2017.10.16
天才棋士「藤井聡太」を独占番組に起用できたワケ。AbemaTV 若きプロデューサーが仕掛けた大勝負

天才棋士「藤井聡太」を独占番組に起用できたワケ。AbemaTV 若きプロデューサーが仕掛けた大勝負

AbemaTVの勢いがとまらない。元SMAPメンバーや安倍晋三氏の出演決定と話題続きだ。じつは同社、人材抜擢もユニークだ。たとえば『将棋チャンネル』プロデューサー塚本泰隆さん(29)。天才棋士「藤井聡太」をイチ早く番組に起用した仕掛人。じつは彼、つい1年前までWebの業界も、将棋も、素人だった?!

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天才棋士の挑戦を企画。仕掛人は29歳の異端児だった。

記憶に新しい、14歳・天才棋士の歴史的な大勝負。将棋界のファンのみならず、日本中が固唾をのんで見守った、藤井聡太四段(2017年10月時点)の公式戦。29勝…なるか30連勝*。この大一番を生放送したのは、なにを隠そうAbemaTVだった。

じつは、この放送に至るまで、あまり知られていないドラマチックなストーリーがある。2017年3月、AbemaTVはイチ早く「藤井聡太」にフォーカスし、オリジナル番組に起用していた。

番組名は『藤井聡太四段 炎の七番勝負』。

スタートまもなく人気を博し、藤井聡太四段は、7戦目で羽生善治(※当時 三冠)に見事勝利。一躍脚光を浴びることに。その後の快進撃は広く知られるところだろう。


写真1

日本将棋連盟HPより)


同時に、AbemaTV 将棋チャンネルも人気番組へ。コアなファンだけでなく、視聴者を確実に一般層まで広げていった。番組プロデューサーの塚本泰隆さん(29)は一連の流れをこう振り返る。


「番組も、藤井聡太さんも、正直、ここまで注目を集めるとは予想していませんでした。運が味方したとしかいいようがありません」


遠慮がちに語る塚本さん。ただ、なぜ「運の女神」は彼に微笑んだのだろう。もしかしたら、その手がかりは彼の異色なキャリアに隠されているかもしれない。

彼は元麻雀プロ。前職はインターネットやテレビと無縁の会社で、サラリーマンとして働いていた。同時に彼にはもうひとつの顔が。麻雀のウデを買われ、「雀士 藤田晋」の練習パートナーを担っていたのだ。


「AbemaTVで麻雀チャンネルを大きくしていきたい」


直々に声をかけたのは藤田さんだった。右も左も分からないなか、塚本さんはインターネットの世界へ。藤田さんと「志」はひとつだった。


「麻雀のイメージを変えていきたい。業界をよくしていきたい」


ビジネスの世界に「絶対」はない。

右に転ぶか、左に転ぶかわからないなか、時には賭けに出ることも必要だ。いつどのタイミングで、何を仕掛けるか。どう運を味方につけるか。勝負師、塚本泰隆とAbemaTVの根底に流れる「勝負の思想」に迫った。

*『第30期竜王戦決勝トーナメント 佐々木勇気六段 対 藤井聡太四段』AbemaTV至上、開局至上2位の視聴回数を誇る。

2017年4月23日。あの日からドラマは始まった。

塚本さん

― 14歳、中学生天才棋士が、将棋界のレジェンド「羽生善治」に勝利する。まるでマンガみたいですよね。それを仕掛けたのがAbemaTVのオリジナル番組、真剣勝負だったと聞いて胸が熱くなりました。


あの対局は翌日のニュースで大々的に取り上げられ、「藤井四段」の存在は一気に有名になった思います。うれしいことに「AbemaTVの映像を使いたい」と各メディアさんからの依頼も殺到しましたね。


― インターネットテレビ発で話題となり…まさに企画の勝利だったのでは?


正直、藤井四段の実力はプロになりたてで、未知数でしたし、七番勝負をしても全員に負ける可能性だってもちろんありました。

ただ、ひとつ確信していたのは「勝負する姿には人間ドラマがあって普遍的におもしろい」ということ。藤井四段がどう転ぼうとも「中学生棋士で記録を塗り替えてデビューした天才少年」という魅力に変わりはない。

彼が真剣に勝負していく姿は、多くの人の心を掴み、熱狂を生むはず。彼がどういう風に成長していくかを伝えていく。ここを信じていたし、将棋連盟さんとも思いを一つにして実現できた企画でした。

たまたまAbemaTVの「将棋チャンネル」を立ち上げと、藤井四段のデビューが重なったのは…今思うと奇跡的なタイミング、運命的な出会いだったと思います。

将棋の面白さを伝えたい、ただその一心だった。

塚本さん

― そして、藤井四段が連勝記録をどんどん塗り替えていって。将棋ファンのみならず、日本中が固唾をのんで見守るなか、前人未踏の30連勝をかけた対局の生放送へ。


29連勝をした対局、そして30連勝がとれずに負けてしまった対局、いずれもAbemaTVで生放送できて…ホッとしたというのが、正直なところだったんです。

じつは公式戦の生放送って公平さを保つために、放送する局が事前に決められていて。どの対局をAbemaTVとして放送できるか、運次第というところがありました。負けたらその時点でおわり。じつは毎回冷や汗をかいていました。

ただ、スタジオや機材の手配、解説者をどなたに頼むか、放送の合間に行なう企画など、あらゆる準備はしていました。彼が挑みつづける姿を通し、将棋の面白さを伝えていきたい。たくさんの人に知ってほしい。その一心ですね。

だから藤井四段にしても、べつに僕が掘り出したということは一切なくて。天才少年がそこにいただけなんです。

ネットも、テレビも、素人だったからこそ見えた「勝負」の見せ方

塚本さん

― 『炎の七番勝負』もそうですが、人間ドラマが折り重なる「物語」として多くの人の心を掴んだようにも感じます。番組づくりもそこを意識されている?


もしかすると、僕自身が過去、麻雀の世界で、プロを目指してきたことは少し影響しているのかもしれません。ゲーム性だけではなく、勝負にはたくさんの人間ドラマがある。そこは大切にしていますね。


― たとえば、血の滲むような努力をしてきた棋士、ベテランがデビューまもない天才少年に勝てなかったり…残酷ではあるけど、それが勝負の世界ですよね。


そうなんですよね。そういった物語やキャラクターも踏まえてどういった風に見せていくか。コアなファンの方々に加えて、一般の人たちにも見てもらえるか。視聴者に面白がってもらえるか。突き詰めて考えるようにしています。

勝負の見せ方にしても、麻雀はある程度わかるのですが、将棋はド素人。撮影現場はもちろん、いろいろなところに足を運んで話をきくところからはじていきました。

棋士たちが、いつでも帰ってこれる「場所」にしたい

― 最後に、塚本さんがAbemaTVの番組づくりに込めている思い、伺わせてください。


もともと私がAbemaTVの麻雀チャンネルで実現したいと思ったのが「麻雀のイメージを変えたい」「麻雀業界をよくしていきたい」ということでした。

大学時代、麻雀のプロ試験には合格したものの、麻雀業界で食べていくのが非常に難しいと知って。挫折や壁というより、現実がわかったというほうが近いですね。

勝って、勝って、勝ちつづけて、さらにタレント性や運がなければ食べていくことができない世界。兼業している方、サラリーマンをやりながらの方もいる。プロになったからと言ってそれで人生うまくいくわけじゃない。それは将棋の世界も一緒だと思います。

プロとして食べていける業界、子どもたちがなりたい職業にできるようにしたい。そう考えると、より多くの人たちに麻雀や将棋のおもしろさを知ってもらわないといけません。

いま、藤井四段をきっかけに将棋がすごく注目されています。ただ、ブームになっているという側面もありますよね。だから、世の中の注目が薄れてしまっても「AbemaTVでは見続けられる」という場にしたいですし、その礎はできたと思っています。たとえば、藤井四段が戦いつづける限り、彼を見続けられるようにする。勝負師である彼らがいつでも帰ってこれる場所…といったら大袈裟ですが、そんな風に人気を維持できるチャンネルにしていきたいですね。

(おわり)


文 = 白石勝也
編集 = 野村愛


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