開発者向けの決済サービス《ウェブペイ》を手掛ける久保渓氏へのインタビュー。政治学とコンピュータサイエンスをアメリカの大学で修めながら、数々のサービスを生み出してきた彼に、携わる事業の選び方やFinTech領域に携わる魅力を伺った。
政治学を専攻するために海をわたった日本人が、コンピュータサイエンスを修め、シリコンバレーで起業する。
そんなキャリアを歩んでいるのが、今回お話を伺った久保渓氏その人だ。
久保氏はCarleton Collegeをコンピュータサイエンスと政治学のダブルメジャーで卒業。学生時代には、はてなでインターンを経験した後、『「創造性」を共有するソーシャルウェブデザインツール』というテーマでIPA未踏事業に採択された経験を持つ。
2010年3月には米国でfluxflex, inc.を設立。サンフランシスコと東京を拠点に、クラウドホスティングサービス「fluxflex」、環境構築済みのVPS「Rackhub」や開発者向けクレジットカード決済システム「WebPay」などを開発してきた。
久保氏はどんな考えで、起業・ソフトウェア開発を行なってきたのか?また、注目を集めるFinTech領域に携わる魅力とは?挑戦を続ける異色のエンジニアに話を伺った。
― これまで数多くのサービスを開発してきた久保さんですが、どんな軸でサービスを企画開発しているのでしょうか?
本気で自分の人生の3~5年間を突っ込んでもいいと思えるかということです。
サービスを開発するきっかけの起点はいつも、“誰かの問題解決を”と思っているのですが、他者の抱える問題に対して、自分の大切な数年間をつぎ込んでも価値があると思えるかというとなかなか難しいんですよね。
一方で、自分の課題意識とか、自分の抱えている問題を解決するって、すごくヒットするんです。「ああ、これだったら、例え失敗して自分の人生の今後数年間失っても割に合う。やりがいあるよね」って思える。それがすごく自分に合っていて、一番決断しやすいとは思いますね。
― 例えば、fluxflexやWebPayだと、どこに課題意識を持ったのでしょうか?
fluxflexの場合ですと当時、サーバーの設定なんかがすごく大変で、毎回同じ作業をしなきゃいけなかったんですね。Ruby向けにはHerokuがあったのですが、私が大好きなPythonのDjango向けのものがなかったり、PHP向けのサービスがいまいちだったりしたんです。それ以外の言語もニーズがあると感じ、より汎用的なツールの開発に取り組みました。
WebPayに関しても開発に着手するきっかけは私の実体験から生まれたものです。
以前、日本向けのホスティングサービスを新規事業として2012年の頭に立ち上げた際、決済を日本円で組み込もうと思って、いろんな決済会社に連絡したんです。
しかしこれがすごく大変で、時間も労力もかかる。なによりグレーというか、見えない、わからない部分がとても多いんです。例えば、手数料率をとっても、その率がフェアかどうかもわからない。不当に高いわけではないのですが、どこか足元を見られているような感覚を覚えたんです。
その時、「サービスを提供していく上で、ネット決済周りは日本の大きな課題だなあ」と意識したんです。それこそ、「ここでイノベーションが阻害されているんじゃないか」という程に。
そこで決済周りのことを自分で調べてみたんです。するとかなり面白い構造だったんです。国によって文脈の違いがあったり、単にプロダクトアウトすれば、使ってもらえるわけではない。技術的に優れているだけでなく、パートナーシップの提携が非常に重要。やりがいがある事業領域で、自分がテクノロジーとビジネスの両輪をちゃんと動かしてイノベーションを起こそうと思い立って始めました。
― 自分で課題意識を持った事業に携わるという点でいうと、事業のオーナーである経営者だけでなく、プロダクトを生み出すエンジニアなどにも言えることなのでしょうか?
言えると思います。
結局は誰しも何かしら「社会ってこうあるべきだよね」と思うことがあって、解決されてなかったり、理不尽だったりすることがあると思うんですね。社会を一歩前進させる取り組みで、自分が人生を賭けれると思うことに携わった方がいいと思います。賭けるといっても3年とか5年、ある程度の固まった期間、賭けても惜しくないなと思えるぐらいのことに取り組むというのは、自身のキャリアにプラスに働くはずです。
― 少し話題を変えさせてください。いま世界的にもFinTechと称されるように、ファイナンスや決済周りのサービスが注目を集めています。久保さんからみて、決済周りのシステムを提供する一番の面白味だったり、ワクワクするところとは?
まず技術的な部分からお話すると、多種多様な技術領域が必要とされるところでしょうか。
WebPayは、決済の“インターチェンジ”に接続する一方で、例えば、開発者向けのウェブサービスとして、APIやダッシュボードを提供したりしています。必要となるもの全てを開発し、それをお客様に一番良いかたちで提供する。そういった場に身を置けることは醍醐味の一つです。
また事業領域に関して言えば、“お金周り”を扱いますので、情報の機密性、サービスの安全性を担保しながら、お客様に対するフェアさ、透明性を忘れずにいることは、通常のスタートアップよりは必要になると思います。
加えて、「とにかくスピード重視で、まずは出してみよう」という話にはもちろんなりません。だけれども、「決済をもっと柔軟に発想して、新しいものに変えていこう」と、相反するような、矛盾するような考え方で、かなりダイナミックに物事を考えることは魅力のひとつですね。
― それでは最後に、WebPayが世の中にどう貢献するかといいますか、ヴィジョンみたいなものを教えてください。
「決済のプラットフォーム化」ですね。今まで決済って“インフラ”だったんですよ。
電話を例にちょっと説明させてください。
まずインフラというのは、社会全般に行き渡っているけれどれども、そこから何か連携が図られているわけじゃないもの。
昔は電話する度に、課金されるのが普通でしたよね。でも、スマホが出てきて、プラットフォーム化した。何が起こったかと言うと、例えばアプリを提供するようなサードパーティが付加価値をつけたんです。すると単なる“携帯できる電話”に留まらず、モバイルデバイス、さらにはモバイルプラットフォームまで昇華して、そこに別のビジネス機会が生まれたんです。電話は当然、メールもLINEも送れるし、SNSも見れる、ゲームだってできる、と。
プラットフォーム化することによって、市場がどんどん広がると、電話料金やサービスが定額になったり、無料になったりしましたよね。
決済もまさにその変革期にあるんです。これまで決済インフラとして、クレジットカードが存在していました。ネットでクレジットカード決済をするとなると、手数料率などの利ザヤが不透明で、誰にいくら流れているかも、分からなかったんです。
そこでいま起こっていることが、オンライン決済のプラットフォーム化です。単なる決済手段のインフラにとどまらないんですね。そこにサードパーティのビジネス機会が生まれる。例えば、より漏えい対策が施されたセキュワなネットワークだとか、購入分析をしてカード利用者に価値の高い広告やクーポンを提示できるなど。
何でもいいんですけども、いろんな決済にまつわる補助的な付加価値とかが付いていたりとかして、ひとつのエコシステムができあがるんです。電話の例と同様に、手数料が定額だったりとか、0になったり。そんな時代にどんどんなっていくんだろうなと思っています。
つまり資本主義の中心を根幹から変えていける事業領域なんですね。市場規模も莫大で、社会への影響力も絶大。そんなワクワクする領域でスタートアップとして挑戦できるのは幸運ですし、まさに、これからの自分の人生の3~5年突っ込めると心から思えるものです。
(おわり)
[取材・文] 松尾彰大
編集 = 松尾彰大
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