『ジョジョの奇妙な冒険』TVシリーズのオープニングで、改めてその存在を広く知らしめた神風動画。画期的な映像表現に挑みつづけ、今、最も注目されるアニメーションスタジオだ。いかに彼らはハイクオリティな作品を生みだしているのか。「働き方にこそ極意がある」と語る代表の水崎淳平氏の真意とは一体?
徹夜はしない。定時に帰る――。IT・WEB・ゲーム・広告・映像などの業種で働く方は、「また都市伝説のようなことを」と思うかもしれない。
こんな夢のようなワークスタイルを目指しつつ、話題作を発表しているのが『神風動画』だ。
3DCGを使ったセル画風のアニメーション、機械やメカの精巧なデザイン、臨場感のあるカメラワーク、繊細な光彩描写を武器とするアニメーションスタジオである。
松本大洋原作『ナンバーファイブ吾』の映像で一躍有名となり、『ジョジョの奇妙な冒険』『ドラゴンクエストIX 星空の守り人』『テラフォーマーズ』『EXILE「BOW & ARROWS」のMV』等、名だたる作品で実績を残してきた。
IT・WEB・ゲームと業界は違えど、過酷な労働環境も取り沙汰されるアニメーションの世界。業界そのもの構造としては非常に近しいといえるだろう。
神風動画代表である水崎淳平さんは「ホワイトな会社をアニメーションの世界でつくりたい」と語る。その言葉に隠された真意とは一体?
神風動画における働き方の極意を伺うことで、IT・WEB・ゲーム業界で働く人にとっても役に立つであろうモノづくりの真髄に迫った。
― 神風動画では、スタッフ全員の定時帰りを目指しているそうですね。クライアントワークをメインとする業種では、かなり珍しいですよね?
そうですね。特にアニメーションの世界だと、残業どころか、徹夜も当たり前だったりします。もちろん残業代は出ないし、休みさえろくに取れないと聞きます。
冗談めかして「アニメ会社で働くスタッフに人権はない」と言われますが、あながち大袈裟ではないかもしれません。
こんな業界の常識を壊したいという思いもあって、徹夜はしないし、定時で帰れるようにしよう、と。
― 実際、スタッフは定時に帰れていますか?
「途中で切り上げたくない」という時は残業OKにしています。残業代も100パーセント出していますね。ただ、それでも夜10時までやったらかなり遅い方です。
よく「行き詰ったら帰ればいいよ」と言っていて、私自身は本当に定時に帰ることが多いのですが、どうしても「作るのが好き」というスタッフも多くて、スタッフ全員が定時帰りは徹底できていません。なんとかしないといけないですね。
― “残業・徹夜ナシ”にこだわるのは、なぜでしょう?
残業している時間に彼女と遊んだり、家族と過ごしたり、趣味に使ったり、人生を充実させることがよい作品に繋がると考えているからです。
ちゃんと休んで、遊んでこそ、いい感性といい絵に結び付く。これが実証できたら、私達のスタイルに説得力が生まれると思っています。
神風動画を立ちあげる前、任天堂のポケモンチームで働いたことがあるのですが、仕事ばかりではなく、ちゃんと遊べる「余白」を大事にするんですよね。クリエイターの待遇もいいし、ちゃんと休みも取る。
主張が強すぎ、私自身は契約を切られたのですが(笑)、任天堂のようなホワイトな企業風土を取り入れたかったんです。
― ずばり神風動画はホワイトな会社ですか?
ホワイトまでいっていないかもしれませんが、ちょうど今年で10周年、なんとか白に近いグレー企業くらいにはなったかと(笑)
毎年採用はしていますが、自分から辞めたいと言ったり、来なくなったりしたスタッフは一人もいません。ここは自慢できるところですね。
― 体力的につらくてやめた人はいない、と。
そうですね。よく「泊り込んでこそアニメだ」とか、「好きなアニメの仕事だからキツくても我慢する」とか言われるのですが、一体誰が決めたんだろう?と思いますね。
そういった考え方もあるのだろうけど、別のやり方があってもいい。誰かがやらなきゃいけないのなら、自分でやってやろうと思ったのです。
― 神風動画の社訓は「妥協は死」ですよね。“早く帰る”と“作品に妥協しない”ことは矛盾しませんか?
仕事の進め方に妥協があるから、残業をしなければ間に合わない。こういった捉え方もできますよね。
― 残業することが妥協であると。
そうです。社訓に込めた「妥協」にはいろいろな意味があって、もちろん「作品に妥協するな」という意味もありますが、全てにおいて妥協しないという姿勢を表しています。
たとえば、残業をしてプライベートまで犠牲にしたら、それは人生そのものに妥協しているとも捉えられます。
― なるほど。とはいえハイクオリティな作品づくりとプライベート、両方に「妥協しない」のはかなり難しそうですね。〆切までに納得のいく仕上がりにならなかったとしたらどうするのでしょう?
クライアントに電話して、「すみません。もう一週間のばしていいですか?」と話します。ちゃんと帰るし、寝るけど、〆切を守るための無茶はしない。体力や集中力が落ちているときに良い作品は生まれません。
もし、頭をさげて〆切が延びて良い作品になるならお互いにとっていいことだと思っています。そのかわり提出させていただく作品には一切妥協しません。
― 絶対に妥協しない、ということですね。そこまで強くこだわる理由はどこにあるのでしょう。
妥協して作った作品は世間的に評価されず、ゆっくりと自分たちの首を締め殺していくからです。だからこそ、少しくらいクライアントとケンカしても、自分たちのフィールドは守るべき。
成果物に対するクライアントの評価はいりません。なぜなら、モニターの向こう側にいるユーザーさんには一切関係がないことだからです。
作らせていただく作品のファンのことを考え抜き、どうすれば盛り上がるか。作品に没入できるか。クライアントではなく、ユーザーさんのほうを向こう、と。
たとえば、作品をYoutubeにアップして評判をウォッチしてみる。人気があった作品と、そうではなかった作品を比べて分析します。妥協しなければ、空振りだったとしても、必ず学べることがあり、次につながっていくんですよね。
― 「クライアントにお願いして〆切を延ばす」のは一般的にはタブーですし、普通は仕事を切られて終りですよね。
そうかもしれないですね。ただ、神風動画にしかつくれない作品なら、「〆切が守れないなら、他とやります」と切られることはありません。だから、クライアントにも泣く泣く受け止めていただくしかない。
そこで大事なのが、自分たちの価値を自分たちが信じること。だから「安く、早く」みたいに安売りしてはいけないと思います。
― アニメーションの業界では制作側に支払われる金額があまりに安いと問題になっていますよね。
おっしゃる通りで、制作する側が自分たちで安く提示してしまうことも多いです。
何人でやるのか、どういう作業をするのか、しっかり見積を作り、オンリーワンの価値を提供するのだから、それなりの価格に設定すべき。 条件を出して見合わなければ「ご縁がなかった」となるだけですよね。
高い価値を示し続けて、潤沢な資金ができれば、モデリングなどの作業は外に出せますし、私たちはデザイン監修や演出にパワーを注ぐことができます。
― デザイン監修や演出でいえば、『ナンバーファイブ 吾』のCGなのに絵画的という表現が斬新でした。
神風動画の方向性を決定づける記念碑的な作品だと思っていて、CGのパート請けではなく、演出で勝負できる自信になりましたね。
CG出身者が演出までやると、副次的な成果ですが、セルアニメのお約束以上のカメラワーク、デザインワークなどでもオンリーワンが示せると思っています。
製造業でいえば「この金属ネジはウチでしか作れない」とか、どのような業界にも当てはまることだと思いますが、強い武器を持つ唯一の存在であれば、強気に出れますよね。
(つづく)
▼《神風動画》徹底解剖第2弾。
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[取材・文]白石勝也 [撮影]松尾彰大
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