大阪の制作会社『人間』は”笑い”という表現にこだわり、ひたすら我が道を突き進む。鼻毛通知代理サービスをつくったり、m-floの☆Taku Takahashiとアンダーヘアで音楽をつくったり、ケンドーコバヤシと”美少女に見られるだけ”のアプリをつくったり……。彼らの反則ギリギリの戦法とは!?
笑いの聖地、大阪。ここに”笑い”を軸にWebプロモーションやWebサイト・アプリ制作、さらにはリアルイベントまでを企画・実行する不思議な集団がいる。
彼らの名は『人間』。「面白くて 変なことを 考えている」を企業理念に掲げる、小さな制作会社だ。『人間』の素性を探るべく、大阪へ。取材に応えてくれたのは、代表取締役 ボケるプロデューサーの花岡洋一さんと、代表取締役 アイデアマンの山根シボルさん。
彼らを含めて10名弱のチームだが、確かな制作力・表現の幅広さが評価されており、何より”笑い”を追求する姿勢に執念すら感じさせる。
たとえば、大阪府主催の移住促進プログラムで人が地面に突き刺さっているクリエイティブ全般を手がけたり、TEDxKobeでは13分の持ち時間で同じテーマのプレゼンを4回繰り返すという離れ技に打って出たり。また、再結成が話題のm-flo ☆Taku Takahashi、ケンドーコバヤシともコラボして「なぜ彼らのような有名人がこんな企画を……?」と思ってしまうようなサービスを手がけている。
「反則技と言われても、僕らにはこのやり方しかないんです」
そう語る二人の言葉、そして決断に、コンプレックスをエネルギーに変えていくクリエイターの生き様を見た。
― 「僕らにはこのやり方しかない」という言葉が印象的なんですが、一体どういうことなんですか?
山根:
僕らの原動力って、負のエネルギーなんです。
花岡:
山根は特にひどいですよ。チビでデブで、29歳まで実家暮らしという土台があって、最も大きいのが美大・芸大への学歴コンプレックスですね。行きたいけど行けなくて、専門学校に入ったという。
山根:
学歴コンプレックスは大きいですね。美術系の展示会とかに出展するとわかるんですが、普通にやっても美大・芸大を卒業している人たちには勝てないんです。「専門卒で彼らに勝つためにはどうすんねや」って考えた結果、”お笑い”にこだわりボケまくるという方法に行き着きました。
でも、ただただボケるだけじゃないんですよ。
たとえば、アーティストが作品を発表するアートイベントがあったんですよ。他の人はイラストを描いたポストカードとか売っていたんですが、僕らは「なんでポストカードやねん」と思ったんです。ポストカードである必要性がない、すでに思考停止している、と。
そこで僕らはポストカードを販売しているアーティストたちの横で、『合体アート コンゴウ君』というパフォーマンスをやりました。来場者からもらったゴミを分解して混合して数分で新しいアート作品に変える。そして作品をロボットの口から吐き出させるという。なぜか大阪芸術大学賞とLマガジン賞をいただいちゃいました。
― すごい発想ですね。
花岡:
僕が高校時代、粗大ゴミを拾って、修理したものを売ってお金を稼いでいたんですよね。そのときの経験が活きました。
……え?
花岡:
そうそう。ゴミといえば、ゴミから生まれた『妖怪ごみあし』というキャラクターのパフォーマンスもやっています。ゴミ袋に足が生えただけの妖怪で、ゴミ収集車がやってくると逃げ出すという……
― でも…やみくもにふざけるだけじゃなくて、話題になったり、賞をとったり…なんていうか、すごいですね。
花岡:
「勝つために」ということは意識していますね。枠をはみ出すのも勝つため。デザインという名のリングのうえで既成概念やルールに則って戦うのではなく、場外で暴れる。僕ら以外に誰もいないから、負けることはないんですよね。だから目立つ。反則技って言われることもあるんですが、勝ちは勝ちなので。邪道の戦法です。
― クライアントワークでもそのスタイルを貫かれている印象があります。
山根:
今って普通のことをやっても目立たないじゃないですか。だから、インパクトを求めているところが多いんですよね。そういう意味では、世の中のニーズとの相性はいいと思います。
花岡:
僕らもはじめから今のスタイルだったわけじゃないんです。法人化して最初の仕事は、マッサージ店のチラシ制作です。あとは健康食品メーカーの広報支援をしたり……リソースの9割くらいを注いで、できるところからやってました。
ただ、残りの1割で作品づくりも続けていたんです。作品ができるとWebにアップするんですが、鼻毛通知代理サービスの『チョロリ』がTwitterですごくバズって、テレビとか新聞とかに取り上げてもらえて。それから少しずつ「アホな作品をつくって知ってもらう、仕事が来る、お金をもらってアホな作品をつくる」というサイクルが回り始めました。
今は、作品とクライアントワークの割合が6:4くらい。でも、クライアントワークも”人間の作品”っぽいオファーが増えていて、理想の形に近づきつつあります。そして、最終的には10:0にしたい。まぁ下積み10年、法人化して8年とめっちゃ時間がかかりましたけど……自信にもなりますよね。
― 最近では大阪府の仕事も手がけていましたが、『人間』が大阪で戦い続ける意味を教えてください。「大阪はお笑いの本場だから相性がいい」みたいなことはあるんですか?
花岡:
それはないですね。関西ってお笑いのイメージが強いかもしれませんが、インターネットやクリエイティブ、カルチャーの分野での面白さみたいなものはないんです。面白い人はいても、「面白いこと」が仕事にならない。
テレビや芸能、音楽などのエンタメ系のコンテンツってほとんど東京が中心じゃないですか。関西は製薬会社や教育機関が多いためか、面白さはそこまで求められない。ただ住むだけなら面白いんですけどね。『人間』にもIターンで入社した社員が二人います。人や環境は面白いんだけど、仕事にはならないっていう。
山根:
東京はバーグハンバーグバーグとかカヤックとかがありますけど、関西は少ないですね。だから僕らが目立っているということもあると思います。僕らがもっと頑張って、東京の人が「関西が面白そう」って思ってくれたら盛り上がるかもしれないですけど、まだまだ自分たちのことで頭がいっぱいです。
花岡:
仕事にならない理由のひとつに、笑いの価値が低いってことがあるかもしれませんね。カッコいいモノって高いじゃないですか。でも、面白いモノってそんなに高くない。たとえばミュージシャンのライブは5000〜6000円くらいポンといくけど、お笑いライブって1500円くらい。どちらの演者もお金、時間を費やして努力しているのに、お笑いは安いんです。
個人的に、”お笑い”って一番難しいものだと思うんですよ。下手をすれば炎上もしかねない。僕らもクライアントワークで何かを制作するとき、どんなアウトプットになるにせよ、きちんと課題解決できることは大前提。コンセプトのうえにお笑いのエッセンスを乗せるんですけど、バランスをみながらチューニングしていくので、予算も時間もかかるんですよ。でも、特に関西圏の理解が浅いから単価は上がらない。まぁ、邪道特有の苦労ですね。
― お笑いへのこだわりと学歴や東京へのコンプレックスって関係しているんですか?
花岡:
そこは完全に切り分けていますね。
僕らって性格は確かにネガティブだし、何かと妬みがち。ですけど、制作物には投影しません。コンプレックスはあくまでも美大・芸大卒や東京に勝つための原動力に過ぎない。勝つための手段が、お笑いだったというだけです。関係なくてすみません。でも、切り分けているからこそ、お笑いに専念できているのかもしれません。
― ここ数年で「好きなことで生きていく」という選択をしやすい世の中になったと思います。2000年から好きなことをやり続けてきたお二人が「やってよかった」と思うことってありますか?
花岡:
そうですね……二人でやるのは結構いいですよ。
お互いの目があるので挫折しにくいし、得手不得手があるので補い合える。何より相談できるから「ウケへんかったらどうしよう」という不安も解消できます。他所からうらやましがられることも多いですね。一人でやっている会社でも、結局ナンバー2がいるじゃないですか。僕の場合、パートナーが早めに見つかったのはよかったと思います。
― お二人は社内でどう役割分担しているんですか?
花岡:
組織においては僕がお父さんで、山根がお母さん。僕が外を見て、厳しいことを言って、山根が中を見て、優しいことを言う、みたいな。
山根:
お互い補い合う話をすると、僕は自分の判断に自信がないんですよ。自分で考えたことって、自分の判断だとだいたい面白いじゃないですか。だから、僕は花岡に意思決定を任せています。彼の決断は正しいと信じているので。
花岡:
山根が考えたことに対して、僕が行動を起こすケースが多いですね。
山根:
自分で動くより、花岡を動かす方が楽なんですよ。
どういうことかというと、たとえば僕がカフェとかでかわいい女の子を見つけて、花岡が気づいていなかったとします。そこで、僕が花岡に「あっちにいる女の子、かわいいですよ」と教えてあげる。すると、花岡は勝手にその女の子のところまで行って、おっぱいのカップ数まで聞いてきてしまう……そんなノリの会社版だと思ってください。
花岡:
僕だけ悪者になることが多いですね。
― えっと……あくまで「たとえ話」ということで。
山根:
あとは、長く続けてきたのはよかったです。当たり前なんですけど、何でも長く続けていれば仕事になるんです。僕ら、2000年からの18年間で、とにかくたくさん、しかもいろんなジャンルでつくっているんですね。Webサイトはもちろん、映像も、グラフィックも、イベントも、記事系も……何の制作会社かわからなくなるくらいにいろいろやりました。
花岡:
根本的につくることは好きだから、全く苦にならないんですよね。自分がやりたいことをやれているから、続けられた。そういう意味では、好きなことで生きていくという選択をする前に、「本当に好きなことかどうか見極めること」が大切なのかもしれませんね。
― 「反則技」とか「邪道」とか言いながらも、クリエイターとしての矜持を感じられるお話をありがとうございます。仕事や会社に対してものすごく真面目に考えているということがよくわかりました。『人間』のこれから、楽しみにしています。
文 = 田中嘉人
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