思うんですが、幸か不幸か「プロジェクションマッピングをやる人」ということで、認知されてたりします。

だいぶさかのぼって、私の生い立ち。幼稚園から大学生まで、何も考えずにバレーボールをやってました。元バレー選手の母の影響ではじめて「日本代表になるまで辞めちゃだめよ」ということを言われてきて。やり続けて、大学選抜にも選ばれたんですが、その時にはバレーボールをもう辞めようと既に思ってたんですね。

代表選抜でエジプトに遠征する時には大学の監督から「おう。よくやってくれた。代表の強いチームのメンバーから、いいプレイを吸収して、次のインカレに活かそうな。チームにいい影響をもたらしてくれ」って言葉もかけてもらって。でも僕は遠征に行くときには既に辞めると決めていたので、帰ってきてから「辞めます」と、突然辞めるという暴挙に出まして、バレーボール選手のキャリアはそこでバッサリ終わりました。

「クリエイティブっていい!」と多くの人が思われるように、「クリエイティブってかっこいいな」と思った1人の男がいたんです。僕のことです。

当時MEN'S NON-NOという雑誌で、趣味としてフィルムカメラで、いっぱい写真を撮っているモデルさんたちの特集が組まれていて、「なにそれ、かっこええやん!」ってまず大阪の中古カメラ屋に走って買いに行ってですね。フィルムの入れ方もわからんのにカメラ下げて大学内を歩いていました(笑)

そんなん下げていたら、そういうやつらがいっぱい集まって、仲良くなった3人くらいで展覧会みたいなんのをやって。そのときに、プロのカメラマンの人が来られてこう言われました。

「おまえの写真、何や?」「ふざけんな」「写真なめてんのか」と。

何があかんのですかって聞いたら、「おまえの写真は連続写真っていって、1枚の中に何も捉えられていない」と。まあ、どんだけ偉いカメラマンなんやと。うっさいと。だったら、俺が連続写真の魅力を最大限に生かす表現方法見つけたるって言って、編み出した表現が「写真をパワーポイントで高速で送る」という技。

(会場笑)

映像という世界に飛び込んだのそこからでしたね。おそらく限りなく皆さんに近いというか、映像を一番遠いところからはじめた男です。

大後悔時代を経てクリエイティブの入り口に

それからPCで映像作ったりしはじめて、一生懸命頑張ったんですけど、そんなスキルでは、プロダクションには入れません。すべて玉砕。クリエイティブ職で応募したにもかかわらず、しゃべりが気に入られて、最初の会社には営業として入社しました。

(会場笑)

お、いいですよ。暖まってきましたね!

ネクタイ締めて営業なんて面白くない…、何か俺らしくないなあ言うてやっていたら、じゃあ、好きなことと、飯食うこと分けて、プライベートを充実させるんだと休みの日に夜な夜な、VJというものをクラブでやりはじめました。デュアル生活です。でも面白いことに人間は、好きなことには没頭するけど、嫌いなことは一切何もしなくなるわけです。私は第1回目の転落をはじめます。

twdw 谷田光晴

VJって結構お金がかかるので自分の生活基盤が一気に崩れていくんですね。で、夜遊びしますから、会社には遅刻する大問題社員になっちゃって。結果、自己満足の追求をしまして退職します…。24歳のときに親のすねにかじりつき、私は今になって「大後悔時代」って言っているんですけど。

(会場笑)

とても後悔しています。本当に…。それを見かねた大変お世話になった先輩の方に声をかけて頂き、画像加工やレイアウトとか、基礎を叩きこまれてボッコボコにされました。

その後、株式会社タケナカというところに入って、プロジェクションマッピングなどをやらせてもらって私のクリエイティブが開花するわけです。例えば東京ドームの宇宙ミュージアム『TeNQ』というシアターのコンセプト設計やその中で流れるコンテンツの監修と監督をさせてもらいました。他にもプロジェクションマッピングを中心に全国各地でいろいろと作ってきました。

4年間ぐらい勤めて、独立。血迷ったんですね…。まあ挫折して今は「第二次大後悔時代」に突入します…。

俺ってクリエイティブ!なのか??

twdw 谷田光晴

これから、皆さんにお話しするのは、「俺って、クリエイティブだぜ!」というわたくし谷田光晴の、華々しい、大失敗談です。

私のクリエイティブ人生は、8歳のときに、小学校の絵のコンクールで、佳作という微妙な賞に入ったところからはじまります。

(会場笑)

それからの青春は暗黒時代です…。髪の毛がこのクルクルの天然パーマ。今でこそ、すごい気に入ってるんですけど、当時、すごいコンプレックスで。そんな子は、クラスに1人くらいいたと思うんです。みんな、ちょっと意地悪しちゃった思い出ありませんか?その煽りをもろに受けまして、泣いて帰るかなり暗い子どもに…。

それから、「キャラ勝ち」という方向に自分を持ってって、この天パをおいしいキャラにしてしまえと、しゃべりと身ぶり手ぶりというアクションで、社会の大海原を乗り越えていったわけです。「クリエイティブな俺」と思い込んでいたタケナカ時代には、「オレックス」を推進していました。フレックスではない、より自分勝手な、「オレックス」という勤務スタイルで日々クリエイトしてたんですね。

今思うと、もう最悪です。「俺はスターだ」と思ってたんですね。上海行ったあと、香港行って、北京に行って。日本に帰ってきて、ドイツ行って、ラスベガス行ったり。世界を飛び回ってましたから。「俺ってクリエイティブだもんなあ」つってね。

仕事には熱中していました。ですが、2011年の震災をきっかけにイベント業界がすごく落ち込んで、仕事がなくなったんです。大型イベントの納期に間に合わないという大失敗をしたりもして。それでもいろいろな作品を発表しつつ、クリエイティブってなんなんやろうか、って考えながら作っていました。

クリエイティブ羨望症に気をつけろ

当時の私は「クリエイティブ羨望症」だったわけです。

twdw 谷田光晴

どういうことかというと、誰にも聞かれてないのに行き先アピールしたり、ノマド感を出したり。空港でワールドワイドな雰囲気の写真をアップしたり。孤独に働く男をアピールしたり、俺は、うまいもん食ってるぜ!とかね、仕事してる感とかね。感々感々、してたんですよ。

(会場笑)

これもう、「SNS多投稿症候群」という病気なんですね。みなさんの周りにもいますよね?この病気はクリエイティブにあこがれてる方が患う「クリエイティブ羨望症」という症状と併発するとこじれますんでホント。早めの治療をオススメします

(会場笑)

実は映像って作業する時間や書き出す時間が長いんで、その暇つぶしにSNSをやっただけなんです。でもこの機会にきちんとね。僕のことをSNSでフォローしてもらっている皆さんに謝りたいと思います。つまらない写真や動画、社会に対する愚痴とかを投稿し続けてすいませんでした。謹んでお詫び申し上げます。

ワーカホリック≠クリエイティブ

でもね、そんときまで、俺ってクリエイティブやん、ってずっと思ってたんですよ。

とある期間のスケジュール帳は、ほとんど作業。睡眠は大体、2、3時間。あとは、移動の時間は多くてね、打ち合わせはそこそこに、作業をするって。会社からは忠告をもらいます。「おまえ、働きすぎや、休め」と。本当に、ワーカホリックでした。だって、クリエイティブだもん。でも、全くクリエイティブじゃない現実がありました。

twdw 谷田光晴

重なる案件、余裕なき私生活、かさむ出張経費、クリエイティブと営業の二重活動。

twdw 谷田光晴

その時はもう仕事が中毒的に楽しくて仕方がなかったんです。でもね、それがだんだん薄れてくるんです。「本当にこれでいいんか?」って。

クリエイティブって何やろう?みたいな。俺は何のために作っているのか。誰のために作っているんだろうというの、疑問が疑問を呼んで、クライアントか、会社か、自分か。クライアントか、会社か、自分か、クライアントか、会社か…。

そこでクリエイティブな私は、分からんかったら知っている人に聞くなり、成功者の方法を模倣なりしてやろうと思ったわけです。そうです。私は本を読みました。ありとあらゆる本を年間182冊を自腹で買いましたね。ノウハウ本、仕事術、マーケティング、ブランディング、歴史、自己啓発…。もう知識の泉の中にダイブしたような気持ちになって、ものすごく賢くなったような気持ちになったんですね。無敵やと。「俺の今までのクリエイティビティに、この知識量を加えたことによって、俺はさらに無敵になってしまった」そう思っていました。

(会場笑)

するとどんな行動に出るのか。例えば打ち合わせとかで、クライアントから率直な意見言っていただけているのに「それってどうなんですかね。ソクラテスのやり方と一緒ですよねと。それでは自分の中に答えを見いだすことできないですよ」みたいな。意味の分からない、言い訳を言っているみたいなことをやってしまって。

(会場笑)

本の受け売りでは、心をつかむことできない。そりゃそうですよ。だってお客さんは、「谷田光晴の話を聞きたい」って言っているわけなのに、どっかで聞いたことあるようなないような話しか出てこないんですから。

風呂敷広げてしまって、畳めなくなる。散らかしたまま帰っていくということをしてしまって、当然うまくいかない。自分の中で生まれたもんじゃないから。当たり前。気づくのが遅いんですけど。

自分的にいいもの≒社会的にいいもの≒売れるもの≒いいもの?

自分的にいいものが、社会的にいいものとは限らないんだなということを、ここでようやく谷田青年は気づきます。何がいいのかどんどん変わっていく時代やから、ようわからんと。いちいちそれはKPIの係数がどうなのかとかって言われても、もう、わからんっちゅうねん!それは今のまま市場が健全に推移していくという、強引なアルゴリズムにはめて考えているんじゃないですかと。当時の私は「面白いことがしたいんですよ!」みたいなぶち壊し屋だったんですけど。ふと思ったんです。社会におけるクリエイターの役割って何なんかって。

表面的に見えるものだけじゃないんじゃないかななんてことを思いだして。まあ、クリエイターが作り出すものは、「感じ」じゃないんだと。感じることは大事なんだけど、雰囲気もんな言葉に惑わされちゃだめなんだということ。徐々に自分の中で、一つ一つ、答えをたぐり寄せていくんですね。

クリエイターが作り出すものは、「伝える何かなんじゃないか」みたいなこととかを考えたり。じゃあ、何かって何やねんみたいなこととかね。方法とか、形式は問わず、何でもええから、伝えることができたら、十分クリエイティブなんじゃないかなとか思いだして。

twdw 谷田光晴

伝えることと、伝えるすべがわかっていたら、もう、十分それでクリエイティブなんだ。あとはやるだけ。「でもやれるスキルないしな…」とか思っちゃだめですよ!1人でできないときに、仲間を作って、そうすれば一緒にクリエイティブできるって思うようになるじゃない。間違いなく仲間は横にいます。一緒にクリエイティブできます。

私たちはね、重傷、軽傷問わず「クリエイティブ羨望症」にかかっています。でもね、実際は泥水をすする様な仕事ですから。世の中にクリエイティブじゃない仕事なんか存在しないんです。仕事をして誰かの役に立っているならクリエイティブ。そこに存在することが許されているんだから。

「クリエイティブ」って、ただの言葉なんです。だまされちゃだめですよ。みんなそれぞれ、もう、十分クリエイティブなんです。

だって、クリエイティブ何ぞや。おしゃれなカフェで仕事していて、Mac使っていて、スマホ、タブレット駆使し、仕事して、ガジェット最新のやつ、ノマドスタイルで、最新テクノロジーで…。ってんなこと絶対無いですから!

twdw 谷田光晴

もう、かけ算に期待しないことにしたんですよ。たし算しかない。なぜかというと、かけ算なんて、ひとつマイナスがついたら、一気に全部マイナスになるでしょ。

クリエイティブとは日々研鑽し続けること

世の中そんなドラマチックにできていません。だから、僕はね、自分の仕事するとき、どうやってやっているかってね、徹底的に、このBを考えるんです。

twdw 谷田光晴

Aは手つなぐんでしたっけ。Bはキス、キッスですか?せせせ、接吻ですか?

(会場笑)

ちょっとごめんなさいね。時間もいい感じやから…。Bの追求をするということを日々やっているんですね。Aとなる自分は常にアップデートする。それに何か(B)を加えていく。これを徹底に追求していけば、伝え方は自分の持っているスキルでしかないから、やっていれば足りないものは勝手に周りが引き寄せてついてくる。いろいろ考えないでBだけ考えようって思ったんです。

社会とか自分に足りないものを常に追求するんです。追求と要求の違いってわかります?社会が要求することを追求することと、ないものを常に追求する。常に追求していくこと。追求作業こそがクリエイティブだと、自分の中で一つの結論に至ったんです。誰でもできるじゃん!

自分ができる作業が、例えばExcelの表計算、見積もりだったとしても、パワポの製品の企画プレゼンだったとしても、それをどうやって伝えれば、クリーンに自分の伝えたいことをわかってくれるかということ、常にBを考えていく。感じて創る力、つまり、「感創力」というのを、徹底的にみがく。それさえできれば、クリエイティブっていうことにしちゃったんですね、自分の中で。

そこから、俺ってクリエイティブだろって、これみよがしにクリエイティブ感をアピールしていた僕はいなくなったんです。

twdw 谷田光晴

だから、皆さんね、今、手元に自分の名刺持っている人いますか。じゃあ、みんなでやってみましょう。自分の名刺に肩書き書いていますよね。肩書きのあとにクリエイティブって書いたら、例えば、「営業クリエイティブ」ってなると、何かクリエイティブな感じしません?

(会場笑)

自分の肩書きの前にクリエイティブ何とかってつけたら、すごいクリエイティブなことをする。例えば、自治体の人だったら、主査とかってあるじゃないですか。「クリエイティブ主査」とかって、むっちゃかっこいいじゃないですか、やっぱ。クリエイティブ主査って、どんなことするんですかって、いや、みんなとやっていること一緒なんだけど。

(会場笑)

クリエイティブとは何とかって日々研鑽してやっていくこと。ちょっと駆け足でしたね。谷田光晴という男の失敗談から学んだことを、皆さんにシェアさせていただきました。ありがとうございました。



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