2022.11.29
「事業クローズを覚悟した」エアークローゼット 天沼聰が明かすコロナ禍のハードシングス、そして前進の決断

「事業クローズを覚悟した」エアークローゼット 天沼聰が明かすコロナ禍のハードシングス、そして前進の決断

2022年7月にグロース市場へと上場したエアークローゼット。会員数80万人を突破し、定額制ファッションレンタルの先駆者として市場を切り拓く。事業は投資フェーズから収益フェーズへ。着実な成長の裏側、コロナ禍で「事業クローズも覚悟した」と代表取締役社長 兼 CEOの天沼聰さんは語る。その葛藤と決断とは――。

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2022年7月上場。ファッションレンタルという新たな文化を根付かせるために

2022年7月にグロース市場への新規上場を果たしたエアークローゼット。

2014年の創業より、定額制ファッションレンタルのプラットフォーム基盤を構築。アパレル業界全体がコロナ禍などで苦境に立たされるなか、会員数は80万人を突破し、事業成長を続け、その先駆者として市場を開拓してきた。


エアークローゼット 概要
・月に1回、お洋服3点が配送で届けられレンタルができ、気に入ったらそのまま購入もできる
※ライトプラン:月額7,800円(税込)
・体型データや好みの色・テイストなどをもとに毎回新たなコーディネイトを提案
・300人以上のスタイリストを抱え、300以上のブランドを取り揃える
・倉庫、配送など物流&流通体制を構築。業務フロー改善・効率化を徹底
商品発送と回収、クリーニング等にかかるコスト軽減とUXの両立が強み
・2023年6月期業績はYoY+26%の売上高42.7億円(営業利益1.1億円)を見込む

今後は、持続的な会員増、サービス品質向上はもちろん、蓄積した膨大なデータを活用したマーケティング施策、商品開発支援なども視野に入れた収益フェーズへと向かっていくとされる。

ここまで、一見すると持続的な事業の成長を順調に続けてきたようにも見えるエアークローゼット。だが、新型コロナウイルス感染拡大が懸念されるなかで市場が一変し、「事業のクローズも覚悟した」と代表である天沼聰さんは語る。そこにあった葛藤と決断に迫った。

追求し続けたのは、データに基づく「成長持続性」

創業以来、ファッションレンタルにおける強固なプラットフォームを構築してきたエアークローゼット。一見すると、基盤構築や会員獲得への「先行投資」に力を入れてきたようにも思える。そこでは何よりも「慎重さ」を重視してきたと天沼さんは語る。

ビジネスモデル上、事業における先行投資はかなり慎重に取り組んできた方だと思います。もしかすると、別のビジネスであれば調達した資金で大々的な広告宣伝を行ない、スピーディーに新規会員を獲得することで、事業の成長にドライブをかけられるケースもあると思いますが、私たちはある意味それとは真逆の「急激には会員数を増やさない」といった発想で取り組んできたと言えます。

というのも、あまりにも急激な会員数の増加はサービスの持続性を失うリスクになり得るからです。定額制のファッションレンタルはいわば「成長持続性」が大切なモデル。例えば、約半年前には、そのシーズンにリリースするお洋服の「買い付け」ボリュームを決めていくのですが、攻めた先行投資で広告宣伝を行ない、会員が急増すると、倉庫のボリュームも、スタイリストのキャパシティもオーバーしてしまう。つまりサービスの品質が一気に落ちてしまうわけです。

「広告宣伝による会員の急増を見込んだ上でキャパシティを増やしておけばいいのではないか」と思うかもしれませんが、そう単純でもありません。もし、予測した会員数の増加につなげられなければ、ただただ広告宣伝費のコストが嵩み、利益率の悪化に直結してしまうわけです。

何より、私たちが大切にしてきたのは、お客様一人ひとりのデータやカルテの情報をもとにした唯一無二のスタイリングです。一度として同じ内容では提案をしない。そういった「感動体験」を実現し続けるためには、キャパシティがオーバーする、もしくは利益率が悪化するようなネガティブな要因を極力減らすことが必要不可欠でした。つまりいかに不確実性を潰し、純成長を持続できるか。全領域のキャパシティコントロール、最適なバランスの追求こそが重要であり、そこは創業以来、変わらず大切にしてきた部分だと思います。

+++「確実なキャパシティコントロールを大切にしてきた」と語ってくれた天沼さん。「一例ですが、AIなどのテクノロジーを活用して返却数予測などを実施しているのもそのためです。もっといえば、定量的に効果測定ができる施策にフォーカスしてきたとも言えます。2021年、2022年と実施しているテレビCMに関しても、いくつかの都市で事前にテストした上で会員増加や認知拡大に効果があるか、データに落として検証しながら行なっています」

コロナ禍でのハードシングス。揺らいだ事業の存在意義

ただ、そのデータをもとにした「成長持続性」は2020年3月以降のコロナ禍を機に、根底から覆されたという。

コロナ禍はファッション業界全体に対して、非常にネガティブな影響を与えました。約9兆円あった市場規模が、コロナ禍によって約7.5兆円にまで下がってしまった*。わずか1~2年でこれだけ縮小するのは極めて異常な事態と言えます。

(*参考)国内アパレル市場に関する調査を実施(2022年)/株式会社矢野研究所
https://www.yano.co.jp/press-release/show/press_id/3107

2020年4月から夏頃にかけて、緊急事態宣言が発出され外出が大きく制限された時期。オフィスにいったり、ママさんであれば登園をしたり。その他、ウインドウショッピングをしたり、さまざまなシーンでお洋服の着こなしを楽しむ「ワクワクするポイント」が無くなってしまった。ファッションを楽しみたい「プラスの心」が生まれにくくなってしまいましたよね。アパレル店舗もその多くが休業状態となりました。

事業観点でいえば、中国をはじめ、ロックダウンが行なわれることで日本にお洋服が輸入されてこない可能性もありました。

私たちが提供しているサブスクリプションサービスの本質は「お客様との約束」です。お洋服のバリエーションが少なくなれば、事前の約束を破ることになってしまう。できない約束をするくらいなら、サービスを止めた方がお客様にとって、そして私たちにとっても良いのではないか。サービスを持続的に運営し、改善、提供させていただく。着実に大きくしていく。その「当たり前」が根底から覆った瞬間でもありました。

サービス継続がままならないかもしれない――当然、その懸念と同時にさらなる葛藤があったと天沼さんは回想する。

今振り返れば、数字の見通しが立たない、お洋服が入ってこないかも知れないなど、事業運営上の懸念は瑣末なことだったかもしれません。一番、ハードだったのは、自分たちのサービスにおける存在意義、そのものが揺らいだこと。こればかりは本当に事業のクローズさえも覚悟しました。

当時、新型コロナウイルス感染症は未知のもので、「もの」のシェアリングサービスが感染拡大につながる可能性を否定できませんでした。お客様の豊かな時間のために作っている、そう信じてやり抜いてきたにも関わらず、むしろ健康被害につながってしまうかもしれない。そういったサービスを継続すべきかどうか。深く悩みました。お客様のためにならないなら絶対にやるべきではない。経営者としては約8年と浅い経験ではありますが、過去を振り返り、最も大きな葛藤でした。

+++

サービス継続の決断、そして覚悟

ただ、その後の天沼さんのアクション、そして決断は早かった。

未だに鮮明に覚えていますが、緊急事態宣言が発令されたのが、4月7日。サービス事業者としてどう動くべきか。全てのお客様、株主、従業員、あらゆる「幸せ」のために何をすべきか。安心安全をどう担保するか。7月には「サービス継続」を意思決定しました。遅れれば遅れるほどお客様に対するリスクが上がってしまう。向き合ってお客様に真に安心していただく、可能な限り早く決断するべきだと考えました。

まずは感染拡大につながらない安全性の確保が第一。大学教授をはじめ専門家に相談を行ないました。それらを参考に全点で除菌率99.9パーセントの洗剤の使用、倉庫クリーニング、感染症対策の徹底、検証により「ものから感染拡大の可能性はほぼないだろう」と専門家の見解を伺うことができました。とはいえ、お客様の「心の安全面」も大事だと思い、社長の立場からサービスをご利用いただいてるお客様に対して直接メールを送らせていただくなど対応をしていました。

そして最終的にサービス継続の背中を押したのは顧客の声だったという。

「ファッションが日々の生活に彩りを加えるからサービスを続けてほしい」「医療従事者として働いているが、病院と家の行き来だけで生活が息苦しいなか、新しいお洋服と出会えて通勤がワクワクするものに変わった」そういったご意見を一つずついただけたんですよね。コロナ禍だからこそファッションの力って求められている。安全に安心してお届けをすることでお客様のライフスタイルの豊かさにつながるのではないか。最終的にはしっかり事業継続をさせていただく決め手になったのはまさにお客様の声でした。あらためてファッションの目に見えない力は本物だと確信したタイミングでもありましたし、サービスが何を価値として提供しているのかこそが重要だと感じられた。その価値をある種、お客様に認めていただいた瞬間でもあり、これからの事業成長に向けてもすごい大切な経験でした。

+++コロナ禍のような外部環境が大きく変化し、不確実性が高まるなか、天沼さんはどう事業と向き合ってきたのか。それまで以上にデータや数値にも注視したという。「データや数値の変化はかなり慎重に見ていました。当時の状況でいえば、先行きがわからず、既存会員様が急に半分になる可能性も否めない状況でした。さらに新規登録してくださるお客様が、どのような反応になるか。結果的には多くの既存会員様が継続し、ファッションの出会いを楽しんでくださる方がほとんどでした。改めてサービスの品質をお約束し続ける覚悟につながりました。新規会員登録に関しては、政府が発令する緊急事態宣言などの行動制限により、大きく変動することが数字からも明らかになってきました。その動向を見ながら予測をチューニングすることで見通しが立つようになっていったと思います」

やるべきことに向き合い、行動し続ける。ただそれだけ

コロナ禍のような不測の事態、ハードシングスに直面しながらも、なぜ、壁を越えていくことができたのか。シンプルでありながら、決して揺るがない考え方がそこにあった。

たただた自分たちが本質的にやりたいこと、本当にやるべきことと心から向き合い、言葉だけではなく、覚悟を持って精一杯行動すること。それしかないのだと思います。その姿勢はまわりの方々に見えていますし、結果として助けてくださる方も現れてくるような気がします。出発点はあくまでも自分たち。その順番を間違えてはいけないと思っています。そもそも自分たちは社会に対してどうあるべきなのか。今回のコロナ禍でとことん本質に向き合いましたし、それは正しかったと思います。

サービス継続に関して、もちろん会社の利益は考えますが、それ以上にお客様にとって私たちのサービスが良いものだと思ってもらえるか会社の存在意義、サービスが逆行していないか。この時ほど、稲盛和夫さんの「動機善なりや、私心なかりしか*」という言葉を反芻したことはなかったですね。

* 稲盛和夫氏が経営において重要とした問い。「自分の利益や都合、格好などというものでなく、自他ともにその動機が受け入れられるものか」「自己中心的な発想で仕事を進めていないか」常に自問自答して、自分の動機の善悪を判断する重要性を説いたもの。(参照・引用)稲盛和夫 OfficialSite https://www.kyocera.co.jp/inamori/philosophy/words47.html

エアークローゼットはいわば「持続性」の積み上げにより、ライフスタイルとして浸透し、価値を認められてきたサービスだと言える。この言葉では簡単な「続けること」だが、容易なことではない。なぜ彼らは「続けること」ができるのか。

シンプルに、自分たちの存在意義に共感し続けているからだと思います。私たちは「お客様の時間の価値を高めることが、お客様のライフスタイルの豊かさにつながる」と心から信じることができている。それが実現できるサービス設計をしていると、少なくとも私自身は心から思っています。それがしっかりとお客様に伝わることが大事なので、もし、伝えたいように伝わっていないのであれば、伝え方を私たちが変えるべき。よく事業は山登りに例えられますが、行きたい頂上、そのゴールは変わることはありません。当然、途中の山道で疲れて、下を向いてしまう時もあるわけです。ただ、見上げた先には頂上が見えていて、そこに行きたい気持ちは変わっていない。だから歩は進められるはず。いわゆる継続のためには、もちろん中間地点の小さな達成の積み上げも大事。同時に遠くのゴールも見失わない。その行き来が大事なのかなと思います。

ハードシングスと向き合い、壁を越え、持続していく。常に「顧客のため」を掲げ続けてきた天沼さんだが、「利己」を動機とした仕事には限界があるということなのだろうか。最後に彼が持つ仕事の価値観について伺えた。

利他か、利己か、よく考えるのですが、常に両面持ち合わせているものかなと思います。徹底的に利他の精神のみで経営を行なっているか、そう問われれば、わからないシーンはたくさん出てくるんですよね。全てが全て利他の精神だと言えるほど多分私はそんな高尚な人間ではないですが、ありたい自分たちの姿を追い求めたい。そこに向けて進んでいるといった風に思っています。「お客様のためでありたい。利他の精神でありたい」と強く思うのは、私たち一人ひとり「利己の精神」でもあって。禅問答のようですが(笑)それらの集大成が最終的には利他の言動となり、常に現れ続けるのかもしれません。そして、人間に与えられた優れた能力の一つに「考える」があるはず。どういう私であるべきか、私たちであるべきなのか、エアークローゼットであるべきなのか。これからもその問いは続いていくのだと思います。

>>> [2]いかにしてエアークローゼットは「前例なきビジネス」で上場を果たしたか。代表 天沼聰が貫いた実行主義


取材 / 文 = 白石勝也


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