2018.01.24
二児のパパが、献立アプリ『タベリー』を300回つくり直したワケ

二児のパパが、献立アプリ『タベリー』を300回つくり直したワケ

毎日ご飯をつくるママパパから「便利すぎる」と声が寄せられている献立アプリ『タベリー』。企画開発したのは矢本真丈さん。彼はどうアイデアを思いつき、形にしたのか。そこには彼が貫く「実験と観察」の愚直な繰り返しがあった。

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元メルカリのPM 矢本真丈(Yamotty)は、献立アプリのアイデアをどう形にした?

矢本真丈さんは、日本有数のプロダクトマネージャー(PM)といっていいだろう。

丸紅、NPOを経て、ママ向けEC『Smarby』の創業メンバーに。2016年10月に同事業を売却。その後、メルカリにて『アッテ』や海外向けの新規事業のPMを歴任した。

そんな矢本さんだが、再び自身で事業を立ち上げるべく、2017年7月に独立。第一弾としてリリースしたアプリが『タベリー 』だ。

わずか10秒で献立が決められるというアプリ。できることはシンプルにも思えるが、子育て中のママパパをはじめ、「毎日のご飯の献立を考えるのが大変…」という層からの多くの支持を集める。ユーザー数も順調に増加している。

なぜ、彼はこのアプリをつくろうと考えたのか。


「僕には二人の子どもがいるのですが、子育てをするなかで、自分と妻がすごく献立に困っていたんですよね。この問題を解決したいという強い動機がありました。もうひとつ、実験と検証を繰り返すなかで、課題を持つ人が大勢いるとわかって。マーケットや時代の変化もある。この3つが重なり、『タベリー』をつくることにしました」


そこにはあったのは、矢本さんが育休中に感じた課題。そして納得できるまでつくり直し、ユーザーが真にほしいものを形にするメソッドだった。


タベリー

10秒で料理レシピ・献立が決まる『タベリー』。毎日の料理するママやパパからの支持を集めている。


[プロフィール]矢本真丈 10X 代表取締役CEO(@yamotty3
東北大学大学院卒業後、丸紅でカザフスタンの資源投資ビジネスの立ち上げを経験。その後は大震災の復興支援を行うNPOの一般社団法人RCFにて、グーグルらと、東北のビジネス復興支援を行うプロジェクト「イノベーション東北」を立ち上げた。その後、子供服のECを手がけるSmarby立ち上げに参画。同社がストライプインターナショナルに買収されたタイミングで離れて、メルカリに入社。2017年7月には、自身のプロダクトを作るべく10Xを立ち上げた。プライベートでは2児のパパでもある。

子育てで感じた「考える家事」の大変さ

― Webサービスやアプリをつくろうと考えた時、アイデアって無数にあると思うんです。ただ、何をつくるか、絞るのが難しいですよね。矢本さんが『タベリー』をつくろうと決めるまでのプロセスに迫りたいと考えています。


まず「子育てをしながら家事における課題に気づいた」というのは大きかったですね。前職、メルカリにいた時、30日間の育児休暇を取らせてもらって。「家事は全部自分がやるよ」と妻に伝えて引き受けていました。ただ…子育てってすごく楽しいんだけど、やってみると家事がめちゃくちゃしんどい(笑)

やってみてわかったのは、洗濯物をたたんだり、洗いモノをしたり、ルーティンでやることってそれほど負荷じゃないということ。それより「考える家事」の大変さが身に沁みました。その代表格が、今日のご飯、どうしようかな…という献立の意思決定。さらに食材を買うときの意思決定だったんです。これはすごい大きな問題だと思いました。


― 子育てにおける課題って他にも多くありそうですよね。「献立」という領域に絞っていくまでのプロセスとしては?


たしかに以前は気づけなかったような子育て中の課題ってたくさんあって。そのなかで妻も同じような重さで困っていたのが「献立」と「食材の買い物」で。ただ、ぼくらだけの課題かもしれない。

そこで、まずはJavaScriptでSlack bot型のプロトタイプをつくり、ココナラで売ってみたんです。そうしたらすぐ5000円くらいで売れた。お金を払ってでも解決したい課題なのだと検証ができました。Twitter上での反響もそれなりあったから課題における「広さ」も検証できました。

あとは育児中の友だちや知人、5名くらいにインタビューしてみたら、やっぱり「献立と食材の買い物が大変」という潜在的な声があるとわかりました。


2017年5月当時、メルカリ在籍中だった矢本さんは、当時同僚(現:10X CTO)の石川洋資さんとの個人的なサイドプロジェクトとしてスタートした『タベリー』。この事業で勝負していこうと独立に至った。

家庭での調理数は1日3400万回。そこに大きなマーケットがある

― 「課題を見つける」「その課題の重さを検証する」というステップがあったんですね。


そうですね。どのドメインで勝負をしていくか。シンプルですが、こういった方程式で成り立つと考えています。

課題の重さ × 人の数 = マーケットの大きさ

第1ステップ「課題を見つける」、そして第2ステップとして「その課題は大きいか」を測っていく。そして、マーケットの大きさを把握していく。

実際、日本における家庭での調理数を試算したら、1日に3400万回も調理されているという数字がでました。仮にその数だけ「献立や買い物の問題」があるとするなら、大きなマーケットになる。これは本腰を入れてやる価値があるかもしれない。マーケットのポテンシャルは、ひとつ起業に踏み切った理由でもありますね。


家庭で料理をする人の数

「考える」という手間から、人々を解き放つ布石

― 料理の領域でいえば、クックパッドのレシピ検索、最近では料理動画などが注目されていますよね。


そうですね。マーケットとしてのタイミングが良かったというのも起業に踏み切った理由のひとつです。

これまで、「今日、何をつくろう」という人の課題には圧倒的に「検索」が使われてきました。一方レシピ以外の世界で、ユーザーは「検索」から少しずつ離れています。スマホが常時接続されるということは、スマホそのものが自分の脳みそのような役割になるということ。ユーザーが能動的にクエリを打ち込まなければ答えが得られない「検索」は手間だと考えています。料理動画の流行は、レシピの世界での「探したくない」というユーザーの潜在的な欲求を、料理動画で証明したとも捉えられます。

さらに料理という体験を捉え直し、献立を決めるところから、食べるところ、片付けるところまで、カスタマージャーニーを作成してみると、料理という体験全体の負を解決しているサービスはまだありませんでした。


カスタマージャーニー


また、意思決定の部分に関しては、献立は「複数の料理レシピの組み合わせ」を決める必要があります。多くの人はレシピを探したいわけじゃない。もっと手前に「献立を決めたい」というニーズがあると考えました。


― それでいうと、サービスにおける今後の可能性も見越しているということでしょうか?


そうですね。たとえば、ZOZOスーツが話題になりましたが、あれはZOZOTOWNにおける買い物のUXを高めていく、買い物の精度を上げていくための取り組みだと考えるのが自然です。つまり誰が、いつ、なにを買うのか。どうモノが届くか。いかに不要なモノを買わなくて済むか。もう少し言えば、意思決定をラクにし、ユーザーが価値を得られる過程を心地よくするための布石といってもいい。

これは『タベリー』のコンセプトと非常に似ています。献立における意思決定をラクにする。考えなくてもいい。献立を決め、数タップで買える、届くところまでフォローできたらうれしい。これからさらに実験を重ねていこうと考えています。

作り直しは300回以上。全ては「人が欲しがるモノ」をつくるため

タベリー CEO 矢本


― 開発期間としては約3ヶ月と伺いました。かなりスピーディーですよね。どのような作り方をされたのか、伺わせてください。


僕と石川洋資というエンジニアの2名でつくっていったのですが、まず重視していたのが、ユーザビリティテストとデプスインタビューです。ユーザーとなってくれる方を訪ね、アプリを実際に触ってもらってからインタビューをする、という方法で改善を繰り返していきました。

やり方としては、ただ「献立が決められるアプリです」と言ってアプリの入った実機を渡す。アプリを使ってもらい、その時の表情、アプリをどう使ってくれるか、指をどう動かすか。動画で撮りながらチェックしていくというもの。テスト後に「ここで迷ったのはなぜ?」といったテストに関する質問から、家族構成や料理の頻度などその人のプロパティをインタビューで掘り下げました。1ヶ月で計20人ほどを対象に行いました。

とくに注視したポイントは、ユーザーとなってくれる方々の「意見」ではなくて、「動作・行動」。たとえば、あのボタンを押さなかったなとか、ここで次のアクションに迷っていたな、とか。じっくり観察してメモする。それをドキュメントに残していきました。全ての気付きはそのドキュメントに残っています。


youtube

すぐに見返せるよう、録画した動画はすべてYouTubeで管理している。


― 問題点をドキュメントとしてまとめられた理由とは? 2名での開発であれば、厳密でなかったとしてもまわっていくようにも感じます。


本当の問題はどこにあったのか。「そもそもなんで押せなかったのか」という仮説は何か。その様子を自分はどう感じたか。石川に共有をしていくための言語化が欠かせないと考えていました。むしろ言語化と共有に一番時間を割いたと言っていいと思います。午前にユーザーを訪れて、得られた問題点を言語化して文字に起こし、昼間は2人で仕様を詰め、夜に石川が実装する。翌日も、僕が別のユーザーを訪ねる。こんな毎日でしたね。

こういったやり方をしていたので、必然的に実験の回数が増えていって。結果的として、3ヶ月くらいで300回以上も作り直すことになってしまった(笑)

わりと問題はクリアになっていくのですが、解決方法としてなにが正解かはわからない。ユーザーにとって、まだ顕在化していないけど、心から「これがほしかった」と思えるものをカタチにしたい。石川が驚異的なスピードでプロダクトを形にしてくれたからこそ、検証の速度と回数が担保できたと思います。

コンセプトにしても、もともと「1週間分の献立を決められる」というものだったのですが、実験を繰り返す中でユーザーへの伝わり方が弱いと考え、「10秒で献立が決まる」へと変わっていきました。


開発初期のUI。テンポの良い献立作成も、もともとは「次へ」のボタンを押さなければ遷移ができない仕様だったという。テンポの悪さによって、多くの人が操作に迷うと判明。押したらカートに入り、次のステップが分かりやすいUIへと変更された。

なぜ「実験と観察」が大切なのか

― 伺っていると、まずは形にしてから使ってもらい、改善する。この繰り返しを重視された印象です。


手法としては「実験と観察」なんですよね。自分たちが良いと思えるモノ、最高の仮説を詰め込んだプロダクトをまずは使ってもらう。実験する。そして使っている姿を観察し、最適解を自分たちで導き出していく。

これはYコンビネーターのポール・グレアムのやり方をトレースし、実体験と重ね合わせてやっていること。根本にある考え方は、「人が欲しがるモノ」を創ることです。『タベリー』でいえば、まずはSlack botで作ったプロトタイプが売れた。こういった実験で得られたファクトをもったプロダクトには、すごく大きな意味があると思っています。


― 同時に「実験と観察」を繰り返すって簡単ではないような…。


「実験と観察」が繰り返せない、その大きな原因のひとつにチームのあり方や考え方、カルチャーがあると思っています。たとえば、プロダクトづくりが「戦」なら組織は「政」ですよね。この2つがセットになってこそ、はじめてプロダクト開発がうまくまわっていく。

だからこそ、実験的な組織をつくることが大切なんだと思います。実験の結果を受け入れ、小さい朝令暮改を全員で歓迎する。とにかくコミュニケーションコストを低くし、ジャッジの「早さ」と動きの「速さ」を志向していく。ぼくらは今がまさにゼロイチのフェーズ。尖った人たちを集めた最小のチームで機動力のある戦い方で勝負をしていければと思っています。


タベリー 矢本


文 = 大塚康平


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