国内外で高い評価を得ているデザイン・イノベーション・ファーム「Takram」。代表である田川欣哉さんは登壇イベントにて「矛盾」と「分裂思考」がクリエイターにとって重要だと語った。この考え方は彼らが提唱する「デザインエンジニアリング」と、どう同居するのかー?
※2017年5月に開催されたイベント『トップクリエイターたちが語るクリエイティブの「今と未来」』(FiNC主催)よりレポート記事としてお届けします。
私たちCAREER HACKが、Takramを最初に取材したのは約5年前。代表である田川欣哉さんは自らの「デザインエンジニア」という職種、その要件について語ってくれた。
デザインエンジニアとは、エンジニアとしてもデザイナーとしてもきちんとアウトプットができる人のことです。例えばソフトウェアのデザインエンジニアだったら、ソースコードも当然書けるし、UIデザインも普通にやる。Photoshopも使うし、開発環境でプログラムも書く。そのアウトプットの力が両方揃っているのがデザインエンジニアです。
そして、5年後の現在。当時、田川さんが語った内容は、まさに次代クリエイターのあるべき姿、求められる部分を予見するものだったといっていいだろう。
「デザイン」と「エンジニアリング」に境界を設けず、アウトプットベースでプロダクトをつくっていく。
さらに大きく解釈をすれば、デザイン、エンジニアリングといった括りではなく、テクノロジー、アート、カルチャー、ビジネス、哲学…さまざまな領域を越境し、高次元でアウトプットし、イノベーションに寄与できる人材が必要とされている。
同時に、田川さんは「越境」しようとするとき、そこには必ず矛盾や衝突があると語る。これからの時代をサバイブしていく上で、それらとどう向き合うか。田川さんの言葉を紹介していこう。
[プロフィール] 田川欣哉 : KINYA tagawa
ハードウェア、ソフトウェアからインタラクティブアートまで、幅広い分野に精通するデザインエンジニア。主なプロジェクトに、トヨタ自動車「NS4」のUI設計、日本政府のビッグデータビジュアライゼーションシステム「RESAS -地域経済分析システム-」のプロトタイピング、NHK Eテレ「ミミクリーズ」のアートディレクションなどがある。日本語入力機器「tagtype」はニューヨーク近代美術館のパーマネントコレクションに選定されている。グッドデザイン金賞、 iF DesignAward、Red Dot Design Awardなど受賞多数。Takram代表。英ロイヤル・カレッジ・オブ・アート客員教授。
まず田川さんが語ったのは、同社の「デザインエンジニアリング」について。一見するとデザインとエンジニアリングの融合にも捉えられるが、全く違う概念だという。一体どういうことなのか。
私は、一人の人間に「一つのロール」「一つの人格」を紐づけること自体が間違っていると考えています。
デザインエンジニアリングについても、よく「デザインとエンジニアリングを融合させるんですか?」と聞かれるのですが、全く違うんです。
「融合」とは溶け合わせるということ。たとえば、「白」と「黒」を溶けて合わせると「グレー」になりますよね。ただ、そのメタファーだと、どちらも薄まって、別のものになってしまう印象があります。
たとえば、デザインが「白」であるとするならば、限りなく「純白」として存在させる。エンジニアリングを「黒」だとするなばら「漆黒」にしていく。その「純白」と「漆黒」が頭の中でまだら模様になっている、それこそが理想だと捉えています。
一人の人間のなかに、2つ以上のものが完璧な状態で存在している。これが「分裂」という状態です。つまり「融合」ではなく、人格を「分裂」させるということ。
海外だと「ロール(役割)」と「レスポンシビリティ(責任)」が一対一で明確になっていることがほとんどですよね。ひとりの人間がデザインとエンジニアリングを、それぞれ完璧にこなせる状態が求められることは、ほとんどありません。私たちは、その考えとは違うことをやろうとしています。
余談ですが、英語で「個人」は「インディビジュアル」と表現されます。「ディビジュアル」が個体という意味で、「イン」は否定の意味。ですから「これ以上は分けられない」ということを意味しています。これは作家の平野啓一郎さんなどが提唱している「分人」という考え方ですが、私たちも「個人」ではなく「分人的」な考え方で、自らの職業観を捉えています。
これはデザインエンジニアに限ったことではありません。わかりやすい話をさせていただくと、「なにか商品を売りたい」といったとき、多くの場合は、数字を追いかけることと、クリエイティブを追いかけることが求められます。
数字で追いかけていくマーケティング思考と、自己表現としてやりたいことを突き詰めていくクリエイティブ。これを一人の人格がやろうとすると必ず葛藤が生まれる。なぜなら、絶対に一致しないことだから。そもそもが矛盾しているんです。
このとき、私は「矛盾を抱える」ということが欠かせないと考えています。
分裂した人格が、それぞれ高次元でこなせる状態を目指す。どちらかを諦めるのではなく、どちらも突きつめていく。2年、3年と続けていく。そのうちに、どちらも完璧にできるようになるはずです。
矛盾を抱える状態は、時として人を苦しめます。たとえば、「私はこんなことをやるために、この会社に入ったんじゃない」と。でも、心配しなくていいんです。一致しなくてあたり前なのですから。葛藤を抱えつながら、成功体験を重ねていく。そうすることでしか実力は身につかないと思います。
ちなみに、Takramのお話をさせていただくと「役職」というものが非常に少なく、部署というものさえ存在していません。仕事はプロジェクト単位、三人一組でまわします。ディレクターが1人と、あとは2人のスタッフという構成です。このチームで非常に幅の広い仕事に取り組みます。
現在、東京・ロンドンに拠点を置くTakram。ロンドン拠点で働くのは6人。日本人1人、あとはヨーロッパを中心とする海外メンバーで構成される。いったいどのように海外拠点をマネジメントしているのか。
ファイナンス、ヒューマンリソース、デザインプロセス、クラウドのシステムなど、全て東京と同じルールで構成しようとしています。
以前は、マネジメントを分けていました。ただ、東京で作ったものが、別の地域に染み出して行くほうがいい。もし、将来的に他の都市に展開していく場合も、同じ方法で広げていければと考えています。
ただ、クリエイティブに関しては、ローカルのコミュニティにどっぷり入っていかないといけない部分があります。ですので、どこに展開するか、検討をするときには、土地勘があるところのほうがいいかもしれません。
私自身、ロンドンに土地勘があり、友達がいっぱいいたので、はじめの海外拠点がロンドンだったという経緯もあります。
田川さんが最後に語ったのは、企業とのプロジェクトの進め方。とくに企業と長期間並走して、デザインやブランドの力を上げていくには、2つのアプローチがあるという。
Takramでは、クライアントの規模ごとに、2つのアプローチを使い分けています。
まず1つ目は、デザインの意思決定プロセスにおいて、取締役のなかでも常務以上のクラスの方に入っていただくというパターン。その方に権限を持ってもらうやり方です。
これは欧米っぽいアプローチともいえます。特に創業者がいる会社だと動かしやすいということがあります。意思決定をチームの中で済ませることができるので、プロジェクトのスピードが上がります。創業者のいない会社さんだと、取締役全員で手をあげ、合議制で物事を決めていく。そういった会社において、このやり方ではほとんど動きません。
日本だと「会議」の文化が根強くあります。誰か1人が「あれをやりたい」「これをやりたい」と言っても、物事が決まらず、動かないことのほうが多いですよね。
そこで2つ目。デザインについての意思決定をするための会議を、企業の中に作ってしまうという方法です。そしてそこに、私たちが参加するというパターン。
デザインの決め事を1か所に集約することで、一本筋の通った議論をしていくという方法です。これはトップダウンに比べて時間はかかりますが、企業の中にデザイン文化が定着しやすいという側面もあります。
対外的にイノベーションを謳っている企業でも、規模が大きくなるほど、大きな変化には慎重になる傾向があります。ここを、どのように超えていけるかという部分が、デザインに関係する意思決定にも大切な視点になります。
ただ、大きな変化も、小さな一歩からということで、ひとつひとつ議論や実績を重ねていくことで、年単位で見れば、大きな変化を生んでいくという道もあります。日本企業には、こちらのほうが向いているかもしれません。
文 = まっさん
編集 = CAREER HACK
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