『北欧、暮らしの道具店』から誕生した短編ドラマが話題に。プロモーション動画かと思いきや、同店を運営する株式会社クラシコム代表の青木耕平さんによれば「当初はドラマづくりに明確な目的はなかった」という。さらに利益にも直結していない?そこには新しいやり方を模索しつづける、クラシコムらしいスタンスがあった。
「はじめは1分間のWeb動画をつくろうと思っていたんです。『北欧、暮らしの道具店』をはじめて10年近くが経ち、長くお付き合いいただいているお客さまに普段の私たちからの感謝の気持ちが伝えられたらいいなって。それがいつしか短編ドラマをつくる話になっていた。予算は約6倍になるって(笑)でも、なんだか“いい匂い”がしたんです」
このようにして生まれたのが『北欧、暮らしの道具店』のオリジナル短編ドラマ『青葉家のテーブル』。青木さんが感じた“いい匂い”とは何だったのでしょうか。そして制作を進め、公開後多くの反響を得た今、なにを思うのか。見えてきたのは、お客さま、スタッフ、パートナー企業との「希望の物語」でした。
なぜクラシコムは短編ドラマをつくったのでしょう…?
舞台は2017年某日にさかのぼります。あるミーティングルームでのやりとりがすべての始まりに。
「今でも覚えているのですが、最初の打ち合わせがすごく楽しかったんですよね。動画をつくってくれる社外のチームのみなさんと話をしていたのですが、僕らが大切にしている世界観について、わざわざ説明しなくても伝わっている。そんな手応えがありました」
交わされた会話は「打ち合わせ」というより、もっと砕けたもの。
「とにかく会話がはずんでとまらなかったです(笑)好きな映画について話をしても“伝わってくるもの”や“言葉にしづらい空気感”といったところがピッタリ噛み合っている感じ」
そして数日後、ありがとうを伝える1分間のWEB動画というオーダーに対して、「短編ドラマをつくりましょう」というアイデアが届く。
「“ドラマをつくりましょう”には正直、びっくりしました。予算も約6倍になっていたし(笑)ただ企画書をじっと眺めているうちに、うきうきしちゃっている自分がいた。何よりこんなに意気投合する人と出会えることはない。彼らと一緒に仕事がしたい。彼らならきっと良い作品にしてくれる。言葉にしづらいけど、なんだか“いい匂い”がしたんです」
“いい匂い”は目に見えないし、説明もしづらいもの。経営者の判断としては心もとないような…?
「はじめは「なんだか良さそう」「楽しそうだな」で十分だと思っているんです。なんだか分かんないんだけど心が魅かれちゃうものでいい。なぜなら、新しい道は、荒唐無稽な何か、取るに足りない何かから生まれると思っていて。はじめから「答えのカタチ」をしているわけじゃないですよね」
不確実なものに目を向けてみる。そこに何かが眠っている。
「なんだかわからないけど楽しそうなものが10個あったとして、だいたい9個は失敗します(笑)だけど、1個ぐらいうまくいくものがある。仕事選びでもそうですよね。1つに決め打ちしても確実に成功する、幸せになれるわけじゃない。ただ、いろいろな経験を積むなかで、たまたま出会ったことをなんだか楽しいなとやり続けるうちに、天職になっちゃう人がいて。物事がうまくいく時って、そういうものだなと僕は思います」
ただ、青木さんは「何も考えず、楽しそうなことをやっているわけじゃない」と補足をしてくれました。
「取り返しのつかない失敗をしないように、チェックのポイントはあります。まずはお客さまに喜ばれること。次に決定的に投資余力が少なくならないこと。そして、自分たちがワクワクしていること。この3つが揃っているならやろうというふうに決めています」
「ぼくらにとって最悪のシナリオは、現状よりも悪くなること。逆を言えば、現状よりも悪くならなければいい。今回の短編ドラマにしても、たとえば、誰も見てくれなかったとしても、まずは自分たちがワクワクしながらできたよねって自信を持って言えたらいい。実際に“自分たちが大好きなもの”をつくったということだけは確かです」
もうひとつ、彼ららしい“お客さま還元”の考え方も。
「また、僕らがやっているのはお客さまに喜んでいただくビジネスなので、会社として得た利益をどうお客さまにお返ししていくのか?というのも大切です。もちろんスタッフや株主に還元することも大切。でも、それと同じくらいお客さまにもお返ししていきたいと思っているんです」
よく見るのは「還元セール」や「送料無料」などの値下げですが…?
「僕らのあり方としてコストを下げるのではなくて、より素晴らしい何かをプラスアルファとしてお届けしたいんですよね。それはただ“モノ”や“お金”ではなく、“コト”など本当に喜んでもらえる何かでお返ししたい。そうすることで出ている利益に見合う還元がしたいと思っていました」
その、お客さまへのお礼のカタチが「短編ドラマ」であった。
「とはいえ、スタッフたちからすると“お客さま還元”なのに“なんでドラマ?”となりかねない。ドラマを作るためには、新たな仕事がたくさん発生しますから。だからこそ、とくにスタッフのみんながワクワクしてやれるか?というところは大切にしましたね」
じつは毎日、撮影現場に通い続けたという青木さん。そこではいったい何を…?
「僕は現場でみんなに「空調さん」って呼ばれていました(笑)撮影がスタートしたら空調を消す役割。あとはみんなに飲み物を配るなどアシストを…つまり現場では明確な仕事があったわけではなくて。ただその場にいたかっただけなんです」
初めての世界で、青木さんがみたものとは。
「音声さんとか、照明さんとか、誰がどんな仕事をしているか、現場にいくとリアルに知ることができるんですよね。仕事の理解が深まるのもそうだけど、それぞれの領域のプロフェッショナルに対して尊敬の気持ちが自然と湧き起こりました。それにどれだけの対価を払っているのか。自分の目で見てわかるのはすごく良い経験になりました」
「プロが集まったチームでゴールに向かって仕事をすることのかっこよさ、それに対価としてのお金が発生すること、そんな、お金と仕事について考えるきっかけがもらえたように感じています」
こうしてつくられていった『青葉家のテーブル』。2018年12月6日現在、2話まで公開されています。とくに目をみはるのが、とてもすてきな世界観やセット。どのようにこのトンマナは表現されていったのでしょうか。
「スタイルといってもいいと思うのですが、僕たちは普段から、写真や商品選定、文章などお店全体がが持つ雰囲気をとても大事にしています。だからこそ、その延長線上で見てくださったお客さまが、“自分の好みと違うな”となったら、僕たちがつくる映像としては全ておじゃんになっちゃうんですよね。もし何かの理由でスタイル以外のところがすこし生煮えになってしまったとしても、最初のトライでは世界観を完璧に表現したいと思っていました」
そこで彼らがこだわったのが美術と美術監督だったそうです。
「じつは美術監督は、僕たちのスタイルをよく理解してくださっている外部のブランディングディレクターの方に、僕らが直接お願いをしたんです。クラシコムからも、エグゼクティブプロデューサーには共同創業者の佐藤友子、その下にアシスタントプロデューサーも参加しました。
そうすることで、セットやスタイリストさん、ヘアメイクさんという、“絵づくり”のスタイルを決める要素については、僕らの意思を100%反映してもらうことができました。ですから、美術は僕らや『北欧、暮らしの道具店』のお客さまが好きだなと思ってもらえる雰囲気にほぼ完璧に仕上がっていると思います」
いま、ビジネスの世界でも「映像」への注目が集まっています。最後に伺えたのは、青木さんが考えるこれからの映像を組み合わせたビジネスのあり方です。
「ビジネスの視点からもう少し深掘りして考えると、僕らは小売ビジネスの会社ですが、メディアとして広告事業も行なっています。もし、僕らがこの先、興行映画を作れば、それは新しいメディアビジネスになるのかもしれない、と考えているんです。今回のドラマは、そのためのパイロット版になったとも言えるかもしれませんね」
暮らしのECサイトが「映画」もつくりたい? 一体どういうことなのでしょう。
「自分の大好きなタイプの映画って何年かに1本しかない、という方って多いのではないかと思うんです。『北欧、暮らしの道具店』のお客さまも、好きな映画やドラマについてアンケートをお願いすると、ほとんどが昔の作品だったりして。自分たちのために作られたって思うものはあんまりない。
映像ビジネスは、これまで映画でいえば“配給”、テレビでいえば“放送”とこの2つでしかビジネスが成り立たず、マス向けの企画しか広くは流通してきませんでした。Youtuberを含む個人による発信は増えていますが、世界観や空気感で僕たちのお客さまを惹きつける作品は少ないように思います。マスと個人で二極化して、中間がポッカリと空いてしまっている。ここを埋められたらすごく素敵だと思うんです」
『北欧、暮らしの道具店』の世界観が好きなお客さま、スポンサーを巻きこみ、自分たちもワクワクする。そこには「好き」でつながる、新たなビジネスの模索が。
「僕らはすでにメディア事業において動画広告のビジネスをしています。たとえば、僕たちが作る映画の中に、スポンサードコンテンツを展開しても良いですよね。WEB動画よりも、さらにプレミア感がありますし。
取り組みは少し違うかもしれませんが、『北欧、暮らしの道具店』のお客さまが好きな映画としてあげられることの多い『かもめ食堂』も、パンのメーカーさんが関わられていて、その世界観を引き継ぐCMも素敵でした。そんな広がりも作れるかもしれませんよね」
最後に青木さんは、こう締めくくってくれました。
「そういった意味でも、今回のドラマづくりは事業上の好ましい新たな選択肢となりました。これが新しいビジネスになるのであれば、会社にとっても大きな希望です。お客さまにとっても好きだと思える作品との出会いになるという希望になってくれたら嬉しい。僕らは、もしかしたらみんなにとっての“希望”をつくりたいのかもしれません」
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