2019.07.31
CTOのバトンを後進に。藤川真一(えふしん)が、BASEと歩んだ7年間

CTOのバトンを後進に。藤川真一(えふしん)が、BASEと歩んだ7年間

2019年7月1日、「えふしん」こと藤川真一さんがBASEのCTOを退任するというニュースが飛び込んできた。BASEのリリース当初から相談役として関わり、CTOとしてBASEのプロダクトやチームと向き合ってきたえふしんさん。彼と共にBASEの7年間の歩みを振り返った。

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2012年~2013年|鶴岡裕太とBASEに惚れ込んだ
2014年~2016年|CTO就任、ゼロからの開発組織づくり
2016年~2017年|主要メンバーたちの離脱
2018年~|CTOのバトンを後進に託し、その次へ

2012年~2013年|鶴岡裕太とBASEに惚れ込んだ

ーまず、えふしんさんと『BASE』の出会いから伺ってもよろしいでしょうか。

僕がもともと前職でECサービスに携わっていたため、当時大学生だったBASEの代表鶴岡に「BASEというECプラットフォームをつくっているので相談にのってほしい」と声をかけられたのがきっかけでした。

2012年ですね。鶴岡とはシェアハウス「リバ邸(*)」で出会っていて。

間もなくしてBASEがリリースされたのですが、すごい勢いがあった。初日からたくさんのショップができているわ、1週間後に「リバ邸」へ足を運んだらいろんな会社が話を聞きに来ているわ……本当にすごかった。「当たるサービスってこういうことになるのか」と。

関わりが強くなったのは、顧問として手伝うことになってから。当時、僕自身も自分でサービスをつくろうとしていたタイミングだったのですが、ふと無料のECが必要だなと思った時に、「無料のECならBASEがある」「BASEと仲良くしておいたほうがよさそうだな」と思いまして(笑)。「リバ邸」のFacebookグループに「BASEを手伝いたいです」とポストし、顧問としてアドバイスしていく形になりました。

ただ、正直、最初の頃は「いつまでこの勢いは続くんだろう」という思いも(笑)。それでも気がついたらパートナーが増え、サービスとして完成していったイメージですね。

ー顧問としてえふしんさんはどういった関わり方を?

「たまに会社に顔を見せに来る人」という感じでしょうか。障害まわりを対応したり、サーバー選定をアドバイスしたり。開発組織としてはまだまだ未成熟。開発メンバーは数人で、「成長するサービスとしてどう成立させるか」について週1~2日くらいで取り組んでいました。

ー当時、えふしんさんの目に「鶴岡裕太」という青年は、どう映っていたのでしょう?

当時の鶴岡を語る上でぴったりなエピソードがあって。BASEの「thebase.in」ってインドのドメインなのですが、何かの手違いでドメインが止められてしまった。Messengerで鶴岡に連絡したら「まぁしょうがないですよね」みたいな感じで、どっしり構えていたのがすごく印象的でした。てっきり慌てたり、イライラしたりしているんじゃないかと心配になって連絡したのですが、大丈夫そうだった。

後日聞いたら、飄々しているウラ側で、ドメイン会社に何度も何度も連絡をしていたらしいです(笑)それでも、焦りやイライラを表面上は見せず、冷静に対応していたところに鶴岡のリーダーとしての強さを感じました。

ー自らも開発者であり経営者でもあったえふしんさんですが、当時、BASEのプロダクトのどういったところを評価されていた?

やっぱり「カンタンに使える」に尽きますね。多くのECサービスは、ショップを開設したらオーナーは決済代行の会社と契約をします。その際に書類審査が発生して結構煩雑だったり、ときには断られてしまったりすることもありました。

でも、BASEなら登録さえすれば、すぐに使える。しかも、クレジットカードや携帯キャリアでの決済を可能にした。ここがイノベーティブだったと思うんです。こういった構想を最初から描いていたBASE、そして鶴岡という人は、開発者としても経営者としてもシンプルにすごいなと思っていましたね。

(*)現在CAMPFIREの代表を務める家入一真さんが創設者のシェアハウス

2014年~2016年|CTO就任、ゼロからの開発組織づくり

ーそこからCTO就任にいたった経緯を教えてください。

タイミングとしては2014年の5月に資金調達し、「組織を固めていくぞ」という時期。鶴岡から「CTOになってくれないか」と声をかけられました。

CTOって誰かに「なってくれ」と言われないと就任できないポストなので、嬉しいは嬉しかったですね。貴重な機会だと思ったし、そもそもBASEの伸び代には期待していた。自分にとっても大きなチャンスだと感じました。

過去には起業したり、サービスを立ち上げたり、といろいろやっていたのですが、どうも自分は「ひとりでイノベーションを起こしてやろう」「社会を変えてやろう」という欲求が弱いと感じていて。自分の能力不足もあったような気がします。

それよりも、誰かのイノベーションを後押ししたり、支えたりするほうが得意なんだろうと薄々気づいていて。ちょうど同じタイミングだったので、鶴岡という若いイノベーターの理念、そしてBASEのこれからに対し、CTOとして関われる意義を感じました。

ーCTOとしての最初に取り組んだことでいうと?

力を入れていったのは採用ですね。それまでは優秀なエンジニアたちに支えられていたのですが、人によってはパートタイム契約だったり、スポット的な協力だったり。結構カオスな状態で、今後組織を固めていくとなるとマネージャーやデザイナーが必要なことは明白でした。

具体的にやったことといえば、まずはすでに山のようにあった要望に基づくタスクの整理です。当時すでにテックリード的に活躍しているメンバーがいたので、より加速していくために必要なプライオリティの設定、そして人材を洗い出し採用していくことが大きな役割だったわけです。

ー実際のところ、うまくいっていたんですか?

トラブルもありました。タスク整理に関しても、すごく初歩的なところからやりました。

データベースひとつをみても容量がいっぱいになったら場当たり的にサイズアップしていたところを計画的にやるようにしたり、属人的にリリースされていたソースコードをチームでコードレビューするようにしたり、デプロイの管理を自動化していったり……基本的なことばかりです。

BASEが障害で止まることはもちろん、社内で「誰の責任だ?」となるのも嫌じゃないですか。まずはそういうところから減らしていこうと思いました。

採用も相当難しかったですね。いろいろなエージェントさんに声をかけていましたが、面接の数自体が少なく、スカウトメールや応募者管理なども僕や当時のCOO、社長秘書の3人が空いている時間にのみ対応している状況でした。

僕自身、そこまでCTOも板についていなかった。たとえば、コードを書いて集中しているときに「そろそろ採用面接の時間です」とか声をかけられるのってすごく嫌なんですよね(笑)。コードに集中して深く入り込んでいるときにマネジメント視点に切り替えないといけない。自分のなかでのスイッチングコストがすごく高くて。腹くくって面接に取り組めていなかったのかもしれません。CTO就任当初は「コード書きません宣言」をしていたのに目の前にやることがあると気になっちゃって。

当然、採用も全然できない。BASE自体今ほど有名じゃなかったし、ECのサービスってそもそも地味ですよね。今のようにフィンテックという言葉があるタイミングではなかったですし。エッジの立った開発者より、ECという共通点がある人が興味を持ってくれることのほうが多かったと思います。

今なら「BASEが向き合うべき個人やSMB(中小企業)は重要な領域だ」と断言できますが、当時はそこまで言語化されていなかった。「使いやすいサービスを一緒に……」といったメッセージを気に入ってくれた人に入社してもらっていました。

ー同時に、2015年にかけて新サービス、新機能も続々とリリースしていますよね。

そうですね。BASEでいえば10人くらいで開発をしていたと思います。基本的にはWebがメインで、何人かでアプリを開発し、サーバーサイドのエンジニアが両方やるという……。

ごまかしごまかしやってきたのですが、Webとアプリで複数のタスクがあるとままならないことに気づき始めたのもこの頃。アプリ開発者からすると「サーバーサイドがやってくれないと自分のタスクが進まないよ」と。そういった軋轢が起き始めていました。

2016年~2017年|主要メンバーたちの離脱

ー 組織としても本格的に大きくなっていった時期でいうと?

2016年頃からですね。採用もまわりはじめて、一気に多様性が出てきた時期でもありました。同時に、みんながみんなスタートアップ特有のいわゆる「カオスな組織」と相性がいい人たちばかりではなくなっていきました。この頃が組織としては壁にぶつかっていたかもしれません。

じつは、僕は鶴岡と「次のBASEの成長を見据えて、CTOは別の人に委譲したい」といった相談も始めていました。プロダクトの規模は大きくなっているので、当然課題も大きくなっていった。メンバーにも責任ある仕事をどんどん任せるようになっていきました。結論として、このやり方は失敗だったと思います。本来であれば、もっと介入をしたり、周りがサポートしたりできる体制をつくることが優先だったのですが、僕らも「重責を担ってもらいたい」という気持ちが先行してしまった。

こういった部分もあって、話し合いを重ねたのですが、2016年の年末ぐらいには数名がBASEから離れることになってしまいました。

「PAYチーム」が仲間入りして決済領域に本格的に参入し、オフィスもセキュリティの整ったビルに引っ越し、大きな資金調達もしたタイミング。鶴岡としてはある意味経営者としての手腕を問われた時期でもあったと思います。そして組織として、急速に整備しなくてはいけない状況となっていきました。

ーある意味、ピンチでもあったわけですよね。ただ、2017年には40万出店を突破し、プロダクトとしては目覚ましい成長を遂げている。BASEとしては躍進の1年だったように感じます。何が起こっていたのでしょう?

(↓)2017年当時の出店数より

それでいうと、残ってくれたメンバーがものすごく成長してくれたんですよね。ある意味、それぞれの領域において「自分しかやる人がいない」という状況で主体的に動いてくれた。少ない人数ながらも、どうすればサービスがまわるか、死物狂いでやってくれました。

もうひとつ、現取締役COOの山村、現CTOの川口、テックリードの右京といった現在の主力メンバーたちが続々と入社してくれた。2016年から17年にかけて、エンジニアの採用力もアップしていった時期でした。

ちょうど2016年はメルカリから出資を受けたタイミング。エンジニア採用の相談にも乗ってもらいやすくなりました。あたり前ですが、採用に「銀の弾丸」はない。地道に声をかけ、誘い続けていく。自分たちからアクションを起こさないと結果につながらない。このことに気づくことができて。この頃から、HRチームもすごく機能するようになっていきました。

2018年~|CTOのバトンを後進に託し、その次へ

ー 少し話が戻ってしまうのですが、約3年前から「CTOの後任を探していた」というは驚きでした。その真意とは?

もともと鶴岡とは「次にリーダーとなれる人がたくさんいないと、組織として強くなれない」と話していました。ここが最重要な課題となるなかで、自分がずっとCTOである必要はなくて。また、組織が拡大するなかで、CTOの役割も変化させていくべきだ、と。そして、2019年に鶴岡から「川口をCTOにしたい」といった話があり、彼にCTOのバトンを託すことにしました。

正直、はじめは驚いたんですよね。川口はバランス感覚よりも、エッジを強みとするエンジニア。CTOとしてはバランスも重要だと考えていたので。

ただ、「BASEにおけるCTOとはどのような存在であるべきか」を、定義し直すいい機会でもあって。鶴岡は「現場のリーダーをCTOにしたい」と考えていた。必ずしもCTOは自分のコピーをつくることが本質じゃないと思いました。

川口は川口で「えふしんさんの役割を丸ごと渡されるなら断ろうと思っていた」と言っていた。なので、私がやっていたCTOと、川口が担うCTOは別ものにしようと、毎週のように鶴岡と議論し、「川口をどういうCTOにしていくか」というコンセプトづくりから取り組んでいきました。そしてかたまっていったのが「サービスに関する技術に関する責任を担う存在」といった形になっていきました。

と、一応ここでお伝えしておくと、私はCTOではなくなりましたが、BASEは辞めません(笑)。EVP of Developmentとして引き続きBASEにはコミットし、役割の切り分け、メンバーのアサイン、プロダクトの将来設計みたいなところに関わっていきたいと思っています。EVP of Developmentは、正解もないポスト。ですが、鶴岡が何かやろうとしたときにいつでもバットを振れるような状態をキープしておきたい。あとは新しいCTOが技術に専念できるよう、サポートしていく。議論の相手になることも役割のひとつだと思っています。

個人的にはこの体制変更はすごく満足していて。「ようやくここまで来たか」という気持ちもあるんですよね。マネージャーやメンバーも含め、全員がひとつ上のレイヤーの役割を見据えて働いていく。そういった状態に近づいていっていると感じています。

ー ある種の達成感がある、と。

そうですね。ただ、やっぱりこれからを見据えている部分の方が大きいですよね。自分の成長が止まると、会社の成長も止まってしまう、そのプレッシャーと向き合いたいと考えています。

もちろん、ひとりのエンジニアとしても、人間としても、この7年間はすごく意味のあるもので。普通に生活していたら経験できない成長曲線を共に描いてこれましたし、直面する課題も未知のものばかり。失敗と成功を繰り返しながら一般化していく。学びの連続でした。

同時に、自分をどうやって成長させていくか、常に考えながら、会社に想いを注ぐ。ここは変わらないこと。会社の成長が止まり、僕の成長が止まってしまうのも嫌ですからね。これからも成長を止めない。常にそこと向き合っていければと思います。


編集 = 白石勝也
取材 / 文 = 田中嘉人


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