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CAREER HACK

世界は一冊の本。読み解かれるのを待っている|Takram 渡邉康太郎

2016-12-19

世界は一冊の本。読み解かれるのを待っている|Takram 渡邉康太郎

Takramの渡邉康太郎は、世界に眠る「ものがたり」を紡ぐ。その形は人工衛星から和菓子まで、さまざま。企業ブランディングやサービスの企画立案を担い、人の心を揺さぶる作品を生み出してきた。キーワードは「ものがたりとものづくりの両立」。彼の思考を紐解くことで、ものづくりの本質に迫る。

ものづくりを通して、ものがたりを描く。


彼のものづくりには、必ず「ものがたり」が宿る。


Takram Design Engineering(以下 Takram)の渡邉康太郎さんは、これまで心揺さぶる作品を数多く世に贈り出してきた。


480年の歴史と伝統を受け継ぐ『虎屋』の未来の和菓子「ひとひ」、イタリア・ミラノサローネで展示したインスタレーション「OVERTURE」、ホテルAndazTokyoのブランドムービーなど、その仕事は一言で言い表せないほど多岐にわたる。それらが形づくられるプロセスには、きっと彼のものづくりに対するスタンス、捉え方も無関係ではないはずだ。


渡邉さんが所属するTakramは、デザインとエンジニアリングを融合させたものづくりをおこなうデザイン・イノベーション・カンパニー。ハードウェアからソフトウェア、企業ブランディングやサービスの企画立案など、領域を超えてさまざまなプロジェクトに取り組み、その独自の存在は世界的にも注目を集める。


2016年、iF賞、RedDot賞(ともにドイツ)、D&AD賞(イギリス)、グッドデザイン賞 ベスト100に選ばれた「森岡書店」。渡邉さんはブランディングとアートディレクションを担当し、店主の森岡督行さんが思い描く「一冊の本を売る書店」を実現した。

森岡書店


銀座一丁目にある、歴史的建造物に指定されたビルの一室。6畳ほどの小さな書店にあるのは、たった一冊の本だけ。1週間、作者に関連するインスタレーションや写真の展示、イベントを開催。ひとたび訪れると、1冊の本を味わうことのできる不思議な空間が広がっている。

             

森岡書店

森岡書店のブランディングステートメント


ブランディングステートメント、空間演出、ブランドロゴ。そのすべてに、店主の森岡さんの想い、そして書店の世界観が凝縮されている。

物語やコンテクストを折り重ね、表現に落とし込んでいく。そして心の芯に届く作品に仕立てると言えばいいだろうか。

テクノロジーか、アナログか。こういった問いさえチープに感じられる「ものづくり」へのまなざしが、Takramにはあるのかもしれない。

どれほど時代が移ろい変わろうとも、揺るがないものづくりの本質。そこに迫るべく、渡邉康太郎さんにインタビューを敢行した。なぜものづくりを通して「ものがたり」を描くのか。そして彼が思う「ものがたり」とは-。


【プロフィール】
Takram Design Engineering /コンテクストデザイナー
渡邉康太郎(わたなべ・こうたろう)

Takram ディレクター。ものづくりとものがたりの両立を通して技術・芸術・文化を編み上げたい。東京とロンドンを拠点にブランディング、サービス、UX等のプロジェクトに取り組む。仕事に虎屋・未来の和菓子「ひとひ」、Andaz Tokyoのムービー、一冊だけの書店「森岡書店」のVI等。趣味は茶道。著書『ストーリー・ウィーヴィング』他。

ものがたりは、あらゆる解釈の糸口になり得る。

渡邉さん

― Takramが世界的に注目を集める理由のひとつに、掲げている「ものづくりとものがたりの両立」というコンセプトがあると思います。最初に、Takramの捉える「ものがたり」そのものについて伺いたいです。

少し抽象的なお話になるので、まずは例からお伝えします。『iPhone』を買う理由は人それぞれですよね。スペックで買う人もいれば、スティーブ・ジョブズの思想に共感して買う人、デザインが好きで買う人。思い出の品だから大事に取っておく人もいる。

背景、脈絡、前後関係、自分ひとりだけの思い入れ…。そういった文脈、つまりコンテクストがきっかけになり、「iPhoneを買おう」となる。コンテクストは一人ひとりの多様な解釈です。だから無限の数がある。無限のコンテクストの撚り糸を「ものがたり」と捉えています。

人が行動をする時、心が揺さぶられる時、必ずなんらかのコンテクストがあります。そこを丁寧に辿っていくことが、よい「ものづくり」を行うためにすごく大事です。そして紐解くだけでなく、新たなコンテクストの糸を紡いでいくことも大事。

デザイナーの仕事は、コンテクストを読み解いたり、新たに紡いでいくことなのでは、と考えています。これが「ものづくり」と「ものがたり」の両立です。

― 「ものがたり」は、特定のエピソードを指しているわけではない?

単体でのエピソードではなく、受け手に届いてはじめて完成するものだと捉えています。類似した例に、フランスの批評家ロラン・バルトという人が、「作者の死」という概念を唱えました。

たとえば、小説は、作者の意図こそが「答え」とする向きがあるけれど、本当は読み手それぞれの読み方も正しい。読み手の解釈自体が既に創作で、つまり「作者は死んだ」と。

これは、デザインの世界でもいえること。僕が考えるのは「デザイナーの死」。同じプロダクトであっても、一人ひとりの受け取り方は少しずつ違っていて、幹のような部分を共有しながら、生活のなかであらゆる形に変えて新たに「ものがたり」が紡がれていく。

Lalitpurのギフト用石けん「Message Soap, in time」を例に、お話させてください。このプロダクトは、石けんのかたちをした「手紙」です。石けんのなかには、大切な人へのメッセージが込められています。このメッセージはいつ届くのかわかりません。1ヵ月後かもしれないし、1年後かもしれない。長い時間、普段の生活の中で石けんを使い続けていくと、ある日、メッセージの書かれた紙が出てくるというもの。


<Message Soap

「あなたの声が好きです。電話を待っています。」「いつもしっかり伝えられないけど、ありがとう、と思っているよ。」なかなか面と向っては照れてしまっていえない大切な想い。感謝の気持ち、お祝いの気持ちetc…。7つのメッセージの中から、伝えたい思いやシーンに応じてとっておきのものを選ぶ。


贈り主のAさん、そして受け手のBさんの関係性や手紙にのせる想いは、僕ら作り手から離れて、使い手だけの世界へと広がっていきます。このプロダクトは、僕ら作り手から使い手に渡るとき、また新しく命が吹き込まれるんです。

使い手自身が主役になる。つまり「ものがたり」が生まれるお手伝いをしていく。こういった「ものがたり」のあり方そのものと向き合うことが、Takramのものづくりのスタンスといってもいいと思います。

分類不能なものこそ、人を惹き付ける美しさがある。

渡邉さん

― 続いて、渡邉さんご自身についても迫っていきたいのですが、「コンテクストデザイナー」という肩書き、すごく珍しいですよね。これまでにない職種といっていいと思います。

ものがたりやコンテクストをデザインするので、便宜的にそう名乗っているだけで、じつは僕自身、自分のやりたいことと完全に一致する肩書きがあるわけではないんです。絵がすごく得意なわけでもないし、機械設計ができるわけでもないから、自分の能力を分りやすく一言で表すのは難しい。

でも、自分なりの感覚とか美意識みたいなもの、自分自身で信じたい部分は確かにあって、それがうまく言葉にならないことに、どこかもどかしさを感じていた時期もありました。そんなとき勇気づけられたのは、大学に通っていた頃に出会った多くの「分類不能な本」たちです。自分の考えが世界の言語にはまっていなくてもいい、そう思えるような先駆者たちに本を通じて出会えました。

たとえば、夏目漱石の弟子で物理学者でもある寺田寅彦。彼は文学と物理学の波打ち際にいる。中谷宇吉郎、さらに寺田寅彦の弟子。彼は雪の結晶の研究をした科学者で、論文の表現がとても美しい。「雪は天からの手紙である」という言葉を残しています。

彼らは無理に自分を物理のなかだけに収めようとしなかったし、文学のなかだけにも収めようとしなかった。その波打ち際で、自分自身を本を通して表現することができている。それは僕のなかで許しであり、励ましであり、憧れです。僕自身も従来型のジャンルだと1つに収まらないものを、横断的にやってみたいという思いがあります。

僕らの仕事は工学系のものが多くて、気がつくと、帰納的にものづくりをして具象に寄りがちになってしまうんです。仕事を始めて数年、ソフトウェアやプロダクトの開発に携わるなかで、あまりに専門化、細分化された、大きな組織でのものづくりのプロセスに疑問を抱きました。

デザイナーは色と形を決める、エンジニアはプログラムを書く、マーケターが広告戦略を練るとか。そうじゃなくて、複数の分野を行き来するからこそできるものづくりがあるんじゃないかと思い、仕事で生まれた方法論を書いてまとめたのが『ストーリー・ウィーヴィング』という本です。働き方のプロセスや、アウトプットのジャンルを新たに捉え直すことは、今でも日々、仲間と取り組んでいることです。

― とてもおもしろいですね。わからないもの、意味を超えるものへの敬意があるというか。ジャンルで括らないことで世界が開かれていく。

既存の枠に収まらない、分類不能なものに常々惹かれてきたように思います。

振り返ってみると、香港とブリュッセルに住んでいたことが、いまの自分を形づくっているのかもしれません。香港はイギリスと中国という2つの異なる文化によって育まれ、ブリュッセルはフランス語とオランダ語の2つの言語が併存しています。そこで醸成される特別な文化や空気感があって。単なる足し算ではなく、掛け算的に新しい価値観や偶然がどんどん生まれているんですよね。

ものがたりの感動を分かち合いたい。

― 続いて「チームでの仕事」について伺わせてください。いろんな立場の人と一緒にものづくりに関わるとき、どんなことを心掛けていますか?

「一人ひとりの話を聴くこと」です。どんな組織も個人の集積なので、担当の方だけでなく、現場のひとやほかの部署のひとにもインタビューをしています。加えてもちろん、生活者やユーザーのお話もたくさん聴きます。聴くことで、他にも課題があるんじゃないか。もしくは、新たな解決策のヒントがあるんじゃないかと、より良いクリエイティブな問いの形を探っています。

インタビューだけでなく、ワークショップを開くこともあります。この前、ザルツブルグ・グローバル・セミナーという、世界中から文化的な取り組みをしている人が集まる会に講師として参加した際、「Hidden Library」と銘打ったワークショップをしました。普通のレクチャー、プレゼンみたいなのだと、僕だけが話して終わっちゃうから、参加者全員が主役になる場をつくりたいと思ったんです。

事前に参加者全員に連絡をして、「人生を変えた1冊」を持ち寄ってもらったんです。カンボジア人がなぜか松尾芭蕉の本持ってきたり、孫子兵法のチェコ語版を持ってくる人がいたり、みんなおもしろくて。

Hiddenlibrary


なかでも、アンドレイというフィリピン人の青年が持ってきた本がとても印象的でした。

彼が持ってきたのは、亡くなったお母さんの日記。自らががんに冒され、死を自覚したお母さんの書いた日記を日々読み返しているといいます。特に今日にぴったりな1ページを見つけると、写真を撮って、インスタグラムでみんなに共有しているのだそう。「僕の夢は、いつかこれを出版することです」と話してくれました。

世界にはものがたりはあまたあるけれど、それが人に紹介される機会を持たないまま埋もれてしまっています。いかに「ものがたり」が表出する補助線を引くことができるか。それが僕らの仕事であり、デザイナーの役割なのだと思っています。

だから、ワークショップの場づくりも、「Message Soap」でさまざまな人のストーリーが運ばれることも、補助線を引くことのひとつなんです。

― ものがたりの補助線を引く、つまり受け手が主役になれるようなものづくりをしていくということだと思います。そういったクリエイターになるために大切なことは何でしょうか。

世の中に対する好奇心のまなざしが大事だと思います。

江戸時代の医者であり哲学者だった三浦梅園という人がいます。その人の言葉に、「枯れ木に花咲くを驚くよりも、生木に花咲くを驚け」というのがあります。僕はこの言葉をとても大事にしているんです。

人は「一度死んでしまった木に、また花が咲くような奇跡」をもてはやして注目しがち。だけど、そもそも「生きている木が、毎年春にちゃんと花を咲かす」ということ自体に驚きを見いだす。その心と目が持てるかどうか。

世界は読み解かれるのを待っている一冊の本だと思うんです。こんなにも魅力的なものがたりがたくさんあることを喜びたい。眠らせておくのはもったいないし、この感動を分かち合いたいですね。



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