2022年8月5日、グロース市場に新規上場した『北欧、暮らしの道具店』運営のクラシコム。上場を節目に「ハードシングス」をテーマに、代表である青木耕平さんを取材した。そこで聞けたのは「いつも“どうせ上手くいくわけない”と思っているんです」と悲観的にも思える言葉。その真意とはーー。
2007年にサイトとして立ち上がった『北欧、暮らしの道具店』。じつは2009年3月から2011年11月まで『楽天市場』にも出店していた。売上は順調に伸びていたというが、なぜ、自社でのECサイト運営に完全シフトしたのか。
2011年頃でいうと、売上は伸びても、利益が出ていない、といった状況に直面していました。
そのまま事業が大きくなれば、運転資金も大きくなり、いろいろなリスクが高くなることが目に見えていました。たとえば、仕事は増えているのに従業員の給料を上げられない。経営者も借金が増えていくばかり。こういった余裕のない会社では大したサービスが提供できず、お客様にも満足してもらえない。
なので、まずはモール出店で出ていくお金を抑え、ステークホルダーに分配していく。とくにリッチな体験をお客様に提供する、そのためのコンテンツを作っていこうと考えました。
ただ、モールを否定してるわけではなくて。もし必要であれば、また使う判断もあり得たと思います。ただ、僕らとして自立した方が「みんなが幸せになる」ことは間違いなかった。理想にトライし、もし叶ったらラッキーだねといった感覚。どういう状況においても「トライできるのにやらない」という選択肢は無いと思っています。
どうすれば誰も不幸にならないか。常にこの問いしかなかったと青木さんは言う。
経営者、従業員、お取引先、みんなで協力していいサービスを提供していくわけですよね。ただ、どうしてもいろいろな課題がある中で、そのバランスが崩れて「誰かしらが割を食っちゃう瞬間」は起こるもの。そのバランスを大きく崩さずにどうやっていくか。経営者がやるべきことはここに尽きるのかもしれません。
こうして「自前でのECサイト」にこだわり、ファンを獲得していった『北欧、暮らしの道具店』。共感される世界観、ユーザーとの「つながり」から自然と購買が生まれていく。この独自のポジションが確立できた要因はどこにあったのだろう。
「いい世界観をどう生み出すか」を考えているというより、盤石であり、且つ誰かに支配されない環境をどう作るか。あるいは自分たちが望まない競争にどうすれば参加せずに済むか。いろいろな課題に向き合い、その都度小さくチューニングし続けた結果、今のようなカタチになっていったという感覚なんです。
たとえば、社内で使われるほぼ全てのシステムもエンジニアチームが内製しているのですが、そうすることで支えられている生産性、効率性があるからこそ、いい世界観のコンテンツづくりに集中ができる。
おそらく私たちのような会社で、ここまで内製しているケースは珍しくて。やはりそれもステークホルダーみんなが幸せになるためにやっていること。それはビジョンでもある「自由・平和・希望」に重なっている。それらを手にするためにどうしたらいいか。とにかくこれだけを考えてきた結果が今なのだと思っています。
現在、YouTubeをはじめ、オリジナルドラマシリーズなども人気を集める『北欧、暮らしの道具店』。その多様なエンゲージメントチャンネル、コンテンツもまさに「小さなチューニングの連続」から今のカタチになったという。
たとえば、2016年頃だといわゆるキュレーションメディアがすごく流行った時代ですよね。たくさん記事を作れば多くの人に見てもらえて買っていただけた。ライフスタイルにまつわる記事の供給量もSNS上に少なく、価値あるものとしてシェアされやすかったのだと思います。
ただ、今の環境で同じことをやっても結果は出ないですよね。多様なメディア、リッチなコンテンツに溢れているなかで記事だけを作っていても、同じ効果は得られない。こういったことが毎年のように起こるので、その都度「どうしよう」と頭を抱えていて(笑)その難しさ、限界に直面しながらも各局面を打開するものが見つけられたに過ぎないのだと思います。
YouTubeにしても、じつは2011年くらいにアカウントは作っていて。1年に1回くらいの頻度で「そろそろ動画が来るかもしれない」と、すごく小規模なチームでトライしてみて「やっぱり無風だね。今はやめておこう」と10年近く繰り返してきました。たまたま2019年くらいにヒットするパターンが見え、グッと伸ばすことができた。そこからコンテンツの取り組みにも大きく投資ができるようになっていきました。
これまでの連続したトライ。そこに対して青木さんが大切にしてきた考え方とはーー。
どんなに新しいことにも、私は全然期待しないんですよね。 「どれも上手くいきそうにない」という世界観で物事を見ているから、新しい取り組みに社運をかけることもない。何か新しいことをやる時、スタッフにも「絶対うまくいくから頑張ろう」というよりは「どうせ上手くいかないよね」というスタンスだったりもして(笑)全部にちょっとずつ張って、いいシグナルが出たもの、ナチュラルに伸びるものを見つけられたらやる。見つからなかったらそこまで。
ただ、「やったけど僕らには向かなかったね」という結論が出たら1つの進歩ですよね。選択肢が10個あるなか、1個選択肢が消せたら研究と捉えられます。何らかの自然科学の研究だったとして、次に研究する人に「この道は実験済みでダメだったらしい」と伝えられる。長い時間をかけた基礎研究からノーベル賞を取るみたいなことも起こるわけで。不確実なことに向き合うというのは、そういう作業だと思うんです。もちろん将来はどうなるかわかりませんが「今は違った」とわかることもすごく重要なことだと思っています。
ステークホルダー全員が幸せになる状況を諦めない。そこには当然「自身の幸せ」も含まれるはず。青木さん自身はその「幸せ」を手にできたのだろうか。
17年間やってきて、幸せになりました?と聞かれると、ちょっとそうは言えないかもしれないですね。ただ、そうなれるように努めてきたと思います。自分の幸せを追い求めることは、矛盾するようですが、今この時点においてはむしろ苦しさしかなくて。
「ステークホルダー全員が幸せになる」という理想を掲げている以上、その責任を果たしていないと自分の生き方に満足できず、幸せになれないのだと思っています。必ずどこかに歪みはあり、気になっているので、毎日ため息をつきながら起き、ため息と共に布団に入るみたいな日々(笑)ただ、それは不幸とも違うのだと思います。
少なくとも、ステークホルダーを蔑ろにしたり、使いつぶすようなことは絶対にしていない。ここは確信をもって言えます。今この瞬間が苦しくても、この先に理想をカタチにしていけると思える「希望」がある。そういった状態のなかで経営ができてることはすごくラッキーだと思います。
その希望は「持続可能性」と言い換えてもいいのかもしれません。「希望」こそ、自分たちが目指すべき健やかな状況。当然、全てのものは、生まれて衰退し、滅びていきます。そう考えると会社を持続させ、希望を持ち続ける/持ち続けてもらうことはある意味ではどこか不自然で、難易度が高いことなのかもしれない。
それでも10年後、20年後、その先もずっと続く、「好きなお店」にそうあってほしいと思うように、僕らも着実に積み重ねていければと思います。
取材 / 編集 = 白石勝也
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