2017.10.19
和田夏実が「手話」にかける魔法とは?24歳のスーパークリエイターが切り拓く「手話×テック」の未来。

和田夏実が「手話」にかける魔法とは?24歳のスーパークリエイターが切り拓く「手話×テック」の未来。

手話のおもしろさを多くの人に伝えたい。その思いを胸に未踏スーパークリエータ、和田夏実さんは『Visual Creole』を開発。手話とイラストがセットで表現できる映像ツールだ。目指すのは多くの人が「手」で表現することで頭の中のイメージを伝えあう未来。手話に惚れ込んだ彼女が目指す先とは?

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手話から生まれる表現を多くの人に伝えたい。24歳の未踏スーパークリエータ、和田夏実の挑戦


「手話って本当におもしろいんです」


彼女は目を輝かせ、「手話から生まれる表現を詩や映画や音楽、漫画とかと同じようなカルチャーにしたい」と自身の活動について語ってくれた。

和田夏実さん(24)。現在、慶應義塾大学大学院に通う未踏スーパークリエータ*だ。彼女は「手話」に「デザイン」や「テクノロジー」を掛け合わせ、とてもユニークなプロジェクトを手がけている。

そのひとつが、「Visual Creole」(ビジュアルクリオール)。カメラで手話ジェスチャーを読み取り、事前に描いておいたイラストが動きと同期。まるで動画アプリ『SNOW』のようにイラストがくっついてくる。手話表現の豊かさを、イメージで拡張していく試みだ。

そこに耳の聞こえない人、聞こえる人という括りはない。言葉の壁さえ飛び越えた「頭の中のイメージや思いを共有する」という未来を目指している。

(*)2016年、経済産業省が主催、IT分野で突出した人材を発掘・育成する未踏事業に選出。

彼女が開発している「Visual Creole」


手話のおもしろさをもっと多くの人に届けたい。

そう考えるのには理由がある。彼女にとって手話はとても大切なもの。日常そのもの、手話と共に育ってきたといってもいい。


「私の両親はろう者で、耳が聞こえません。家の中の会話は手話。ただ、学校などの友人とは音声言語で会話をしていた。そのコミュニケーションの違いって壁じゃなく、手話に惹かれるきっかけだったんです」


  

和田さんが、5歳くらいのとき。家族でお寿司パーティーをしている映像


同時に、手話の楽しさをまわりの友人たちに知ってもらい、親しんでもらうことは想像以上にむずかしく、もどかしかったという。


「手話って出会うきっかけもなく、良くわからないものなんですよね。人はよくわからないものと距離をつくり、聖域化したりタブー化してしまう。世界に隠れた美しさを知らずにいることはとても悲しく、もったいない」


そう語る彼女の表情はあたたかく、まなざしは未来に向けられている。


「手と顔で伝えあい、話ができる。この文化のすばらしさや彼ら、彼女らがつくってきた歴史の創意工夫...これをどうにか社会につなげたい」


手話の世界は、言い換えるならば複合現実のような独特の世界観。手と体で、会話をし、ビジュアル表現を「場」で作り上げ、伝えていく。CGツールは3次元、イラストレーターが2次元とすると、手であらわすことは時間軸を含む4次元の視覚表現ツールとして可能性を秘めていると和田さんは語る。

取材が終わった後、私の「手話」に対するイメージは一掃されていた。手話で広がる豊かな世界、その可能性について迫っていこう。

手話には映画『ファンタジア』のような世界が広がっている

和田さんの写真

大学院に行きながら、フリーランスのインタープリターとして働く和田夏実さん。身体性の異なる方々と、さまざまなアートプロジェクトやプロダクト開発を行なう。


― 和田さんが開発した『Visual Creole』拝見しました。イラストが動いたりして、すごくかわいいですね。


手から生まれる表現って率直にすごくおもしろいエンターテイメントだと思うんですよね。だから私は手話から生まれる表現を映画とか、音楽とか、マンガとかと同じようなカルチャーにしたい。そう考えているんです。

じつは、手話から生まれる表現にはディズニー映画『ファンタジア』のような、心躍るようなユニーク表現がたくさんあって。たとえば、「泣く」を表現するときに「もう涙が出すぎて、水たまりができちゃった」とか。「泣きすぎて、この部屋中、海になっちゃったよ」とか。


  

「泣く」の表現


私が小学生ぐらいのとき、父がよくやってくれた遊びがあります。

それが自分の目玉を飛ばすジェスチャーで。「目は、遠くどこまでも空を飛んでいき、どんな場所だって私たちは見ることができるんだよ」と。

ある時は「隣の家の夕飯はなんだろう?」って妄想したり、あるときは「地球の裏側にいってみよう!」と空想の翼を羽ばたかせてみる。目が旅できたら、世界はどこまでも広がっていく。手で表すことでそれが可能になるんです。

「お父さん、今何がみえてるの?」

そんな風に私が聞くと、父は「いまね地球の裏側ではこんなことが起きているよ」と、新聞やニュースについて私に分りやすく教えてくれて。今でも楽しい思い出ですね。


― 発想豊かで、ワクワクしますね!


「手話」と「子どもたちの表現力」ってすごく相性がいいんですよ。

いま、小学生向けに手で伝え合うワークショップを定期的に開催しているのですが、子どもたちの想像力にワクワクしちゃう。みんなの頭の中にあるイメージや妄想が、手と体を使うことでありありと目の前に現れてくるようで。


ワークショップの様子

子ども向けに開いたワークショップの様子

たとえば、「アイデア」というお題を投げたときのこと。大人でもけっこうむずかしい表現ですよね。子どもたちのなかには、頭の上で雲のかたちを手で作り、「アイデアの雲から、雨が降ってきて、アイデアの芽が出てきて、ひらめいた!」と表現してくれた子がいました。


  

「アイデア」の表現


頭の中にある発想ってなかなか言葉では表現しづらいものもありますよね。でも、手と体を使って自由に表現してもらうと、誰も思いつかなかったような豊かな表現が引き出されることがあります。

何回かワークショップをリピートしてくださる親御さんもいて。話を伺うと「家で子どもと一緒に遊んでみました」であったり、「こんなにも表現力が豊かになるなら手話を身につけさせたい」であったり、そういった声をいただけるのがすごくうれしいですね。

「言葉」を飛び越えて、伝え合うことができる

和田さんの写真

― 手話がこんなにもおもしろい世界だとは…正直、思いませんでした。


手話って、そのものの「名前」を知らなくても、伝えることができるんですよね。空間に見たまま、ありのままにカタチづくることできる。そういった意味で、視覚的により豊かに伝えることができる表現だと思っています。

私たちは記号としての名前を物事につけていますよね。たとえば、日本語で机は「つくえ」。英語だったら「テーブル」というように。音声言語だと「机」という記号は画一的なものになって、そのイメージは一人ひとりの想像に委ねられます。

手話の場合は、手と顔を使って「どんな机なのか」をパッと表現できます。木製なのか、鉄製なのか、サイズや色などはどうか。人によっても表現の仕方が違ったりして。

「ぽつぽつ」や「ざーざー」など、音声言語ではオノマトペで細かく表現していくことも、手でそのままに模倣して伝えることができます。たとえば、どんな雨の降り方か。どこに雷が落ちたのか。雲がどんなふうにあらわれたのか。すごく映像的で、頭の中のイメージが伝わりやすいんです。

その映像的なイメージを可視化し、一人ひとりの表現を引き出すことを目指しているのが「Visual Creole」ですね。


  

現象の表現

手話って拡張現実かも?

― 「手話」に「テクノロジー」を掛け合わせ、さらに楽しさを伝える。その発想が、すごく斬新でユニークだと思いました。


今、世の中ではミックスド・リアリティ(通称:MR)が注目されていますよね。ミックスド・リアリティというとむずかしいですが、ポケモンGoだったり、VRだったり、自分たちが知覚している現実空間に、仮想空間を重ね合わせ世界が複合的に拡張されていく技術のこと。

じつは手話の世界って、200年くらい前から、ほぼMRのような世界観が醸成されていたと言ってもいいと思うんです。だって手で物自体をその場に作り、「場」や「空間」とともにものを動かしたり、変形しながら「出来事」「情景」を伝えることができる。これってすごいことですよね。

ただ、ちょっと前までは、記録や保存に向いていなかった。いまはテクノロジーが追いついてきたので、手話がすごくおもしろくなる時代だと思います。限られた場でしか学べなかった手話が、スマホの登場によって、カンタンに映像として記録し、保存できるようになりました。

さらには、FacebookやTwitterなどSNS上で拡散され、この5年くらいで爆発的に世界中の手話の言語が世界でシェアされるようになっていて。手話話者が話をしてきたことが保存されていく。これは文化的にも大きな意味をもっています。

「展示会にいったらこういう幻想的な空間だったんだよ」とか、「こんな夢を見たんだよ」と頭の中にあるイメージや、自分の伝えたい思いを、どんどんアウトプットして、シェアができます。

海外の人とコミュニケーションが取れたり、より素直にイメージを伝えることができたり。ビジネスシーンのプレゼンでだって活きるはず。みんなが手と顔で伝え合う方法を身につけたらら、もっともっと豊かな世界になっていくと思うんですよね。

未来は「異なる身体からみえてくる世界の豊かさ」にあるかもしれない。

― 手話限定の話というよりも、「イメージ」や「感情」をどう伝えることができるか。可能性をどう広げるかといった話のようにも感じました。


そうですね。私は身体性の異なる方々の感覚を技術を通して知ることで、世界の解像度をあげて、可能性を広げていくことをしたいと思っています。

私自身、日々の研究活動や仕事のなかで、「私が捉えていた世界」が根底からくつがえされ続けているんです。現在は、目の見えない友人と一緒に「音のデザイン」を研究していて。どうやって街を歩いてるんだろう、どうやって空間を認識しているんだろうと話すことで街や空間の見え方が変わっていくんです。


写真

DDDprojectのオープンプロジェクトミーティング「音の盲点探索ラボ」


一緒に研究をしている視覚障害の友人は真っ暗の世界に生きています。彼と一緒に「光」について考えたことがあって。「光」って時間を分けて「1日」を作る役割をしているよねって話してたら、サウンドデザイナーの彼は一日のイメージを朝はアブラムシ、夕方はヒグラシ、夜はコオロギといったように「虫の音」で表現してくれました。

私にとっての1日のはじまりや終わりは「光」で感じています。ただ、それは私からみえる世界の一面でしかなくて。すごく「視覚優位の世界」に生きていると思いました。

研究を進めていくにつれて、目を中心に考えていた美しさについても疑問が生まれてきたり、たとえば、「かわいい触覚」を作るにはどういう方法があるのか。異なる感覚をもつ人同士が感じるもの、こと、感覚は、どうやって共有できるのか。違いから生まれる身体感覚や文化を丁寧に探していく、そういった領域にこそ豊かで新しい発見や未来があるんじゃないかってすごく考えていますね。

世界の豊かさを発掘し伝える「解釈者」になりたい

写真

―もうひとつ、和田さんの活動がすごくステキだと思うのは、和田さんご自身がとても楽しそうだということでした。


壁を感じていたけど、ちょっと飛び越えたらじつはすごくおもしろい世界が待っていた。その連続なのかもしれないです。

豊かさって技術ではなく、人側にこそあると思っていて。人が積み重ねてきた文化や感覚をより丁寧に拾い、体験として伝えるために技術を使いたいし、デザインをしていきたい。

言葉では理解することが難しかったひとりひとりの異なる感覚も、技術、プロトタイピングを通して互いに探り、共有していくことで可能性を広げることができると感じています。

そういった意味で、私はまだあまり知られてない価値や豊かさを発掘し世界に伝えていく解釈者、英語だと「インタープリター」といいますが、そんな存在でありたくて。手で伝える文化のすばらしさ、みんなでつくってきた歴史の創意工夫を感じるたびに、どうにか社会につなげたいと思うし、多くの人に知ってほしい。

どうしても障害をもっている人と知り合うとか、その分野に飛び込むとかハードルは高いですよね。そもそも街で見かけた時に、どうしたらいいのかわからない。どきどきしちゃうじゃないですか。こういったハードルを飛び越えた先の豊かさを伝えられる表現やツールを作っていきたいと思っています。

まだまだ納得のいく実現にまでは遠い道のりで、未熟さを実感する日々ですが、その小さな一つひとつが直線的な未来というより、幅の広い豊かさのための未来につながっていくきっかけになったらなと願っています。


― 手話をカルチャーとして広めていく。そんなワクワクする活動をこれからも楽しみにしています。本日はありがとうございました。


文 = 野村愛


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