「のん」を起用したCMでもおなじみ『LINEモバイル』。同事業の立ち上げに参画し、軌道に乗せた立役者の一人、それが嘉戸彩乃さん(32)だ。彼女は外資系証券会社、ベンチャーを経てLINEへ。そのわずか1年後、LINEモバイル社の代表に就任した。嘉戸彩乃は一体何者? その活躍のウラ側とは?
2016年3月、モバイル業界を揺るがすニュースが駆け巡った。
「LINEが格安スマホ・SIMに参入」
そして誕生したのが『LINEモバイル』だ。2016年9月に正式リリースされ、着実にユーザー数を伸ばしてきた。特徴のひとつは、ユーザー満足度が非常に高いということ。「LINEモバイル」ユーザーを対象とした調査(*1)では、ユーザー満足度86%に加えて、友人や家族への推奨度も80%近い数字を誇る。
同時に、あまり知られていないのが『LINEモバイル』立ち上げの裏側、そして同社の代表取締役社長を務める嘉戸彩乃さんの活躍についてだ。
彼女がLINEに入社したのは2015年2月。じつはこのタイミングにおいてモバイル事業はほぼ白紙。わずか1年でいかに『LINEモバイル』の事業化を推進したのか。なぜそれが実現できたのか。彼女が実行してきたことと同時に、そのキャリア・仕事観に迫ってみよう。
(*1) 2017年11月 LINEモバイル社調べ。
[プロフィール]嘉戸 彩乃(Kado Ayano)
LINEモバイル株式会社 代表取締役社長
大学卒業後、2008年4月にUBS証券会社(現UBS証券株式会社)に入社。投資銀行本部にてテクノロジー及びテレコム業界のM&A案件の執行、資金調達アドバイザリー業務に従事。2012年12月、モバイル通信のインフラシェアリング・ソリューション事業を展開する株式会社JTOWERの立ち上げを経て、2015年2月、LINE株式会社入社。事業戦略室にて新規事業の立ち上げに携わり、2016年2月よりLINEモバイル株式会社 代表取締役社長に就任、現職。
― まずはどのように『LINEモバイル』の立ち上げに携わられたか、伺っていければと思います。
2015年2月にLINEに入社してからは、LINEが今後どう発展すべきか、新規事業の観点から役員とディスカッションを繰り返すなか、その1つとして「モバイル」がありました。戦えるかどうか、市場調査や分析を重ね、事業戦略・計画を組み立てていきました。
ものすごく深掘りしたのが、そもそものコンセプトとして「どういった価値をお客様に届けられるか」ということ。そしてその価値あるサービスをどう実現するか。どのような座組であるべきか。新規事業って「何をやるか」と同じくらい「どうやるか」が大事になる。そしてリソースをどう確保するか。それら全般の推進を担っていったというカタチです。
― 最も苦労された点でいうと?
採用活動ですね。どうしても求人募集を開始し、メンバーの入社が決まるまでにタイムラグが発生する。たとえば「事業観点から6ヵ月後にこういう事が起きるだろうから、こういう人が必要だ」と逆算して進めたのですが、なかなか計画通りいかずに大変でした。
もうひとつ…今だからお話できる部分として、入社してから半年くらいって本当に手探りで私自身、ほとんど何もできなかったといっていい。社内の人たちからすれば「あの人は何をやっている人なんだろう」という感じだったと思います。
というのも、もともとLINEには投資担当として入社と認識していたのですが、入社したら新規事業開発のチームに配属となり、バタバタしていたというのがあって(笑)ただまあ結果としてすごくラッキーなタイミングだったと思います。
― なぜ嘉戸さんに、新規事業のミッションが託されたのでしょう?
本当の意図は面接いただいた役員に聞かないとわからないですね(笑)ただ、なんとなく「できるだろう」と思ってもらえたんだと思います。もともと前々職の証券会社ではM&Aのバリュエーションに携わっていましたし、前職では資金調達もやっていて。事業戦略に欠かせない市場規模や成長性、構造の調査・分析といった部分は活きたと思っています。
あとはベンチャーで働いていた時代って本当にいろいろやっていたんですよね。どういった事業に、どういった人員や体制が必要か。取引先やパートナー先とどう進めるか。採用活動においても求人出稿からスカウトメールを送るところ、面接までひと通りやっていました。現場感があったのも良かったのだと思います。
― そこから、どういった経緯で社長に?
LINEの取締役である舛田から「代表をやってくれないか?」とLINEのメッセージを頂きました。それで、「あ、はい。わかりました。」という感じで決まりましたね。
― …え? そんなにライトに?
そうですね。役割として誰かがやらないといけないですし。子会社をつくるということは決まっていたので、設立準備をしていた際、上の方に「代表はどうしましょう」と相談するなかで決まっていきました。
― 「うれしい」とか「やってやるぞ」とか…もっといえば「出世したい」などは?
ないです、ないです(笑)社長といっても「役割のひとつ」だと捉えていて。なによりユーザーの皆様に価値を感じてもらえることが第一。新規事業ですから、それが実現できなければやる意味がない。やらなきゃいけない事をずっとやり続けていく。基本的には、その延長線上にいるだけだなって。
― ユーザーへの価値を突き詰めて考えられる部分が、まわりから評価が得られたポイントだったのかもしれないですね。では実際、社長になってみて変わったことなどはありましたか?
特に「社長」としての立場で外に出ていくようになってから、変化を感じるようになったかもしれません。もともとオペレーションであったり、契約交渉だったり、本当に現場を手がける人間だったので…慣れないことばかりで。
たとえば、発表会とか、取材対応とか、やったことがないわけですよね。私が外に出ることで『LINEモバイル』が有名になるならそれでいいですし、役割としてやっていきたいという思いはあるのですが、うまくできずに失敗ばかり。今も苦労しています(笑)
どういった服装で出ていくのがいいのか。どういった話し方をすればいいのか。広報のみなさんに研修をしてもらってから外に出ていくみたいな感じ。もう分かんないもんは分かんないから、全部聞こうというスタンスですね。
― 外に出てはじめて「社長」という役割について実感されたというのはおもしろい話ですね。たとえば、社内において社長として大切にされていることはありますか?
これは社長に限らずだと思うのですが、同じモチベーションでずっとい続ける、むしろモチベーションに左右されて仕事をしないということかもしれません。たとえば、自分の顔が暗いとまわりも暗くなってしまうのは絶対にある。そこは大事なんだろうなって。
あと、大前提としてみんなを信頼する。信頼できる人しか採用しない。だから、メンバーの意見を素直に聞き入れていきますし、その意見によって方針を変えることも多いです。LINEグループで働いていて、すごくいいなと感じるのは年齢も役職も関係なく、みんなフラットであること。いつでも正しいことが言えることだと思います。
― 嘉戸さんの仕事観についても伺わせてください。ファーストキャリアは外資の証券会社ですよね。そこからどのような軸でキャリアを選択されてきたのでしょう?
ずっと「どこかで焦りを感じている」というのがあるかもしれません。
私が女性だからというのもあると思うのですが、結婚や出産などをきかっけにライフスタイルはどんどん変わっていくという前提がある。その時のために、ちゃんと貯蓄もしておきたいですし、ビジネスで多くの経験を積んで成長したい。だからこそ、変化の激しい環境に身を置きたいし、そこで働いていたいんですよね。
ファーストキャリアとして外資系の証券会社を選んだのも早くに成長できそうだから。日本企業だと丁稚奉公が長すぎるという問題を感じていました。
もともと私の母もずっと働いていましたし、「働く女性になれ」「とにかく働け」と言われて育ってきた。それが普通の家庭でしたし、自分自身もすごく幸せだったんですよね。
だから、私は「働きつづけたい」と考えていますし、仕事って基本的には楽しいものなんだと思うんです。人生を楽しむためのもの。あまりプライベートと仕事を分けて生活している感覚がない。もちろん「もっと世の中が便利になってうまくいったらいい」といった考えはあるのですが、それが仕事をするための原動力になっているわけではないのかもしれません。
― ただ、当然仕事って楽しいことばかりではないですよね。辛い時もあると思います。
そういった時には、ゲームに例えることも多いですね。「これをクリアしたら、次のステージに進める」そんな風に小さな成功体験を積み重ねていく。経験値をあげて新しい壁に挑んでいく。
『LINEモバイル』というサービスでいえば、「実現したいことがあるのに、どうしてもむずかしい」という時、かなり精神的な辛さを感じるんですよね。ユーザーのみなさまからのフィードバックにも毎日目を通しているのですが、その都度「もっとできるんじゃないか」「なぜ実現できないのか」ということとのせめぎ合い。だからこそ、真摯にユーザーのみなさんの声と向き合いつづけていく。自分たちもレベルアップして、実現できることを増やしていく。ここは基本のスタンスとして、ずっと大切にしていければと考えています。
― 業界に風穴をあけるチャレンジャーであり、同時に、いかに価値あるサービスをユーザーに届けるのか追求する。嘉戸さんが大切にされている根底の考え方にも触れられたように感じます。今後のサービス拡張や展開、楽しみにしています。本日はありがとうございました!
(おわり)
文 = 白石勝也
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