2016年8月、はてなの3代目CTOとして就任した大坪弘尚さん(32)。田中慎司さんの後を継いで1年。不安やプレッシャーを感じながらも、大坪さんはどのようにCTOという役職と向き合ってきたのか。そして、葛藤の末に見つけた大坪さんならではのCTO像とはー?
2016年7月。はてなでCTOとして6年にわたり活躍してきた田中慎司さん(現はてな技術顧問)の退任が発表された。後任として抜擢されたのが、大坪弘尚さん(id:motemen)だ。
大坪さんの経歴をカンタンに振り返っておこう。
はてなと大坪さんとの出会いは、学生時代の2006年までさかのぼる。東京オフィスでアルバイトを開始し、2008年の本社が京都に移転するタイミングで正社員として入社。
その後は田中さんの薫陶を受けながら、アプリケーションエンジニアとして『うごメモはてな』や『はてなブログ』、『はてなランド』、『Mackerel』といったサービスの開発に関わってきた。2012年からはチーフエンジニアとして、エンジニアの採用・教育・評価にも尽力してきた。
そして田中さんから受け取った“はてな CTO”のバトン。
大坪さんは「正直、話を聞いたときは、本当に僕でいいのかなと思いました」と当時を振り返る。
CTOとしての1年を過ごし、大坪さんは今、何を思うのか。プレッシャーや不安を感じるなかでどのようなことに取り組んできたのか。はてな一筋のエンジニアがたどり着いた、田中さんとは異なるスタイルの“CTO像”とは。大坪さんの成長ストーリーから、エンジニアのキャリアを考えてみたい。
― まず、CTOの話を受けたときのことを詳しく教えてください。
2016年の夏前でしたね。突然、当時CTOの田中慎司さんに会議室に呼ばれたんです。「(大坪さんにとって)良いニュースと悪いニュースがあるけど、どっちから聞きたい?」って。悪いニュースが慎司さんがはてなを辞めるという話で、良いニュースがはてなのCTOになってもらいたいという話で……とにかく驚いたのを覚えています。
慎司さんには「本当に僕で良いんですか?」ということは何度も確認しました。当然不安な気持ちもありました。これまでのCTOの人たちとスキル面で全然劣っていることを自覚していたので。
― たとえば「外部から招聘する」や「あえてCTOを置かない」という選択も可能性としてはあったと思います。大坪さんの覚悟のウラ側には何があったんですか?
技術の会社としてやってきたはてなにとって、CTO不在はアイデンティティーを失っていることと同義なんです。やっぱり、“はてならしい開発”を知っている人が技術の方向性を示さないと、エンジニアが納得しないと思うんですよね。
だから僕には「やらない」という選択肢はありませんでした。
あとは…正直なところ、何か面白くなりそうだとも思ったんです。はてなって組織変更が頻繁にあって、その度に僕はワクワクしていたので。
とはいえ、慎司さんがやめるまでの期間はがかなり短かくて実務的にはけっこう焦りましたね(笑)
― 実際、CTOを引き継ぐにあたり、どんなやり取りが行なわれたんですか?
かなり限られた時間だったので、実務の引き継ぎもやりつつ、慎司さんの技術に対する姿勢や考え方を盗もうとしていた気がします。
慎司さん自身が、技術の良し悪しを語ることが多かったんですよね。CTOとして、はてなの未来を技術面から考えるときの視点を身に付けようと。それぞれの要素技術に対して「これどう思っていますか?」ってヒアリングしまくっていましたね。
とくに、技術グループというエンジニア集団の組織があるんですけど、いかに彼らが最大限、能力を発揮していけるかという話をしていて。慎司さんは「技術グループがボトムアップに振り過ぎるときがあって、トップダウン的な動きが少ない」という話をしていました。トップダウンといっても、各チームのやりたいことを制限するわけではなくて、同じ方角を向けるようにガイドラインを用意するようなイメージです。これからはそこが大事になる、と。
はてなのエンジニアは自分たちで技術について決めることができるし、それを無理矢理止めようとしてもムダなのはわかっているので(笑)だから、お互い納得できて会社にとって最適な進め方ができるようにコーディネートするような役割を担えればいいな、と考えるようになりました。
― そして就任から1年が経ちました。この1年を振り返って、いかがでしたか?
結構迷走したなというのが、正直な感想ですね。「自分にできることってなんだろう?」って。
ただ、さきほどお話した技術グループというエンジニア集団の組織において、彼らが能力を発揮できるようにするのが自分の役割だと思って取り組んできました。
たとえば情報交換の仕組みづくりですね。以前は開発スキームが均質化していたんですけど、最近は『Mackerel』が出てきたり、受託系のサービスも始まったりと、やっていることがバラバラになって。同時にエンジニア同士の情報交換の頻度が下がってしまったので。
― どのように仕組みをつくっていったんですか?
各チームにテックリードというポストを置きました。テックリードは、エンジニアの取りまとめをしつつ、サービスディレクターとタッグを組んで開発を進めていくポスト。彼らと月に1回情報交換する場をつくったんです。
情報交換といっても5分程度僕に報告してもらうだけの会なんですが、社内のグループウェアでは拾えなかった技術やマネジメントの話が出て、他のチームに流通できるのでやって良かったと思います。グループウェアでやればいいって意見も少なからずあるんですけど、僕はやっぱり直接会話することが大事だと考えているので。場を設けて仕舞えば、無理矢理にでも情報交換するようになりますからね。
あとは「サブ会」というものを作りました。「サブ会」とは個別の技術的な分野に関して、チームを越え、エンジニアが集まる小さなグループのこと。これまでスマートフォン、フロントエンド、機械学習など、各分野を学ぶための同好会や勉強会はあったのですが、それを公式化しました。その結果、新しい技術的な挑戦がサブ会のサポートのもと進められつつありますね。
― CTO就任1年目で、自分より経験やスキルがあるエンジニアたちにも取り組みに納得してもらうってすごいですね。
たぶん、みんな同じ課題感を抱いていたと思うんですよね。他のチームが何をやっているのか知らない状況が健全じゃないことに薄々感づいていたというか。僕が突拍子もないことを言い始めたというよりも、ヒアリングを通じて、みんながやりたいと思っていたことを実行に移したというイメージが近いですね。
― 「みんながやりたいと思っていることを形にできるよう、整えていく」。ここは大坪さんが思うCTOの役割でしょうか?
それもひとつだと思います。本音としては、CTOの役割について、まだまだよくわかっていないですね。ただ、自分なりに見えてきたこともあって。
はてなって色んなスキルのエンジニアがいてみんな優秀なんです。彼らの能力が事業と噛み合って最大限に発揮できている状態を目指して、組織をつくっていく、それがCTOという存在なのかな、と。
同じ会社でもステージによってCTOの役割は全然変わってくる。いま思うと、僕も慎司さんから引き継いだ瞬間に“はてなのCTO”の役割って変わっていたんですよね。僕が慎司さんと同じことをやっていても意味がないんです。
― 大坪さんははてなに新卒で入社していますよね。他社を経験せず、31歳でCTOになられていて。珍しいキャリアだと思います。
すごくありがたいですね。こういう立場で組織や技術について向き合える体験ができる人ってそんなにいないと思うので。もちろん、エンジニアリングの考え方とか、技術の知識とかを知らないといけないというプレッシャーはあるし、まだまだ未熟な点はありますが。
― 「他社を知らない」という部分において不安などはなかったですか?
最初は不安でしたね。組織をつくるにも他社事例を知らないばかりに独りよがりで弱い組織になってしまうような気がして。
でも今は、はてなの歴史や開発の思想が染みついている自分だからこそできることがあると思っています。たとえばシステムのメンテナンスひとつを見ても、歴史を知っているかどうかで対応方法は変わってくる。“はてならしさ”を担保することが僕の役割なのかな、と。
― 以前、田中さんは「CTOは、エンジニアのポートフォリオをつくる存在だ」と話していました。実際に大坪さんがCTOに就任されて感じる部分ってありますか?
その通りだと思いますね。特にはてなに入社するエンジニアはスキルや能力に長けているので、彼らを預かった側としての責任はあると思います。あと、組織全体としてのポートフォリオを考えることもCTOにしかできない仕事のひとつだと感じていますね。
私自身、CTOを任せてもらえるようになって…なんというか人のことを考えるのが楽しくなったんですよね。採用にも関わるようになって、いろんなエンジニアに活躍してほしいと思うようになりました。自分の仕事の奥深さを感じられたというか。コードを書いているだけでは発見できなかった部分で。彼らがはてなにいることで輝けるようにするのが、CTOの責任であり、醍醐味だと思います。
― 田中さんの真似をするのではなく、自らCTOの役割を見出し、プレッシャーを乗り越えていく。大坪さんの考え方や姿勢は、キャリアを模索しているエンジニアにとっても大いに参考になると思います。今日はありがとうございました!
4月から新社会人となるみなさんに、仕事にとって大切なこと、役立つ体験談などをお届けします。どんなに活躍している人もはじめはみんな新人。新たなスタートラインに立つ時、壁にぶつかったとき、ぜひこれらの記事を参考にしてみてください!
経営者たちの「現在に至るまでの困難=ハードシングス」をテーマにした連載特集。HARD THINGS STORY(リーダーたちの迷いと決断)と題し、経営者たちが経験したさまざまな壁、困難、そして試練に迫ります。
Notionナシでは生きられない!そんなNotionを愛する人々、チームのケースをお届け。