「深海魚を自分の目で見てみたい」伊藤 昌平さんの大冒険は、少年時代に手にした図鑑からはじまった。ロボット工学を学び、10年かけて水中ドローンを開発。そして世界初、深海1000メートル域へ。「海のすべてを知りたい。地球の謎を解き明かしたい」彼を突き動かし続けるのは、枯れない好奇心だった。
「海で40年漁をしていたような漁師さんも驚くんです。"初めて見た、海の中ってこんなふうになってるのか" って」
キラキラと少年のような瞳で語ってくれたのが、水中ドローンベンチャー「FullDepth」で代表を務める伊藤 昌平さんだ。
もとは "子どもの頃図鑑でみた深海魚を自分でみてみたい” という純粋な動機だった。
そんな彼が成し遂げのは、「世界初、水中ドローンで深海1000m域到達」という快挙。
「海のことはまだまだ知られていない。たとえるなら、テニスコートに落ちた針1本。まだたったこれくらいの範囲しか、僕ら人類の目に触れていないと言われてます」
伊藤さんとお会いして、「まるでクラスに一人はいた "博士" がそのまま大きくなったような方だ」と感じた。事務所には、深海魚のポスター。いつでも実験ができるよう、オフィスの倉庫を改造してプールを作ってしまったそうだ。
好きなことに没頭し、貫いていく伊藤さん。「なんだかうらやましいな」とも感じた。
一体彼の好奇心はどこからきたのか?それをどう仕事と重ねたのか。彼の仕事観に迫る。
【プロフィール】伊藤 昌平(株式会社FullDepth 代表取締役)
1987年生まれ。筑波大学第三学群工学システム卒。2014年に空間知能化研究所を設立、代表取締役に就任。2018年には同社社名を「FullDepth(フルデプス)」に変更。日本初の水中ドローン専業メーカーとして事業を開始した。2018年には世界ではじめて、水中ドローンで深海1000m域への到達を達成。最終的な目標は「海の謎を全て解き明かすこと」。
そもそも、深海に興味を持ったキッカケはなんだったのでしょうか。
幼いときの原体験かもしれないですね。小さいとき好きだったことって、必ずみんなあったと思うんですけど、僕にとってはそれがたまたま魚でした。
初めてもらったおこづかいで買ったのも魚で(笑)
家族みんな生き物が好き。家には常に動物やら魚やらがいた。ただ、僕は「家族のペット」じゃなくて「自分の魚」が欲しいと思っていたんです。
5歳くらいだったかな。僕はおこづかいを握りしめてペットショップに走っていました。「これで買える魚をください!」って。でも、手元には30円しかない。それでも買えたから、今思えば店員さんがおまけしてくれたんでしょうね。
コリドラスっていう、ナマズのちっちゃな魚一匹。袋に詰めて家に帰ったのですが、両親から「お前何やってるんだ」と怒られました(笑)駄菓子でも買ってくるんだろうと思ってたんでしょうね。
先のことを考えずに、好きなものに飛びつくっていうのは、この頃から始まっていたのかもしれません。
その後も順調に魚好きに育って・・・ある日図鑑で、海底に3本足で立ってる魚を見つけたんです。『ナガヅエエソ(三脚魚)』。それが、僕と深海魚との出会い。僕は虜になりました。
そこからなぜ、「水中ドローン」を作るという発想になったのでしょうか。
もしかして、ロボットで深海を見れるんじゃないか。ただただそう思ったんですよね。
僕ちょうど大学でロボット工学を学んでいて。大学生のとき、いつものように自然番組をみていたんですよね。
そうしたら、小さい頃に図鑑で見た『ナガヅエエソ(三脚魚)』が、テレビに写っている。最初に思ったのは「あ、これロボットを使って撮影している?」「もしかしたら自分でも深海魚を見るためのロボットを作れるかもしれない」ということ。
手が届くんじゃないか、「それならやるしかないじゃん」って。それは初めて30円を手にしたときと同じ感覚でした。
ただ、色々調べていくうちに深海調査用のロボットを作るのって、僕の貯金では到底無理ということがわかって。
実はいまも、潜水艦が一回潜るのに莫大なお金がかかっているくらいなんですよね。じゃあ、会社を立ち上げて事業としてやろうと思って、在学中に起業をしました。
最初は受託開発から始めて、資金とノウハウをためて、いつか必ず水中ドローンをつくろうと。何年かかってもいいから、とにかく自分の手でカタチにしたいと思ったんです。
実際、深海調査用のロボットが完成するまでにはどのくらいかかりましたか?
いやー、10年かかっちゃいました(笑)
というのも、立ち上げた会社で受託開発をやりつつだったので。8年くらいはずっと本当に設計だけをしていたんです。
深海って、沖縄の海みたいな透明なところばかりじゃないんです。暗いし、水が濁ってる時もある。だから音波によって100 M 先くらいまで見通せるようにしたかったんですが、それを実現するのに時間がかかってしまって。
「水中ドローンで深海調査をするためのノウハウ」なんて、どこにも溜まってない。だから国の研究所を訪ねたり、ロボットに詳しい人を探し回って話を聞いたり。とにかく研究の日々でした。
過去の文献を調べているうちに朝になっていたこともよくあって。なんでしょう、好奇心が勝ってしまうんですよね。極論、食べたり寝たりっていうことにもプライオリティ的にはだいぶ低いんです。
何かに没頭すると、それ以外のことに興味がなくなってしまう。「やりたい」が勝っちゃうんです。「次の日に響くからやめなよ」って他のメンバーに怒られることもあります。自分でも怖いなって思うときもありますけどね。
でも、僕にとって全然苦しいものじゃなくて。まさに寝食を忘れて水中ドローン作りに没頭していました。
2016年、出資してくれるベンチャーキャピタルさんも見つかって。最終的に2億2000万円もの資金を集めることができた。
はじめて調査で海に出た時、船に乗るときからドキドキが止まらなかったです。
伊藤さんは、どうしてそんなに頑張れるのでしょうか?
もともとはただのエゴ、「好き」という気持ちだけではじまった。でもいざ、やってみたらいろんなところで水中ドローンが求められてることがわかってきました。
水中ドローンって、潜水艦やダイバーさんの代わりになることもできるんですよね。特にダイバーさんの部分は大きいと思っていて。人が潜れる時間って限られるし、海が荒れていたらとても危険。たとえば、養殖場だったり、洋上風力発電所の点検って、海に出るしかないんですよね。
そこはロボットでやるべきなんだろうなと思っていて。「本当に難しい時まで、人が潜るという選択肢は取っておきましょう」と言えるだけでも、すごく大事なことなんじゃないかなと思います。
それに、実は海ってまだまったく見られていないんです。「テニスコートに針一本」これが、今まで人類によって見られたことがあると言われる、海のサイズ。長い間、革新が訪れていなかった領域。ただ、そこに水中ドローンが役立てるかもしれない。
人類のこれからの生活や暮らしのためにも、海の理解って必要ですよね。自分が死ぬまでに、人類の文明というものの1ページに、何らかのカタチで貢献できたら。エンジニア、経営者として最高ですよね。
僕にとってそれができる可能性があるのは、海でありロボットだったんです。自分が一番パフォーマンスが出せる、頑張り切れるところ。ぜひひとりでもたくさんの人に深海や海についてもっと知ってもらえる機会が作れればと思います。
4月から新社会人となるみなさんに、仕事にとって大切なこと、役立つ体験談などをお届けします。どんなに活躍している人もはじめはみんな新人。新たなスタートラインに立つ時、壁にぶつかったとき、ぜひこれらの記事を参考にしてみてください!
経営者たちの「現在に至るまでの困難=ハードシングス」をテーマにした連載特集。HARD THINGS STORY(リーダーたちの迷いと決断)と題し、経営者たちが経験したさまざまな壁、困難、そして試練に迫ります。
Notionナシでは生きられない!そんなNotionを愛する人々、チームのケースをお届け。