2019.09.06
料理の世界にSNSで風穴を。32歳でシェフ卒業、Mr. CHEESECAKE 田村浩二の挑戦

料理の世界にSNSで風穴を。32歳でシェフ卒業、Mr. CHEESECAKE 田村浩二の挑戦

たった5分で売り切れてしまうチーズケーキがある。『Mr. CHEESECAKE 』──。つくるのは、フランス料理人として活躍してきた田村浩二さん。32歳でシェフを辞め、SNSでチーズケーキを販売。原点にあったのは、「ただ美味しい料理を届けたい」というシンプルで強い想いだった。

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高3の夏。叶わなかった夢

新人時代のお話をする前にすこし遡ると、人生のターニングポイントって高校時代にあったんじゃないかなって思うんです。絶望した、というか、夢を諦めた経験があって。

小さいころから続けてきた野球で食っていきたいと思っていて。ずっとプロ野球選手になりたかったんです。高3の夏に大学の野球入試を受けたけど、全部落ちてしまった。

小学生から高校までの12年間、僕には野球しかありませんでした。真っ黒になりながら練習して、朝練のない日もこっそり自主練して。

体格も良かったし、頑張ってやり続ければプロになれると信じていた。自信もあったんです。

だから、現実を突きつけられたときのダメージが大きかったですね。一般入試で大学に入って野球を続ける気力もなくなってしまった。野球がないのに大学に行く理由なんてないし、もういいやって。すべてがどうでもよくなり、自暴自棄になっていました。

【プロフィール】田村 浩二(33歳)
新宿調理師専門学校を卒業後、乃木坂『Restaurant FEU(レストラン フウ)』にてキャリアをスタート。 ミシュラン二ツ星の六本木『Edition Koji Shimomura(エディション・コウジ シモムラ)』の立ち上げに携わった後、 表参道『L'AS(ラス)』を経て渡仏。三ツ星レストラン、 一ツ星レストランで修業を重ね、2016年に帰国。 31歳の時、世界最短でミシュランの星を獲得した『TIRPSE (ティルプス)』のシェフに就任。現在は Mr. CHEESECAKE の他、消費者と生産者をつなぐ事業家などとして活動している。

「料理」が教えてくれた、誰かを笑顔にする喜び

野球がなくなって、ある意味、何もかもどうでもよくなった自分を救ってくれたのが料理だったように思います。まだ別の道があるかも。もう一度何かに一生懸命になれるかも。料理との出会いが、そう思わせてくれた。

高3の夏休みが終わってすぐ、親友の誕生日に「ケーキでも作ろうかな?」って思ったんです。お金もなく、でも何かしてあげたいなと。母がすごい料理上手でよくお菓子とかも作っていたので、なんとなく(笑)

包丁だって握ったことない男子高校生です。初めてにしては意外と上手く作れたなと思ったんですけど、喜んでもらえるかは全然自信なくて。

でも、学校に持っていってその親友に渡したら「田村すごいじゃん!」って。周りの友だちも一緒になって、「うまいうまい」って食べてくれた。

「いやいや、全然たいしたことないよ」って言いながら、内心めちゃくちゃ高揚していました。自分が作ったもので誰かを笑顔にするって、ほんとうに初めての経験。こんなに気持ちの良いことなんだ、最高だな、って。

直感的に「これかも」って、すぐに料理の専門学校を調べたんです。

もしかしたら「ただ打ち込める何かがほしかった」だけかもしれない。でもあのときの僕は、完全に料理に救われた気持ちでした。

『Mr. CHEESECAKE』は、日・月だけのネット限定販売。2018年4月の販売以来SNSを中心にじわじわと人気を集め、今では開始後5分で完売する人気ぶりだ。SNSでは「タムさん」の愛称で親しまれる田村さん。Web業界など、飲食以外のさまざまな領域からも注目されている。

自分の仕事は早く片付けて、人の分まで仕事をもらう

ただ、料理の世界は想像以上に厳しかったですね。

シェフや先輩から罵声を浴びせられるのは当たり前。作ったまかないを「まずい」と目の前で捨てられることもありました。毎朝始発で仕事に行き、終電で帰る。休憩もとれず、体力的にもギリギリだったと思います。毎日泣きながらキッチンに立っていた時期もありました。

でも心は折れなかったです。文句を言われないくらいすごい料理人になればいいだけ。だから、早く一人前になりたかったですね。

具体的にやったのは、朝は誰よりも早く出勤して自分の仕事を終わらせること。そして、営業中はシェフや先輩の仕事をもらう。人の仕事を奪ってでも、2~3倍やらなければ成長できないと思ったんです。

もう周りの目なんて気にしてられなかった。どうしたらシェフに認めてもらえるか。コイツ使えるなと思ってもらえるか。常にシェフがしてほしいことは何かを考えて行動していました。

シェフはすごい怖い人だったので周りのスタッフはあまり話しかけなかったんですが、僕はあえて自分からガツガツ話しかけていました。何を言ってもどうせ怒られるんだし、もうどうにでもなれって(笑)

たぶん、野球を諦めてしまったことを心のどこかでずっと引きずっていたんだと思います。

だから料理だけは、途中で逃げ出して後悔したくなかった。頑張っても報われないかもしれない。でも頑張らずに何かが返ってくることって、絶対ないんだろうなって。

料理人時代の田村さん。「自分が本当に美味しいと思うお店で働きたい」と、求人ではなくムック本から就職先を探し、『レストラン フウ』にて下村浩司シェフと出会う。仕事に向かう姿勢や味覚が評価され、早くからキッチンを任された。

初めてもらった「賞」。でも・・・

下積みを経て、少しずつ自分でもきちんとした料理がつくれるようになっていって。フランスから帰ってきて、32歳の頃。「ゴエミヨジャポン2018『期待の若手シェフ賞』」という業界でも名誉ある賞をいただくこともできました。

でも、正直、賞をとる前と後でお客様の数はそんなに変わらなかった。増えたのは、同業者やフードジャーナリストだけ。

このくらいの時から、漠然と自分のキャリアについても考えていたような気がします。

いくらこの世界で評価されたとしても、それがお客様を幸せにすることとイコールではない。星や賞がほしくて料理人になったのか?このまま上を目指し続けて、自分は何を得ることができるんだろう。って、悶々とするようになってしまって。

僕の幸せはこの世界でどう評価されるかではなく、ただ自分が美味しいと思うものをお客様に食べてもらって、美味しいと思ってもらうことなんじゃないかって。

原点は、親友に手作りしたケーキ

このままシェフを続けるのか、独立するのか、あるいは別の道を選ぶのか。自分の進む道に迷いが生じていたときに、ふと思い出したんです。

初めて友だちにケーキを作ったときの、喜んでくれた顔。ああ自分がやりたかったのはこれだったはずだ、って。

仕事の合間を縫って、すぐにケーキづくりをはじめました。作ったのは、母が毎年誕生日につくってくれた、僕が一番好きだったチーズケーキ。シンプルだけど、みんなが笑顔になる味。

試行錯誤してめちゃくちゃ美味しいチーズケーキが焼けたので、早速『Mr. CHEESECAKE』と名付けて試しにインスタのストーリーに投稿してみたんです。

そしたら、6人の方が買ってくれて。「こんな美味しいチーズケーキ初めて食べた」とか、「もう他のチーズケーキ食べられない」とか、SNSに味の感想も書いてくれた。

ブロガーさんやインフルエンサーの方に運良く拾ってもらえたこともあり、自分でも驚くぐらい沢山の人に『Mr. CHEESECAKE』が、その思いも含めて届いていったように感じました。

2018年の4月5日にインスタでの販売をはじめて、1ヶ月で売上は90万円くらい。4月末にBASEというネットショップに切り替えてからは、毎月200万円くらい売上が立つようになって。7月頃、レストランのシェフを辞めることを決断しました。

“Mr. CHEESECAKEのタムさん”として生きていく

料理の世界って「プロモーションじゃなく味で勝負しろ」みたいな雰囲気がありますよね。だから僕が『Mr. CHEESECAKE』をはじめたときも、同業者から批判をもらうことありました。「Twitterやってる時間あれば働け」とか、「ろくに料理も作らず楽して働いてる」とか(笑)

でも正直、どれだけ美味しいものを作っても、食べてもらえなければ意味がないじゃないですか。今は世の中に素晴らしいお店も美味しい料理も溢れている。もう、「いいものを作っていれば必ず誰かが気づいてくれる」という時代ではないと思うんです。

僕の場合、本当に偶然が重なっただけ、運が良かっただけかもしれない。でも、SNSで発信していなかったら『Mr. CHEESECAKE』がこんなに多くの人に届くことは絶対にありませんでした。自分はキッチンに立っているだけなのに、会ったこともない沢山の人のもとにチーズケーキが届く。すごいことですよね。

別に僕は、料理の世界を否定したわけじゃない。こういう道もあるよってことが伝えられればそれで十分なんです。ただ僕のチーズケーキを楽しんでくれる人がいて、それが事業として成り立っていれば何でもいい。

それより、ここから先の時代、料理を軸に何ができるか、すごくわくわくしていて。

最近は、ゴーストレストランなどのフードテックの文脈にもすごく興味があって、おもしろいですよね。もちろん料理の業界に育ててもらったし、その恩はしっかり返したい。楽しみながら、新しいことを僕なりに挑戦する。それが恩返しにつながっていけばいいなって思っています。


編集 = 白石勝也
取材 / 文 = 長谷川純菜


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