「さまざまな企業が、”社会課題”に対して本気でアクションを起こしはじめています」こう語ってくれたのは、2021年8月に刊行された『パーパス「意義化」する経済とその先』の主著者 佐々木康裕さん。いまビジネスにおいて影響力を強めている「パーパス」とはなにか。その背景にあるコンテキストも含めて、詳しく解説いただいた。
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パーパス 「意義化」する経済とその先 (NewsPicksパブリッシング)
【プロフィール】佐々木 康裕 Takram ディレクター / ビジネスデザイナー
クリエイティブとビジネスを越境するビジネスデザイナー。ユーザリサーチから、コンセプト立案、エクスペリエンス設計、ビジネスモデル設計を手掛ける。デザイン思考に加え、認知心理学やシステム思考を組み合わせた領域横断的なコンサルティングプロジェクトを展開。Takram参画以前は、総合商社でベンチャー企業との事業立ち上げ等を担当。経済産業省では、Big dataやIoT等に関するイノベーション政策の立案を担当。 早稲田大学政治経済学部卒業。イリノイ工科大学Institute of Design修士課程(Master of Design Method)修了。
さまざまな企業が、”社会課題”に対して本気で取り組みはじめています。
たとえば、2019年にアメリカのジョージア州では人工妊娠中絶を制限する法案が上院を通過したの受けて、Netflixは「このまま法案が成立すればジョージア州でロケを行うことを考え直す」と発表しました。他にも多くの映画会社が業界関係者がジョージア州での撮影をボイコットすると宣言し、法案の成立を阻止することにつながりました。
他にも、アメリカでいま大きな問題になっている銃の乱射事件。これに対して、Amazonは銃を含む火気の販売を停止しました。消費者向けに事業を行っている会社だけでなく、企業をクライアントとしているSalesforceも銃の販売業者にソフトウェアの提供を禁止しています。
これらのアクションは、企業にとって短期的には売上を下げることにつながるはず。それでも、社会課題に対してスタンスを表明しアクションしている企業が増えているのです。
他にも、パーパス起点で新たなビジネスモデルを構築している企業がでてきています。
たとえば、「On」というスイス発の新興スポーツシューズブランド。ラインナップのひとつに「Cyclon」というランニングシューズがあり、これが非常にユニークなビジネスモデルになっています。
HPに「あなたのものに決してならない」と書かれている通り、サブスクリプションで「利用」することが前提になっています。シューズが傷んだ場合は返送し、新品と交換してもらえます。返送されたシューズは新しいシューズの素材として再利用されるのです。
さらにユニークなのは、サブスクリプションの申し込みが一定の数に達しない地域でビジネスを展開しないという点。一定の数が注文されないと、空きスペースだらけのコンテナで輸送することになるので、無駄な二酸化炭素の排出につながります。ユーザーにとっては不便なのですが、それでも環境配慮を重視するOnの取り組みは支持を得ていて、申し込みが殺到しています。
これまでは生活者起点でモノづくりをする「人間中心」のアプローチが主流でしたが、現在は環境やサステナビリティに配慮した「地球中心」のアプローチに取り組む企業は増えています。本の中でもいくつか事例をご紹介しているので、ぜひ合わせて読んでみてください。
ここで改めてパーパスの定義を整理しておくと、パーパス(purpose)はもともと「目的」と訳される言葉ですが、ビジネスの文脈では「社会的存在意義」と捉えられています。
企業が社会的な責任を果たす上で、求められる「存在意義」とは何か。
企業は何のために存在するのか。
こういった問いに対して、いま企業は明確な答えを提示することが求められているのです。
「パーパス」という概念そのものは、決して新しいものではなく、数十年前から存在しているものです。この10年を見ても、「パーパス経営」や「パーパス・ブランディング」など、パーパスを題名に入れた書籍が多数出版されています。
ではなぜ、ここ数年で一気に重視されるようになったのか。きっかけのひとつに、世界最大の資産運用会社として知られる「BlackRock」のCEO ラリー・フィンクのメッセージが大きな影響を与えています。
彼は毎年、世界のCEOに対して「フィンク・レター」という年次書簡を発行していて、2018年のレターで「パーパスの意識を持つ(A Sense of Purpose)」を強調したのです。
株式市場が好調な一方、格差の拡大、雇用不安は膨らむばかり。しかし、それに対する政府の対応も不十分であり、民間企業が社会的責任を果たすことへの期待が高まっていると主張をしました。
今後、企業は短期的利益だけでなく、「企業がどのように世界に対して貢献するのか」という姿勢が重要になってくる。BlackRockのような大手資産運用会社が言及したことで、世界中の経営者はパーパスの重要性を認識しました。
ちなみに、これまで企業経営において重視されてきた「ビジョン」や「ミッション」と、「パーパス」は何が違うの?と時々質問をいただくことがあります。
そのときに、良く「船」に例えて説明しているのですが、「ビジョン/ミッション=小さな船」、「パーパス=大きな船」でイメージしていただくと分かりやすいかもしれません。
ビジョン/ミッションは、企業がなりたい姿は「一人称」的に表現するものです。未来に向けて、「こうありたい」という目指す姿や方向性を表します。その企業しか入らない「小さな船」に例えられます。
一方、パーパスは、多様なステークホルダーとの共存を前提にあるべき世界の姿を「三人称」的に描いたものです。企業やステークホルダーが多くの共感を集める「大きな船」をつくり、あるべき世界の実現に向けて協働していきます。
「パーパス」は決して新しいコンセプトではないにも関わらず、なぜいま影響力を増しているのか。
その背景にあるのは、経済を取り巻く社会環境の変化です。一つ一つの変化が相互に影響しあうなかで、経済活動全体の「意義化」が加速し、「パーパス」の重要性がより一層高まっているのではないかと思います。
さまざまな社会環境の変化がありますが、なかでも注目したいのは2つ。ひとつ目は、消費者の価値観の変化です。ここ10年でX世代(1965~80年に生まれた世代)の存在は後退し、ミレニアル世代、Z世代のマーケットにおける影響力は年々高まっています。
世界最大規模のPRエージェンシーEdelmanが調査した、世界各国の消費者の価値観に関するレポートによると、「若い世代の消費者の3分の2が、ブランドの社会的または政治的立場に基づいて購入を決定している」ことがわかりました。さらに、「消費者の半分を超える53%は、政府あるいはメディアよりも、ブランドや企業が社会課題解決に対して重要な役割を担う」と考えていました。
政治的な分断、フェイクニュース、メディアの煽動的なタイトル...こういった問題に日々さらされている消費者は、次第に政府・メディアに対する不信感が募り、「相対的にみて企業のほうがマシだ...」と考えるようになっています。
一方で、企業やブランドへの信頼度や期待は年々上昇。消費者が求めているからこそ、企業が社会課題に対してスタンスを示す動きは加速しているのではないかと思います。
もうひとつは、気候変動です。日本では毎年水害が問題になっていますが、世界に目を向けると、ギリシャのエビア島では大火災が起きたり、イタリアのシチリア島ではヨーロッパ至上最高気温48.8℃を記録したりしています。アメリカでも、カルフォルニア州では毎年のように山火事が起きて、山火事の灰が市街地に降り積もるなど、気候変動が生活に与える影響が日増しに大きくなっています。
こういった状況のなかで、企業が環境に負荷を与えながら、モノづくりをすることは許されなくなってきています。業種業界に関係なく、企業が社会課題に対してアクションしていかなければならない時代に変わってきています。
とくにテック企業・スタートアップだと、今後は「破壊的イノベーション」ではなく「優しいビジネス」への転換が重要になってくるでしょう。
海外では、GAFAをはじめとするテック企業に対する社会的反発が強くなっています。Googleが「Google フォト」で黒人をゴリラとタグ付けして問題になったり、Amazonは顔認識技術「Amazon Rekognition」のデータを警察に提供していたが有色人種差別につながるとして批判にさらされたり。GAFAに限らず、Airbnbも観光地のジェントリフィケーション(高級化)が進んで家賃が高くなり、地元の人が住めなくなったり。Uberもアルゴリズムがドライバーに対して支配的な影響力を持っていたりします。
こうした社会的反発は、企業の採用にも影響を与えています。人気の就職先だったはずなのに、優秀な人材が採用できない。Facebookのソフトウェアエンジニアの内定受諾率は2016年から2019年に40%も減っています。
成長すれば良いとか、儲かればよいではなくて、サービスを通じてどう社会に影響を及ぼすのか。テクノロジー主導型ではなく、それらがもたらす副次的効果、倫理の問題に向き合うことが今後より一層重要になってきます。
最後に、これからビジネスにおいて「パーパス」が重要になってくるなかで、わたしたちはどんな心構えをしておくといいかについてお話できればと思います。
とくに20代~30代の方は、自分の感じている「違和感」を大切にするという意識が持てるとよいのではないかと思います。仕事をしていると、あらゆる場面で、これっておかしいんじゃないか、もっとこうするとよくなるんじゃないか、と感じる瞬間がきっとあると思うんです。
そのときに、「仕事だし仕方ない」とか「会社ってそういうものだ」と割り切って、自分の直観的なものや倫理感を押し殺さなくていい。むしろ、その違和感を表明していくことで、大きな変化につながっていく時代に少しずつ変わってきています。
長い間、企業は株主のために存在するという「株主至上主義」が主流でした。しかし、2019年アメリカの主要企業が名前を連ねるロビー団体「ビジネス・ラウンドテーブル」が、企業が説明責任を追う相手は、株主に加えて、顧客、従業員、サプライヤー、コミュニティを加えた5者である、と発表し、世界中の経営者に大きなインパクトを与えました。
さきほどパーパスは多様なステークホルダーとともに目指す大きな船であるというお話をしましたが、これから企業あるいはブランドにとって重要なのは、これらのステークホルダーに対してどのような貢献や協業ができるかを考えることです。
なかでも、従業員の存在はこれからより一層企業において影響力、重要度を増すでしょう。従業員の声に向き合い、変革していく会社が消費者からも信頼される時代になっていく。対応できる企業のほうがいい人材を集められます。
「違和感」を大切にするために様々なアプローチがあると思うのですが、僕自身が実践していることをひとつご紹介できればと思います。「リバースメンタリング」といって若い人を師匠として定期的にアドバイスをもらうことです。一般的には、上司や先輩社員がメンターとして若手社員をサポートすると思うのですが、「リバースメンタリング」はその逆。若手が上司や先輩社員に助言する仕組みことをいいます。
僕は社内外問わず、何人か自分よりも若い人を師匠にしています。これから社会を創っていく、若い世代の人たちはどんな価値観を持っているのか、いまなにを感じているのか。若い人の感性に触れることは非常に大事かなと思います。
(おわり)
取材 / 文 = 野村愛
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