2017.06.29
建築家、デザイナー、音楽家、エンジニア…才能が集結するクリエイティブレーベル「nor」の正体とは?

建築家、デザイナー、音楽家、エンジニア…才能が集結するクリエイティブレーベル「nor」の正体とは?

クリエイティブレーベルという新しい活動形態を模索する「nor」。建築家,デザイナー,音楽家,エンジニアなど多様なバックグラウンドをもったメンバーが集結。なににも縛られず、定義されない新たな制作集団の正体とはー?

0 0 40 0

画像[上]…(左から)板垣和宏、小野寺唯、福地諒、林重義、松山周平、カワマタさとし、中根智史

摩訶不思議なテーマを表現するクリエイティブレーベル「nor」

音を聴いて色を感じる知覚現象を「色聴」と呼ぶ。

一部の人が持つ特殊な感覚を、テクノロジーで拡張し、多くの人が疑似体験できるようにしたインスタレーション。それが「herering」だ。

自分がいる場所、動きが空間の音と色にインタラクションし空間をつくり出すことで、体験者それぞれの共感覚を感じることができる。

hereringの画像

体験者が手に持つデバイスで空間内における位置情報を取得。位置情報にトリガーされた音と映像(色)が空間をつくり出すという仕組み。構成する色と音の組み合わせは「色彩共感覚」における対応表に基づいている。(From H.S Langfeld: Psychol. Bull., 1914 pp. 11, 113,)


この摩訶不思議な作品を手掛けたのが「nor(ノア)」だ。

建築家、音楽家、デザイナー、エンジニア…さまざまなバックグラウンドのメンバーで構成されており、彼らは「クリエイティブレーベル」を標榜する。

7名で構成されるメンバーたちの出会いは、2016年11月に開催された「3331α Art Hack Day 2016」。

※3331α Art Hack Dayとは、アイデアソンを元にチーム分けをし、2週間の検証・部品調達期間を経て2日間のハッカソンを行なう。全体で20日間をつかったアート制作に特化したハッカソン。

「人工生命」という尖ったテーマに惹かれて集ったメンバーたち。まるで磁石のようにそれぞれが自然につながっていったという。


「厳しいスケジュールのなか、答えのない難解なテーマに取り組むことで、お互いの波長を確認できました」


shoesorの画像


彼らは3331α Art Hack Dayで、最優秀賞を受賞(SHOES OR)。その副賞として3331αという3331 Arts Chiyodaにある展示スペースの使用権を得た。SHOES ORをブラッシュアップしてもう一度展示する……だけかと思いきや、ゼロから新しい作品づくりをはじめたという。


「自然と、このチームでこれからも続けていくんだろうという空気に。そして、満場一致で次なる作品をつくることになりました」


norがユニークな点は、メンバーが全員、会社員やフリーランスとしてさまざまな組織で働いていること。norでの制作活動は100%、プライベートワークだ。

彼らがレーベルと名乗る真意は何なのか?クリエイティブ集団「nor」の実態に迫るべく、メンバーであるカワマタさとしさん、松山周平さん、福地諒さんにお話を伺った。


クリエイティブレーベル「nor」メンバー
プランナー・クリエイティブディレクター:福地 諒
ハードウェアエンジニア:中根 智史
作曲家・サウンドプロデューサー:小野寺 唯
ソフトウェアエンジニア:松山 周平
建築家・エクスペリエンスデザイナー:板垣 和宏
デザイナー:カワマタさとし
プロデューサー・プロジェクトマネージャー:林 重義

好きなことに打ち込める"放課後"のような場所

norメンバー_1



ー 寝る間を惜しんで作業していると伺いました。みなさん、何を求めてnorに参画しているのでしょうか?


福地
思いっきり好きなものをつくれる、そこに尽きるし、それがnorなんですよね。

大人になると、やりたいと思ったことをダイレクトにぶつけられる場所ってなかなかありません。会社組織は、当然お金を稼がなきゃいけないし、お金をいただいているお客さんのために最善を尽くす必要がある。もちろんそれは社会人として大事なことですが、同時に、そういう制限をすべて取っ払った状態で、つくりたい欲求だけに特化しても怒られない場所がほしいと思ったんです。

お金を稼ぐことに囚われてしまうと考えられない研究的なテーマで、ぼくたちは作品を生み出せている。そして、それが結果に繋がっている。その自負はあります。

カワマタ
けっこう奇跡的なメンバーだなって思っていて。集まったメンバーの持つスキルが多岐にわたっているので、想像できるものは全てつくれると思います。そのくらい領域をカバーし合っているんですよね。

なによりお互いのスキルや経験を尊敬して信頼しているからこそ、つくれるかどうかの議論はほとんど必要ない。もっと本質的な「なぜつくるのか?」「なにをつくるのか?」という部分を本気で突き詰められる。そこに安心感というか居心地の良さがあるんだと思います。

つくりたいという欲求を思いっきりぶつけても、メンバーたちが受けとめてくれるというか。普段忙しいメンバーたちが、仕事終わりに集まって次の日の朝まで話し合う、試作する、みたいなことを毎週やってるんですよね。次の日が仕事なのに(笑)。

でも、部活動のような学生時代の放課後みたいな場所だからこそ、時間を捻出する感覚ではなくて楽しいからフラッと集まってくる。norはそんな場所です。

カワマタさとしさん

カワマタさとしさん(デザイナー)

カワマタ
あとは「nor」で成長させてもらってます。正直、norだと会話についていくのがやっとなくらいなんです。

普段はデザイン会社でサービスデザインなどに携わっていますが、展示作品での体験づくりは、サービスとはまた違うもの。アプローチも異なるし、考え方も違う。メディアアート作品という、普段は制作しない領域に携わることは、学びがすごく多いです。

どんなふうに物事を深く捉えていくかとか、テーマ設定の仕方とか、それを咀嚼してどういった作品に落としていくとか。高いレベルの中で揉まれています。まさに部活動を通して成長している感じですね。

松山
具体的なスキル面でも、norにいると広がっていく実感があります。たとえば、昨日まで基盤を見たことがなかった人が急に半田付けしてたり、音楽家が大工みたいにバツンバツン釘を打ち込んでたり。英語のフォーラムにしか情報がないようなソフトウェアを全員で勉強したり。

みんなスキルセットがバラバラなので互いに盗み合おうとしているんです。

波長が合う仲間だから続けられる

norメンバー_2



ー 互いに刺激しあえる仲間が見つかる。大人になってから、そういう出会いがあるって貴重ですよね。


カワマタ
そうですね。年齢はバラバラなんですけど、お互いの関係性はめちゃくちゃフラットで。年齢で言うと17歳くらい離れてるかな。24歳~41歳までいます。

やっぱり、お互いに対するリスペクトが大きくて、個人間の利害関係みたいなことも無いし。そういう駆け引きナシにやれるっていうのはnorのような組織だからこそだと思います。がんがん「ちょっとこれデザインしてみてよ」とか言われるし、逆に「この箱でモックつくってみてよ」みたいなことも言えるし(笑)。

その制作に意味があるって信頼してないと、なかなかできないですよね。

松山
食うことが目的になっていないというのも大きいかもしれません(笑)。やりたくないことをやってまで守らなきゃいけないものがない。本業があっての「nor」なんですよね。

あとは自分一人では成し得ないけど、このメンバーとなら、もっと大きなことが成せるかもしれない。そんな期待を互いに感じているからなのかもしれないです。誰かと組んでやることで自分の可能性も拡張されるというか。

カワマタ
たとえば、自分の方が詳しい領域に対して指摘されたとして。イラッとせずに聞ける。それは「絶対によくなる」「よくしたい」と思って言っているのがわかるから。そんな風に、気遣いゼロで言ってくれるメンバーがいないと、クオリティって上がっていかないんで、いいチームバランスだと思っています。

norのメンバーと作業するようになって、自分の成果物におけるクオリティも上がったと思っていて。結局自分ひとりでつくっていると、どこかで妥協点が出てくるんですよ。自分では「よしっ!」と思っていても、norのメンバーは許してくれない(笑)。

「それってもうちょっとこうできるでしょう?」という詰めが必ずあって。

この前なんて、ハードウェアエンジニアと一緒にデバイスをつくっていたんですけど、全く専門じゃない建築家のメンバーが「あと2ミリ…削れる」とか言いだして、最高だなって。

こういった体験を通していくと、本業の仕事にもストイックさが出ますし「これでいいんだっけ?」という自問が生まれて会社にも還元できています。いい循環が起こっていますね。

松山
純粋に仲いいっていうのもありますよね。だから成り立っている。Slackの雑談チャンネルにふざけた内容のつぶやきが流れるチームはいいチームじゃないですか。ホントにそういうノリがあって。年も全然バラバラだけど、波長が合うんですよ。そこからいいチームワークが生まれて、さらにそれがパフォーマンスに繋がっています。

松山周平さん

松山周平さん(ソフトウェアエンジニア)


ー すごくいいチームですね。


松山
たとえば、将来、ベーシックインカムが実現されて、「なにもしなくても月50万円もらえます」みたいになっても、続けたい活動だと思っています。

人の価値観や気質が合うから続けたいと思えるんだろうなって。社会の流れが変わっても、結局やるよねっていう。

カワマタ
でもnorが、食べていくための活動になった瞬間に、すごくつまんなくなったりして。

松山
もし営利を求める組織になったとしても、結果を出せる自信はありますけどね(笑)。この7人ならやれる。ただ、今はつくりたいという純粋な気持ちをとことん突き詰めて、楽しんで取り組むことが大事ですね。

リーダー不在のフラットな組織

norメンバー_3



ー 反対に、苦労はありますか?


福地
言ってもサラリーマンですからね。やっぱり本業が優先です。スケジュールを合わせるなどは苦労している部分かもしれません。

ただ、参加すべき日にどうしても参加できないことがあっても、互いに境遇を汲み取るようにしていて。「自分は優先順位をあげて取り組んでいるのに…」といった考え方はしないように心がけています。これはさまざまな組織で働く僕たちの性だし、それができるから続いているんだと思います。

本業がありつつ、どうすればその中で達成できるかという脳みそを持つ。まあそれに一番助けられているのは僕なので…(笑)。どの領域でチームに返せるかなといつも考えています!

カワマタ
これは苦労とは違うのかもしれませんが、じつはnorには「アーティスト」っていないんですよ。みんな、本業ではクライアントワークを武器にしている。だから、「自分たちでゼロから生みだせ」と言われるとすごく大変で…。議論は楽しい時間ですが、すごく時間かかってしまいますね。

松山
そういう意味だと、「リーダー」もいないんですよ、フルフラットな組織だから。「何でもいいんで、この場所使ってやってください」って言われた時、「これをやる!」って言い切る人がいない。決定権を持つというか、先導に立つ人がいない。これはお金を稼ぐことを目的にしていない且つフルフラットな組織ならではの悩みかもしれません。

カワマタ
だから、むちゃくちゃ議論したり、各自が「このタイミングかな?」と思ったときにリーダー的な活動をしたりして「リーダー不在」を補っている気がします。アホみたいに議論しまくっていますよ。急ぎで制作しないといけない訳でもないのに、議論するためだけに徹夜するみたいな。

多数決取ったのにちょっと納得できない部分があると、全部ひっくり返すみたいな(笑)。でも、僕たちはフラットな関係だからうまくいっていると感じているので、そこはトレードオフですね。

クリエイターのものづくりを加速させる”レーベル”という場所


ー 「クリエイティブレーベル」という呼び方がユニークですよね。どういった意味を込めているのでしょうか。


福地
つくること以外でクリエイターが消費せず、属しているクリエイターたちが相互に助け合える実験的な場所。つくりたいっていう欲求を思いっきり加速できる場所にしたい。そういった意味を込めています。

何のために作品をつくるかは人それぞれです。でも、「つくりたい」「自分がつくったものを見てもらいたい」という”思い”は多くのクリエイターに共通していることだと思うんです。

言い方が良くないかもしれないですが、都合がいい関係なんですよ、僕たち(笑)。徹夜も喜んでやるし、お金を求めないし。教えて欲しいことは教えてくれる。価値観も合うから変なすれ違いも起きないし…。所属という考え方も、つくること以外に後腐れがなくていいですよね。

福地諒さん

福地諒さん(クリエイティブディレクター)

カワマタ
ほんとうに恵まれていると思います。贅沢だなって。いまnorにいるメンバーも、norのような場所が欲しいと考えていたはず。もちろんそれぞれの組織にも最高の場所や仲間はいるんですけど、norは、つくりたいものだけをつくる。つくれる人たちがいる。

松山
もう一度、同じようなチームをつくることは難しいかもしれません。初っ端から、「人工生命」という難解なテーマに一緒に取り組むという、強烈なフィルターを通じて共通の興味や考え方を持っている人が集まっていて、それもレーベルっぽいですよね。


ー 最後に、この先「nor」がどうなっていくのか。展望を伺わせてください。


カワマタ
3331α Art Hack Dayで、はじめて出会った時のチームの見え方と、いままでいろんな議論を通して2作目、3作目をつくった時のチームの見え方は結構変わってきています。そして次の作品をつくったときには、さらにもっと変わってるんじゃないかな、と。

いま、チームの方向性を模索している段階でもあるので、それが定まったら、さらに面白い作品が生まれるかもしれないなっていう予感があります。

松山
たとえば、「norに属すメンバーがつくった作品です」といったカタチでどんどん作品群を大きくしたいです。norという肩書きを利用し、作品を世の中に発信するパワーをつけていきたい。

音楽レーベルに属しているアーティストたちのように、norでメジャーデビューするような。そうすると、日本を背負って海外に出していくこともやりやすくなったりすると思う。世界で活躍する人が出てくると楽しいですよね。

だから、norのなかの誰か3人で作品をつくったとして、そのクレジットは彼らの名前なんですが、norのポートフォリオとしても扱っていこうと考えていて。すでに新作に向けたミーティング、試作も始まっています。

福地
会社や組織にも属しながら、つくりたい欲をおもいっきりぶつけて結果を出す、そういったモデルになれたらいいなと思います。

会社を辞めてフリーランスになったり、独立したりする人は周りにたくさんいるんですが、会社が嫌になったから辞めるという人は意外と少なくて、「この環境だとつくりたいものがつくれないから」という理由が圧倒的に多い。

そういう人たちが、お金や思いや名声や、いろんなもののバランスをみながら、つくりたい気持ちを昇華するためにはどうしたらいいのか。まずはつくってみるというマインドでどこまでたどり着けるのか、僕たち自身が実験台となって試してみますので見ていてください!


― これからの働き方、クリエイターたちが表現の幅を広げていく上でも非常に参考になる話だったかと思います。これからの活動、楽しみにしています。本日はありがとうございました。


「herering」は、2017年5月27日から2018年3月11日まで、NTTインターコミュニケーション・センター[ICC] で開催されている「オープンスペース2017 未来の再創造」にて実際に体験することができます。


文 = 大塚康平


特集記事

お問い合わせ
取材のご依頼やサイトに関する
お問い合わせはこちらから