キリンホールディングス(以下、キリン)のデジタルマーケティング戦略を担う加藤美侑さん。キリン入社当時はプライドが打ち砕かれ、自信を喪失していたという。彼女が自信を得るために探した「自分の武器」とは?
近年、大手酒類・飲料メーカー「キリンビール」「キリンビバレッジ」のデジタルマーケティング戦略が注目を集めています。
さかなクンを起用した「氷結」のSNSプロモーションを展開したり。
プラズマ乳酸菌配合の「iMUSE(イミューズ)」ではアンバサダーと呼ばれるコアファンによるブランド戦略を実施したり。
はたまたnoteとコラボして投稿コンテストを企画したりと、実に多様です。
これらのさまざまな施策を担ってきたのがデジタルマーケティング部の加藤美侑(かとう・みゆき)さん。
今では外部のセミナーにも多数登壇する業界注目のWebマーケターのひとりです。
前職は食品メーカー「ミツカン」のデジタルマーケティング担当。「誰もデジタルのことがわからない」「専任の担当者は不在」という状況で、試行錯誤しながらマーケターとして実績を残してきた加藤さんは、さらなるキャリアアップのためにキリンへ転職しました。
…ところが、入社直後は自分の無力ぶりを痛感する日々を過ごすことになってしまいます。
加藤さんは、どんな場面で実力不足を思い知り、どのように乗り越えてきたのか。彼女のストーリーには、新しい環境で自信を得るためのヒントがありました。
ーキリンへの入社経緯から教えてください。
私にとってキリンは、やりたい仕事を続けられる場所でした。ミツカンの仕事はすごく楽しかったんです。好きな商品をいろんな人に知ってもらう仕事にやり甲斐があったし、ゼロからデジタルマーケティングの実績をつくってきた自負も愛着もあった。
でも、「ちょうどこれから」というときにジョブローテーションのタイミングが重なってしまって……異動の可能性も高かったし、何より大好きなマーケティングの仕事から離れることがイヤだったので、思い切って転職を決めました。
キリンはデジタルマーケティング部自体が設立したばかりで、今後デジタルに舵を取っていくタイミング。Facebookのターゲティング広告が何度も表示されて「めっちゃターゲティングされてる〜!」って思いましたね(笑)。選考もトントン拍子で進みました。
ーすぐにでも活躍できそうなイメージがありますが……。
意気揚々と入社……したのはよかったんですが、実際は全然ダメでしたね(苦笑)。
よく転職ガイド本とかに「転職後の3ヶ月が勝負」みたいなことが書かれていると思うんですが、私は完全にその意味を履き違えてしまった。
環境は大きく変わりました。これまではひとりで広告やオウンドメディア、ブランド戦略までやっていたのが急に100名近くの組織の一員になって、担当する業務が一気に専門的になったんです。
関わる代理店の担当者も優秀な人ばかり。普段の会話でも知らない言葉が飛び交うようになりました。
普通なら「それってどういう意味ですか?」と聞けばいいんですが、「前職ではゼロからひとりで実績をつくってきた」「即戦力で入社した」というプライドがあったんでしょうね。
「カッコ悪いところは見せられない」という気持ちが先走ってしまった。わからないことも「わからない」と正直に言えない。それどころかまわりに味方はいない、一人で戦うんだ!と思ってしまって。知らない言葉が出たらその場でこっそりググって、わかっている風を装っていました。
ー加藤さんの行動を変えるきっかけは?
明確なきっかけはないんですが、それでも入社して4〜5ヶ月もの間打ち合わせでマトモな発言ができないと「できない自分」を受け入れるようになるんですよね。
カッコつけていてもメリットがないことに気づくというか。
たとえば、メディアプランニングについても代理店の方からの提案に意見が言えないまま出稿してしまったり、バナーのクリエイティブに関しても商品の並び順のルールがあるのですが、自分の好みで並べて差し戻しされたり。わからないことをわからないままにしたばかりに何度も手間をかけてしまった。
「私は何のためにいるんだろう」と情けなくなるんです。ただ、自分の存在意義を考えるようになって道が少しずつ拓け始めました。
周りにはメディアプランニングやオウンドメディアに関して詳しい人がたくさんいる。だったら、自分が同じところを突き詰める必要はない。自分に武器がないなら、今後武器になりそうなものを探して、高めていくことが大切と気づきました。
きっかけとしては、コミュニケーションデザイナーのさとなおさんこと佐藤尚之さんの「さとなおオープンラボ」と博報堂ケトル・嶋浩一郎さんの「PRパーソン養成ゼミ」への参加が大きくて。
当時、私はクラフトビール「グランドキリン」と「氷結」を担当していたのですが、クラフトビールのような一定の層に深く届けたいプロダクトならさとなおさんのファンマーケティングの知識が、氷結のようなマスプロダクトは嶋さんのPRの知識が活かせると確信して、参加を決めました。
実際に参加するとものすごく勉強になりました。自分が「たぶんこうだろう」と漠然と捉えていたマーケティング手法が論理で肉付けされていく。こちらは切羽詰まって焦っていたこともあって、一言一句聞き逃すまいとインプットしたのを覚えています。
ありがたいことにすぐに結果にもつながりはじめた。PRだとメディアプランニングにすぐ活かせましたし、ファンマーケティングだとグランドキリン愛飲者の方達と一緒に農作業で汗を流して、終わったら一緒にビールを飲むイベントを実施したこともありました。
目先の結果より、自分に自信がついたことが嬉しかったですね。相変わらず聞かれてもわからないことはあったけど、120%で答えられる得意領域もある。すると、負い目がなくなるからわからないことは「わからない」と言えるんですよね。次第に仕事もうまく回せるようになって……「もっと早く素直になっておけば……!」と後悔しました(笑)。
ー即戦力として期待されているばかりに弱みをさらけ出しにくい。共感する人は多いと思います。
人によると思いますが、私の場合はそうでした。
当たり前ですけど、転職すると同期がいないんですよね。入社直後のツラかったことをEvernoteにまとめていたんですが「同期がいなくて寂しい」「先輩に頼りづらい」とか書いてあって。
前職の人は気持ちよく送り出してくれたので、弱気なところは見せたくない。気軽に愚痴を言い合えたり、相談できたりする存在がいないことが相当ストレスでした。
でも、仕事のストレスって仕事でしか解消されないんですよ。
仕事でがうまくいっていなかったときにプライベートで海へ行ったり、バーベキューしたりしてリフレッシュしようと試みたんですが、いざ月曜になると沈んでる。「ああ、また何もできない一週間が始まるんだ」って。しかも、うちの場合、海やバーベキューで商品が目に入りますからね(笑)。
ー なぜそこから這い上がろうと思えたのでしょうか?
前職の存在は大きいですね。大好きな会社で、円満退社なんですけど、どこかで裏切ってしまったという想いもあって。前職の仲間に顔向けできない仕事はしたくなかったし、何より自分の決断を後悔したくなかったから、なんとしても成果は残したかった。
今デジタルマーケティングについて「Web担当者Forum」で記事を書いたり、セミナーに登壇したりしているのも、前職のみなさんに活躍している姿を見せたい気持ちが強いです。
結果として、ミツカンのデジタルマーケティングに役立てれば嬉しいなって。
ー今まさに、加藤さんが転職された時と似た状況の人もいると思います。もしアドバイスがあればお願いします。
私の経験だと、やっぱり自分の得意領域を見つけて、突き詰めていくことだと思います。仕事のなかで好きなこと、没頭できること、どれだけやっても苦にならないことってどんな仕事にも絶対ある。誰にも負けないほど知識だったり技術だったりを身につければ自信になる。そうやって自ら好循環をつくっていってほしいですね。遠回りに見えても、きっとそれが一番の近道になるはずです。
取材 / 文 = 田中嘉人
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