2021年3月、東証マザーズ(現・グロース市場)に上場を果たしたココナラ。テレビCM「得意を売り買いココナラ♪」でもお馴染み、スキルマーケットのパイオニアだ。会員数は296万人(22年5月時点)を超え、さらなる成長を続ける。この飛躍の裏側にはどんなハードシングスがあったのか。代表取締役社長CEO 鈴木歩さんに伺った。
キャリアハック連載企画「ハードシングスストーリー」。今回お話を伺ったのは、ココナラ CEOの鈴木歩さん。2016年5月に入社以来、第一線で事業運営の指揮を執り続けてきた。過去のハードシングスについてこう振り返る。
「上場し、いい仲間が集まっていて、今は会社としてすごくいい状態です。それもあってか過去のハードシングス、当時の具体的な感情はあまり覚えていない。ただ、全体的にすごく大変だった思い出だけは強くありますね(笑)。人員が十分じゃなくてプロダクト改善のスピードが出せなければ、トップライン(収益)は伸びないし、ユーザーを増やすためのマーケティングに使える予算も限られる。結果エンジニアを始めとしたプロダクト開発人員も採用できない。全てが悪循環に見えるわけです。ここをどう突破していくか。個人的には一番しんどかったかもしれません」
エンジニア数名という組織では、大きな機能は入れられない。こういった中、鈴木さんが手をつけたのは「価格改定」だったという。
「もともと『ココナラ』はホリゾンタル(総合型)500円のワンコインマーケットとしてスタートしています。「500円で売ってもいい」と思えるカテゴリー、例えば当時でいうと低価格での取引が成立しやすい“占い”が全体の流通高の6-7割を占めていました。その他「似顔絵作成」「お悩み相談」などの出品がほとんどで、ビジネス系のカテゴリー自体はありましたが、構成が歪に偏っていた。ただ、創業時から掲げていたのが「全てが揃うスキルのマーケットプレイスを目指す」ということでした。特にロゴ作成、HP制作、動画制作、翻訳、データ集計といったビジネス系のカテゴリーを伸ばし、全カテゴリーが盛り上がる形、いわばホリゾンタル(総合型)な展開にしていく。そう考え、ビジネス系のカテゴリーを中心に価格改定に踏み切りました。注意したのは、いきなり大きくは変えないこと。ある意味、無形のスキルには適正価格、相場観がない。ですので、いきなり価格上限を変えるとマーケットが壊れてしまう。細かくデータ分析しながら、1つずつサービスの単価の幅を決め、バリエーションを作っていきました」
さらに買い手の利便向上のために「決済手段を増やす動き」も取っていった。
「『ココナラ』のモデルでいえば、出品する側=売り手には使ってもらいやすい傾向がありました。「自分で稼ごう」という強い動機があり、稼げるなら、新しいプラットフォームでもチャレンジしてみようと集まってくれる。一方で、購入者側=買い手はわざわざ新たな概念のサービスを使う理由はありません。見ず知らずの人にオンラインで何かを依頼して失敗したらどうしよう、なんとなく怖い、そう考えるのが普通。わざわざ使わなくても、知り合いにお願いしたり、業者にお願いしたりもできるわけです。だからこそ、買い手側の需要喚起、利便向上には力を入れました。例えば、主要なクレジットカードは全て決済が可能になるように交渉したり、キャリア決済、コンビニ決済も使えるようにしたり。ここも入社すぐに動かした部分だったと思います」
そして事業上のアクセルを踏むと決めたのは、マーケティングだった。
「攻めの事業を回そうと思った時、極端に言うと、プロダクトをつくるか、マーケティングに力を入れるか、どちらか。そう考えた時、お金とナレッジがあれば、アクセルを踏めるのがマーケティングでした。私自身、マーケティング畑出身でもあったので、とにかくSEOやWeb広告にリソースを振っていった。WEB広告の予算も10倍くらいまで引き上げていきました。とにかくマーケティングで利益を伸ばし、そしてカテゴリーの成長を作っていく。その利益で採用ができるようになれば、プロダクト開発のスピード感も上がるはず。そういう順番で考えていきました」
そして、2017年。『ココナラ』の命運を分ける施策に踏み込んでいく――。
そして2017年7月、ココナラの命運を分けたのが、初の全国テレビCMだ。同年3月までに6億円を資金調達。そのほとんどをテレビCMに使うことが決まった。
「テレビCMに振り切れたことでトップラインが一気に上がり、利益を増やすことができました。一つ大きなターニングポイントだったと思います」
この大胆な施策の裏側には、どのような思惑があったのだろうか。
「今だからお話できることとして、当時から上場を目指しており、そのためには早期の単月黒字化が欠かせない条件でした。ただ、当時のコスト構造からすると黒字化までに時間がかかりすぎる。ある意味、強引にでもトップラインを引き上げていく。そのためのテレビCMでもありました。さらに僕らと同じモデルのサービスを大手からベンチャーまでこぞって提供し始めていた。ここでブーストしなければ、一気に追い抜かれてしまう。危機感もあり、全てをTVCMに投資することにしました」
しかし、このテレビCMで待っていたのも一筋縄ではいかない事態だった。そこには思いもかけない落とし穴があった。
「テレビCMってお金さえ払えれば全国のテレビ局で流してもらえると思っていたのですが、そうではないんですよね。それぞれのテレビ局で審査があり、そこを通過しなければならない。ところが、全国の全局で「審査NG」を突きつけられてしまった。この時は本当に焦りました」
なぜ、審査NGだったのだろうか。そこにはテレビ局におけるルール・審査基準があった。
「あとからわかったのですが、いわゆる「占いサービス」だと思われてしまい、審査NGになったのだとか。僕も初めて知ったのですが、占いサービスはクレームにつながりやすく、CMが流れた番組にまで迷惑がかかるリスクがあり、NGにしているテレビ局がほとんどだったのです。ただ、僕らは命運をかけてTVCMをやろうと決意していたので、ここで引き下がるわけにはいかない。まさに危機的な状況でした」
そこから広告代理店さんにお願いして、テレビ局の営業担当者全員に向けて、TVCMにかける想いをぶつけ逆転を図っていく。
「代理店さんにお願いしたり、テレビ局の担当の方にお会いしたり、勉強会をやったり、もう必死でしたね。『ココナラ』のサービス概要はもちろん、叶えたいこと、想いを含めて、熱を込めて何とか許可してもらえるように一人ひとりに伝えていきました。結果的に、全てとはいきませんでしたが、8割くらいの局からOKがもらうことができました」
こうしてテレビ局の担当者たちの心を掴んでいったココナラ。同時に、テレビCM放送に対するプレッシャーは相当大きかったようだ。
「テレビで『ココナラ』のCMが流れることは喜ばしい。ですが、個人的にはすごく胃が痛くて。これが失敗したら会社が終わるな、というプレッシャーがありました。テレビでCMが流れた瞬間、アクセスが増えているか気になってアナリティクスを開いてしまう。見たくないのに齧りついてしまう。だから当時、CM放送期間中はテレビを一切付けられなくなりました(笑)」
2017年でいえば、まだまだスタートアップが全国的なテレビCMを打つこと自体が珍しかった時期。その先陣を切ったと言ってもいいだろう。
「一度目のCMですが、結果は大成功だったと言える内容でした。視聴者の方からのクレームもなく、ユーザーの新規登録数アップという結果にもつながった。その次のCMからは全く問題なく放送できるようになって。もう一つ、じつはテレビCMとセットで「パブ」と呼ばれる、番組内でのサービス紹介など、PRもかなり戦略的にやってきました。例えば、代理店にもテレビCMとセットでお願いしたり、番組プロデューサーやディレクターにつないでもらったり。新しい概念のサービスだからこそ、上手くアピールできれば、いろいろなメディアが面白がって取り上げてくれるはず。副業解禁であったり、人生100年時代であったり、デジタル化の推進による企業への浸透などの、時代変化も追い風となり、社会的に意義があるサービスとして注目を集め、認知を得ていくことができました」
そして2019年7月には12億円を調達。成功パターンをもとにテレビCM、Web広告で、さらなるアクセルを踏み続けていく。勢いそのままに2021年3月、東証マザーズ(現・グロース市場)へと上場を果たした。
『ココナラ』はなぜ勝ち続けることができたのか。大手をはじめ同モデルのサービスが登場する中、スキルマーケットのパイオニアとしてどのようにその地位を確立してきたのか。そこには難易度の高い「無形スキル」のマッチングを実現する、独自の取り組み、そして思想があった。
「まず前提として、無形のものをマッチングさせるのは、誰もやってきていないので、かなり難しいんですよね。「出品する人」と「買う人」の期待値が合いづらい。なぜならそもそもの価格や成果物へのクオリティに対する相場がないから。「物」であれば新品・中古で相場価格がありますが、扱うのは無形の“役務”。例えば「ロゴを作ってもらう」という時に「500円で作ります」みたいな人もいれば「会社として300万円で請けます」という場合もある。こうした状況に対応するマーケットプレイスをどう創るかがポイントでした。やってしまいがちなのは、あらゆるカテゴリーを展開し、価格設定も自由にする、オフラインでも、オンラインでもマッチングできるようにしようとすること。ただ、それだと変数が多すぎて、ほぼマッチングしません。『ココナラ』の場合、逆に変数を減らす発想で常にサービスを設計してきました。カテゴリーは開放するが、価格上限は精緻なデータを見ながら設定する。マッチングもオンラインに絞る。そうすることでユーザーが迷わないし、マッチングの体験が生まれやすい。そしてコツコツと出品数、レビューなどデータを溜めることで、あらゆる取引において相場が生まれ、適正価格や求められるアウトプットの質が見えてくるようになりました」
「また、無形のものだと納品にあたる部分は言葉で説明するしかない。つまり「人と人のコミュニケーション」が成果物への評価にもなります。極端にいうと「やってくれた内容はいいが、とにかく言い方が気に入らなかった」みたいなトラブルもある。これら全てを機能では解決できないので、カスタマーサクセスに入ってもらう。これもどこまで介入すべきか、かなり繊細に設計しています。こういった細かい部分含めて、全方位的に難しい。やり抜くには信念と覚悟がいる。その点、ココナラには「一人ひとりが「自分のストーリー」を生きていく世の中をつくる」というビジョンがあり、その達成のために続けることができた。ここを持続できる企業は本当に一握りだと思っています」
そして、上場に伴うサービスの健全化も『ココナラ』の思想を反映している。
「全てのカテゴリー、出品について全て目視でのチェックを今でも行っています。まずそもそも違法性のあるものに関しては大手の弁護士事務所に入っていただきガイドラインを作成し、法律的な観点からの健全化を図っています。もう一段階、独自のルール・マナーを設けていて。誰かに不快な思い、イヤな思いをさせていないか。外部取引・プラットフォームに誘導していないか。この両観点から、健全化チームを立ち上げて対応しており、機械学習なども上手く取り入れながら対応を行っています」
この健全化については葛藤もあったと鈴木さんは補足する。
「上場以前から健全化には取り組んできたのですが、正直かなり葛藤はありました。小さな会社、スタートアップにとって利益は重要なわけです。健全化をやれば、短期的な利益が減ることは目に見えていた。ただ、長期的な『ココナラ』のブランディング、ユーザーを守るためにやるべき。その結果、人が人を呼んできてスケールする世界になるはず。そう信じてやり抜いてきました。ここが、ある意味、大きなコミュニティーでありながら、健全に成り立っている部分だと思います。ただ、さらに大きなプラットフォームとして成長させていきたい。その上でも、これからも健全に活用され、信頼されるサービスとして強化させていければと思います」
取材 / 文 = 白石勝也
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