「MAKERムーブメント」がバズワード的に広まる数年前から『株式会社鳥人間』の久川夫妻は、さまざまなマシンを自分達で開発してきた。もともとソフトウェア出身だが、ハードウェア開発も活発に行うハッカー集団だ。彼らの生き方からハードウェア開発で広がるエンジニアのキャリアの可能性について考えてみたい。
『株式会社鳥人間』という少し変わった社名の会社がある。もともとソフトウェアエンジニアだった久川真吾氏が独立し、妻のまり子氏と二人で運営している会社だ。
ホームページの事業内容には、「Webやスマートフォン、ハードウェアをハックし、 新しいサービスやモノを創造する」
と書いてあり、作っているプロダクトも多種多様。たとえば、『ラピュタの飛行石』は彼らが開発し、ネット上で話題になった作品。
国際宇宙ステーションの位置を、飛行石から放たれる光線が教えてくれる装置だ。
その他、人工衛星の位置をARで知らせてくれる『ToriSat』や、Facebookの「いいね」を「いいニャ」に変える拡張機能、Android端末の連携デバイス用ADK『Harpy』など、ソフトウェアとハードウェアにとらわれない開発が注目される。
『MAKERムーブメント』が話題になる以前から、ソフトウェアとハードウェアを融合させた独自のプロダクトを開発してきたハッカー集団だ。
もともとソフトウェア出身である彼らは、どのような経緯でハードウェアの開発をはじめたのか。そこから広がる新しいキャリアの可能性とは?
― お二人はソフトウェア出身と伺いました。なぜ、ハードウェアの開発を行うようになったのでしょう?
真吾氏:
今、たくさんのWEBサービスやアプリがあって、もうディスプレイ上だけで何が起ころうとほとんど感動しないですよね。ただ、リアルな装置とソフトウェアがつながれば、より大きい感動が生まれると思ったんです。
以前、自転車のトレーニングマシンを操縦することで遊覧飛行をGoogle Earth上で疑似体験できる『SpaceBike』というマシンを作ったことがあります。
ゆっくり漕ぐと地面ぎりぎりを飛行し、素早く漕ぐと高く飛べる、ソフトウェアとハードウェアを絡めた装置です。
じつは加速度センサーと回転計のデータを読みとって、Google EarthのAPIを叩いてエミレートしているだけ。
かなりシンプルな仕組みですが、イベントに出展し、子ども達に遊んでもらったらすごくウケが良かったんです。
必死にペダルを漕ぎ、東京からパリまで横断した子もいました(笑)
やってみたかったことが疑似体験できたり、イメージや想像が大きく膨らんだりする。ここはハードウェアならではの面白みですね。
まり子氏:
あと、ハードウェアは他社に真似されにくいのも特徴です。スマートフォンアプリなどはもう誰でも開発できる時代。ヒットアプリが登場すれば、それに似たアプリもどんどん出てきます。値段や機能によっては、後発でも売れることがありますよね。
その点、アイデアと技術の組み合わせが無数にあるハードウェアだとオリジナリティが出しやすいです。
― とはいえ、ソフトウェアエンジニアが、ハードウェアを開発するのは、まだまだ敷居が高いですよね。
真吾氏:
それがそうでもないんですよ。私自身、電子や電気工学系の知識はほとんどありませんでした。
たとえば『ラピュタの飛行石』もすごくシンプルな仕組みで、クラウドサーバで計算した結果を、Androidでキャッシュし、GPS機能と無線で指示しているだけ。
サーボモーターだって初めて触った素人なんです(笑)モーターの角度にしても、たった3行ぐらいのハードウェアプログラムを書くだけで、任意で動いてくれる市販のマイコンを使っています。
今度は、飛行石をペンダントにしようと考えていて、それも市販されている小型モジュールや、次世代型のBluetoothを使う予定です。
ソフトウェアでいうプログラミングエディターのような設計図のエディターも公開されていますし、オープンソースハードウェアの設計図もある。あとは市販されているモジュールと組み合われば、知識がなくても、自分だけのハードウェアを開発できます。ただ、量産するとなると、また別の話ですが。
まり子氏:
じつは、DNA実験用の『PCRマシン』という装置もオープンソースハードウェアで開発しているんです。
実験に不可欠な、DNAを100万倍に増幅させるマシンですが、もともとはアメリカのハッカーが『Kickstarter』で資金を募って開発し、設計図をオープンにしました。私たちが引き継ぎ、オープンなまま研究開発を進めることで全体へのフィードバックを行なっています。
本来、数十万円する高額なマシンですが、自分たちで設計した基板とパソコン用のクーラー、知り合いの町工場で作ってもらった部品等を組み合わせると、数万円くらいで作れてしまう。
― なぜ、DNAの増幅装置を開発しようと?
真吾氏:
もともと、知り合いだったバイオ企業からの相談で始まったプロジェクトです。今、世界的にも遺伝子研究が注目されていますが、一部の専門機関でしか実験ができませんでした。
それは『PCRマシン』の価格が高額すぎて手に入れづらかったことも、少なからず影響しています。
もっと安価で同じスペックの製品が開発できれば、日本の中学校や高校で理科用教材にも導入できるかもしれない。必要とする人たちがたくさんいる。それなら作る意味があるかな、と思ったのです。
― 今や製品開発は大手メーカーの特権ではないんですね。
真吾氏:
そうですね。ただ、一部では「ハードウェアの開発に個人が参入すべきではない」という考え方もあります。
未熟な私達がオープンハードから学び、早い段階からビジネスを始めることを「フリーライダー」とみなす考え方もあるでしょう。
たとえば、正規品の劣化バージョンを個人が作り、価格を下げ、売り逃げするケースなどが懸念されることもあります。もしくは、大手メーカー特有の考え方に縛られている。
こういった理由で、オープンソースハードウェアの流れを止めてしまうのは、あまりに惜しいことです。その中から生まれるイノベーションにこそ、大きな可能性が秘められている。
私は10人のエキスパートが作る製品より、1万人が試行錯誤し、淘汰されていく中で残った製品のほうが可能性があると考えています。
当初は『PCRマシン』も小さいプロジェクトでしたが、大勢の人が関与し、どんどん大きくなりました。
個人と個人が研究開発をバトンタッチし、良いモノを作る。さまざまな開発者の価値観が反映され、優れたアイデアが盛り込まれていく。オープンソースハードウェアの潮流は、もう既に大きくなっているのです。
料理人、看護師さん、文筆家…どのような職業な方でも、それぞれが現場で困っていることがあり、「こんな製品があればいいのに」と思っている。無数の小さなマーケットが巷には存在しています。
世界に60億人もいれば、いろんな人生、いろんな価値観があります。
それぞれが思う「あったらいいな」という製品を全て大手メーカーが作ってくれるわけではない。自分たちで製品を開発し、自分たちで困っていることを解決する、そんな時代になりつつありますね。
― ソフトウェアにおけるハッカソンのように、いろいろな開発者が共同作業をするイベントも今後増えていきそうですね。
まり子氏:
そこまで大規模ではありませんが、もうハードウェアのハッカーが集まる場は増えています。ものづくりが好きな人たちが集まるクラブ活動に近い感じ。
さらにいえば、エンジニアに限らず、自らお店を運営している人、個人で創作する人たちとも積極的につながるようにしています。
それぞれの得意分野を掛け合わせて、化学反応が起これば、製品の価値は何倍にもなっていきます。
大企業では手が回らないところで勝っていく。そういった土壌は確かに生まれていると感じます。
(つづく)▼鳥人間・久川夫妻へのインタビュー第2弾
遊びもビジネスに。エンジニア夫婦に学ぶ、自由なハックで楽しい生活。
[取材・文] 白石勝也 [撮影] 梁取 義宣
編集 = 白石勝也
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