「みんなの就職活動日記」や「なかのひと」「User Insight」などを生み出したユーザーローカル代表の伊藤将雄さんへのインタビュー。プライベート開発、ジョブチェンジ、起業、売却、大学院入学、そして2度目の起業というキャリアを歩む伊藤さんが、後進に贈るアドバイスとは。
就職活動を経験した多くの人が、みん就(現:楽天みんなの就職活動日記)にアクセスした経験を持っているのではないだろうか。
現在は楽天が運営開発を担っているこのサイトが生まれたのは約20年前。当時早稲田大学の4年生だった学生がプライベート開発したものだ。
今回お話を伺った伊藤将雄さんは、みん就を生み出したそのひと。現在はヒートマップ対応Web解析ツールの「User Insight」、ソーシャルメディアのマーケティング分析・管理ツールである「Social Insight」などの開発を手掛ける株式会社ユーザーローカルの代表を務める人物だ。
伊藤さんは新卒で出版社に入社し編集記者を経て、急拡大期の楽天にエンジニアとしてジョイン。楽天モバイルの開発の傍ら、みん就の会社化、楽天への売却。そして2年間大学院で学び直し、2007年にアクセス解析ツール専業の研究開発ベンチャー・ユーザーローカルを立ち上げ。今年5月にはYJキャピタル、East Venturesを引受先として約2.6億円の第三者割当増資を実施している。
プライベート開発、ジョブチェンジ、起業、売却、大学院入学、そして2度目の起業という経験をされた伊藤さんに、キャリア選択の考えとその背景を伺いました。
― まず伊藤さんのキャリアについて伺わせてください。最初のキャリアが編集記者というのは意外です。
アルバイトとしてWebサイト制作はしていましたが、私が就職活動をする時代はまだまだIT企業というものがほぼなかったんです。個人的にも安定志向で、当時どうなるかわからない業界に新卒入社する気など持っていませんでした。みん就を作ったのは自分が就職活動を終えた時期です。
新卒で日経BPという出版社に入ったのは、何かを書いたり、ものを作ることに対して非常に興味があったからです。配属されたのはコンピュータ関連の雑誌で、編集や記者をしていました。
― ファーストキャリアが記者、そして楽天にエンジニアとして入社し、みん就も会社化されます。
1999年に会社の同期といった沖縄旅行で泡盛を販売するお店を訪ねたところ、お年を召した主人が「最近は楽天市場を使ってインターネットで泡盛を売っている」というのです。
業界付きの記者としてそれなりの情報を持ち、新しい動きを把握しているつもりでしたが、「まさか」という気持ちでいっぱいになりました。
というのも思い返してみると就職活動中に、三木谷さんと一緒に楽天を立ち上げた本城さん(本城慎之介氏)とお会いする機会があり、楽天市場のお話を聞いてはいました。しかし、私にとってはあまりにも突飛な構想で、ECなんて日本で成功するわけがないと思っていました。
東京に戻ってすぐに楽天を訪問した後、2000年に当時50名程だった楽天にエンジニアとして入社しました。
― サイト開発の経験があるとはいえ、編集記者からエンジニアへのジョブチェンジは珍しいのではないかと思います。
個人的な感覚ですが、プログラミングは、ある意味文章を書くこととすごくに近い、文章をわかりやすく書く能力と比例するんじゃないかと思っているため、職種は変わりますがあまりハードルは感じませんでした。
楽天に入社して最初に手がけたのが、楽天市場のモバイル版の開発です。当時はモバイルからひとつ商品を購入するのにパケット代だけで100円くらいかかっていました。だから、ケータイでは、誰もモノを買わないだろうなと思っていたのですが、予想に反して右肩上がりに成長し、今ではとんでもない売上規模になっています。
みん就は、そのころ片手間で個人運営していたのですが、Yahoo!BBなどが起爆剤となり新卒ナビサイトと同等のユーザー数を集めるようになったため、あわてて会社化しました。その後、より継続的な成長を目指すため、2004年に楽天グループに入りました。
― みん就が成功した理由は?
2点あるかと思います。ひとつは、大学生、つまりユーザー感覚を持ったまま作ることができたこと。いわゆる就職のメディアって、当時は広告主である企業の視点で作られたメディアばかりで、学生や働く人目線のメディアがなかったんです。
もう一つはシステムをちゃんと作れるだけで、有利な状況だったということでしょう。当時はまだ、インターネット業界は今ほど競争が熾烈じゃなかったんです。
― 伊藤さんのキャリアで面白いのが、楽天を退職後、理系の大学院に進学したことです。MBAを取得したり、働きながら学ぶ方はいますが、伊藤さんのように研究目的、しかもそれまで専門でない領域というのは珍しいですよね。
楽天やみん就で感じたことは、自分の直感や「世の中はこうなる」といった世間の予想は、当たらないものだなと思ったんですね。私自身もその1人でしたが、当時ネットでモノは売れないから楽天は成功しないだろうと考えられていました。それがいまや日本、世界を代表するIT企業になっています。
頭のいい人、いろいろな情報を持っていて詳しい人でも、未来の変化を当てることはなかなか難しいわけです。逆に、変化をみずから作っていける人は、ものすごく強い。頭で考えるのではなく、実際に試してユーザーの反応を見るのが重要です。
私が大学院で学んだのはユーザー行動を解析し可視化する、というものです。楽天市場やみん就を運営する中で、ユーザーの行動をより深く分析し、可視化することが大切だと実感したためです。
― 楽天に勤めたあと事業の売却も果たし、順調にキャリアを歩まれる中で、大学院というアカデミックな場に2年いることに対してリスクなどは感じませんでしたか?
むしろ「このまま突っ走ったらヤバいぞ」という気持ちでした。時代の変化は一層早くなるのに、一生この知識、経験だけでやっていくというのは難しそうだ、と。
私自身、社会人になって最初の10年弱仕事する中で、役に立った、考え方の指針になっていたのは、大学時代に学んだことでした。もう一度学ぶことで次に役に立つようなことを身につけたい、自分が変化を起こす側になりたい。そんな思いで大学院に進学しました。
― 大学院卒業後、2007年にユーザーローカルで、研究した分野でのサービス開発をスタートされました。当時は「ビックデータ」「グロースハック」と言った言葉がまったくなかった状況だったと思います。
創業から現在まで、さまざまな形でユーザーの行動を可視化したり、それをデータに落としこむプロダクトを開発・運用してきましたが、この分野が将来盛り上がることに自信があったかと言われればそうでもないです。
私が大事に思っているのは、概念がない、名前がついていない状態の物事を見つけ出すことです。例えばみん就を開発した当時、「CGM」という概念は浸透しておらず、単なる「掲示板」でした。ビックデータも「分析」「解析」と呼ばれていて、グロースハックも「サービス運営」という曖昧なものでした。その後、概念に名前が付くことで世間の注目が増してビジネスとして急成長します。
そしてまだ名前がついていない考え方や、もっとも新しい情報はアカデミックな場にあふれています。消費者が触れるようになったり、ビジネスの場で活用されるよりももっと前に、アカデミックな場で注目をあつめることが非常に多いのです。
― 伊藤さんがいま注目しているものは?
この1年ほどで急速に概念が定着しつつあるIoT(Internet of Things、モノのインターネット)です。ユーザーローカルはもともと「ユーザーに近い」というコンセプトをスタート地点にしており、分析対象がインターネットの中だけに閉じていることにとても違和感がありました。
そこで、私たちは「Virtual Cycling」という、フィットネス自転車とGoogle Earthを接続することで世界中を自転車で走ることができるマシンを開発しました。他にも、着席時間や店の混雑状況・回転率を把握できる「スマート座布団」といったプロダクトを開発し、いろいろと実験しているところです。
― それでは最後に、WEB・IT業界で働く若手や学生にアドバイスなどをいただけますか。
新しい概念や製品が出てきた場合、できるだけポジティブに受け止めたほうがいいと思います。若くて賢い人ほど、「あれは○○だからうまくいくはずない」とネガティブで上から目線な反応をしてしまいがちですが、うまくいくほうに賭けたほうがいいです。周囲が失敗する、絶対うまくいかないと言われてきたものが、一気に花開き注目されるのがこの業界の特徴なのですから。
また、社会人になると周りの人と同じ情報しか手に入らなくなると思います。学生時代は多感で、いろんな授業を取り、興味のベクトルがいろんな方向を向いた人が集まっていたと思いますが、会社に入ると、まわりと同じ情報ソースを貪るようになります。そして個人の差別化が難しくなるんですね。
ですので、たまには新しい経験を意図的にするようにしたり、学術的なモノ触れたり、ビジネスとは関係のない知識や体験を積極的にするといいのではないかと思います。
― 貴重なお話、ありがとうございました。
文 = 松尾彰大
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