トップランナーの本棚:vol.1CAMPFIRE 家入一真
取材を通じて、私は数々の起業家たちに出会ってきた。大きな志を抱き、無我夢中でエネルギーを注ぐ。そんな彼らの言葉は力強く、魅力的で、煌めいて見えた。
けれど、もしかすると私は、彼らの「光の部分」しか見ていなかったのかもしれない。
エンジェル投資家として、起業家たちの背中を押してきた家入一真さんは、「起業家の心の課題」に警鐘を鳴らす。
「誰にも相談できず、ギリギリまで踏ん張って、ある日突然ポッキリと心が折れてしまう。『起業家は強くあるべき』という空気のもと見過ごされてしまう。本当にそれで良いのか」
(引用)家入一真さんのブログより:起業家の心と向き合うサービス「escort」を立ち上げました
結果を求められ、理想と現実のギャップに向き合い、責任を問われ、決断を強いられる。そのなかで、タフであり続けるのは想像するだけでも容易なことではない。
自分を追い込み過ぎず、プレッシャーに潰されないために。若手起業家たちに向けて、オススメの7冊を家入さんにたずねてきた。
オフィスの奥にある大きな本棚へと案内してくれた家入さん。およそ30分間、悩みに悩みながら、本を選んでくれた。起業家に限らず、様々な評価やプレッシャーを感じ、どこか「生きづらさ」を抱えるあなたへ。心が壊れてしまう前に、立ち止まって読んでほしい7冊をご紹介したい。
#01「なぜあなたは『愛してくれない人』を好きになるのか」
#02「私とは何か」
#03「コミュニティ難民のススメ」
#04「まぐれ」
#05「メロン牧場」
#06「んぐまーま」
#07 仏教の本
著:二村ヒトシ
起業家っていうのは、「起業家以外の人生を選べなかった人たち」だと、僕は思っているんです。
たとえば、強烈な原体験であったり、劣等感みたいなものであったり、そういう辛い過去がその人を形成していて、既存の仕組みや社会になじめなかった結果、自分が目指す心地のいい世界をつくるために起業をしている。どっちかっていうと、世界を自分に寄せようとする人が起業家だと思うんです。
怒りとか、憤りとか、そういう飽くなき欲望みたいなものを原動力にしている経営者もすごく多い。だからこそ、周りの人も傷つけてしまったり、自分の身を削りすぎてしまう。
僕も100社以上のスタートアップに出資してますけど、支援した起業家の中には途中で心が折れて辞めてしまったり、精神的に追い込まれてしまったり、とかあるんですよね。
どうしてそこまでして自分を追い込んでしまうのか。心が折れてしまう前に、自分の弱さとどうしたら向き合えるのか。この本はその手がかりとなる、哲学書のような本だと思っています。
著者の二村ヒトシさんはAV監督で、本の中で「すべての人の心には、穴があいている」といいます。
その心の穴は、親によってあけられてしまう。たとえどんなに円満な家庭であっても、全ての人の心には穴があいてしまう。
そして人は心の穴を、何か別のもので埋めようとしてしまうと。仕事、名誉、お酒、異性...そうやって「穴を埋めようとする行為」が、人を不幸にしてしまう。
心の穴というのは、ネガティブに聞こえるけど、その人の魅力もその穴から出てくるんですよね。だから、心の穴を何かで別のもので埋めようとするんではなく、まず自分にはどんな穴があるのか?なぜその穴を埋めたいと思っているのか?本当に埋まるものなのか。まずは自分の心の穴と向き合うと、楽になれるんじゃないかと思います。
著:平野啓一郎
多くの人は「本当の自分」を探し求めてしまうけれど、そんなものは存在しないと思うんですよね。
たとえば、僕の場合だったら、いま取材に応じているときの自分、家に帰って子どもと向き合っているときの自分、全体会議でスタッフたちの前でしゃべっている自分がいる。
それぞれしゃべり方だって違うし、態度も違う。じゃあ自分が嘘なのかっていうと嘘ではなく、それぞれがそれぞれ本当の自分。つまり、自分の中にもいろんな自分がいるわけです。
特に仲間同士でスタートアップはじめて、あとから揉めてしまうケースをよく耳にします。サークルとか大学の同級生など、従来の関係性の中では見えてこなかったお互いの顔が見えてきて、「あいつはもう俺に本当の姿を見せてくれなくなった」みたいな、すれ違いが生まれてしまうんですね。
この本に書かれている「分人主義」という前提に立てば、個人の中にいろんな自分がいることを認める。その時々で違う顔があったとしても、それがまた本人の別の顔であると認める。お互いの違いを認めて、双方に向き合っていくっていうことが大事だと思いますね。
著:アサダワタル
僕らって、いろんなコミュニティに属して生きていますよね。たとえば、僕だったら、「CAMPFIRE」という会社、「起業家」としてのつながり、NPOなどソーシャルセクターのコミュニティに属していたりもします。
複数のコミュニティに属しているけれど、がっつり中に入り込めない、居心地の悪さを感じるときがあるんですよね。
コミュニティという「島」の中で、中心部にいる人もいれば、居心地の悪さを感じて端っこの方でほかの島を遠くから眺めている人もいる。そういう人たちを、この本では「コミュニティ難民」と読んでいます。
居心地の悪さを感じてしまうときは、いろんな島に飛び込んでみたらいいんじゃないかな、って思うんです。ちょっと興味があるくらいでもいいから、こんなコミュニティに飛び込んでみて、違ったなとおもったら、また飛び出せばいい。
いろんなコミュニティに所属してみたり、参加してみたりするなかで、これが自分のやりたかったことだ、と気づくかもしれない。たとえばテクノロジーと医療を掛け算して新しい島をつくることもできるかもしれない。
自己紹介などの場面で、「●●さんは、いま何をされているんですか?」って聞かれることがあると思うんですけど、一言で語れなくていいと思うんです。そういうときは開き直って、「いろいろやってます」でいい。たかだか5分くらいで伝えられる情報なんて、一言で語れようが、語れまいが、その情報量って大した物ではなくて。じっくり話せる時間をこの人ととりたいと思える人に「いろいろの中身」を話したらいい。
僕だって、ある面では起業家だし、ある面では投資家だし、一言では語れない。なんでも「一言で語れなきゃいけない」という呪縛から、みんな解き放たれたらいいんじゃないかと思っています。
著:ナシーム・ニコラス・タレブ
僕ら起業家は、再現性のない世界を生きていると思うんです。起業したタイミングや選択したマーケット、いろんな物事がうまいことかみ合ったときに成功する。全く同じ前提条件があったときに、また成功するのかというと、成功しないことだってあります。要は少し極端な言い方をしてしまうと、僕らは「まぐれの上で成り立っている」と思うんです。
その「まぐれ」を、多くの人は事象だけを切り取って、「あの人は才能があるから成功できたんだ」という勘違いをしてしまう。他人と比べて自分はやっぱり起業家に向いてないんだとか。でも、すべての成功した起業家は基本的には運がよかったって思ったら、ちょっと気持ちが楽になると思うんです。
その上で、もう一つアドバイスできるとしたら、打席に立ち続けるしかない、ということ。
野球に例えるなら、いきなり一打席目でホームラン打とうとするから、三振したときに自分は向いてないと思って、引退してしまったりする。基本的にどんなに打率の高い選手でも一打席目でいきなりホームラン打てませんよね。
打席に立って、立ち続けて、たとえ三振しても、バットを振り続ける。場数なしには、ホームラン打てないと思ったほうがいいです。
ただ、なんでもかんでも打席に立ったらいいというわけではありません。戦うべき勝負を見極めなくちゃいけない。いかに死なずに生き残るか。その視点を持ちながらバッターボックスに立ってほしいですね。
著:電気グルーヴ
今という時代は、「正しさ」が求められる傾向にあると思うんです。それは確かに大事だけれど、おもしろくはないし、しんどいよなって。特にTwitterとかで、石を投げ合うような光景って見受けられると思うんですけど、見ていて心地よいものではないじゃないですか。
ユーモアが最終的に正しさに勝てる武器になる。そんなことを気づかせてくれるのが、「電気グルーヴのメロン牧場」です。引っ越しのとき、どこからかこの本を見つけると、いつも作業そっちのけで読んでしまう唯一の本ですね。
内容は、小学生の感覚に戻れるような、本当にくだらないことばかりがひたすら書かれていて、読むと笑いが止まらなくなるんですよ(笑)
僕が引きこもりだったとき、電気グルーヴのオールナイトニッポンを聞くのが好きで、毎回熱心にハガキを送っていました(笑)。そのときだけは現実逃避できるというか、ある種僕にとって「救い」になっていたんだと思います。
文:谷川俊太郎
絵:大竹伸朗
答えがないことを苦しみながらも考え続けることが、人間の美しい部分だと思うんですけど、四六時中答えをあがき続けるってやっぱりしんどくなるじゃないですか。
これは、谷川俊太郎と大竹伸朗という現代アーティストの共著の作品なんですけど、なにも考えずに、ぜひ声に出して読んでみていただきたいですね。音読しているうちに、不思議と楽しくなってくる本です。
Amazonのレビューに、「なんだかわからない言葉を、なんだかわからないまま声にだしてみると、なんだかわからないままいつのまにか楽しくなっている」と書いてありますが、まさしくそのとおりで。意味のよくわからないこと自体に意味があるというか。なんだかわからないものに触れる余白って大事だなって思います。
もしも誰かと比べてしまって落ち込んでしまったら、仏教の考え方は参考になるかもしれません。
「諦める」という言葉って、よくネガティブなものとして捉えられるじゃないですか。成功を諦めるとか、起業を諦めるとか。でも、仏教的な考え方だと、決してネガティブじゃないんです。諦めることは、「明らかにする」ことと語源が同じで、真理に近づくことを意味しています。
なぜ人が苦しむのか、生きづらさを覚えるのかっていうと、「執着」があるからなんですよね。誰かと比べて、自分は劣っているとか。まだまだ成功していないとか。あいつばかり目立ってむかつくとか。彼女が自分のほうに振り向いてくれないとか。お金がもっとほしいとか。モテたいとか。あらゆる生きていく中で、人は「執着」していしまう。
それゆえに人を傷つけてしまったり、束縛してしまったり、足を引っ張ってしまったりしてしまう。その先の矛先は自分に帰ってくるんですよね。自己嫌悪って形だったり、攻撃したために攻撃仕返されてしまったり。執着っていうのが人間の不幸をまねいている。
執着から解放されることが、人が幸せになるための唯一の方法であると。それが「悟りを開く」ということになるんですよね。いろんな欲から解放されて、執着を捨てることが幸せになる。これが、仏教の根本にある思想なんです。
誰かと比べているうちは、本当の意味での幸せはこないんですよね。もちろん起業家として負けたくないって気持ちとか、あいつには絶対勝ちたいって気持ちとかいい具合にドライブすることもあると思います。ただ、もっともっとと、求める気持ちが強すぎると、自分も他人も苦しめてしまいます。「程を知る」という言葉があるように、自分自身の弱さや強さ、能力を知っておくことが大切です。
とくに起業してから、仏教に関する本をたくさん読んできました。オススメはこの1冊というものを絞りきれないのですが、入門書も多くあるのでそういうものから読んでみるのがいいかと思います。
取材 / 文 = 野村愛
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