2020年12月22日(火)ヤプリが東証マザーズに上場した。ノーコード、ブラウザ上でアプリが制作できる『Yappli』は、いかに市場で受け入れられたか。そしてこれからの戦い方とは。PO(プロダクトオーナー)のひとり、小野明彦さんにプロダクトの考え方・戦い方について伺った。
『Yappli』は、ノーコードでアプリ制作できるプラットフォームだ。
豊富なテンプレートからデザインでき、使える機能も40以上。目的に合わせたアプリが制作できる。店舗・施設への集客、ECサイト集客、オウンドメディア、その他、企業のDX推進など多岐にわたるアプリへのニーズにサブスクリプションで対応する。
今回お話を伺ったのは、ヤプリに4名いるPO(プロダクトオーナー)のひとり、小野明彦さん。伺えたのは『Yappli』が提供する顧客への価値、そこに紐づくプロダクトの基本的な考え方だ。
小野さんが強調するのは『Yappli』は、あくまで「顧客のアプリビジネスの成功」を目的とする、という点だ。
「よく『Yappli』はアプリ開発のためのプラットフォームと思われがちですが、アプリでビジネスをする方向けなんですよね。ターゲットも、プロダクトを作る側の方ではなく、それを使ってビジネスするお客様です。具体的にはマーケターの方が多いです」
全てはアプリビジネスを成功させるため。そう考えた時、プロダクトとして重視する点も自ずと決まってくるという。
「いかにスピーディーにアプリ上で企画や施策が実行できるか。分析が早くできるか。アクションが起こしやすいか。アプリビジネスにとって重要なことが主軸。ここを起点に、開発や機能追加など、やるべきことを決めていくイメージです」
さらに考えるべきは『Yappli』はBtoBtoCのモデルがメインであるということだ。アプリを実際に使用するエンドユーザーをどこまで考慮し、プロダクトへと落とし込むか。
言ってみれば、どこまでをお膳立てするか。逆に自由にするか。このバランスの調整は、簡単ではない。
「まず前提として、1社1社にあわせた個別対応、カスタマイズは行わなくても、『Yappli』の中だけで完結するように心がけています。ECであれば、個別でECベンダーのAPIとダイレクトでつないで…という選択は極力しません。アニメーション、入力項目、レイアウトなど、一定ラインまで『Yappli』側で決めていて。一方で、色設定や文字サイズ、余白の設定は顧客に合わせて編集可能にするというような、線引きをしています。」
『Yappli』はターゲットとなる業種業界を絞っていない。どこかひとつに肩入れしてしまうと、部分最適にしかならない。前提は全方位への対応だ。
「業種業界にこだわらず、全方位で対応するため、“接続口”を汎用的にする、という考え方ですね。たとえば、外部サービスとの連携できるように可能性を広げ、ニーズに応えられる状態を目指しています」
『Yappli』で追加できる40以上の機能。たとえば、プッシュ配信、ポイントカード、スタンプカード、アプリ内への動画埋め込み、アプリ内課金、ユーザー認証、ECのネイティブ化など。スクラッチでのアプリ開発に劣らない機能がサブスクリプションで使える。
ただ、すべての「顧客の声」を反映しているわけではない。そこには大きな落とし穴が潜んでいるという。
「特定のお客様から「欲しい」と言われた機能を作り、そのまま実装しても多くの場合“機能開発”という視点ではワークしません。個別の「顧客要望」が起点になっている時点で、課題解決したい相手が決まってしまう。意思決定する時、特定のお客様が成功する選択肢をとりがち。目前のお困りごとを解決すれば喜ばれるから。ただ、そうすると汎用的に落とし込めず、その他多くのお客様にとって全くいらないものになってしまう。もちろんお客様の声を聞くのは非常に重要です。ですが、より重要になるのが『Yappli』としてどうあるべきなのか、議論し尽くすことだと考えています」
ここにはSaaSプロダクトのジレンマもある。
「よく、SaaSは全ての人を助けられるわけではない、と言われたりしますよね。ただし、できるだけ多くの人を助けられる最適解を探す。これがミッションだと思っています。僕自身、カスタマーサクセス、ビジネスサイドを経験してから開発側に異動してきた。この会社としての決定も、お客様のニーズを捉えながらうまくプロダクト側に落とし込む、そういった方向性だと思っています」
『Yappli』としてあるべき姿に向かい、機能改善・仕様の判断に落とし込んでいく。そのスキームについても伺えた。
「まずビジネスサイド、カスタマーサクセスから機能要望を常にあげられるようにしています。具体的には、Slack上で、何が欲しいか、誰に向けたものか、どんなものか、いつでも提案できます。それらをざっくり規模、優先度、セグメントなどでスコアリングし、開発ディレクションのグループが吸い上げていきます」
「そのなかでも比較的、小規模なものは2週間に1度、エンジニアが改善にコミットする「改善の日(通称Yappdate Day)」があり、そこで開発していく。小規模なアップデート含めると、年間200を超える改善がされていく。小さく改善、小さく回していく、は徹底されていると思います」
この小さく改善、小さく回していく、というあり方は、SaaSプロダクトにとっての生命線でもある。
「SaaSビジネスは長期にわたってお客様とつながり、使っていただくモデル。前提として、そうでなければ、ビジネスとしてワークしません。そう考えると顧客満足を維持するために、常にアップデートを加え、喜んでいただける人がたくさんいるところにサービスを落としていく。そうしないと当然出て行ってしまう人の数が増えてしまいます」
大規模な開発を要するものは、どのように進めていくのか。
「僕を含めPO(プロダクトオーナー)が4名いて、そのチームで検討をしていきます。現行のプロジェクトで吸収できそうなものは、そこにオーダーをかけます。カバーしきれないものは、クォーター単位・半期単位で全社で推進すべきかジャッジする、という流れです」
この、改善を吸い上げるスキームについては「まだまだ実験段階」と小野さんは補足する。
「小さい改善に関しては、精度が低いものもあるし、スコアリングできないものもある。起案したメンバーへのフィードバックが十分でなかったりもします。顧客に相対しているメンバーが感じていること、定性情報も含め、開発部としては受け止められるようにスキームは作っていきたいですね」
ここまで「汎用性」と「自由度」について、プロダクトが提供する価値について伺ってきた。
もうひとつ注目したいのが、ヤプリは社内でデザイナーを抱え、顧客のアプリ制作の一部を担っている、という点だ。その理由について小野さんに解説いただいた。
「やはりまだまだアプリ制作は一般的には高度な領域です。全てが全て自動化できるわけではない。あえてシステム化しない、という選択をしています。たとえば、“センス”が求められる部分は、人がやったほうがいい領域と現在は切り分けています。ここは顧客ニーズの幅に対する「フィット」と「ギャップ」を吸収している側面もある。つまり、プラットフォームへの理解が深く、アプリの経験が豊富なデザイナーがオンボーディングをサポートする。ある種、コンサルテーションされたアプリを顧客に渡し、正解例を提示し、最初の障壁を突破していく」
WEBでいえば『WordPress』があり、制作を支援する企業も多い。一方、アプリ領域では未開拓でもある。その背景とは。
「僕の主観ですが、WEBに比べ、アプリはまだまだWEBのように一般化されたものではないんですよね。「アプリ」と聞いて、ランニングアプリや、用途を特定したものはイメージがつきやすい。
ただ、たとえば、もともとブランドサイトを持っていた企業が、“顧客とつながるためのアプリを作りたい”と言っても、OMO(Online Merges with Offline)はじめ、これからのビジネス。お客様の中にも正解がないし、コンサルティング会社や、デザイン会社にもまだまだ正解はないと思っていて。“素敵なデザインのアプリ”は作れるかもしれませんが、アプリで、どこまで、何ができるのかが分からないため、キャッチアップに相当な時間がかかってしまう。そういう意味で、ある種の「正解」を僕らが世の中に放っていかないといけないと思っています」
一方で、これからもヤプリとしてデザイン部分のソリューションを提供し続けるのか。小野さんは「市場のフェーズによる」と見解を述べる。
「ここもあくまで個人の見解ですが、単純に今は過渡期というか、アプリにおけるデザイン、ソリューションが一般化する前段階で。一番はじめのデザイン部分をヤプリが担うのは、現在の顧客ニーズ、現時点での規模感としては最適解かもしれませんが、10倍、100倍になった時には別のスケールする仕組みが必要になるかもしれません。ビジネス全体として考えていくべきところだと思っています」
一見すると、自らプラットフォームを使いこなし、アプリが制作できると聞くと、利便性は高く、理想形のように感じる。ただ、顧客となる企業の担当者のインサイトはそう単純ではない。
「お客様としても、拡張性のあるプラットフォームを自分で使いこなしたい、とは必ずしも思っていない。本音でいえば、外にお願いできることはお願いしたい。そこまで自分でやらないといけないのか、という声は当然あります。一度外部にお願いし、また自分たちに戻し、工数が増えてしまったら身も蓋もないですよね。それ以上のバリューが返ってこないと不満しかない。その点、『Yappli』は開発会社やデザイン会社に都度都度お願いしなくて良くなるため、工数、コスト、共にバリューがある。始めの高い山さえ乗り越えられれば、次のステップは比較的いい景色が見えてくる。ここに強みがあると思います」
自らプラットフォームを使いこなし、顧客自身が納得のいくアプリが作れれば、それに越したことはない。ただ、そのハードルは高く、試行錯誤もあったという。
「もともと『Yappli』もセルフオンボーディングを前提に開発されてきました。こだわらなければ別ですが、理想とするものを作り上げ、サービス提供にまで到れるお客様はどうしても少ない。さらにSMBと呼ばれる小規模な企業様、個人の事業主様をターゲットにしてしまうと、なかなかワークしない。現在はいわゆるエンタープライズ、大手の企業様を中心とする法人向けに振り切ったビジネスモデルに変更し、急成長しています」
「誰もがかんたんにアプリがつくれる」というバリューは小規模企業、個人向けにもヒットしそうだが、なぜ上手くいかないのか。その要因について、小野さんなりの分析が聞けた。
「僕個人の感覚として、自分がもともとデザイナーだったから思うのですが、「かんたんに作れる」と「かんたんに素敵なものが作れる」は全く違う。ただただ簡単に作れればいい、というニーズってじつは世の中にほとんど無い。インスタがわかりやすいですよね。かんたんに素敵なものが作れるからニーズがあるわけで。圧倒的にデザインが優れている、圧倒的に想像を上回るようなアウトプットになるとか、魅力、動機がなければ、セルフオンボーディングは成り立たない。アプリも最終的には限定されたユーザーが使うわけではなく、数多くのエンドユーザーに使ってもらわないといけない。そう考えると当然センスが求められてしまう。逆に言うと、だからこそデザインに価値があり、世の中にデザイン会社があるわけですよね」
ここで見えてくるのが、『Yappli』として解決する、「アプリは開発に着手してから、ビジネスを成功させるまでのタイムラインが長い」という課題だ。
「お客様がアプリでアクションしたい時に障壁になっているもの何か。素敵なものを作ろうとすればデザイン会社に依頼しなきゃいけない、システムもゼロから構築しなきゃいけない、機能追加のたびにシステム会社に依頼しなきゃいけない…など、やりたいと思った瞬間から、エンドユーザーに届け、ビジネスとして成り立たせるまでのタイムラインがすごく長いんですよね。そこをコンパクトにしてあげる。顧客の意思決定でアクションできるようにする。ここが『Yappli』が提供している価値の本質だと考えています」
そして最後に伺えたのが、「ノーコードでアプリが制作できる」という領域が一般化した近しい未来について。たとえば、顧客のアプリ制作に対する習熟度が高まった時、『Yappli』を離れてしまう、ということは起こり得ないのか。その時に、提供し得る価値とは?
「まさに、これからのプロダクトの課題だと思っているところですね。SaaS ビジネスである以上、長く使ってもらっていかなければいけない。顧客の課題ありき。そこをいかに解決し続けられるかだと思っています。方法や方向性はいくつかあると思っていて。
たとえば、ある程度『Yappli』に可能なこと、不可能なことを把握した状態で、使いはじめるお客様が増えたら、シンプルにそれでいい。ビジネスに使える、という判断から使いはじめてもらえれば、一定数のオンボーディングが期待でき、成果をスピードで返せます。
もう一つ、プロダクト側にできることは、お客様の要望に対し、より広く応えられる状態をつくること。そうすれば使いつづける理由になる。『Yappli』にできることを知ってもらう絶え間ないマーケティングの努力と、お客様のニーズに合わせたプロダクト開発、両輪を走らせていければと思います」
取材 / 文 = 白石勝也
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