「生きる時間の大半をものづくりに使えて幸せ」そう語るのは、二人ともハッカーである久川夫妻。現在、受託と自社の仕事を両立させながら、自宅で好きなだけ開発する、という理想的な生活を送る。このスタイルを成り立たせる鍵は「ソフト、ハードにとらわれず、自分たちが喜べるものを作ること」にあるという。
▼鳥人間・久川夫妻へのインタビュー第1弾
今こそハードウェア開発に挑戦すべき!?MAKERムーブメントを先取りしたハッカーの生き方。
夫である久川真吾氏は、もともとバックエンドエンジニアとしてフィーチャーフォンのWEBサービスに携わっていた人物。
妻であるまり子氏は、建築事務所で構造計算を行うフロンドエンドのエンジニアだった。
この二人で運営しているのが『株式会社鳥人間』だ。※正確には飼い猫の「ルー」を入れて2人と1匹で運営。
ソフトウェアのバックボーンを持ちつつ、ハードウェア開発も活発に行うハッカー集団である。
個人プロジェクトの延長から独立し、現在、基幹システムの受託開発、自社アプリ開発、ハードウェア開発の三本柱で事業を展開しており、それぞれ売上は順調に推移しているそうだ。
彼らのモットーは、自分たちが喜べるものを作ること。久川夫妻は曰く「週末にやりたいことをずっとやっている感じ」。そんな理想ともいえるライフスタイルを手に入れる極意に迫った。
― 「自分たちが喜べるものを作る」をモットーにされているそうですが、それは仕事にはつながっていくものでしょうか?
真吾氏:
「おもしろそうだ」と作ってみて、仕事につながっていくことも珍しくないですね。
たとえば、Twitterが流行り出した時、"bot"っていうのが作れるらしいぞ、と。
時報などはありきたりだから、人工衛星の位置がわかり、目視できる時刻を教えてくれたら、おもしろそうだと思ったんです。
作ってみて、空を眺めたら本当に人工衛星が肉眼で見えた。これにすごく感動して、Google ストリートビューに連携させたらもっとおもしろいのではないかと実行してみました。
このサービスが注目されて、NASA(アメリカ航空宇宙局)から宇宙船の打ち上げに招待されるまでに!
宇宙飛行士の山崎直子さんにも気にいっていただき、旦那さんにスマートフォンアプリ版をインストールさせていただくことになったんです。
余談ですが、iPhone版のスプラッシュ画面は、山崎さんの旦那さんと娘さんが夜空を見上げており、宇宙にいるママを見つけようとしているイメージです。
― ユーザー第一号が山崎さんの旦那さん!すごくロマンがありますね。
まり子氏:
もともとロマンチストなんです(笑)
まだ"AR"という名称もなかった頃ですが、スマートフォンアプリをかざすと衛星の位置だけではなく、地球の裏側にどんな星があるのか、どんな都市があるのか、画面上からわかるようにしました。
そうすることで、我々が宇宙に浮いていることが実感できますよね。
― どうすればそういった発想が生まれ、開発に活かせるのでしょうか?
真吾氏:
私たちは宇宙、建築、歴史、料理、ハードウェア、ソフトウェア…全てに興味があって、調べて作ってみるのがとにかく好きなんです。そこから見えてくるものがたくさんあります。
真剣に生きていれば、基本的に無駄な時間は存在しないと思っていて。たとえば、手塚治虫は医師について勉強していたからこそ、ブラックジャックを描くことができた。
突きつめていけば多くの人が「不可能」と思うことだってできる。国際宇宙ステーションの飛行予報に関しては、公的な機関より正確なものができたりしていますから(笑)
― 作りたいものを作って暮らす、すごく理想的ですよね。ただ、そのためにもお金は必要。どう稼いでいるんでしょうか?
真吾氏:
基幹システムの受託開発、自社アプリ開発、ハードウェア開発、この三本柱で、だいたい1/3ずつ売上を構成しています。
独立した当初は受託開発100%だったのですが、遊びの延長でやっていたことで、少しずつお金がもらえるようになってきました。
基本的には、自分たちが喜べるものを作ろう、ということしか考えていません(笑)
ただ、やるからには自分たちが楽しんで終わりではなく、多くの人の心をゆさぶる製品を作り、それでお金がいただけるなら、なお良しと思っています。
まり子氏:
ハードウェアでいえば、Androidの連携デバイス用ADKなど自社プロデュース製品に加え、企業や個人で活動している方から依頼されて作る開発も増えています。
「実験用のマシンがほしい」や、「光るフィギュアを作りたい」など依頼はさまざま。
こんなことができるのか!と感動してもらえることも多いです。DNA増幅装置も、バイオ企業からお話をいただいてニーズに気づけたものです。
真吾氏:
基板、素材、デザイン、塗装...それぞれの得意分野があって、それぞれの価値観がある。
ビジネスでつながるのではなく、「君がやっていること、おもしろそうだね」というところから、新しいものがどんどん生まれています。
今だと営業活動も全然していないですし、作ることが好きだから、とにかくたくさん作って遊んでいる感じ。スーツだってここ何年も着てないんですよね。
まり子氏:
いや、もう太っててスーツとか着れないでしょ(笑)
― 趣味も、仕事も、そして私生活も境界線なく、楽しんでいらっしゃる印象を受けました。
まり子氏:
ホントにそうかもしれませんね。寝たい時に寝て、ネコが「ご飯ちょうだい」と鳴いたら起きて、二人で仕様や設計について話して、おもしろそうな製品を作る。
組織で大きなことをやろうという価値観もわかりますが、私は一人の能力を最大限に伸ばすことに面白みを感じるんです。プログラミングのスキルを高めるだけでなく、全部やってみたい。企業を「部隊」とするなら「格闘家」みたいなものかもしれません。
― もし、久川さん夫妻のようなスタイルを手にしたいと思った時、何から始めればよいのでしょう?
真吾氏:
何の準備もなく、いきなりの独立はさすがに難しいかもしれません。私たちも安定した収入が得られる受託開発の仕事があり、食べていけそうだったらやってみよう、と。
「独立は一か八か」と賭けに思われがちですが、私たちに関しては、勝てる勝負しかしていません。
― まずは安定した収入を確保しよう、と。同時に現職で必要なスキルを磨くことも大事になりそうですね。
真吾氏:
おっしゃる通りです。キャリアにとって必要なスキルのパーツは、常に集めておいたほうがいいと思います。
全く同じ仕事は一つとしてないわけで、必ず自分のスキルを伸ばせるところがある。
それを何百回と乗り越え、スキルは身についていくものです。逆にいえば、スキルが伸ばせそうな仕事は積極的に受けたほうがいいですね。
まり子氏:
私たちも夫婦ではあるものの、相手がサボると会社がつぶれるという危機感はあります。クオリティの低いハックをしていたら、激しい突っ込みを入れますし、妥協を許さない厳しさは大事かもしれません。
― 最後に、ハッカーとして成長をしていく上で、大事にされていることがあれば教えてください。
まり子氏:
作ったものは公開し続けていますね。アウトプットが何もなければ、まわりから見ても何をやっているのかなんてわかりませんから。
自分ができると思っていることと、人にできると思われていることは違う。
自ら情報を開示していかないと、相手から見たスキルや、それがどう活かせるか自分ひとりでは一生湧いてこないと思います。
真吾氏:
ある程度技術を習得し、人生経験を積んでいくと、それを拠り所にしてしまうことがあります。こう生きるのが正しいんだ、と。
やりたいこと、夢を持つのは大切ですが、それを「他の人の生き方は間違っている」と論法にすり替えてはいけない。
価値観の異なる人を否定せず、「一緒に何か作れるといいね」という関係をつくったほうが、ハッカーとして成長できるはず。
自分をオープンにして、常に新しい価値を受け入れていく。…要するにラブ&ピースですね(笑)
― 久川さん夫妻のオープンなスタンスや考え方も、今のワークスタイルに大きな影響を与えていると感じました。本日はありがとうございました!
(おわり)
[取材・文] 白石勝也 [撮影] 梁取 義宣
編集 = 白石勝也
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