家事代行サービスのマッチングプラットフォーム運営「CaSy(カジー)」が2022年2月、グロース市場への新規上場を果たした。「家事代行」は競合ひしめくレッドオーシャン。彼らはいかに上場へと至ったのか。事業成長の裏側、そしてそこに至るまでのハードシングスについて代表の加茂雄一さんに伺った。
家事代行サービス マッチングプラットフォーム『CaSy(カジー)』概要
・家事代行サービスを「定額利用プラン」にて提供
・それまでコーディネーターによる電話受付が主流の業界で、オンライン上での精度の高いマッチングを実現。業界最安水準を誇り、最短当日の依頼も可能にした。
・働き手=キャストのモチベーションに着目。「キャストが働きがいを持って働くことがサービスの品質向上につながる」といった考え方のもと、その教育・評価、エンゲージメント向上のための制度・仕組みを構築している。
2014年1月に創業した「CaSy」だが、それまでも多くの「家事代行サービス」は複数存在していた。そういった市場において、なぜ彼らはあえて「家事代行」に後発で挑戦したのか。加茂さんは「レッドオーシャンであることは、やらない理由にはならない」という。
家事代行サービスに関して言えば、それまでもたくさんのサービスがありましたが、だからといって自分たちがやらない理由にはなりませんでした。そもそものきっかけは、起業前に通っていたグロービス経営大学院の課題。3ヶ月間でビジネスプランを作るのですが、そこで出した案から現在に至っています。
当時もすぐにアイデアが固まったわけではなく、セオリー通り100案以上の事業アイデアを出したのですが、メンターからはダメ出ししかなくて全てボツに(笑)。ただ、そこでのフィードバックがヒントになりました。
「みなさんは、どういう人を救いたいのか。志さえあれば、より多くの人を巻き込むことができ、ビジネスが大きくなっていく。それが無いままにやっても成功しない」と。
そして、チームで出した結論が「まずは身近な人を救えるサービスにしよう」というもの。私にとって一番身近な人といえば妻だったのですが、ちょうど妻が妊娠したタイミングで。たまたま既存の家事代行サービスをユーザーとして利用していたんです。すごく便利だったので「これをもっと使いやすくしたら、妻のためにも、同じ悩みを持つ人たちのためにもなるだろう」と考えました。
じつは私自身、もともと家事がすごく下手で。やればやるほど妊娠中の妻のストレスにもなっていた時期があって。その無力感、居心地の悪さが家事代行によって解消され、笑顔が自然と増えていった。これがもっと当たり前になれば、笑顔が減ってしまった家庭を救えるかもしれない。そのために、家事代行サービスをより使いやすいものにしようと事業プランを練っていきました。
その後、彼らが構想した家事代行サービスは実際の事業へ。起業を決断した加茂さんだが、そこに勝算はあったのだろうか。
明確な勝算があったわけではありませんが、少なくともこの素晴らしいサービスを世の中に広めるには「価格」と「手間」が大きなボトルネックになっていることは明白でした。
まず価格面でいえば、当時は多くが1時間4000円〜5000円ほど。さらに「3時間からしか利用できない」など制約があるものもありました。毎週使うと月数万円の出費になり、気軽に使えるものとは言えませんでした。
さらに電話でしか申し込めない、一度はコーディネーターが家に訪問し、ヒアリングしてもらわないといけないなど、マッチングに手間と時間もかかっていました。そこからメールや電話でやり取りし、やっとスタッフとマッチングして家事代行が依頼できる流れ。使い始めるまで少なくとも2週間はかかってしまう。そうではなく、直近の家事代行ニーズに応えられるサービスを作りたいと考えました。
それまでの家事代行サービスは、「価格」と「手間」という観点から手軽に使うには不向きなものだったといえる。それらの課題をいかに解決していったのか。
はじめに考えたのは、コールセンターやコーディネーターを介在させず、オンラインだけでマッチングを図ること。要するにシェアリングエコノミー的な発想で考えていきました。当時、Uberやメルカリなど成功するサービスが出てきた時代。自分たちもお客様がスマホで登録し、要望にあった近所のスタッフが見つかる。そして、コーディネーターが不要になればコストを下げられ、24時間365日、インターネットで手軽に申し込みができる。そんな「家事代行版のUber」のようなサービスを目指していきました。
ただ、決して簡単にはいかなかったと振り返る。家事代行サービスの本質的な難しさは品質が「人」によって左右されることにある。
今だからお話できますが、正直、創業4年目まではいつ倒産してもおかしくない状況だったと思います。その大きな理由の一つには、サービスの品質管理が難しかったことが挙げられます。
当たり前ですが、家事代行のサービスの品質は、家事をしてくれる働き手、僕らはキャストと呼んでいるのですが、キャストのみなさんのスキルやコミュニケーションに左右されます。モチベーションが高い方じゃないと雑に仕事をしてしまう。当然、スキルも身につきません。結果、お客様のリピートにもつながらない。そもそも、そういった高いモチベーションを持つキャストの方の確保が難しく、今でも課題ではありますが、特に苦労したところでした。
当時は「家事代行」という概念もあまり世の中に普及しておらず、そもそもどういった仕事かあまり理解されていない状況。キャスト志望の方でも一回だけやってみて想像と違うと辞めてしまう。そういった方も多かったですね。
その「負のスパイラル」とも言える状況をいかに打開したのだろう。
特別なことをしたわけではなく、創業当初から「働き手のモチベーション」に目をつけ、コツコツと仕組み化を続けてきました。例えば、キャストの評価や認定の制度を設けたり、サロンを作って横のつながりを大切にしたり。それらの積み重ねが他社ではあまりマネできない「キャストの高いモチベーション」という強みになっていったように思います。
もう一つ、彼らが特に力を入れてきたのが、リスクマネジメントだ。
家事代行はお客様の生活に密着でき、信頼が得られればリピートいただけるサービスと言えます。一方でオフラインでお家にあがらせていただくので、例えば、お客様の個人情報漏洩、働き手側に対する嫌がらせ、盗難などの事件・事故など不測の事、リスクと常に隣合わせのサービスでもあります。だからこそ、創業当初からリスクへの対応には特に力を入れてきました。例えば、 お客様も、働き手も、全員本人確認資料を提出いただき、細かくチェックを行なう。キャストの専用アプリには「110番通報ボタン」を導入しています。こうしたアプリケーションの開発を含めたリスクテイクのための取り組みは、利益が出ていなくてもやらなければいけないこと。利益より先に費用が発生しやすいビジネスモデルでもあり、正直、かなり資金繰りが厳しくなった時期もありました。
そして、創業から5年目。カジーは大きな岐路に立たされることになる。
ちょうど2019年頃は組織としても崩壊寸前だったと言えます。社員数で見ても、わずか1年で約4割が辞めていってしまい、今振り返ってみても一番つらい時期でしたね。
創業5年目を迎え、本気で上場を目指していくと決意したタイミング。とにかく業績を伸ばすことにしか目が向いていませんでした。だからこそ仕組み、制度、ビジョン、ミッション、行動指針などを細かく構築していった。辞めていったメンバーたちからは「もう加茂さんの船は担げなくなった」「みんなが辞めてしまう事に対してどう思っているのでしょうか」と辛辣な言葉ももらいましたが、成長には必要な痛みだと割り切っていたのかもしれない。ただ、言ってしまえば、社員一人ひとりの顔が見れていなかったし、ちゃんと愛せていなかったのだと思います。
私に成長のきっかけをくれたのは、株主であるみずほキャピタルの堀さんの一言でした。「加茂さんは、社員をちゃんと愛しているのか」その場では反論めいたことを言ってしまいましたが、そのあとに1人で悶々と考えているなかで、言葉では社員に感謝を伝えつつも、心から社員を愛していなかった自分に気が付きました。
(引用)加茂さんのnoteより
そこで初めて一番近くで働いている社員を大事にし、志を伝え、感動してもらいたいと思うようになっていきました。それまで社員みんなの前で伝えるメッセージはただ「かっこいい経営者」を自分が演じたい、いわばエゴでしかなかったのかもしれません。ただ、どこまで表現できているかわかりませんが、少なくともその時から心から社員の成長を願い、社員のためのメッセージを発信していく。そのスタンスに変わっていったように思います。
加茂さんは当時を振り返り、「誠実であろうとすること」の大切さを学んだという。
現在、どこまで出来ているかわかりませんが、この経験を経て、少なくとも、誰に対しても、誠実にコミュニケーションを取る、少なくとも取ろうとすることの大切さを学びました。ありのまま、率直に気持ちを話していく。
謝るところはきちんと謝り、反省し、同じことを起こさないために、どうすればいいか考えていく。嘘をついたり、ごまかしたり、ズルをしたりするとより厳しい状況になっていく。だからこそいかに「誠実」であれるか。社会人として当たり前のことかもしれませんが、経営者になって初めてきちんと向き合えたように思います。
そもそも前職は会計士だったので、働き方はいわゆる一匹狼。組織で人をマネジメントすることも、マネジメントされたこともほとんどありませんでした。そして経営者たるもの会社を成長させるために自分も変わらないといけない、自分に足りないところは無理をしてでも自分で身につけなければいけないとばかり考えていました。ただ、それは間違っていたのかもしれません。背伸びをしてやるより、足りないところは人に補ってもらいつつ、自分のカラーで経営していけたほうが結果的にうまくいくように感じています。
CFOの池田という共同創業者、そして取締役に白坂がいるのですが、二人と相談ができたのも大きかったと思います。よく話をしているのが「自分たちのサービスはお客様のお家の中に入れさせていただくものだからこそ、何よりも誠実であるべき。まずは経営者が誠実であろう」ということ。議論できる仲間がいて本当によかったと思っています。
そして最後に聞けたのは、加茂さんにとってのハードシングスとは何かーー。
「ステップアップしていくための階段」と捉えるか、「越えられない大きな壁」だと捉えるか。その捉え方次第なのかもしれません。私としては前者で捉えられればいいなと思っています。
当然、どれだけ先回りしてリスクを潰しても、こぼれるケースはあります。想定外のこと、不測の事態は必ず起こるもの。ただ、そうなった時にこそ「そうきたか」と心のなかでつぶやくようにする。すると自然と「解決する脳」にシフトチェンジされるんですよね。
自分たちのゴールは、ビジョンである「笑顔の暮らしを、あたりまえにする。」とミッションである「大切なことを、大切にできる時間を創る。」を達成することになります。そのためには何ができるのか。どのような問題が起きても、解決するにはどうすればいいのかを考えていくもの。そういった意味でも、ハードシングスは「ステップアップしていくための階段」として捉えられるよう、これからも誠実に向き合っていければと思います。
取材 / 文 = 白石勝也
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