東急グループの一員であり、850億円超の売上を誇る東急ハンズ。そのIT子会社として、2013年に誕生したのがハンズラボだ。代表の長谷川秀樹氏は、エンタープライズ業界への警鐘を鳴らす。業界が抱くべき危機感とは?
大型雑貨店の『東急ハンズ』が、ITソリューション子会社を設立した。その名もハンズラボ。東急ハンズは基幹システムを2008年から内製化し、ノウハウを蓄積してきた。それをベースに、システム受託業務・クラウドコンピューティングを利用したサービスを企業や個人に提供する。
今回お話を伺ったのは、ハンズラボ代表の長谷川秀樹氏。アクセンチュアで数々のシステム・ソフトウェア開発に携わった後、2008年に東急ハンズに入社。入社直後から社内システムの内製化プロジェクトを指揮してきた。ハンズラボの分社・子会社化を導いた張本人だ。
「これまでの、一般的なシステム導入プロジェクトには大きな欠陥がある」と問題提起する長谷川氏。ハンズラボの設立背景とエンタープライズ業界の抱える“危機”に迫った。
― そもそも、東急ハンズがシステムを内製化しようと思ったきっかけは何だったのでしょうか?
エンタープライズ業界が抱える問題っていろいろあると言われていますよね。エンジニアに現場の業務知識がなかったり、ウォーターフォール型の開発手法だと分業化されて伝言ゲームになっていたり。また請負契約という形態だと、ユーザー企業とIT企業の意思疎通がうまくいかず、溝が生まれやすい。
― この問題を解決するための内製化という認識でよろしいでしょうか?
おっしゃる通りですね。もう少し詳細にお話ししますと、そもそもエンタープライズ業界が抱えている問題として、エンジニアの分業化が進みすぎた結果、業界自体が滅びてしまうこともあり得ると思っているんです。乱暴に聞こえてしまうかもしれませんが……。
― エンタープライズ業界のエンジニアや企業が不要になる…ということですか?
そうそう。業界のIT分野の担い手が、WEB系エンジニアに置き換わるんじゃないかっていう危機感をとても感じているんですよ。ある企業に「基幹システムの発注をどこに頼んでます?」って聞いたら、ヤフーとかDeNAなんて回答される未来もあり得るんじゃないかって。
なぜならWEB系エンジニアは、何でも自分たちでやっちゃうから。特にスタートアップなんて顕著で、分業するスタンスじゃない。海外に目を向ければ、数億人のユーザーを抱えるアプリケーションを、開発から運用までたった十数人で手掛ける例もたくさんある。そういったWEB系の企業やエンジニアに仕事が取られてしまう、そんな未来が、すぐそこまで来ているんじゃないかなと思うんです。
― 大きな危機感を感じた上で内製化を選択されたわけですが、ハンズラボにおける開発やサービス提供の思想はどのようなものがあるのでしょうか。
フルスクラッチでシステムをつくること、ですね。
僕は昔、パッケージ販売の営業をしていたことがあり、また発注者側だったこともあって、いわゆる“パッケージの限界”をよく感じてたんですよ。自分で売ってて「ダメだこりゃ」って思うことは少なからずあって。もっと正しく言うと、刻々と変わる要件を確定するのは実質的に不可能だから、パッケージじゃどうしようもないと感じていました。
バックオフィス系・管理系のものだったら、パッケージでもいいと思う。でも営業系だと、もっともっと企業や商品ごとの最適化をしないと話にならない。
― では、要件を確定しない、パッケージではないサービスを提供しているということですか?
そうですね。例えば、仕様変更は絶対に出ると割り切っています。だから僕たちは、多少の変更なら追加料金を頂かない。だって自分がシステムを使う側だったとしたら、状況や慣習などを理解した上でよりよいものをつくって欲しいじゃないですか。
それが実現できているのは、僕たちがリテール業界やそこで使われる状況を知り尽くしているからだと思います。確かに、無限に変わる可能性のある要件定義に対応し続けることは不可能ですよ。でもノウハウのあるリテールに限れば、僕らなら仕様変更の上限を想像することができますし。
その証拠というわけじゃないけど、僕たちは詳細なドキュメントをつくりません。納品するのは、使用マニュアルだけ。もちろんお客さんから「どうしても」と言われたらつくりますけど(笑)。基本的にはドキュメントが必要ないサービスを提供できるんです。
― 業界の抱える問題があるとしても、内製化のハードルが高いことは想像に難くありません。それでも実現できたということは、東急ハンズとして大きなメリットを感じたということですよね?
それは大きなメリットを感じたと思いますよ。内製化をする前の状態、つまり外注すると、とにかくコミュニケーションロスが起こりますよね。つまりウォーターフォール型開発手法の問題点が噴出するわけです。SI企業・情報システム部・現場の伝言ゲームになっちゃいますから。スピードやコストを考えると、自分たちでやっちゃった方が何かとメリットを得られるのは間違いないと。
でも何より、自分たちでやってみたかったというのが大きいですね。
普通、やってみたいだけで実現するほど簡単じゃないって思いますよね(笑)。でも実はリテール分野においては、そんなに難しいことではないんです。リテールの情報システムと呼ばれるものは、販売員が“手で書いていた”伝票をシステム化しただけ。売上額とかの数字、店舗名とかの文字、その組み合わせでしかない。数字の計算だって、基本的に四則演算ができれば事足ります。その上ハンズラボでは、ユニケージっていうシンプルな開発手法を採用しました。シンプルなシステムを、シンプルに作ろうと考えたんです。熟考した結果「いける!」と。正直、そんなに難しいことだとは思わなかったんですよ。
それにエンタープライズ業界にというか、そこで働くエンジニアに対しての危機感が強かったからかな、「やってみたい」から実現させたのは。
― 業界が滅びる、つまりそこで働くエンジニアも滅びるという問題意識ですね。具体的には、エンジニアに対してどのような危機感を持っていらっしゃるのでしょうか。
僕はネット系エンジニアの勉強会に良く行くんですが、エンタープライズのエンジニアはあまり見ない。ネット系のエンジニアは「ワーワー」ディスカッションしたり、惜しみなく新しい取り組みやノウハウを発表してます。でもエンタープライズのエンジニアは、遠慮しちゃう。情報交換の場で、「守秘義務ありますから」なんて言っちゃったりする。もっとエンジニア同士のコミュニケーションを活性化させないと。活性化できたら、それはとてもいいことなんじゃないかと本当に思います。
エンタープライズ業界のエンジニアは正直、運用だけ、保守だけ、コンサルだけ、って分業志向が強い。そこに関してはすごい危機感を感じています。そんなエンジニアでいたら、本当にノ―フューチャー、未来はないと。
(つづく)
▼ハンズラボへのインタビュー第2弾
このままじゃSEはノーフューチャー!?ハンズラボ に学ぶエンジニアの未来。[後編]
[取材] 松尾彰大 [文] 梶谷竜也
今回お話を伺ったハンズラボが、エンジニア職の募集を行なっています!
ハンズラボでは元販売員をエンジニアとして育成する一方、会社設立から業務を拡大する中で、経験の浅い分野を担うエンジニアの募集も行なっているとのこと。業界の中で新しい取り組みを行なっている同社だからこそ得られる経験も多いはず。ユニケージやAWS、リテールに興味のある方、もしくは幅広い業務を自身で手がけてみたい方、ぜひチェックしてみてはいかがでしょうか?
編集 = 松尾彰大
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