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いつか役目を終える日を願って。聴覚障害者向け会話アプリ《UDトーク》が描く未来

2016-12-28

いつか役目を終える日を願って。聴覚障害者向け会話アプリ《UDトーク》が描く未来

聴覚障害者と支援者から支持される”会話の見える化アプリ”こと《UDトーク》。開発者の青木秀仁さんにお話を伺った。「いつかUDトークが必要なくなるように」と話す青木さんの願いとは?

聴覚障害者との新たな会話の手段を。「UDトーク」の可能性とは?

障害者支援の現場で、注目を集めるアプリがある。

名前は「UDトーク」。音声認識によって、目の前の会話をリアルタイムで文字化し、スマホやPC、タブレットなどのデバイス上に字幕表示できるアプリだ。


アプリの正式なリリースは2013年。2016年現在、無料アプリとしてダウンロード総計が5万超。無料のゲームアプリなどと比較すれば小さな数字だが、リピート使用率は9割。有料版の法人会員も増え続け、ソフトバンクをはじめ、障害者雇用を行なう大手企業、官公庁、教育機関が次々に導入を進めている。先日、小池百合子東京都知事が主催した政経塾「希望の塾」においても講演中に「UDトーク」が活用され、用途の幅は広がり続けている。


音のない世界で生きる聴覚障害者と健聴者との会話は、手話や筆談が一般的。しかし現実の問題として、健聴者が手話を覚えることは時間がかかる。筆談も1対1の会話でないと難しい時がある。その中で現れた「UDトーク」は、健聴者側のハードルが低く、多人数でも使える、新たなコミュニケーション手段として注目されている。

「UDトーク」を開発したのは、Shamrock Records青木秀仁さん。元々はフリーランスのエンジニアでありプロミュージシャンというユニークなキャリアを10年以上歩んできた。企業には属さず、自身の作りたいものを作る職人的な志向を持つ人物だ。

そんな青木さんが、それまで縁もゆかりもなかった障害者支援になぜ関わることになったのか?24時間365日、たった一人で「UDトーク」開発に心血を注ぐ理由とは?

障害者雇用の推進がますます進み、4年後には東京パラリンピックも控える今、今後さらに注目を集めることになるであろう「UDトーク」の可能性、ひいてはIT導入によって変化する障害者支援の未来と共に青木さんに伺う。


[PROFILE]
青木 秀仁 Hidehito Aoki
Shamrock Records(シャムロック・レコード)株式会社 代表取締役
1976年生まれ。フリーランスのエンジニア兼プロミュージシャンとして活躍。2011年、Shamrock Records株式会社を設立。コミュニケーション支援・会話の見える化アプリ「UDトーク」の他、音声認識筆談アプリ「UD手書き」、ハンズフリー&かんたんカメラアプリ「声シャッター」、EVERNOTE関連ツール「MoveEver2」他の開発を行なう。

エンジニア魂に火をつけた「会話が伝わらない」という課題。

― 障害者支援や福祉の領域は、あまりIT系のエンジニアにとって身近ではないというイメージがあります。青木さんが「UDトーク」を開発されたきっかけとは?


2011年頃、障害者の支援団体の方から講演依頼を受けたことが「UDトーク」開発の原点ですね。

講演のテーマは、「音声認識とスマートデバイスの可能性」というもの。世の中的にも音声認識のプロダクトは色々あったんですが、聞き取りと文字認識の精度がまだまだ発展途上だったり、デバイスがパソコンに限定されたりで。聴覚障害を持つ方々も色々試してきた中で、上手く日常で生かせないという状況だったそうなんです。

しかし、ちょうどその頃、iPhoneがSiriを搭載。これは、一部の聴覚障害者には大きなニュースだったようで、期待を持って受け止められたんです。なにせ、外出先に持ち歩いて音声認識ができる。将来的に日常の会話に使えるようになるのか、興味が高かった。そのため、音声認識のプロダクト開発に携わっていたエンジニアの自分に見解を聞きたいという依頼でした。


― その講演が、障害者支援の領域との接点になったんですね。


そうです。実際の講演に参加してくれたのは、聴覚や視覚に障害を持つ方たち。私自身、これまでの知見と、これからのスマートデバイスによる音声認識の可能性について情報収集をして、講演に臨みました。

臨んだんですが…、想定していた以上に障害者の方々へ「会話が伝わらない」という課題に直面する結果になりました。健聴者を対象にしたようなスライドとプレゼンが、通用しないことは事前にわかっていたつもりでしたが、「そこ」「ここ」という口頭での表現は見えない人には伝わらないし、細かく説明すると耳が聞こえない人は混乱。身振り手振りを加えても補足にもならなくて。障害者と健常者が会話をすることはこんなに難しいのか、と痛感させられました。

講演を依頼してくれた方も聴覚に障害があって、期待に沿えず申し訳ないと謝ったのですが、全然気にしていなくて。むしろどうやったら健聴者と障害者は上手く会話できるか?という話になったんですね。で、やっぱり手話がいいのか?いや僕では覚えるのに時間がかかる。筆談ならどう?と試しに書き出してみても壊滅的に字が汚く(笑)。

会話がしたいのに話せない。その場で僕が感じた気持ちを、障害者も周りの健聴者も常に持っている。圧倒的な不具合が目の前に現れたと思いましたし、それならば、いっそ自分がスマートデバイスで音声認識のアプリを作れば、解決できるかもしれない。そう思ったがいなや、その日からすぐに「UDトーク」のプロトタイプを作り始めました。

ユーザーに徹底的に寄り添うことで進化する「UDトーク」。

青木さん

障害者雇用を推進する大手企業や官公庁、教育機関からの問い合わせも増加。昼間は外出して「UDトーク」の説明をしたり、ユーザーからの質問に答えるユーザーサポートにも対応。事務所に帰ってきてから開発をするという毎日だという青木さん。


― 開発を開始してから5年以上経ちます。その間ずっと、お一人で開発や運営をされているんですね。何が青木さんをそこまで駆り立てるのでしょうか?


一人で大変ですねと、周りからよく言われるんですが、あまり大変だと思ったことがないんですよね。アプリにバグが出たときとか、時間がないことは辛いですけど。ドM気質な部分があるおかげで(笑)、ユーザーにとことん寄り添って開発できていることが、エンジニアとして楽しいですね。

昔からどんなプロダクトを作る時でも、ユーザーの声を聞くことを大事にしているんですが、障害者も支援者も困りごとは盛りだくさんですし、これまで知らなかった障害者のIT活用状況に関しても毎回新たな発見があって、開発に繋がるんです。

たとえば、健聴者と比べ物にならない猛烈なスピードで「メッセンジャー」や「チャット」で会話する聴覚障害者がいたり、視覚障害者が「UDトーク」で言葉を字幕表示させて、聴覚障害の方と会話をしていたり、驚かされることも多いです。開発者の想定を超えた使い方に思わず「なるほど!」とうなずかされもします。

障害者支援というと、どうしても健常者の側から「こう支援すべき」というベキ論で語られがちなんですが、障害者自身は千差万別。様々な考え方を持つ人がいる。その声の一つひとつにしっかりと寄り添っていけば、本当に役に立つプロダクトになっていくはずです。


セミナー

「UDトーク」を使ったセミナー。青木さんの声がリアルタイムでスマホ上に表示される。


― なるほど。そうして開発が進めば、今後「UDトーク」が手話や筆談に取って代わるコミュニケーション手段になるのでしょうか?


それはちょっと言い過ぎなところがあるかもしれません。テクノロジーはそこまで万能じゃないので。聴覚障害者の中でも、筆談や要約筆記など、人の手を介すことを大事にしている人もいますし、手話のみを使う方もいます。そういう方たちに「UDトーク」はコミュニケーション手段の代わりにはなれないんですね。

なので「UDトークは初対面の人とか、会話のきっかけに使うとハードルが低くて、便利ですよ」と話しています。実際、「UDトーク」を導入している企業でも、久しぶりに訪問してみたら、健聴者の方々も手話が使えるようになっていたりするんですね。「UDトーク」がきっかけで、「この言葉は手話ではどう言うの?」と会話しているうちに手話を覚えちゃったとか。それもリアルな利用方法ですよね。

アプリの使用頻度は減ったかもしれないけど、よりコミュニケーションが活性化しているなら課題解決じゃないですか。私自身も、難しいと思っていた手話を「UDトーク」きっかけで覚えてしまいました。今ではアプリがなくても会話できるようになっています(笑)。

「UDトーク」がいつか役目を終える日を願う。

ウェアラブル


― 「UDトーク」の今後の展望について教えてください。


「UDトーク」がプロダクトとしての役割を終える時が早く来ればいいなと思っています。「UDトーク」が必要ないと言われる時。それは、少なくとも障害者と健聴者の会話という大きな不具合がなくなって、会話のバリアフリーが実現している世の中になっているということですから。

少し寂しいですけど、その瞬間を見たいなと思っています。そのためにも、今めちゃくちゃ頑張っているという(笑)。


― 長く使われるのではなく、使われない世の中を実現したいと。最後に、もし青木さんのように福祉の領域に入りたいと思うエンジニアの方が現れたら、どんなメッセージを送りますか?


今この瞬間にも、世界中で膨大なアプリがリリースされていますよね。その多くはあってもなくてもよいものだと思うんです。それでいかにダウンロードしてもらうか、ユーザーを集めるかに苦心している。それに比べたら、本当に必要としているユーザーがいて、その人のためにモノづくりができる領域が、福祉の領域だと思います。

そして、これからIoTやウェアラブルのデバイスがどんどん出てくる。スマホだっていつまであるかわからない。その中で恐らく最先端の技術を追求して、プロダクトを作ることができる点も魅力だと思いますね。誰かに決められた仕様書なんてまったくない世界で、技術に没頭できる。エンジニア冥利に尽きると思います。

とはいえ、福祉とITの融合はまだ発展途上の段階です。なので、ウェアラブル然り、デザインもまだまだ。新しいエンジニアやクリエイターの参入によって、もっと面白くなります。今、僕が40歳を超えて、一番の若手と言われてしまう現状(笑)。若い人にぜひ参入して来て欲しいと思います。


― ありがとうございました。これまで知らなかった福祉×ITの領域への理解が進みました。また、大きな世の中の課題に向き合う青木さんのようなエンジニアが増えることを願っています。




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