「よく誤解されますが、私たちは動画制作の会社ではありません」こう語ってくれたのが、2022年9月に新規上場をしたファインズ、代表の三輪幸将さん。提供するのは中小企業向けの動画マーケティング支援・DXコンサルティング。彼ら独自のアプローチはどう生まれたのか。新規上場に至るまでの困難と道のりに迫った。
ファインズの強み・事業概要
・動画を起点とした企業の「マーケティングDX」を支援
・コアサービス「Videoクラウド」は「動画を配信する」「動画を分析する」「動画を拡張させる」を可能にするプラットホームとして提供。インタラクティブ動画や360°動画にも対応。視聴データは延べ50以上取得可能。Salesforceアカウントと紐づけたマーケティングデータの取得も可能。そのデータ分析を通じ、顧客の多様な課題を抽出し、解決まで一気通貫のサービスを提供する
・マネタイズはセールスコンサルタントによる動画マーケティングDXのコンサルティング、月額課金型「Videoクラウド」導入
・特に営業戦略に力を入れており、1ヶ月間で約1,000社の商談機会を安定的に創出。受注率・単価においても一定以上の水準維持を重視
・これまであらゆる業種業態において約20,000社近くで取引を実施。共通する課題へのアプローチを標準化。その知見・ノウハウをもとにした動画制作の内製化も強み
ここ10年ほどで多くの動画領域のスタートアップ・ベンチャー企業が登場したが、上場にまで至ったケースは少ない。なぜ、ファインズは動画領域で新規上場を果たすことができたのだろう。
シンプルに言えば、中小企業様の皆様が抱える課題に対し、私たちが提供するサービスが受け入れられ、順調に売上を伸ばせたからだと思います。よく「これからは動画の時代」「動画ニーズが高まっている」と言われたりしますが、中小企業様に限った話で言えば「動画を作りたい」とニーズが顕在化している経営者の方はほとんどいないように感じています。経営においてあらゆる課題が山積みで、そもそも何をしたらいいかわからない。こういったケースが圧倒的に多く、そういった方々から引き合いをいただいています。
中小企業が抱えているそれらの課題とは一体どのようなものなのだろう。
本当に多岐にわたると思います。たとえば、商品サービスをもっと売りたい、リードを獲得したい、PRをしたい、採用したいなど。これらは要するに「動画がつくりたい」ではなく「集客したい」というニーズに集約されていく。
学校法人、スポーツジム、リフォーム会社、結婚式場、不動産仲介会社…どのような業種業態でも、特に中小企業様にとって「集客」はビジネスの根幹。そして、その多くは「具体的なイメージが伝わること」で解決されていく。
ファインズでは、まさにそういった「伝わっていない」という課題を持つ中小企業様に対し、動画を起点としたマーケティングDXを提供することで、成長ができたと考えています。よく「動画制作会社ですか?」と聞かれることもあるのですが、制作はもちろん、配信、そして分析、拡張によって課題を解決していく。ここが他社との区別化につながっていったと思っています。
もともとファインズが動画事業を開始したのは2015年。当時、責任者として事業を立ち上げた三輪さんはなぜ「動画」に着目したのだろう。
それはシンプルに必ず伸びていく分野、コンテンツだと思ったからですね。2015年当時、多くの中小企業様はホームページは持っていたものの、マーケティングに動画を活用しているケースはほとんどありませんでした。ただ、海外に目を向ければ、もう当たり前のようにサイトに動画が貼り付けられており、多様な使われ方をしていました。YouTubeも一気に広まったタイミングでしたし、大きな波を感じていました。
もう一つ、日本ではまだ実績のなかったBtoB向けの動画サービスで一番になりたい。中小企業様に絞ってやっていけば、きっとそのチャンスがあると考えました。2011年頃からインターネット関連事業に携わり、さまざまな事業を立ち上げてきましたが、いずれも他社の二番煎じにしかなれなくて。その悔しさもあり、自分たちが真っ先に市場を開拓していきたい。これも早くから動画に注目した理由の一つでした。
こうして動画事業をスタートさせた三輪さん。「単に動画を制作するだけでは顧客の課題は解決できない」という事実も現場で学んでいったという。
関係性のあるクライアント企業の社長さんに「こんな動画を作ってみました」と提案し、初めの頃はすごく喜んでもらえたのですが、一過性のものでしかありませんでした。やっていくうちに「結局、費用対効果はどうなんだ」という問いに必ずぶつかる。Webサイトやホームページでも「問い合わせ数」など、何らかの成果は求められるもの。同じような発想で動画でも効果測定ができ、データが可視化できれば、その価値をお客様に伝えやすくなるはず。そう考え、プロダクトをブラッシュアップしていきました。
ただ、プロダクトで全てを解決しようとは思っていなくて。そもそもサイトへのアクセスがないのであれば、SEOや広告出稿などで流入を増やす。そこから動画に流した上で見てもらう。動画はどこでスキップされ、どこに興味を持ってもらえているか細かく分析して仮説を検証する。もし、動画は見られているにも関わらず、ページの離脱が多いなら、そこを見直していく。手段は問わずに、お客様のゴールを実現させる。ここに徹底してフォーカスしてきたからこそ、今があるのだと思っています。
そして2022年9月に新規上場を果たしたファインズ。彼らが最も重視してきたのが利益。その根幹を担う営業力こそ、競争優位の源泉になっている。
競合となる企業もいますが、一番の違いは「営業」にあると考えています。私たちはとにかく足で稼ぐ。あらゆる課題、潜在ニーズを拾っていくので、テレマーケティングやダイレクトマーケティングなどに徹底的に力を入れ、コツコツと稼いできました。
2015年以降、さまざまな会社から動画サービスがリリースされましたが、どれも伸び悩むケースが多く、いつしか「動画は儲からない」というレッテルが貼られるようになったと感じていて。そういった環境だったからこそ、私たちは何よりも利益を重視していこうと考えていました。いかに毎月安定した受注件数を獲得できるか。その数字が安定すれば、動画制作のために必要なリソースも事前に確保ができて、内製化がしやすい。内製ができれば、原価は抑えられ、知見も貯まる。この「営業」と「内製化」の2つが回り始めたことで、比較的早い段階での黒字化につながったと考えています。
ここまで順調な成長を遂げてきたように見えるファインズ。だが、2018年には今では主力となった動画事業だが、その存続が危ぶまれる状況にあったという。当時のことを三輪さんはこう振り返る。
開示されている事実でもあるのでお話すると、ファインズは2019年3月にLBO*をしており、いわゆる「旧ファインズ」のオーナーから株を買い取る形で事業を継続してきた過去があります。その時、かなりの金額を金融機関から借り入れなければならず、非常に苦労をしました。
*LBO(Leveraged Buyout(レバレッジド・バイアウト)の略)とは、M&Aの形態のひとつで、借入金を活用した企業・事業買収のことを指します。一定のキャッシュフローを生み出す事業を、借入金を活用して買収するもので、買い手(多くの場合はエクイティを提供するスポンサー)は少ない資金で企業・事業を買収することができます。一般的には、多額の借入金をともなうことから、対象となる事業には安定的なキャッシュフローを生み出すことが求められます。所謂バイアウト・ファンドは、リターンを最大化するために借入金を積極的に活用するため、LBOによるM&Aの中心的なプレーヤーとなっています。(引用)『日本政策投資銀行』(https://www.dbj.jp/service/invest/lbo_mbo/)より
当時のオーナーが会社を手放すと決めたのが2018年の初頭。そこから三輪さんたち経営陣は過酷な1年を過ごすこととなる。
私を含む経営陣で、どこかにM&Aをしてもらうのか、このままの経営陣でやっていくのか、判断を迫られる状況になりました。しばらく話し合った結果「このままやっていこう」となって。そこまでは良かったのですが、その後の1年は非常に過酷なものでした。
スキームとしては、SPC(特別目的会社)を設立し、SPCを受け皿に金融機関から借り入れを行ない、「旧ファインズ」の株式を全て買い取った上で合併させる、というもの。このプランを成功させるためには、とにかくオーナーから株を買い取るためのお金が必要になる。ですので、金融機関からの借り入れができるかどうかが一番の焦点となりました。
ただ、当たり前ですが、実績もない、設立間もない会社にお金を貸してくれるところなんてどこにもないわけです。メガバンクはもちろん、地方銀行、信用金庫を含め、全国を飛び回り、何度も事業計画書や試算表を作り直し、プレゼンして回ったのですが、全く光は見えてきませんでした。
この計画のデッドラインは2019年3月。「もしそこまでに借り入れができなければM&Aを行なう」というのが前オーナーとの取り決めでもあったという。
期日が刻々と迫るなか、M&AのほうはM&Aで別会社が動いている状況。当然、そちら側の動きを止めることはできないですし、同時に手を差し伸べてくれるところもない。それでも最後の最後まで交渉を重ね、本当にギリギリのところで何とか借り入れを行なうことができました。
なぜ、その借り入れは成功したのか。三輪さんはこう振り返る。
もちろん事業が順調に成長していた部分は大きかったと思います。もう一つあるとすれば、覚悟の部分を見ていただけたのかなと思っています。「最後は人だった」とも聞いていて。今だからお話できることですが、借り入れの連帯保証人になりまして、この会社と心中する思いで契約を致しました。言うならば「事業がうまくいかなければ、全ての借り入れを私個人の借金として被る」ということ。もし失敗したとして、死に物狂いで一生働いたとしても、到底個人では返すことのできない金額だったので、大きな勝負だったなと思います。
そして上場を決意したのもこのタイミングだったという。
借り入れの返済額が多かったことから、新たな事業への投資が積極的にできない。そう考え、株式市場から資金調達をする覚悟を決めました。これは結果論ですが、その後の4年間で動画事業は順調に成長し、上場前には全ての借り入れを返済することができました。株式市場から資金調達ができた現在、新規事業などの先行投資にもお金を使えるようになり、良かったと思っています。
一つ疑問なのは、当時、なぜそこまで過酷な状況に陥ってまで自分たちでファインズを運営することにこだわったのか。三輪さんの思いとは。
動画事業を立ち上げ、「よし、これからだ」という時だったので、それを残したい気持ちは強かったかもしれないですね。ちょうど市場が大きくなっていくタイミングでチャンスを掴みかけている。そういった状況にも関わらず、止まってしまうのは悔しい。M&Aされれば、おそらく動画事業はおそらくクローズされてしまうことも目に見えていました。だからこそ、自分たちで事業を守りたい気持ちがありました。
上場に至るまでの険しい道のりを経てきた三輪さん。彼にとっての「ハードシングス」とは一体どのようなものなのだろう。
「困難」は成長するために必要不可欠なものだなと思っています。ファインズとして掲げているのも「超えるために壁がある」というもの。神が与えてくれた試練として、その壁を乗り越えれば必ず次のステージに活きていくはず。「困難」はさらに上を目指す人にしかやってこないわけですよね。「まあこんなもんでいいか」と諦めていると、困難すらも遠ざけてしまう。その先には成長はありません。
ファインズとしてはこの四半期決算で過去最高売上・最高利益(2022年11月14日発表/2023年6月期第1四半期決算)を出していますが、いろんな課題、越えなければならない壁だらけです。厳しいご意見をいただくことも多い。それらを真摯に受け止めつつ、与えてもらえた試練だと捉えて乗り越えて行く。その先にはきっと次の景色が見れるはずだと思っています。
(おわり)
取材 / 文 = 白石勝也
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