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「僕、コンペとか苦手なんです」 スケブリ・杉山峻輔の戦わない生き方

2015-03-16

「僕、コンペとか苦手なんです」 スケブリ・杉山峻輔の戦わない生き方

でんぱ組.incのアートディレクションやtofubeatsのMVで注目を集めるデザイナー兼VJ、スケブリこと杉山峻輔さんへのインタビュー。自ら「コンペが苦手」と話す杉山さんは、いかにして今日までキャリアを歩んできたのか。杉山さんが実践する“戦わない生き方”とは、一体どういうものなのか。

「コンペに勝った経験って、ほとんどないんです」。

でんぱ組.incのアートディレクションやtofubeatsのMVなど、グラフィックに軸足を置きながらWEB、映像とさまざまな分野で活躍する、スケブリこと杉山峻輔さん。VJとしての顔も持ち、次代を担うクリエイターとして注目される彼だが、実はコンペに勝った経験はほぼ皆無だという。

にも関わらず、なぜスケブリはこれほどまでに注目されるクリエイターへと上り詰めることができたのか。これまでのキャリアを聞くと「“戦わない”というスタンスを貫いてきた」と話す杉山さん。その生き方とは、一体どういうものなのか?


【Profile】
杉山峻輔 Shunsuke SUGIYAMA

大学卒業後、2009年よりフリーランス。現在は、グラフィックデザイナーとしてでんぱ組.incのアートディレクション、映像クリエイターとしてtofubeatsのMVなどを手がける傍ら、VIDEOBOY名義でVJとしても活躍中。

「絵が描けない」というコンプレックス。

― そもそも、戦わないってどういうことなんですか?


今まで他の人に勝った経験ってあまりないんですよね。だから、戦わなくて済むように自分の好きな分野でやりたいことをやってきた、というか。それが“戦わない”ってことなのかな、と思います。

そもそも僕、絵が描けないんですよ。お受験デッサンはやりましたけど。王道なものは好きなんですが、自分がデザイナーとしての王道を進むタイプじゃなかったんです。学生の頃から「なんでみんなわざわざ狭き門を目指すんだろう」とは思っていましたね

スケブリ

VJ VIDEOBOY photo:ami inaba


― デザイナーの王道を進んでいなかったのに、卒業後すぐにフリーランスになったんですよね。


フリーランスといえば聞こえはいいけど、就職できなかったので実家にいただけです(笑)。朝起きて、仕事に行く家族を見送って、家事をして、再放送の水戸黄門を見て、たまにチラシの仕事をして…みたいな生活を送っていました。

でも、やることのない日が続くとさすがにヤバイと思い始めてきて、それで個人でアートワークを始めたって感じですね。もちろん何かかっこいいものをつくりたいとは思っていましたけど、「他にもっと上手につくる人がいるし、自分にはできないし…」という気持ちが働いて、あまり前向きではありませんでしたね(笑)。


― こじらせていますね(笑)。上京の転機は何だったんですか?それなりに自信がないと上京しないと思うのですが。


「SHIFTカレンダーコンペティション」の最終12作品に残ったことが大きかったですね。とりあえずつくろうと思って適当にイラストレーターをいじっていたらできちゃた作品だったんですが、入選したことで「需要はあるのかもしれない」「うまいところに投げれば拾ってくれる人はいるんだ」みたいな手ごたえを感じました。それで特にアテのないまま上京しちゃったんです(笑)。コンペに勝ったって言えるのはそれぐらいですね。

東京で知った、デザイナーとして生き残っていくことの難しさ。

― 上京して、すぐに仕事はあったんですか?


いや、全く(笑)。友だちもいないし、3ヶ月くらいは何もしてませんでした。そんな僕を見かねてデザイナーとして働く大学の先輩が、「うちでバイトしない?」って誘ってくれて。

バイトっていうのがパソコンを自作する人向けの雑誌のエディトリアルデザインだったんですけど、始めた当初はそもそもエディトリアルデザインをやったことはなかったし、それが良いのか悪いのかの判断すらできなかったんです。

でも、やってみるといろんなルールがあって、他のデザイナーの方がバランスを上手にとりながらやっているということがわかりました。


― ルールを知ると面白さにも気付いていくと思いますが、エディトリアルデザインの道に本腰を入れることはなかったのですか?


正社員だったらあったでしょうね。でも、バイトだったし、途中から在宅勤務になってしまったので。再び自分の時間が増えていって。で、東京のいろいろな場所に積極的に足を運ぶようになったんですよ。そこであらためてデザイナー人口の多さに気づきましたね。地元でデザイナーというと普通の職業じゃないように扱われるのですが、東京には星の数ほどいる。あらためて、これだけのデザイナーのなかで生き残っていくことの難しさを実感しました

スケブリ

― なるほど。母数の多さを体感し、自分はどう生き残っていくのかを考えるようになったんですね。とはいえ、仕事がないと生活していけないわけで。


地元にいる頃から好きだった『Maltine Records』っていうネットレーベルがあるんですね。そこのイベントへ行ったときに、iTunesで見るとちっちゃく表示されるサムネイルみたいなやつ、あるじゃないですか。「あれをつくらせろ」って直談判したんです。3回くらい頼んだらつくらせてもらえることになって。

実際につくってみたら、意外と評判が良くて。「次もやってよ」って、徐々に仕事が増えていってジャケットとかを任せてもらえるようになったって感じですね。


― その結果、tofubeatsのMVやでんば組のアートディレクションに関わるようになったと。


tofuくんもそこに所属していたんですよね。その関係で頼まれて、あとはtofubeatsが勝手に有名になってくれただけです(笑)。

でんぱ組の場合は、最初はライブのVJとして声をかけていただいて、その後徐々にジャケットの依頼が来ました。でんぱ組もどんどん有名になってくれて、大変ありがたいです(笑)。

“戦わない生き方”を実践するために。

― お話をうかがうと“戦わない”というよりも、誰も足を踏み入れていない領域を見つけて、そこで勝負しているという印象を受けますね。


誰かと戦うということを一応は意識しているのかもしれませんね。ただ、「勝つ」というよりも「負けない」ということのほうが強く意識しているかな、と。具体的には「この案件に関しては、ここまで達成できればいい」という自分のなかでの勝利条件を決めているという部分は大いにあると思います。

ネットレーベルの案件であれば、当時生活がかかっていたので「次の仕事につなげる」みたいなところが勝利条件になっていたのかもしれませんね。


― 最近ではtofubeatsやでんぱ組のアートディレクションが有名ですけど、これらの仕事の勝利条件とは一体何なんでしょう?


「好きなことをやり続けられるようにする」ですね。具体的な目標を掲げると、達成したら終わりなんで。ある種の作家性みたいなものを確立すると、それしか求められなくなっちゃいますし、それは自分には向いていない。ただ、「好きにしていいよ」と言われて好き勝手にできた試しはないんですが(笑)。


― 確かに(笑)。スケブリさんのような働き方をしようと思ったらどうすればいいのでしょう?センスの磨き方とかアドバイスがあれば教えてください。


僕の仕事ってだいたい元ネタがあって、何かと何かを組み合わせるみたいなことが多いんです。“いいモノ”を見て、質の高い引き出しを増やすってことは大切だと思います。僕自身「昔のデザインで“いい”と言われているものを見るように」と言われていました。あと、周辺環境を含めてモノを見るというのは、常に意識していますね。モノの良し悪しって対象の置かれている場所によって変わってくるので。

モノの見方とは話が変わりますが、とりあえず会社を辞める、というのはダメですね(笑)。後ろ盾というか、保険がなくなってしまうんで。何をするにしても、退路をつくっておくことは重要だと思います。僕の場合、最悪実家に帰っちゃえばいいやと思っているんで(笑)。それが好きなことをやり続けるために一番大切なことなのかもしれませんね。

スケブリ

― “戦わない”ということは逃げることではなく、未踏の領域を見つけて、自分の設定した勝利条件をクリアし続けて、次につなげていくということなんですね。力の入れ所と抜き所のバランスの重要性みたいなものを感じました。今後の活躍に期待しています。ありがとうございました。


[取材・文]田中嘉人



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