2023.01.31
フーディソン 飛躍的成長の裏側。「私は経営者失格だった」10億円調達後の赤字、コロナ禍、そして上場へ

フーディソン 飛躍的成長の裏側。「私は経営者失格だった」10億円調達後の赤字、コロナ禍、そして上場へ

2022年12月に新規上場した「フーディソン」。水産をメインとする生鮮流通のプラットフォームを構築・運営。2023年3月期の決算予想は売上50.2億円、売上総利益18.8億円を見込む。飛躍的な成長を遂げた同社だが、ここまでの道程は平坦ではなかった。上場までのハードシングスについて代表の山本徹さんに伺った。

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フーディソン概略
2013年4月、株式会社エス・エム・エス(プライム上場)の立ち上げメンバーであった山本徹氏によって創業。ミッションに「世界の食をもっと楽しく」を、ビジョンに「生鮮流通に新しい循環を」を掲げ、toB/toC/HR各サービスの連携・シナジーから成る生鮮流通プラットフォーム事業を運営。2022年3月期決算では売上35.9億円・売上利益13.9億円。2023年3月期決算予想は、売上50.2億円、売上総利益18.8億円となっている。(IR参照

▼飲食店向け生鮮品仕入れEC『魚ポチ』
日本中の産地をつなぎ、食材と料理人の最高の出会いを提供。大田市場に自社の物流拠点を持つことで情報と物流をつなげ、鮮魚をはじめとした食材のスムーズな仕入れを実現。常時数千種類の商品を掲載し、スマホ・パソコンにおいて簡単に1尾から発注が可能となっている。

▼いつも新たな発見のある街の魚屋『sakana bacca(サカナバッカ)』
「毎日の食卓に感動と冒険を」をコンセプトに運営する魚屋。都内ではあまり流通しない魚種、高鮮度の鮮魚を産地や市場から仕入れて販売。食べて美味しいだけではなく、魚を知り、体験できるお店作りを目指す。

フード業界の転職エージェント『フード人材バンク』
スーパー・小売店・飲食店などに人材紹介を行うサービス。食文化を支える職人を支援したい想いのもと、鮮魚加工技術者にはじまり、精肉加工、飲食店従業員など幅広い職種に広げている。

2015年の資金調達後、全てがうまくいっていなかった。

経営者が直面した困難=ハードシングスに迫る連載シリーズ。今回お話を伺ったのは、2022年12月に新規上場を果たしたフーディソンの代表取締役CEOの山本徹さん。着実に成長を続ける同社だが、ここに至る道程は平坦ではなかったと振り返る。

「最も危機的状況だったのは、2015年から2017年にかけて。2015年にシリーズAで当時ではかなり大型となる10億円を調達したのですが、その後の2年ほどは正直、全てがうまくいっていませんでした」

当時の状況について山本さんは率直に語ってくれた。

「当時はとにかくスピードが重要だと考え、広告宣伝費に大幅な予算を割き、さらにtoC向けに運営している実店舗の出店を加速させていきました。当然、お店で働くスタッフの人件費も増していく。それらのコストがかさみ、急激に収益性が悪化し、赤字が続く状況でした」

そこに欠けていたのは「長期的にビジネスを伸ばしていく」という視点だったという。

「振り返ってみてわかるのですが、お金は強烈な“触媒”になるんですよね。良いものにお金をかければ、より良くなっていく。悪いものにお金をかければ、どんどん悪くなる。どちらにも加速していく。当時はまさに後者の状況でした。長期的な戦略や着実に利益が出るビジネスモデルが定まっていないままに、短期的な利益を追おうとしていた。経営者としての実力が伴わないにも関わらず、多くのお金を手にし、間違った意思決定をしていました」

前職では、エス・エム・エス(プライム上場)にて取締役を歴任した山本さん。前職とのビジネスモデルとの違いも経営判断を難しくしたという。

「まずは事業にかかるマージンが明らかに違いますよね。前職は人材ビジネスなので情報がソリューションになる。ただ、生鮮流通は情報に加えて、物流も含めてソリューション。仕入れてから売れて、手元に届くまでを提供しなければなりません。損益分岐までの売上額がかなり遠かったとも言えます。やはり今振り返ると短期的な黒字化のために焦ってコストをかける必要はなかった。toBにしても広告宣伝費を使えば使うほどユーザー数は増えますが、対応しきれなければ、サービスの品質が悪化してしまう。プロダクトとサービスの品質を愚直に向上し続け、成り行きでユーザーを増やしていくべきだったと思っています」

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社員からの「社長に向いていない」の言葉が教えてくれたこと

その後も収益性は改善されず、社員の離職も続いたという。そして経営者としての実力不足と正面から向き合っていくことになったという。

「事業がうまくいかず、メンバーの離職も出始めていたのですが、それでも「自分は間違っていない」と思っていた気がします。広告宣伝にしても、出店にしても、責任者に権限委譲していたつもり。その責任者たちがやり抜けていない、結果を出していないから、事業がうまくいかない、そう考えてしまっていたのかもしれない。ただ、そうではなく、事業がうまくいかないのは、ただ単に私の実力不足でしかなかった。私のマネジメントにこそ大きな課題があったのだと気づかされました」

その転機の一つになったのが、社員からのコメント。そしてある社員の退職だった。

「当時、一番ショックだったのが、360度評価で「社長に向いていない」と厳しいコメントをもらったことですね。そして、信頼していた責任者メンバーからも退職の意向があって。そこでようやく“私はどんな支援をしてきたか”と本気で考えている自分がいました。何もしてこなかったのではないか?と。権限委譲のつもりだったマネジメントはただの責任転嫁でしかなかった。「あなたに任せたから、あなたが成果を出すべき」と結果が出ないことを誰かのせいにしていただけ。ようやく自分の至らなさ、課題に向き合うようになりました」

そもそも、なぜ、短期間での黒字化を目指したのだろう。

「いま振り返れば、一刻も早く事業として好調な状態を見せたい、まわりから上手くいっていると思われたい。そういった焦りがあったと思います。2015年頃でいえばシリーズAでの10億円のかなり大きな調達額で注目もいただいていた。なので、“見られ方”を気にするあまり、事業を伸ばすための本質を見失っていたのかもしれません。それも含めて私の実力不足だったと思います」

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長期的な成長志向にマインドシフトを。

これらの失敗を経て、山本さんは何をどう変えていったのか。

「まず大きく変わったのはマインドだと思います。全ての責任を自らが負う。その覚悟とスタンスでやり切る。この前提に立って、行動を変えていきました。たとえば、それまではビジョンを立て、社員に任せることが役割だと考えていたのですが、自らやってみて、再現性のある型にし、意見をもらいながら展開する。フォローしていく。事業にしても、とにかく長い時間軸で考えていく。全てを自分事化したことで「今すぐにやれること」か「すぐにはやれないこと」か、それらが明確になっていきました。まずはやれることに着手する。今やれないことは長期的に対応する。こう割り切った上で長期的な視点で事業に取り組むことで、もちろんその時々で課題はありましたが、多くのことが好転していきました」

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いかに業績を回復したか。収益をあげるための一手

いかに収益を安定化し、持続的な成長を行っていくか。そのための人材紹介サービスをスタートさせたのも2017年だったと振り返る。

「資金調達後にわかったのは、当時の規模感でいえば、流通サービスだけで利益を出し続けることは非常に難しいということ。規模が大きければ安定した収益化が期待できるのですが、それまでには時間がかかる。そこで、魚の加工をはじめ、フードに特化した人材紹介サービスを本格的に始めることにしました。事業としてはニッチですが、利益率が高く、結果としては全社業績に大きく貢献する事業の柱となっていきました」

じつはネットワークを活用した人材ビジネスについて、もともと構想としてもあったのだという。

「業界の中のつながりやネットワークを活用し、並行して新たなビジネスにしていけば、遠くまでいける。こういった観点からも人材紹介サービスの構想はあったのですが、2017年から本格化させていきました。いかに『魚ポチ』や『sakana bacca』のような「流通サービス」を通じて業界内のプレイヤーと日常的につながりを持ち、その情報を利活用し、新たなサービスを開発できるか。まさにその事例のひとつだったと思います。私たちの事業は「流通サービス」と流通サービスを通じてつながった業界関係者を「支援するサービス」で構成されており、当然シナジーも生まれる。この発想は今後も変わらないところです」

利益率の高い人材紹介サービスで安定した収益基盤をつくり、toBである『魚ポチ』を成長させていく。現在、売上の66%を『魚ポチ』が占めるまでに成長していることを考えると当時の選択が正しかったことがわかる。ただ、気になるのがコストを圧迫していた実店舗『sakana bacca』運営を続けた理由だ。

「どうすればこれまでの「大量に安く売るという世界」に依存せずに、魚を販売していけるか。出口戦略として中間流通を持っているのと、持っていないのでは大きな違いがあると考えました。鮮魚に対し、価値を見極めて売れる最終ラインを自分たちで持っている。そうすることで、魚の販売にマーケティングを持ち込める。そのチャレンジが『sakana bacca』という位置づけです。もちろん『魚ポチ』とも連携し、産地から直接仕入れた魚が多少余ってしまうことがあった時、『sakana bacca』で売ることができます。こういった短期的なシナジーもありますし、長期的にいえば「販売」において業界全体の課題解決につながる重要な事業ですし、プラットフォームの一部だと捉えています」

+++グランスタ東京にも出店している『sakana bacca』。現在、都内で8店舗を展開している。「季節や変化を感じられる商品を求めている消費者のみなさんも多い。消費のあり方もコロナ禍を経て変わってきている」と山本さんは語る。

コロナ禍が教えてくれたこと

こうして安定した利益が得られるようになった2019年。2020年に上場のための手続きを…と考えた矢先に起こったのがコロナ禍だったーー。

「2020年4月の緊急事態宣言で社会が完全にストップしていくなかで、当社においても売上は大きく毀損しました。見通しが悪く、将来の見通しも見えない。ただ、組織にとって最もよくないのは「何も仕事がない」ということ。利益が出ないのはしょうがない。ですが、少しでも前に進んでいる感覚がないと、精神的に病んでしまうのではないか。そう考え、エネルギーを持ち続けられたらと会社として新しいチャレンジをしていました。たとえば、飲食店向けに販売するはずだった鮮魚をドライブスルー方式で販売したりもして。買ってくださるお客様がいたからみんなが前向きになれたように思います。正直、大きな利益を生んだわけではありませんでしたが、やってよかった。もしあの時、何もせず、たとえば社員のみんなにただただ休職を促していたら多くのメンバーが離脱していたと思います」

2020年4月、まさにコロナ禍がはじまった当時をこう回想する。

「これほど辛いことがあるのかと思ったのが正直なところです。ただ、2016年頃の資金調達後に比べたら前向きだった気がします。今回ばかりは社会全体の話でしたし、もうしょうがない。「今、何やるべきなのか」「何ができるか」を考え、忠実にやっていくしかなかったですね。幸いにもその間『sakana bacca』の収益性が高くなったのもポジティブな出来事でした。飲食店に行きにくい環境下で「せっかく食べるんだったら、いいものを」と多くの方が鮮魚を買ってくださいました。当時、店舗は入場制限をしなければならないくらい盛況でした。toBとtoCでそれぞれポートフォリオを分けてやってたことは幸いしたと思います。とはいえ、感染のリスクもあるなか、お店にスタッフのみんなに立ってもらうべきか、大きな葛藤もあって。感染対策をしっかりすることはもちろん、そういった状況でもお店に立ってくれたスタッフには本当に感謝しかないですね」

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「自分は何者なのか」を知る。

こうして2022年12月に新規上場を果たしたフーディソン。失敗や困難から山本さんは何を教訓として得てきたのか。

「自分の「無意識的な意思決定の型」を知ることが大事だと学びました。というのも、人間の意思決定は、95%が無意識下で行われているという説があって。経営者でいえば、必要以上の広報活動に力を入れている場合、「まわりから好調だと思われたい」という無意識の現れかもしれない。本来なら中期経営計画をしっかり組むことのほうが重要なタイミングなのに後回しになっていたり。そういった「型」を把握していく。そのために2年間くらいは、どういった時にどういう感情になったか。なぜ感情が揺さぶられたのか。どういう決定をしたか。その都度メモを取るようにしてメタ認知のレベルを上げていく取り組みを行っていました。もちろん、生まれ育ってきた環境に起因するところも大きく、根本から変わることは難しいかもしれません。ただ、認知ができれば取る選択や行動は変えていけると思います」

聞けば、山本さん自身、幼少期より両親から「自立」ができるよう、厳しく育てられたという。

「私の場合、両親とも早くに自分たちの親を亡くしていることもあって「たとえ私たちが早く死んでも、この子が自立できるように」厳しく育てたと、最近対話の中で聞きました。助けてもらえる、甘えさせてもらえる感覚は全くなく、「とにかく全て自分でやりなさい」と。なので、困難は自力で乗り越えるという感覚が強いのかもしれません。もっといえば「人との繋がり」に関して弱いのだと思います。人当たりのいいコミュニケーションは取れるのですが、繋がれる人、繋がれない人が二極化してしまう。それは、おそらく幼少期の環境が影響しているんだろうと思います。ただ、決して悪いことばかりではなくて。むしろ、だからこそ、いまビジネスで実現させようとしているビジョンと、私個人のミッションが繋がってきた感覚があるんです。もともと私は人と繋がることに恐れがありました。ただ、裏返して考えてみると、繋がりを強く求めているが故のことなのかもしれない。生産流通に新しい循環をつくっていく。アナログで繋がっていなかった産地と消費者を、より効率の良いシステムで繋いでいく。これはビジネスを通じて社会と繋がりたい、私自身の根源的な欲求にもつながっている。上場は投資してくれたVCの方々との約束ですし、目標としてきた一つです。ただ、上場がゴールになる感覚は全くありません。これからの人生を通じ、第一人者にもなり得るこの領域で、新しい繋がりをつくり、より幸せな社会の循環をつくっていきたい。自分の使命としても強くそう思っています」


第2弾|なぜ、Amazonは「鮮魚EC」をマネできない?生鮮流通DX「フーディソン」に見るベンチャーの戦い方


取材 / 文 = 白石勝也


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