ウェアラブルトランシーバー《BONX》を手掛けるモノづくり系スタートアップCHIKEIに集まったのは、ハード・ソフト・通信・デザインなどの各分野で活躍するトップクラスの人材だった。創業間もないCHIKEIはいかにしてプロフェッショナルを集めたのか?彼らのビジョンと文化、チームビルディングに迫った。
“The World Is Our Playground!” (世界は僕らの遊び場)というスローガンを掲げるスタートアップ・CHIKEIが開発を手掛けるのは、ウェアラブルトランシーバー《BONX》。
スマホとはBluetooth接続、スマホ端末間の通信には3G/4Gを用いることで、アクティビティ中に最大10人とスムーズなコミュニケーションがとれるというBONX。スノーボードや自転車、クライミング、サバイバルゲームなど多様なアウトドアスポーツのシーンで活用が想定されている。
クラウドファウンディング開始直後に目標金額を達成し、年内にはグローバルリリースを控えるIoTプロダクトの注目株だが、CAREER HACKが注目したのはCHIKEIのメンバーたち。
東京大学からボストン・コンサルティング・グループ(BCG)を経てCHIKEIを創業したCEO・宮坂貴大氏とCTO・楢崎雄太氏、2人のもとに集まったのは、各分野で「超」がつくプロフェッショナルばかりなのだ。
コアメンバーは5人。その他10名以上のメンバーがスポットでプロジェクトにジョインする形でBONXの開発を続けるCHIKEIは、いかにしてS級人材を集めてきたのか。東大→BCGという(一見ド真面目そうな)キャリアを持つふたりがCHIKEIで成し遂げることとは。
もう正社員雇用を前提とした組織モデルは前時代的といえるかもしれないいま、「特殊な専門能力を持ったメンバーで構成されたチームでぶっ飛んだプロダクトを生み出す」そんな新しい時代のチームビルディングに迫った。
宮坂氏がBONXのプロダクト構想を持ったのはBCG時代。もともと熱狂的なスノーボーダーだった彼は、ウェアラブルカメラ《GoPro》を開発したニック・ウッドマンのストーリーを知り、自身のアイデアを膨らませていった。
宮坂氏:
ニック・ウッドマンは筋金入りのサーファー。自分が波に乗っている姿やそこから見える風景を撮影したい、その思いから防水性に優れ、値段も手頃、そしてクオリティの高い動画が撮れるGoProを開発しました。
そのストーリーを耳にして、自分自身のニーズを考えてみたんです。僕は根っからのスノーボーダーなんですが、滑っていると、仲間とはぐれることって結構ある。そんな時、場所によっては危険も伴うので、電話をしようとするんですが、グローブを外してかじかむ手でスマホを操作するのは大変だし、電話しても気づかれないことが多い。「これって体験として優れたものではない」そこからBONXのアイデアを広げていきました。
BONXは耳に装着するイヤフォン型のデバイス、スマホアプリ、通話システムなどで成立するサービスだが、宮坂氏が大学時代に学んでいたのは文化人類学や人文地理学。テクノロジーとほぼ無縁だった彼は、自らあらゆる研究やデータをリサーチしてアイデアを固めていった。その時に出会ったのが、チームラボ、ピクシブのCTOを歴任し、ロボット・IoT分野でのプロダクト開発に抱負な経験を持つユカイ工学の青木氏だったという。
宮坂氏:
ハッカソンやメイカーズ系のイベントに参加している中で、青木さんに出会ったのが大きなターニングポイントでした。BONXのアイデアをぶつけてどうしたら実現するのか相談させていただいたり、創業から数ヶ月はオフィスを間借りさせていただいたりしていました。
資金集めにも目処を付け、起業を決めた宮坂氏が創業前に自ら声をかけたのは「あまり喋ったことはなかったけど、斜め前に座っていたBCGの後輩」という間柄だった共同創業者兼CTOの楢崎氏。学生時代には、『VR/MR用の音声処理研究』に携わっていた人物だ。
楢崎氏:
ほとんど話したことがなかったのに、「こんなことやりたいんだけど、音とか詳しいんでしょ?風切り音ってさぁ…」といきなり話しかけてきて。最初の印象は「分かってねえな、こいつ」でした(笑)。でも話す度に現実味を帯びてきて、作るものや思想、提供する体験がより具体的になっていくんです。それは宮坂が素人ながらいろんなヒトにアイデアをぶつけて、調べて、試行錯誤してきた結果だと思います。
宮坂氏:
何でも自分でやってみないと気がすまない性格なんです。物理は赤点しかとったことないのに風切り音とかずっと研究してました。粘土で型を作って膜を張って、扇風機当てて、iPhoneで音を録る、を繰り返したり。とにかく仮説立てて検証して、プロにぶつけて新しいアイデアをもらって。
「やってみないとやってる人の気持ちがわからない」という思想はもともと持っています。最近だとプロモーションビデオを自分たちでつくったり。自分で試行錯誤したから、実際モノを作れる人をリスペクトできるし、仕事を任せられる。
CHIKEIは、数多くのプロダクトデザイン経験とグッドデザイン賞やiFデザインアワードの受賞歴を持つ元エレコムの百崎彰紘氏をプロダクトデザイナー・CCOに据え、創業とともにチームビルディングを加速させる。
「基本的には自分のアイデアをプロにぶつけて共感してもらう。それだけです。だいたい『キャップを被った変な奴』からスタートするんですが(笑)」
そう話す宮坂氏は次々と、BONXのプロジェクトに必要な各分野のプロフェッショナルたちを口説いていった。ユカイ工学・青木俊介氏と製造業のエキスパート・西野充浩氏というアドバイザー陣からの紹介を中心に、iOSアプリ開発は『iOS×BLE Core Bluetoothプログラミング』の著者でもある堤修一氏、Androidアプリは麻植泰輔氏、インフラ/サーバー側は齋藤穂高氏、その他、通話システムの開発を担うのは元カヤックのエンジニアユニット・Make It Real。正直なところ「よくこんなメンバーを集めたな…」と思わざるをえない。
CHIKEIは東大発ベンチャーのフェアリーデバイセズが開発した音声認識技術をBONXに活用している。モノづくり系スタートアップにおいて、「何を自社のユニークネス」とするかも大きな課題のひとつだ。
楢崎氏:
何を自社の技術として持つべきか、技術戦略の部分はすごくデリケートな問題です。ひとつの判断基準は、既にマーケットが立ち上がっていたり技術進歩が進んでいる分野なのか、それともまだプレイヤーが少なく大きなフロンティアがある分野かどうか。前者であれば技術をもつ個人・会社さんに借りたり協力を求めていく方が圧倒的に早い。後者であれば大きな投資をしてでも取りに行く。
宮坂氏:
これは組織を創っていくうえでも同じようなことが言えると思います。僕たちにとって、アプリ開発などは前者。BONXの体験を生み出すにはプロジェクト全体で幅広い領域をカバーしながら、それぞれ深い専門知識と経験を持ったプロ中のプロが必要。でも彼ら全員を社員として迎え入れることは相当ハードルが高い。だからこそ彼らにスポットでコミットしてもらうことで、プロダクトの開発を進めていく必要がありました。
挑戦的なプロダクトの開発で集まったメンバーの共通点は?という問いに対する2人の答えは「自分の領域に責任を持ち、ゼロから完結まで持っていける」というものだった。仕様書と納期と言った関係性ではなく、メンバー間の積極的なコミュニケーションと提案も活発で、当初のものより劇的にUI/UXが改善した事例も既に生まれているという。
楢崎氏:
BONXの開発に集まったメンバーを上手くマネジメントし、プロジェクト全体を推進していく必要がありました。BONXの開発はアプリ単体を作ることとは違って、ハードウェアから通信ネットワークなど、複数の技術要素が相互に関連するもの。加えて技術特許や商標といった知財関係などもきちんと押さえていかなければならない。まだ試行錯誤段階ですが、コンサル時代の経験も活かしながらマネジメントしています。
宮坂氏:
組織もフェーズによって変わってくるはず。CHIKEIもBONXの次なるプロダクトを既に仕込んでいますし、その時々に最適で僕ららしい組織でいたいと思います。
CHIKEIのオフィスは駒沢公園に隣接しており、「世界を遊び場にする」という自分たちのコンセプト通り、メンバーたちは時間を見てはスケートボードやサイクリング、ランニングを楽しんでいるという。
日米での発売を皮切りにグローバルに展開するCHIKEI。彼らへのインタビューから強く感じたのは、まるでエナジードリンクメーカーでありながらあらゆるカルチャーに関わるレッドブルのような「ブランド」の発信だ。
宮坂氏:
やっぱり僕の原体験であるスノーボードを通じて、本当にいろんな体験ができたし、仲間もできた。遊びって一見何の生産性も無いものじゃないですか。でもそれでめちゃくちゃ人生豊かになったんですね。
その世界観を広げて伝えるため、BONXという製品だけ完結せずに、ブランドブックやウェブ、ビデオ、ソーシャルから謎のキャラクターまで駆使するのがCHIKEIというスタートアップなんです。最もユニークなのはそのカルチャーと世界観だと思います。
こういう世知辛い世の中なので、「遊び?働けよ」って思う方もいるかもしれませんが(笑)、、、遊び自体に間違いなく価値があるし、大切で人生を豊かにするもの。BONXを着けて、みんなで遊びに行って感動を生む。まだはじまったばかりですけど、ひとつひとつ歩を進めてCHIKEIのみんなと長距離走を走っていけたらと思います。
文 = 松尾彰大
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