2020.05.28
「監視」か「安心」か。中国のデータ社会、コロナが投げかける問いー『アフターデジタル』主著者 藤井保文

「監視」か「安心」か。中国のデータ社会、コロナが投げかける問いー『アフターデジタル』主著者 藤井保文

コロナウイルスの感染拡大を受け、世界は今、大きく変化しようとしている。とくに国としてデジタル化を推進していた中国ではどんな変化が起こり、どんなサービスが誕生したのか。それらが問うものとは。『アフターデジタル』主著者 藤井保文さんに伺った。

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全3本立てでお送りいたします。
【前編】「監視」か「安心」か。中国のデータ社会、コロナが投げかける問い
【中編】コロナで進化、中国発サービスに見るUX至上主義
【後編】中国トップエリートの仕事観「目先の儲けより社会貢献を」

一足飛びでやってきた「アフターデジタル化」

人のあらゆる行動がオンラインデータ化し、「オフライン」はデジタル世界に包含される ──。

2019年3月に発売された『アフターデジタル – オフラインのない時代に生き残る』は、まさに「アフターコロナ」の今を予言していたかのようだ。

2020年5月現在、外出自粛が続き、購買やコミュニケーションの軸足はオンラインへ。「非接触」化は浸透。いずれ来るはずだった未来が早送りされた、と言ってもいい。

「オンラインが主軸になり、オンラインがベースでオフラインがたまに発生する。そういった社会は、もう皆さんが実感しているのではないでしょうか」

同著の主著者である藤井保文さんはこう語る。

現在、『アフターデジタル2(仮)』をリアルタイムで公開執筆している藤井さん。中国の「アフターデジタル化」はコロナとどう対峙したか。その最新事例を伺った。

感染有無を示す「デジタル健康証明書」

コロナウィルスの感染拡大を受け、中国ではアリババ、ディディ、平安保険など、民間企業が次々と新たなサービスを立ち上がりました。

とくに有名なのが、アリババの「健康コード」です。これはデジタルの健康証明書のようなものですね。

アリペイなどから健康状態を申告すると緑(健康)・黄(危険)・赤色(発症)のいずれかのQRコードが与えられます。

たとえば、ショッピングモールやスーパー、公共交通機関を利用する際、そのQRコードをスマホで提示する。赤色、黄色の場合は自由に通行はできません。緑色に変わるまで隔離や体調報告が義務付けられます。こういったコロナ対策の関連サービスが機能している。その大きな理由として「国家主導でのデータ管理、デジタル化が進んでいるから」と言えます。

コロナの封じ込めに有効な行動データ

中国では2015年に出された国家政策「互聯網+(インターネットプラス)」の影響もあり、コロナ以前からデータの活用は浸透していきました。

行政、医療関連、行動などのデータ、あとはSNSでの発言、表現活動など「情報」は国が管理していく。

たとえば、防犯カメラに映った人の名前や出身、行動データが瞬時にわかってしまう。私自身の体験として、出国手続きの時のこと。私のパスポートを職員が読み込むと、街で歩く私の写真がとなりのディスプレイにバババッと映し出されていたそうです。本来職員しか見れない画面ですが、先にゲートを通過した知人がたまたま位置的に見えたそうで(笑)

こういった話をすると監視社会、ディストピアのように聞こえるかもしれません。ただ、今回のように感染症の封じ込めには非常に有効と言えます。感染者がどこで何をしていたか、即座に辿ることができるわけですから。

ただ、さすがに国民14億人、全ての行動データを常に取得し、管理はしていないと思います。国民からの反発を警戒していることもあるでしょうし、またそれだけのトラフィックを捌ききるのは容易ではない。

ですので、国民自身がデータを差し出し、それを知りたい人が知れる、といった方向性になっていて。たとえば、自分が乗っていた飛行機、宿泊したホテルの情報を入れると、同じ場所に感染者がいたのか調べられます。気になったことを国のデータベースから便利に調べられる状態。Government as a Service(GaaS)的といえると思います。

グローバルにおいてIDデータを持っている国は、コロナの封じ込めや管理で一定の成果が出ていて。コロナ感染でクラスターが発生したらすぐGPSで追跡して濃厚接触者を特定できる。もちろん管理しているので成果は出ますが、社会としてそれでいいのか、議論の難しいところですね。

「役に立つか、信頼に足るか」

日本でもよく個人情報流出などニュースになりますが、データを取得されることへの拒否反応は強いですよね。

じつは中国でも何でもかんでも「個人データを企業や国にわたすことが良い」とされているわけではありません。受け入れられないサービスも無数にあって。たとえば、かつて『Zao』という顔交換アプリが出てきた時、一時期はすごく流行ったんです。

でも、サービス規約を読むと「自分の顔データを無料で永続的に提供、取り消し不能で第三者に譲渡可能、および再ライセンス可能」とあり、大炎上した。結果、クローズに追い込まれました。「気持ち悪い」とか「便利さに関係ない」と思われるものは当然受け入れられません。

先ほど述べたアリババの「健康コード」の例は、もともと高い信頼を得ているプラットフォーマーが、紙ベースで行なわれていた管理システムをとてつもないスピードでデジタル化することで社会貢献したといえます。「コロナ対応においてアリババは素晴らしい貢献をした」点で、アリババの評価をさらに高める結果をもたらしました。

彼らのようなあらゆるデータを持っている民間企業が、いかにデータを社会貢献に活用するか。これは日本でもできるはずですし、すでにやっているところもあります。たとえば、LINEがコロナに関するアンケートをやっていましたが、似た例だと思いますし、デリバリーや人材共有においても、今回LINEは貢献していますよね。こういった大きなプラットフォーマーが社会貢献のために取り組んでいく。ただし、一つの企業が全てのデータを牛耳ることはおそらく抵抗感があるでしょうから、それが乱立とまではいわなくても、サービスの質を競いながら、複数成立するようになると理想的ですよね。

国がデータを「管理しすぎない」メリット

データは「ビジネス」として必要ですが、国が管理しすぎない。中国の場合でいえば、移動管理、犯罪管理はやっていても、例えば商売につながる小売データ、購買データに関しては、そこまで国は管理はしていません。

国で管理する「枠組み」を決めすぎてしまうと、固定化され、新しい技術が取り入れられず、社会が発展しにくくなりますよね。お金儲け、経済発展に関わるものは国が固定化した仕組みを作りすぎない、そのバランスが中国はうまいですよね。

また、データの管理が行き届いている場合、できることもたくさんあります。国民全員にデジタルIDが付与されてい中国や台湾、インドからしたら「マイナンバーのパスワードが分からなくて、特別定額給付金の10万円の申請ができない」といった状況は起こり得ない。

ヨーロッパでも、あれだけ議論を呼んだGDPR(EU一般データ保護規則)を、コロナを契機に見直す話も出ているようです。アジア諸国などのデータが使える国を見た結果、活用が可能な線引を見直した方が国民のためになるのではないか、と。

国が基盤を持つのはいいが、監視社会的な抑圧や自由の阻害を生まないようにするためには、どこまで持つべきか。企業は何のためにどういったデータを取得するのか。ここはさらに議論を重ねていく必要があります。

【中編】コロナで進化、中国発サービスに見るUX至上主義
【後編】トップエリートの仕事観「目先の儲けより社会貢献を」

※本記事は、5月11日に実施した公開取材『コロナ時代を生き抜く方法』を編集したものです。公開取材の模様はYouTubeチャンネル「キャリアハック」でもご覧いただけます

【ダイジェスト版(20分)はこちら】

【ノーカット版(87分)はこちら


文 = 長谷川純菜
取材 / 編集 = 白石勝也


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