2018.02.15
もうPDFだけの会社じゃない。AI企業にシフトする『アドビ』、日本人初コミュニティマネージャーの仕事論

もうPDFだけの会社じゃない。AI企業にシフトする『アドビ』、日本人初コミュニティマネージャーの仕事論

アドビの躍進がとまらない。クリエイティブソフトの販売からクラウドビジネスへと移行し、二桁成長を続けている。人工知能『Adobe Sensei』の発表。さらにユニークなのがコミュニティとのリレーションだ。日本で唯一同ポジションを担うのが武井史織さん。彼女の考える「人間の創造性を開花させる」本質とは?

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クリエイティブカルチャー・市場からつくる。アドビの躍進

2017年10月。人工知能「Adobe Sensei」を活用した次世代技術に、クリエイターが熱狂した。機械学習によるデザイン自動化。これはクリエイティブの制作現場のみならず、人間の創造性を開花させる未来、その第一歩といってもいいだろう。アドビ システムズ(以下 アドビ)が、同技術を実現できた背景には、膨大な制作プロセスのデータがある。


Adobe senseiの写真


『Adobe sensei』

アドビが掲げるのは「クリエイティブ人口を増やす」ということ。技術革新を推し進めると同時に「場づくり」にも力を注ぐ。教育機関や地方自治体と共に、社会課題に対して、クリエイティブという側面からアプローチしていこうというもの。

実は日本人で唯一担っているのが、Adobe Creative Cloud コミュニティマネージャー武井史織さんだ。小さなアイデアをカタチにできる。イマジネーションが刺激される。ワクワクするような体験を武井さんは「場」を通してつくっている。

彼女が考える人間の創造性を開花させるために重要なこととは?アドビ の取り組み、武井さんの仕事観と共に伺った。


【プロフィール】
武井史織

Creative Cloudのコミュニティーマネージャとして米本社チーム所属。世界100都市以上で開催する延べ30,000人のクリエイターが参加するコミュニティーイベント『Adobe Creative Jams』のアジア開催を主宰。また、「デザインの力」と「地域活性」や「教育」を掛け合わせた課題解決型プログラム『Adobe Design Jimoto』を立ち上げ、各地域のクリエイティブコミュニティーや地方自治体と連携し、産業を横断したさまざまな場づくりを手がける。

世界のクリエイティブ人口を増やす。アドビが「場づくり」を推進するワケ。

武井さんの写真

― アドビはつねに革新的な取り組みを行なっていると感じています。特に「コミュニティ」に注力する意義はどこにあるのでしょうか?


アドビ として「誰もが描きたいと思うものを描ける世界」つまり「表現しやすい社会の創造」をしたいと考えています。テクノロジーや製品は、ユーザーと共に進化し、クリエイティブなものを生み出す人のためにサポート体制をとる。アドビとして何が出来るかを考えると、「クリエイティブなものを生み出す人たちが繋がり、ビジョン共有し、お互い成長出来る場の構築をする」というのは自然なんですよね。


― 具体的にはどのような取り組みをしているのでしょうか。


現在、クリエイターコミュニティー活性のためにさまざまな取り組みをしています。

たとえば、世界全100都市以上で開催している「Adobe Creative Jams」というイベントでは、クリエイターのタレントやスキルをショーケースする場をつくっています。制限時間3時間の中で、当日発表されるお題にそって、クリエイターがその場で即興パフォーマンスで作品を作り上げ、自分の言葉でプレゼンする。会場全体に熱気が高まって、もうエネルギーがすごいんですよ。

クライアントワークでないため、ルールなしの自由な自己表現の場として「クリエイターの天下一武道会」と呼ばれています(笑)「自分はこんな表現ができるんだ!」と単純に「クリエイティブで遊ぶこと」を楽しんでくれる人や、作品を通して自己PRの場として参加してくれる人や、逆にデザイン会社さんが若手を推薦の上、会社の得意分野をショーケースしてくれた人もいましたね。

Adobe Creative Jam in Tokyo 映像 :Creative Hub Swimmy

他にも、日本発でデザインのチカラと地方創生や教育を掛け合わせた、掛け算プロジェクト「Adobe Design Jimto」を運営しています。「Creative Jams」で感じたクリエイティブのチカラを、社会課題の解決に結びつけることができるんじゃないか。イベントを点で終わらせるのではなく、未来につながっていく種まきをしたい。

先日、宮城県気仙沼市で開催した際は、気仙沼の中学生と東北出身のデザイナーがタッグを組んで地元の課題解決に取り組みました。地域の課題の洗い出しを地元の方々と密に話しあいを重ね、中学生たちがデザイナーと一緒にアイデアを形にし、気仙沼市長の前で発表したんですよね。そのアイデアがみんなの投票によって決まり、実際に街で使われていく。それって子どもたちにとって大きなクリエイティブの成功体験だと思うんです。

Adobe Design Jimoto Student with Next Switch 映像:菅原結衣

日本でたった一人のポジション。企画から運営まで、どうこなす?

武井さんの写真

― 関係者を巻き込んだ、すごく大きなイベントを手がけているんですね。チームの体制、そのなかでの武井さんの役割についても伺いたいです。


世界11都市を拠点としてコミュニティーチームは活動し、そのなかで私は日本を担当し、Community活動の企画運営をしています。日本拠点のコミュニティチームは私1人。世界中のチームメイトと連携してお互いの活動をサポートし合います。もちろんイベントを日本で開催する際は、アドビ ジャパンの各部署とも上手く連携して私の足りない部分を補ってもらいながら(笑)、仕事をすることがほとんどですね。また外部とのパートナシップも多く組みます。企画を一緒に考える熱量を持った仲間探しも私のお仕事のひとつです。


― 国内にチームメイトがいない環境の中、企画、運営をされているとは、すごいバイタリティですね。1人でプロジェクトを企画し進めていき、周りの人たちを巻き込んでいくためには大変なことも多いのでは…?


そうですね。とくに外部と連携する際には、いろんな立場の人がいます。年齢、職種、所属もバラバラの人たちと関わるので、「こういうアイディアを形をしたい」というビジョンを共有しても、コミットメントレベルにギャップがあったり、共感まで至らないことももちろんあります。

そんな時に発揮されるのがコミュニティーのチカラ(Power of Community)ですね。関係者全員がプロジェクトに各自オーナーシップを持って先回りして懸念点の払拭を徹底的に行います。

たとえば、気仙沼で開催したイベントは、地元でデザイン教育活動を行っているNext Switchという団体と連携をしましたが、中学生たちを巻き込んでいくためには更に連携できる学校側の理解と気仙沼市の協力が必要不可欠でした。一方的な想いを伝えるだけではなく、各関係団体が何を求めているのかを考えることがとても大切でした。アドビ だけでは難しいことも地元団体とパートナーシップを組むことでそのギャップを埋めることができ、最終的には分野を横断し参加者に「自分ごと」として捉えてもらえる、とても熱量の高いイベントを実現することが出来ました。

学校に限らず、いかに市町村、民間企業、クリエイターたち、それぞれ立場や考えが異なる人たちと対話を重ねて、ビジョンを共有していけるか。そのために、どうコミュニケーションを取っていくのか。みんな同じ方向に向って、想いを重ね合わせていく。走り出してしまえば時間は数ヶ月単位で実現に繋げますが、コミュニティーコラボレーションに不可欠な「種まき」から計算すると大体、半年から1年ほど時間をかけて、信頼とビジョン共有を大切に築き上げています。

「壁にぶつかる」は、とてもポジティブなこと。

― 日本で唯一のポジションというと、なかなか会社のなかでの理解や協力を得ていく必要がありますよね。


そうですね、日本にチームメイトは私しかいないので、常にグローバル側にも私自身から情報発信していくことを意識しています。

たとえば、コミュニティチーム全体のボスはサンフランシスコにいるので、オンラインでコミュニケーションは常に取っていて。「このアイディアを形にしたいんだ!」と企画書を提案したり相談するときは、直接会ってプレゼンするためにサンフランシスコまで飛んでいく。やっぱり顔を合わせ、直接温度を感じながら、それは表情であったり、やっぱり伝わるもののエレメントといいますか、伝わり方が変わると思うんです。企画者として熱量、想いそして、「なぜそれをするのか」までを伝えるように心がけています。

日本のマーケット状況を海外のチームに発信していくことも求められています。現在の日本の社会課題、クリエイターたちのトレンド、どんなコミュニティーが生まれているのかなど、私が日本にいるからこそ感じられる温度だったり、情報を随時共有しています。企業の基盤となる経営方針や哲学として「こういう方向性でこうゆうことをする」というはもちろんありますが、各国によってトレンドや抱えている課題は異なるので、具体的になにに取り組んでいくのかは基本的にそれぞれの国の担当に任されています。


― プロジェクトを推進していくために、一筋縄でいかないことばかりだと思うのですが、たとえば反対されたり、壁にぶつかったとき、武井さんはどういうふうに乗り越えていますか?


壁にぶつかった時には、「わたしは前に進んでるんだな」ってポジティブに捉えるようにしています。逆に、壁にぶつかることナシには、いい仕事が出来ていないって思う。実際ぶち当たっている間は、しんどいなって思うこともありますが、壁こそが人生を豊かにしてくれると思うので、出来る限りそのプロセスを楽しむように心がけています。

自分の感情に対し、素直でありつづけたい。

武井さんの写真

― 武井さんのお話を伺っていると、ご自身のやりたいことと、会社に求められていることが重なっているように思います。どうしたら自分のやりたいことを仕事にしていけるのでしょうか?


まず、会社に求められている事と自分がこうありたいと思っている事の両方が重なる部分を探します。その上で、自分がこうありたい、こうしたい、そういった考えを「伝えざるを得ない環境」に身を置く。言葉にするって、自分の口から音が発っせられるのと同時に、自分でその音を言葉として聴くことでもある。全て言霊なので、人は描けた未来は実現できると思います。こうありたい、こうしたいということを言葉にして周りに共有し、同じビジョン共有できる仲間を増やすことが大事ですね。

海外生活が長かったのもあり、文化背景の違う人たちに、「言わずとも理解してよ」っていうのは通じません。全く通用しないんですよね。だから「こうありたい」もそうですし、「助けてほしい」っていうこともはっきり、明確に伝えるように心がけます。明確な意思表示が理想のチームワークにも繋がると考えています。


― 最後に、武井さんが人生において大切にしていることは何ですか?


そうですね…素直に生きていきたいですね。自分の感情に対して素直になるというか。よく思うのは、子どもの頃の感受性って無限で、表現も究極に素直でありのまま。その素直さは大きな原動力となるため、子どもの感受性をライバルだと思っています(笑)感情を爆発させて笑ったり泣いたり喜んだりしている子どもを見ると、すごく羨ましい。そんな感受性を持ち続ける、素直でい続ける。

でも、素直になるって簡単なようでけっこう難しい。だから意識的に何か企画をする際に「なぜ」それを行うのか自分で納得出来ているか、違和感はそこにないか。そして、ちゃんと私の心、ハートは動いているかを確認する自分自身との「対話」を大切にしています。


― 武井さん自身も、子どもたちやクリエイターとコラボするなかで創造性であったり、感受性をとても大切にされていると感じることができました。職種や肩書きにとらわれずに働く上でもヒントをいただけたと思います。本日はありがとうございました!


(おわり)


文 = 野村愛


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