いま、非エンジニアがプログラミングをスキルとして身につけるメリットとは何か。そのひとつの答えをプログラミング学習サイト「ドットインストール」運営者であり、人気ブログ「百式」管理人でもある田口元さんに伺った。曰く、プログラミングは最も投資対効果の高い“習い事”なのだという―。
《ドットインストール》というWEBサイトをご存知だろうか?「3分動画でマスターする 初心者向けプログラミング学習サイト」として、2011年終わりにローンチされ、今やそのレッスン数は100以上。1,600本を超える無料動画が掲載されている。
このサイトを運営するのが、長年多くのアクセスを集める超人気ブログである『100SHIKI』『IDEA*IDEA』の管理人、田口元さんだ。
田口さんが今、プログラミングの間口を広げようとする意図はどこにあるのだろうか?ドットインストールの開発思想から今後の展開を伺う中で、「いま、プログラミングを学ぶことの意義」に迫った。
― 早速ですが、初心者向けのプログラミング学習サイトを立ち上げたきっかけを教えてください。
僕自身がプログラミングを好きで他の人に薦めたかった、というのが第一の理由です。それから、あくまで私見ですが、今の時代においてプログラミング学習は“習い事”としての投資対効果が非常に高いのではと思っています。ただ、中級者以上向けの情報はネットにあふれているのですが、初心者が気軽に学べるような枠組みはあまりないですよね。そこに可能性を感じました。
― いま、非エンジニアがプログラミングを学ぶメリットはどこにあると?
見えてくる世界がまったく違ってくると思います。いち個人で出来ることの可能性が飛躍的に広がってくるはずです。英語も大事ですが、個人が英語のスキルを身につけるとレベル10になるところを、プログラミングだったら同じコストを費やしても、レベル100、500、もしかしたら1,000以上にもなる可能性がある、と個人的に思っています。言い方に語弊があるかもしれませんが、プログラミングスキルは「現代の錬金術」とも言えるかもしれません。実際、ひとむかし前の人からみたら今のテクノロジーが実現していることは限りなく魔法に近いとも思っています。
― 《ドットインストール》では全てのレッスンを無料で受けることができますが、どの言語を取り扱うかの基準は?
半分はリサーチをもとにした「これが求められているのでは」という言語で、もう半分は自分の興味、つまり「これが勉強したいな」と思った言語です(笑)
1年ほど運営してみてわかったのですが、《ドットインストール》のユーザーのうち、ソーシャルメディアなどでクチコミを起こしてくれる人は大きく分けて、学生の方・デザイナーの方・エンジニアの方、この3つに分類できます。
中でも学生の方は時間があること、それから将来へのスキルアップに意欲的であることから、ユーザーとしても多いですし、他の方にもよく広めていただいている印象があります。そこで、情報系の学校・学部で行なわれているプログラミングの基礎授業ではどんな言語を扱っているのか、それらをリサーチしてリスト化し、順次コンテンツにしていたりしています。
また、中長期的にはやはりスマートフォン系のコンテンツを充実させたいと思っています。今はまだ僕自身が勉強不足ということもあってあまりレッスンがないのですが、身近な生活を大きく変えることが出来る技術なのでクチコミも起こりやすいのでは、と考えています。
― あらゆる人がWEBやスマホに触れるのが日常になり、学習のためのプラットフォームも多様化してきていますね。
昔からe-Learningは存在していましたが、プログラミング学習は特に相性が良いのでは、と個人的に考えています。
スキルには「ハードスキル」と「ソフトスキル」があると思っています。「ハードスキル」は第三者が見て答えがわかりやすいもの、例えば数学とか会計とかプログラミングなどですね。一方、「ソフトスキル」は定型的な答えではなくて、議論の中で自然と知識が身についていくもの、たとえばロジカルシンキングとかマーケティングなどです。
どちらも必要なスキルだとは思いますが、ソフトスキルはやはり対面で議論しながら深まっていくものなので、達成の度合いがわかりにくいし、いまのウェブの仕組みだとすこしコストが高くなってしまうのではないかと思います。
その点、ハードスキルは非常に分かりやすいです。ある問題に対するプログラミングの解法はいくつもありますが、最終的には「仕様どおりに動くか、動かないか」で客観的に判断することができます。コンピュータは嘘をつきません。コードが合っていたら必ず動くし、間違っていたらどこかで必ずエラーが出ます。したがって何がどこまで出来たかの達成感も得やすいし、間違えている部分も探しやすい。ソフトスキルに比べ、それほどインタラクティブではなくても自分のペースで学習しやすいので、今のウェブの仕組みにはよく合っていると思うのです。
― 実際にユーザーとお会いになることもあるそうですね。
はい。毎月最終週をユーザーヒアリングウィークとし、積極的にユーザーと会うようにしています。このヒアリングの目的は主に2つです。ひとつは「クチコミの経路を明らかにすること」、もうひとつは「実際に操作をしてもらい、観察することでサービスの改善点を洗い出すこと」です。
「どこでドットインストールを知りましたか?」「人に薦めたことはありますか?」「他の人から薦められたことはありますか?」「そのときには具体的にどういう言葉を使いましたか?」といった質問をしていくと、ドットインストールのどこがどのようにクチコミされやすいかがわかってきます。これは開発の優先度を決めるために、とても重要です。
また、ユーザーの行動を観察することではじめて、サイトの改善点がわかってきます。こちらの想定とまったく違った操作をされることもしばしばなので、とても勉強になります。
こうしたヒアリングを続けていくことで、サイトの目的である「初心者がプログラミングを学習しやすいサイト」に少しずつ近づいてきていると感じています。「無料で始められる」「動画を見るだけならユーザー登録も不要」「動画を見るだけなので環境を構築する手間がいらない」といった、初心者の方がはじめてプログラミングを学ぶ際の“障壁”になる部分を、ほとんど全て取り払えているはずです。
また動画では一切の操作を省いていません。したがって「あれ?ここからここの操作がわからない」ということがないのもユーザーの方にとってうれしいようです。本で学習しているとよく「ここからここに説明が飛んでいるけど、この途中がわからない」といった“つまづき”を感じることもありますが、そうしたことがないのでスムーズに学習をすすめることが出来るようになっています。
― かなりの試行錯誤があったのですね。
ええ。振り返ってみると、《ドットインストール》で最初から正解だったものは『無料』『動画』『3分』という3つの要素だけでした(笑)
実は、構想から開発の初期段階までは、もっとソーシャル的な要素が強かったのです。流行り言葉に流されていたと言ってもいいのかもしれません(苦笑)ソーシャルラーニングとかゲーミフィケーションといった、当時話題の立て付けでやろうとしていて。
でも、ユーザーを観察していて気づいたことなのですが、プログラミングの勉強は「一人でやりたいもの」だったのです。ソーシャルの要素はまったく望まれていませんでした。「友達をフォローして一緒に勉強するって、ちょっとわからないです」と言われたのをよく覚えています。“ソーシャルの必要性”は、単なる運営者側の思い込みでしかありませんでした。猛烈に反省して、コードの半分近くを捨てたのは良い思い出です。
― ドットインストールの目標は?
中長期的には日本人の“マインドシェア”をとることです。たとえば大学のキャンパスに行って10人の学生に声をかけ、「プログラミングといえば…?」と聞くと、「ドットインストール!」と8人以上が答えてくれる状態です。
株式会社なのでもちろんビジネスモデルもきっちり考えていくべきですが、「プログラミングだったらドットインストール!」という状態を作ることが出来れば、もっといろいろなことにチャレンジしていけると思っています。
― そのために必要なこととは?
今の段階でいえば、重要な指標の一つとして掲げているのが「動画数」です。「プログラミングだったら」と言うからには、「そこに行けばなんでもある」という状況がまずは必要だと思っています。今は1,600本ほどですが、これが2,000本、3,000本となれば、プログラミングのリソースとして日本一になれるのでは、と思っています。
そしてもう一つ重視しているのは「クチコミ」です。マインドシェアをとるにはやはり口にしてもらわないといけません。
クチコミに関しては、ある経営者友達に言われたことに気をつけています。彼のアドバイスは「ブロードキャストじゃない方のクチコミを増やせ」というものでした。
彼が言うにはクチコミには2種類あって、全方位的、つまりブロードキャスト的なものと、そうではないものがある、後者の方が効果が高いからそちらを増やせ、というものでした。
もっと具体的にいうと「ブロードキャストじゃない方のクチコミ」とは、「特定の人に向けたクチコミ」になります。ツイッターだったら@(メンション)付きのつぶやきですね。ブログやSNSで広くご紹介いただくのもすごくうれしいのですが、「ブログで見かけた」よりも、先輩や友達から「お前、ドットインストールやっとけよ」とおすすめされた方がサイトにアクセスして、そのあと使い続けてくれる可能性は高いですよね。
実はドットインストールでは今までプレスリリースを打ったことがありません。それも「ブロードキャストじゃない方のクチコミ」を今の段階では重視しているからです。もちろんこれはビジネスモデルにもよるのですが、ある経営者友達に言われた「わーっと来る人は、わーっと去っていく」という言葉が印象に残っていて、メディア露出による一時的なユーザー数の増加などは追わないようにしています。いずれはメディアへのPRもしていきますが、この時点ではサービス自体にクチコミ要素を組み込んでいくことの方が、健全な成長には不可欠だと考えています。
(つづく)□“小学生”がアプリを自作する時代へ ― ドットインストール 田口元氏の挑戦。[2]はこちら
編集 = 松尾彰大
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