創刊135年を迎える朝日新聞社で生まれた『朝日新聞メディアラボ』。新聞という枠組みに囚われずに、様々な手段を講じてWEB・ITの領域で商品・事業・市場を作りだすことを目的とした新組織だ。スタートアップとマスメディア・老舗企業がコレボレーションすることで生まれる可能性を探った。
いま、WEB・IT・ゲーム業界に熱視線を向けているマスメディアの巨人たち。
日本テレビ放送網のHulu日本事業買収、フジ・ メディア・ ホールディングスとgumi社の資本業務提携。TBSイノベーション・パートナーズによる、Spicy Cinnamon Pte.Ltd.とマネーフォワードへの出資など、メディア企業がWEB・IT・ゲーム業界で話題に上る機会はますます増えてきている。
そんな中、朝日新聞社がメディア環境の激変に立ち向かい、自らの殻を突き破るために、2013年6月に新組織として設立したのが、『朝日新聞メディアラボ』だ。
新聞という伝統的なメディアのかたちをゼロから見直すために、世の中をあっと言わせる技術・サービスを持った投資先や提携先を探し、業界でのビジネスインキュベーションを試みている。
2014年1月には、ソーシャル映画レビューサービス「Filmarks(フィルマークス)」を運営するつみき社への出資を発表。3月1日・2日に開かれたデータジャーナリズム・ハッカソンなどのイベントにも参加し、3月25日・26日に開催される、ウェアラブル・テクノロジーをテーマにしたカンファレンス「Wearable Tech Expo in TOKYO 2014」の招致・プロデュースも手掛けるなど、実験的な取り組みを数多く行なっている。
メディア業界の巨人が起こさんとするイノベーションの真意とは?メディアラボ・プロデューサーの竹原大祐氏に「マスメディアがスタートアップと組むことで生まれる可能性」について話を伺った。
― 単刀直入にお聞きします。メディアラボ発足の背景には、新聞メディアの将来性に対する危機感があったのでしょうか。
よく聞かれる質問で、確かに危機感はあります。
でも、新聞というメディアは、もっと有効活用できるんじゃないの?とポジティブに考えています。
朝日新聞は、明治12年の創刊から、社会のあらゆる情報を蓄積してきました。つまり情報のたまり場でもあるんですね。毎日、記者など2000人以上の編集部門のメンバーが飛びまわり、全国で情報をかき集めている。例えるならば、グーグルの検索ロボットがネット全体から情報を探し出すように、私たちは130年以上にわたって、社会のニュースを収集・発信してきました。
そしてメディアラボが立ち上がる前の2009年に、KDDI、テレビ朝日と提携して「ニュースEX」を立ち上げたり、2011年には「朝日新聞デジタル」を創刊させたり、ずっと新しいメディアの在り方を創造してきたのです。
また、メディアラボは中長期的な視点での活動を行なっていきます。これからより一層、WEB・IT業界との協業を進めていきますし、新聞という枠に捉われない情報発信を模索していきます。ITが発達して、世界中に私たちが持つ情報が流れると考えたら、最高じゃないですか。
― 新聞というメディアの在り方は、変化しているということですね。では、つみき社への出資や、ベンチャー企業の発掘の場である『Morning Pitch』への参加など、VCのような動きには、どのような目的があるのでしょうか。
目的は、新規事業の創出です。
朝日新聞が培ってきた知識や情報と、新たなテクノロジーを持つベンチャー企業がジョイントすることで、新たな事業シナジーが生まれると考えています。
つまり、お互いにとってWin-Win、相思相愛の関係が大前提なんですね。当社にとっては、ゼロから生み出すよりは協業したほうが早くて効果的といった理由がありますし、スタートアップ企業にとっては、資金面でプラスになり、サービス開発に注力できるようになります。
― 朝日新聞グループ以外のメディア企業も、WEB・IT・ゲーム業界に積極的な投資を進めていますね。
これまでのメディアが築きあげてきた体系が変わりつつあるんだと思います。
弊社は決して、コーポレートベンチャーキャピタル(CVC)ではありません。あくまでも目的は、伝統的なメディアのカタチをゼロから見直すこと。メディアラボには、エンジニアやデザイナーも在籍しています。将来的には自社サービスの立ち上げや自社プロダクトの開発も視野に入れていますよ。
プロトタイプはすでにいくつか作っています。例えばグーグルグラスの機能をメディアがどのように使ったら面白いのかを考えた「大雪災害の新聞記事をグーグルグラスで見ると、被害状況を伝える大雪の報道ニュース動画が流れる」といったものです。
メディアラボ単体で、新しいサービスやプロダクトをゼロから生み出すことも可能なんです。手段に制限はかけず、様々な可能性を中長期的に探っていきたいと考えています。
― 最初の出資先として、つみき社を選ばれたのには理由があるのですか?
はい。1つ目の理由はコンテンツです。映画などのエンターテインメント分野は、世界共通の分野であり、朝日新聞が大事にする文化的なコンテンツの1つ。
特につみき社の場合は、百数十万件の映画レビューが投稿されるアプリを運営しています。協業することによって、弊社の既存サービスとのシナジー効果や、新たなサービスの検討ができると考えました。
映画やアプリに敏感な若者に対して、「朝日新聞はこんなこともやっているんだ」と認知してもらえる効果もあります。「このアプリいいですよね!面白い!」と、新聞を読んでいなかった層と共鳴し合えるのも、嬉しい瞬間。心に響かないものをビジネスにするのは、難しいですから。
2つ目の理由は、朝日新聞がずっと抱えてきた課題の中にありました。その課題とは、「メディアはマスであり、お客様の顔を良く分かっていないんじゃないか?」ということです。
テレビの場合は視聴率というものがありますが、新聞に至っては配ったらおしまい。読まれている方が、どのような感想や気持ちを抱いているのかは、作り手には見えなかったんですね。
人と人がつながり、新たなシナジーを生みだすのがメディアの使命だと私は考えています。その点を把握する1つの手段として、ソーシャルネットワークアプリとの相性は抜群だと考えました。
― スタートアップにとって、マスメディアや既存業界と組むことにどんなメリットがあるのでしょうか?
朝日新聞グループには、テレビ朝日や朝日新聞出版、朝日カルチャーセンターなど、多種多様な企業が所属しています。グループ企業全体でみると、これまでに蓄積してきた知見やノウハウ、リソースはものすごい量と質だと自負しています。これらをフル活用し、様々なスタートアップ企業との連携を進めていきたいと考えています。
― メディアラボの設立から9ヶ月ほど経ってみて、難しいと思う点はありますか?
ベンチャーやスタートアップ企業さんとのスピード感の違いですね。
WEB・IT業界は変化がとても早いため、そのスピードに合わせて、私たち自身も変化していかなければなりません。
私たちは企業体も大きく、歴史ある企業ですので、決断のスピードがスタートアップ企業に比べて、非常に遅いんです。「こうだ!」と思ったら、もっと迅速に決断して行動しなければ乗り遅れてしまう、という危機感は抱いています。
― どんな点が、決断の早さを阻害しているのでしょうか?
それは企業の体質と言いますか、もう文化が違うんですよね。関係各所への根回しや大きな組織にありがちな人間関係や稟議の上げ方など…、容易に想像ができるかもしれませんが、結構複雑だったりするんです。
だから、メディアラボでは働きやすさを考えた職場づくりを行ないました。フリーアドレス制で、部署の垣根を越えた働き方ができるようにしています。立ち話などの雑談から新しい発想やアイデアが生まれることも多いので、いつでもどこでもメモができるようにホワイトボードを設置したり、落書き可能な壁にもしています。
「仕事とはこうあるべきものだ」という大企業の先入観・枠組みをなくし、とにかくフラットで早い決断ができるような組織を目指しました。メディアラボに参加しているメンバーは、朝日新聞社の各部署から集まった様々なバックグラウンド、専門知識をもった者たちです。
― 新しい文化を受け入れ、可能性を探る風土を作ることが、まずは大事なんですね。
マスメディアに限らず、日本の老舗企業とスタートアップ企業がコラボすることで、より良いシナジーが生まれて、新しい商品やサービスはもっと生まれていくのだと思います。既存業界を支える老舗企業には特定の商品やサービスもあるでしょうし、もう市場での認知もできているので、 WEB・ITサービスと融合したときの反響も大きいはずです。
― マスメディア・既存業界の大手企業がWEB・IT業界で勢いに乗るスタートアップと組むことで、様々なイノベーションが促進されることを期待します!
ありがとうございました。
[取材・構成] 松尾彰大 [文] 白井秀幸
編集 = 松尾彰大
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