幾多の新規事業を仕掛けるも、苦戦を強いられていたというピックアップ社(DMMグループ)。逆転の一手は、チャットストーリーアプリ「DMM TELLER(テラー)」の立て直し。その立役者がピックアップ社 COOの蜂谷宣人さんだ。蜂谷さんは何をしたのか。窮地に立たされた組織でCOOが果たすべき役割とは?
全2本立てでお届けします。
[1]1秒でも早くマネタイズを。チーム解散までのカウントダウンを阻止したのは、COOだった。蜂谷宣人
[2]旅行中もアプリ研究に費やす宮本拓は、やばいハッカー。ピックアップCOO 蜂谷宣人がCEOに求めるもの
デジタルネイティブの心を掴むプロダクトで攻めてきたピックアップ。
2017年1月のDMM.comグループへの参入も記憶に新しい、宮本拓さん率いるスタートアップだ。
ただ、この3年間、苦難もあったという。
業績不振、事業撤退、組織縮小…万事休す。そんな状況から抜け出す切り札となったのが、チャットストーリーアプリ「DMM TELLER(以下、テラー)」だ。
もともとマネタイズできていなかった「テラー」を立て直し、ピックアップをよみがえらせた影の立役者が、COOの蜂谷宣人(はちや・のぶと)さん。蜂谷さんはピンチに瀕していた「テラー」をどう再生させ、組織をピンチから救ったのか。COOとして果たした役割を追った。
蜂谷宣人|ピックアップ株式会社取締役COO、テラー事業責任者。
ーまずCOOに役割を担うようになった経緯から教えて下さい。
もともとCOOという役割で働いていたわけではなくて。エンジニアのバックグラウンドがあるPdMみたいな感じだったのですが、ピックアップで働くうちに「事業の撤退ライン」をひいたり、次に参入していく事業領域を策定したりするようになって。別に代表である宮本から頼まれていたわけではないんですけどね。
ぼくが参加したのが、DMM.comへの売却後。「テラー」、「CHIPS(ライブコマース)」がスタートしたタイミングですね。もともと「CHIPS」のPdMを担当していました。
で、「CHIPS」の撤退を判断したのもぼくだった、と。
流れとしては、もともと会社に存在しなかった事業計画書(KPI策定や戦略立案)を策定し、事業撤退基準、新規事業立ち上げのルール(事業のフェーズと投資額目安)、評価制度の策定をした。
当時のピックアップって画像保存アプリ「POOL」や、ライブ配信アプリ「CHIPS」をはじめ、数多くの事業を展開していました。当然、百発百中というわけにはいかない。事業撤退を余儀なくされるケースもある。
ぼくはいろんなことが気になっちゃう性格なので、「CHIPS」以外のプロダクトにもツッコミを入れ、それぞれ異なるビジョンを整理していきました。すると、宮本から「経営に参画してくれ」とCOOっぽい仕事をするようになりました。
ぼくがジョインする前ですが、DMM.comに売却後に、ピックアップは仮想通貨取引所、ライブコマース、チャット小説と次々に新規で事業を立ち上げて。
当時、経営のファンクションがうまく機能しておらず、予算や戦略が不在な状態で。事業を各担当者に「丸投げ」をしてしまっていて。
結果的に、ROIが低い領域に投資してしまっていたり、採用計画も不十分な状態で人の採用をしてしまっていたり。急拡大した組織で問題が次々に起こっていました。結果、業績不振に陥りました。
そこで、事業の整理をすることになったのですが、これに伴いメンバーも減ってしまいました。メンバーが減る過程で辛かったのが、最も信頼していたメンバーもそのときに退職してしまったこと。ぼくが入社するきっかけとなった人でもあって。
当時まだCOOにはなっていなかったですが、この時ばかりは経営者サイドに立つことの辛さを心底実感しました。信じきってもらえる状況が作れていなかったな、と。
その後も、会社のビジョンやバリューなどを策定してもまるで効果なし。まさに背水の陣で、事業の立て直し、組織のリビルドに取り組むことになりました。
業績を出さない限り、どんなに優れたチームでもただただ疲弊していくだけなんですよね。
ピックアップは外部から資金調達する必要がないので、そこまで「売上」のインパクトを追い求める必要はありません。ただ、利益をしっかり確保して回収できる事業をやる必要があります。だから、事業をひとつひとつ精査し、収益を生む見込みがないものは、ぼく主導で撤退を決めていきました。
ーそのあたりはある意味ドライというか。
そうですね。個人の責任を追求していません。あくまで事業を見たときに、「この事業は難しいよね」となったら、事業責任者ときちんとコミュニケーションしてみて、納得感をもって撤退判断ができるようにしました。
いくら一生懸命取り組んでも、芽が出ない事業にリソースを費やすより、スパッとあきらめて新しい事業に着手したほうが合理的ですよね。一緒にやってくれている優秀なメンバーの貴重な時間にも限りがあるし、信じてくれたパートナーの方々や投資してくれた株主としての親会社からの信頼もありますからね。
ー そういったなか、事業立て直しの柱になったのが「テラー」だったと伺いました。
そうですね。「テラー」は他の事業と比較し、未着手の部分が多く、可能性が感じられました。まずはプロダクトのビジョンを考えるところからスタートし、ビジネスモデル、コアバリューを策定していきました。本格的にマネタイズをしていこう、と。
最終的に課金モデルはサブスクを採用したのですが、そこには大きく2つの理由がありました。
まずはチャット小説のニーズがサブスクリプションがマッチしていたこと。
漫画の場合、タイトルの力が強く、「このタイトルが読みたい」と思って買いますよね。なので、漫画雑誌はありますが、単行本やマンガアプリでの「話売りもの」を買うことのほうがしっくり来るんですよね。
しかし、小説となると、タイトルを読みたいという「指名買いニーズ」の他に、たとえば「東野圭吾のタイトルを読みたい」というニーズが出てくる。
チャット小説ユーザーはこれらに加えて、「テラーっぽい2分で読めるストーリーが読みたい」とメディアっぽいニーズが強くありました。よって「週刊誌のようなサブスクリプション型」がマッチしているのかな、と判断をしました。
2つ目に、市場性として、サブスクリプションが伸びていたこと。アプリ市場を見てもゲームなどを中心に盛り上がりを見せていたアイテム課金(高ARPPU、低い課金率モデル)が全世界的にサチり始めており、一方、サブスクリプションがまだまだ伸びていました。
実際、新規ユーザー獲得コストとのバランスも取れてきているので、マネタイズとしてはベストなカタチを導入できたと思います。
とくに注力したのが、ユーザーの視点で。ぼくも宮本もユーザー志向で、しょっちゅうユーザーインタビューしているんですよね。
インタビューしていると発見が多い。たとえば、今中学生以下の世代には漫画を読めない子も一定数いるんですよね。コマの読み方、場面が転換するシーンが理解できなかったり、文字量が多すぎて面倒くさくなってしまったり。
かといって、10分以上の動画もじっと見ていられない。ちょっとでも興味がないと2タップして早送り、関連動画へ飛んだりする。
ところがチャットストーリーなら、1センテンス1〜2秒の1タップで終わるし、前後のストーリーもひと目でわかるので、離脱しやすいし、再開もしやすい。だから、待ち合わせ時間より数分早く到着したときなどとすごく相性がいい。
…みたいな話を宮本とはよくしています(笑)
ちなみに、宮本以外にもユーザー志向のメンバーは多い。ユーザーインタビューなどは手間がかかるし、腰が重くなる気持ちもわかる。しかし、仮説立てのためのインサイトを得るためにはなくてはならない手法だし、当然やるべきだよねという雰囲気がある。
これはもう、ピックアップのカルチャーみたいなものかもしれない。
>>>後編:旅行中もアプリ研究に費やす宮本拓は、やばいハッカー。ピックアップCOO 蜂谷宣人がCEOに求めるもの
編集 = 白石勝也
写真 = 黒川安莉
取材 / 文 = 田中嘉人
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