2015.10.21
日本のテックベンチャーは無理ゲーなのか?研究とビジネスの境界を超える「ABEJA」の挑戦

日本のテックベンチャーは無理ゲーなのか?研究とビジネスの境界を超える「ABEJA」の挑戦

最先端のテクノロジーとビジネスをどう結びつけていくか。このテーマにおいて今回注目したのが「ABEJA」だ。人工知能・ディープラーニングの研究開発をビジネスと強力に結びつけようとしている同社。彼らが捉える「研究」と「ビジネス」の関係性とは?

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世界に認められる日本発のテックベンチャーは育つか。

ここ数年、世界で注目されるようなテックベンチャーは、どのくらい日本から育っただろう。2013年に東大発のSCHAFT(シャフト)がGoogleに買収され、大きな話題となった。彼らはそれまで日本のベンチャーキャピタルや大手企業、官製ファンドに支援を断られ続けたという。

日本において革新的技術をビジネスに紐付けることは困難なのか。テックベンチャーは育たないのか。このテーマへの見解を伺うべく「ABEJA」を訪ねた。

彼らが手がけるのは、Googleも注目する人工知能のアルゴリズム、ディープラーニングにおける研究開発、そしてビジネスへの応用だ。

たとえば、コンビニや百貨店などの店舗に設置したセンサーによって、顧客や店舗内の動きを認証して「年齢」「性別」「購買傾向」などを解析。個人情報を保護したデータをクラウド上に集積させる。その結果、どのくらいの来店が何時に見込めるか。何が売れるか。年代・性別毎に推測できるというから驚きだ。

ここには「顔認証」「人物検出・追跡」「年齢性別認証」などさまざまな独自のテクノロジーが使われている。「今やWebのアクセス解析は誰でもGoogleアナリティクスを使う。これと同じことを実店舗で実現する」と代表である岡田氏とCTO緒方氏は語ってくれた。

彼らは創業のきっかけをこう振り返る。


2012年にシリコンバレーを訪れ、強烈な体験をした。今後注目される分野として研究者や技術者がディープラーニングや人工知能について熱い議論を繰り広げていた。既にテクノロジーを柱にしたベンチャーや起業家も多く、そこに巨額の投資もされていた。近い将来、ディープラーニング・人工知能への関心が高まることは火を見るより明らかだった。


ABEJAは創業当初より大学との共同研究・開発に注力し、国内外の学会や会議にも参加をしつつ先端技術を取り入れてきた。目指すのは日本発のテックベンチャーとして、イノベーションで世界を変えること。彼らに「ビジネス」と「研究」を結びつけるために重要なこと、その壁について伺った。


【プロフィール】
代表取締役 CEO 岡田 陽介

1988年生まれ。小学5年生よりプログラミングを学ぶ。高校ではコンピュータグラフィックスを専攻して文部科学大臣賞を受賞。大学では3次元コンピュータグラフィックス研究して、複数の国際会議で発表。2011年には(株)響取締役CIOに就任。Webサービス開発・SMM戦略立案を担当。(株)リッチメディアを経て、2012年9月にABEJAを起業。2014年には「TEDxNagoyaU」にて登壇を行なった。

取締役 CTO 緒方 貴紀
1988年生まれ。高専在籍中は画像処理を専攻し、「電子情報通信学会成績優秀賞」を受賞。卒業後は九州大学に進学をして、IPA未踏IT人材発掘・育成事業未踏ユースに採択。2011年、大学院システム情報科学府情報知能工学専攻に入学。「メッシュによる無線通信技術」研究と並行して、(株)リッチメディアに入社。iOSアプリ、Facebook関連サービスの企画・開発を担当し、2012年にCEOの岡田と共にABEJAを創業。

「ただの技術オタク」にイノベーションは起こせない

― 本日は「研究」とビジネス、とくにITベンチャーをどう結びつけるか?というテーマでお話を伺いたいのですが、実際、結びついているケースは増えているのでしょうか?


岡田:
少しずつ増えているものの、海外に比べて、日本ではまだまだテックベンチャーが育っていないのが現状だと思います。まず、コンピュータサイエンスやテクノロジーをバックグラウンドに持つ起業家が極端に少ないですよね。

日本で「突き抜けているエンジニア」と言うと、“凄いモノが作れる人”で、いわゆるオタク気質な人のことだったりもします。海外だとモノを作っても、自ら広めることができなければ「ただの人」で終わることがほとんど。作ったモノを見せても「…で、君はそれをどうするの?」となる。「Deploy or Die」と言われているように、広めるか、死ぬか。起業家マインドが求められます。

つまり、「ただの技術オタク」にイノベーションは起こせない、ということです。新しく市場を生み出すようなイノベーションは、多くの人達に課題を投げかけ、フィードバックと対話の中から生まれていくと考えています。つまり、オープンソースのやり方ですね。そういう意味でエンジニアにも、コミュニケーションやプレゼンの能力、会計学、経営学…その他さまざまな教養が求められていくと思います。


ABEJA


CTOの緒方氏(左)と、代表取締役CEO岡田氏(右)


― 日本でも優秀なクリエイターを認定したり、プロジェクトに採択したり、そういった動きは出てきていますよね。


岡田:
そうですね。ただそれも「凄いモノを作らせよう」という風潮が強いように、個人的には感じます。もし本気でイノベーションを起こすために取り組むなら、例えばシリコンバレーから技術出身の大物投資家を呼び寄せ、メンターを依頼すべきだと思います。「スタートアップを世界的大企業に育て上げ、それによって世界を前進させている経営者」が日本に来てアドバイスをくれたら凄く良いことだと思います。

新しいテクノロジーで市場をつくろうと思ったら、少なくとも数十億円は必要になるわけで。正直、先端技術を評価し、数十億円規模で投資できるキャピタリストは日本にはほとんどいないのではないでしょうか。だから技術について話しても、市場が立ち上がり、売上が乗ってからじゃないと判断できない。ここはテックベンチャーが育っていないひとつの要因かもしれません。「ザ・エンジニアです」という人がビジネスを猛勉強して成功する、それが当たり前になるといいのかもしれません。


― そういったエンジニア起業家を増やすためにはどうすればいいと思いますか?国の取り組み、教育機関の体質改善、指導者のマインド醸成…いろいろと必要かもしれませんが…。


緒方:
まずはエンジニア個人の、「技術は手段である」という自覚からのスタートだと思います。よく言われることですが、「アプリを作りたい」ではなく、「このアプリで実現したいビジョンがある」という考え方をするということ。私たちの場合、研究開発に取り組むインターン学生にも「将来的にどういったことをやっていきたいのか」「何を解決したいのか」を真剣に考えてプレゼンしてもらっています。草の根ですが、エンジニアが社会における課題解決に目を向けていくことは欠かせないと考えています。

「研究」と「事業」が断絶される日本の教育機関

ABEJA


― ABEJAでは創業当初から大学との共同研究をしているそうですが、研究の事業化は他でも活発になっているのでしょうか?


緒方:
かなりいろいろなところで始まっていますが、まだまだ課題もあると思います。大学、大学院での研究分野・先端技術がビジネスに結びつかず、引き出しにしまわれているケースも少なくありません。あくまで個人の印象ですが、研究と、それを事業化することへの線引きがくっきりある気がします。論文がゴールになっていて、事業を意識する大学教授は少ないように感じます。

私は運良く、ビジョナリーで新しいチャレンジを推奨する大学教員と知り合うことができたので、自分の興味のあることや将来についてもいろいろと相談できたし、新しい出会いもありました。でも、普通に大学生活を送るだけでは「何のためにこの授業を受けているのか」「この研究がどう役に立つのか」を考えることはなかったでしょう。

岡田:
海外だと大学の先生が起業しているケースもあり、感覚が経営者に近い方もおられます。そういう方は、研究のためにどうリソースを引っ張ってくるか、どう永続的に技術を育てていくか、などとかなり戦略的に考えています。

それこそディープラーニングで有名な大学研究室の先生と教え子が2人で起業して、Googleに買収されたケースもありました。Googleはデータや資金を提供することで最先端のテクノロジーを手に入れられるし、研究室・大学側はアカデミックな貢献がどんどんできる。こうしたWin-Winな関係のなかで、最先端の技術が世の中のために使われていく。そんな良い循環も生まれています。

人類の問題解決を目指そう

― 日本でもそういった好循環が生まれるといいのですが…。


緒方:
そうですね。よく言われることでもありますが、日本の「失敗を許さない文化・空気」もチャレンジの生みだしにくさに影響しているのかもしれません。


― 挑戦する側も、挑戦を応援する側も、成功を前提にしている、と。


高校入試、大学入試でも気軽に失敗はできないじゃないですか。浪人や留年にしても「失敗した」というレッテルが貼られてしまったり、どこか潜在的に負い目と感じてしまったり。そういったところはあまりよくないところなのかな、と思います。

岡田:
失敗したときのリスクを考えるより、日本のテックベンチャーは「より大きな人類の問題を解決しよう」という気概やビジョンを持つことが必要だと考えています。

ABEJAも単なる店舗マーケティングのツールを作りたいわけではなく、人類の課題を解決するための会社であり続けたいです。「イノベーションで世界を変える」というビジョンを掲げており、もし、私たちの技術を活用した店舗マーケティングツールが世界中で活用されれば、例えば食品生産量が調整でき、食料廃棄量が減らせるかもしれない。これは地球規模での食糧問題に影響を与えるビジネスだと思っています。


― 大げさにいえば「縮こまるな」ということでしょうか?


岡田:
イーロン・マスクのSpaceXは、やはり夢があって面白いですよね。本来なら100億円かかるところを1億円で実現するという。どうしてもGoogleやAppleのプラットフォームでアプリを作り続ける企業は、GoogleやAppleを超えられないでしょう。発想やビジョンに変なキャップを作ってしまっている気がしてなりません。0から1を生み出し、人類の問題が解決できれば、それは100%売れることになります。

人類に貢献するような技術をキャピタリストや国が評価するのもそうですし、同じ課題意識の中から出てきた学術研究を、事業に絡めるよう仕組み化することもそうですし…地球規模での課題解決のプロセスに、もっともっといろんな人が自分事として取り組んでいけるといいですね。


― 現状を非難したり、嘆いたりしているだけでは何も変わらないということですね。自身で大きなビジョンを打ち立て挑戦していく。そういったマインドの重要性も感じることができました。本日はありがとうございました!



文 = 白石勝也


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