震災10年後までに、石巻から1000人のIT技術者を育成する―その実現に向けて宮城県石巻市で活動するのが『イトナブ』です。『ポケモンGO』とコラボし、石巻に多くのラプラスを出現させたのも彼らの仕業。くだらないことにも真剣に取り組む、ユーモアと志を携え、未来への歩みを模索する彼らの姿に迫ります。
震災10年後までに、石巻から1000人のIT技術者育成する。
この思いを胸に、2012年より宮城県石巻市で活動しているのが『イトナブ』です。
『イトナブ』はプロジェクトであり、会社であり、一般社団法人でもある...という一風変わった集団。プログラミング、写真、編集など多彩なスキルを持つ20代メンバーを中心に、約10名で構成されています。
とくにユニークなのが、その活動内容。石巻工業高校への出張授業、プログラミング教室の無料開放、ゲームイベントやハッカソン...どれも子どもたちの好奇心を掻き立てるものばかり。
「石巻の子どもたちが自分のチカラで羽ばたけるように」ーそのきっかけづくりをしています。
「こどもたちにIT教育の場をつくる」
これだけを聞くと、子どもたちに大人が教える塾のようなもの?というイメージが。ただ、実際に石巻を訪れてみて一変。全く想像とは違う、イトナブならではの取り組みがありました。
子どもたちと、メンバーたちが一緒になって全力で遊ぶ、くだらないことにも真剣にチャレンジしてみる。
大人たちからすると「?」が浮かんだり、「ただの遊び」にも見えたりすることも、みんなが目を輝かせた表情で取り組んでいく。心から湧き上がるワクワク、自分を表現すること、その姿は輝いて見えました。
イトナブの活動は、子どもたちの未来にどんな光を照らすのか。そしてWeb業界にいる私たちが社会のためにできることはなにか。石巻市への現地取材を通じて、一緒に考えてみたいと思います。
はじめにお話を伺ったのは、イトナブ代表の古山隆幸さんです。石巻での現地取材とは別日、古山さんが東京にいらっしゃるタイミングでお話を伺うことができました。
彼らの活動、その源流にあるのは、楽しそう、面白そうだと思えば、まずはやってみること。イトナブの根底にあるのは「遊ぶ」ことだと古山さんはいいます。
たとえば、子どもたちと一緒にカードゲームをしたり、駄菓子をつまんで懐かしのファミコンをしたり。はたまた「ポケモンGO」のラプラスを石巻に出現させる企画を実行したり。
それは「教える」とは全く違うアプローチ。
古山:「駄菓子を食べてファミコンするって、今の子どもたちにとっては新鮮な体験で。そういう体験ができるから、イトナブに遊びにいきたいって思ってくれる子どもたちがいていいと思うんです。そこから、『このパソコン使っていいの?』って興味を持ちはじめる子もいる。楽しいから、やってみたいから、その気持ちのタネのようなものを一番大切にしたいですね。」
学び場において遊びのエッセンスを大事にしつつ、思わずクスっと笑ってしまうようなイベント企画や動画など、自分たち自身が楽しみながらつくっています。
遊びを入り口に、ワクワクするものと出会うきっかけをつくる。その思いを強くしたのは、古山さんご自身の経験がありました。
古山:「私は石巻出身で一度上京し、震災をきっかけに10年ぶりに石巻に戻りました。そのとき、高校生だった頃の自分を思い出して。当時の僕は、石巻を早く出たくて仕方がなかったんです。町にはなにもないし、毎日がつまらなくて...。あのときの僕みたいに、なにが好きなのか分らなかったり、見つけたってどうせ無理だって思っている子はきっと今もいる。だから、石巻で若者が育っていく環境をつくりたいと思いました。」
とりあえず大学にいって卒業する。卒業したら地元の企業で働く。学校に行かなきゃいけない。勉強しないといけない。石巻に限らず、決め付けてしまう気持ちは、きっと自分自身の中にあるように思います。
古山:「やれないことはないですし、できないことはないんですよ。やりたいことに素直になっていいし、好きなことに夢中になっていい。遊ぶことを入り口に楽しいと思えたら、もっと知りたいと思う。その気持ちが学びにつながり、自分の可能性を広げてくれると信じています。」
イトナブの活動を始めてから5年。思いを少しずつカタチにしていく一方、ジレンマも感じてきたといいます。
古山:「石巻で活動をしている人たちの輪の中にいると、新しい取り組みが生まれて、盛り上がっているように思ってしまいがちです。でも、じつは広く全体を見るとそうではなくて...震災から4年、5年と月日が経っていくにつれて、暮らしを取り戻していくなか、まちは殻に閉じこもり始めているのかもしれません。地元の人たちが一歩踏み出していくことができれば、もっと面白いことに挑戦できると思うんです。」
いかに多くの人たちのことを巻き込んでいけるか。それは石巻だけでなく、地方都市が抱えている課題でもあるのかもしれません。将来を担っていく若者たちが羽ばいていけるように。イトナブでは、たくさんのきっかけを子どもたちに提供しています。
続いて、どんな子ども達がいるのか、実際に石巻に行ってお話を伺ってきました。
事務所を訪ね、迎えて下さったのはスタッフの嶋脇佑さん。
Webメディアの編集、写真を仕事にしながら、イトナブに通う子どもたちの相談役になったり、メンバーと一緒にイベントの企画・運営をしたり、活動の中心を担っています。
イトナブに通う子どもたちについて、嶋脇さんご自身の体験も踏まえつつ、伺うことができました。
嶋脇:「普通に学校に通いながら、遊び場みたいに使ってくれている子もいれば、あまり学校にいってない子、塾代わりにくる子、いろいろですね。ただ、共通しているのは、家と学校の隙間の居場所みたいなものを探している子は多いかもしれません。学校だと予想できないくらい静かにしていたり、家で親にやりたいことを反対されていたりする。それぞれ面白いものを持ってるのに、自分のことを表現できず、葛藤している子もいます。」
嶋脇さんは、子ども達と関わるなかで「否定しないこと」を大切にしているといいます。
嶋脇:「なんで伝わらないんだろう、どうして理解してもらえないんだろうって、否定されることを通してたくさん傷付いてきたと思うんです。だからこそ、『でも』とか、『だって』とか否定語は言わない。『それ、いいんじゃない?』、『そう思ってるんだ』って共感するようにしています。」
自分の思っていることや考えていることが受け止めてもらえる。その安心感が、子どもたちの心の壁を少しずつ溶かしているのかもしれません。
その一例として、ある高校生の変化について伺うことができました。写真や映像などの視覚表現の世界に魅了され、工業高校から美大へと進学。それはイトナブがきっかけになったそうです。
嶋脇:「彼は高校3年生でした。なにが好きで、なにがやりたいのか、全然分らなかったんです。イトナブには来るけど、暇をもてあますだけ。でも、あるとき、事務所に置いてあったカメラを触るようになって。不思議と写真を撮る事や映像制作に没頭するようになっていったんです。最初は高校卒業後に就職を考えていたのですが、もっとメディアや表現を勉強したいと、美大への進学に切り替えていきました。」
「好き」との出会い、それは人生を豊かにしてくれること。子どもたちが「好き」を見つける、目がキラキラと輝く、イトナブが作り出すのはそういった瞬間なのかもしれません。
嶋脇:「やりたいこと、好きなことを無理に見つけようとしなくてもいいと思うんです。それよりももっと大事なのは、楽しい、面白い、ワクワクするっていう自分の気持ち。プログラミングに興味を持てなくても、写真や映像、デザインでもITじゃなくてもなんでもよくて。イトナブに来て、楽しい、おもしろいって思えるきっかけと出会ってほしいですね。」
こういった子どもたちに対する思い、そこには嶋脇さんご自身の原体験がありました。
嶋脇:「前の仕事を辞めて石巻に来たとき、僕には自信のカケラもなかったんです。周りのスタッフたちは、かっこいいWebサイトをつくったり、アプリ制作をしたりして輝いて見えたけど、僕自身はプログラミングにそこまで興味を持てなくて...。無意識のうちに劣等感を感じてました。
なにもできなかったけれど、日々の活動を発信するために写真を撮ったり、記事を書き始めるようになって。カメラを通して少しずつ自分をアウトプットできるようになっていったんです。好きでのめり込んでいった写真が、いつのまにか仕事の依頼も来るようになりました。」
子どもたちと関わりながら、自分自身と向き合い、生まれてくる葛藤や焦り。そんな瞬間さえも、今では「変化を楽しみ、前を向くための原動力」になっていると嶋脇さんの言葉から感じることができました。
嶋脇:「子どもたちの成長を願いながら、じゃあ自分はどうなんだって考えると、まだまだなと思う。もっとスキルや知識のある、すごい大人はたくさんいるのに、自分たちになにができるだろうって、ずっと葛藤はあります。
でも、だからこそ、変わることが僕の使命だと思っていて。僕自身が成長していくことで、みんな変わっても大丈夫だよって言える存在になりたい。僕たちがめちゃくちゃ輝けば、子どもたちの未来を明るく照らせるんじゃないかと思うんです。」
イトナブを取材しようと考え、情報を集めていくなか、ひとつの思いが生まれてきました。
子どもたちは、イトナブでどんなことに挑戦しているのか。そこに込められている思いとは。そこに触れてみたい。
そこで、1年に一度、成果を発表する「イトナブ Groove Day 2016」に参加することに。開催された場所は石巻中央公民館。イトナブに通う子どもたち、メンバーたちが一同に会する機会です。
いろいろな子どもたちがプロジェクトを発表し、会場は笑いやあたたかい空気につつまれていきました。
その中でも印象的だったのは、小学校4年生の元太くんの発表です。大人たちを目の前に、緊張しながらも、自分がつくったものを、自分の言葉で伝えてくれました。
イトナブに通いはじめた当初、引っ込み思案で、自分の気持ちを周りの人に伝えられなかった元太くん。絵を描くことをはじめ、少しずつ自分を表現できるようになりました。
つくる楽しさを知った彼が次に挑戦したのは、ドット絵をつかったアプリ制作。
「自分がつくった絵が、スマホ上で動くのがとても面白かった。完成できてうれしかったです」
絵を描く、スマホで動く、完成させる。このどれもが元太くんにとって初めての体験。そのうれしい気持ちをまっすぐ表現する彼の姿がそこにありました。
他にも、宮城県のまちの魅力を知ってもらうためにアプリをつくった高校生やフィンランドのハッカソンに参加してきたメンバーなど。自分のことばで誇らしげに語る、その生き生きとした表情からは「つくる」を楽しむ、伝えていくという大切さを教えてもらったようでした。
改めて、古山さんは子どもたちの可能性について、こう語ります。
古山:「僕らはなにかを教えられる人間でもないですし、なにかを教えたいとも思ってないんです。本当にやりたい、変わりたいって思ってる子たちのちょっと近くで、僕らがなにかに夢中になっている背中を見せるだけでいい。それをすれば自然と子どもたちは引き寄せられてくるし、来ない子はきっと今タイミングじゃない。でも、一応声をかけますけどね、「一緒に世界見ようぜ」って(笑)」
編集後記
2016年12月、ちょうど本格的な寒さを迎えた頃、わたしは「石巻」にいました。
最初、親友を訪ねるために降り立った「石巻」。また行きたいお店ができて、少しずつ人の輪が広がって。石巻へと向う回数を重ねるうちに、ご縁が重なって、イトナブのことを知りました。
なにを聞いてもポジティブで、笑顔を絶やさない古山さん。どんなことばにも、やさしくうなずいて共感してくれる嶋脇さん。とにかく楽しそうなイトナブのスタッフの方々、そして子ども達の笑顔に出会いました。
お話を伺う中で見えてきたのは、子どもたちの抱える葛藤。思っていることをうまく言葉にできなかったり、誰かに伝えても期待した通りに受け止めてもらえなかったり。自分に自信を持てずにいる気持ちや葛藤は、わたし自身の中にもあるもの。
「~したい」という気持ちよりも、「どうせ~できない」と自分の可能性を閉じてしまう。そんなとき、前に歩み始めるための光は、小さなきっかけに潜んでいるのかもしれません。
好きなこと、夢中になれることと出会うきっかけがあること。そして、子どもたちが「やってみたい」と思ったときに、否定せずに応援してくれる大人が身近にいること。今回の取材を通して、そうした場や環境自体が、未来の可能性を切り拓いていくのだと感じました。
文 = 野村愛
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