2021.12.20
累計82億円調達の教育スタートアップ、PMが抱えた苦悩、そして見えてきた一筋の光

累計82億円調達の教育スタートアップ、PMが抱えた苦悩、そして見えてきた一筋の光

急成長中のEdTechスタートアップatama plus。創業4年で全国2,600以上の塾・予備校に導入され、小中高生にAI教材アプリ「atama +」を届けている。関係者が多く、影響力の高いプロダクトだからこそ、開発にはいくつもの壁が...。PM 林田智樹さんが抱えた苦悩、試行錯誤の道のりをお届け。

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※2021年10月26日に開催された【Product Manager Conference 2021】より、atama plus株式会社 プロダクトオーナー 林田智樹さんのセッションをピックアップ。書き起こし形式で編集したものをお届けします。


【プロフィール】atama plus株式会社 プロダクトオーナー林田 智樹
早稲田大学表現工学科にてCG・VFX等の映像技術、画像処理、認知心理学やメディア論などをつまみ食い的に学ぶ。2015年にリクルートにUXデザイナーとして入社。就活生のエクスペリエンス向上に尽力。2017年に創業間もないatama plusに参画し、UXデザイナーとして数々の機能開発に携わる。現在はAI教材atama+のプロダクトオーナーを担当。

関係者が多く、影響力も大きい...教育現場に変革を起こすプロダクト開発の難しさ。

私たちは全国2,600以上の塾・予備校の教室を通じて、小中高生たちに「atama+」という教材アプリを提供しています。AIを用いた学習システムで、子どもたち一人ひとりの得意、苦手、伸び、つまづき、忘却度などの情報を分析し、世界にひとつの「自分専用カリキュラム」を提供しています。

4年前にリリースして以来、高い学習効果を見込んでいただき、ありがたいことに塾教室での導入が急速に拡大しています。

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リリース初期の頃から「atama+」の開発に携わってきたのですが、これまでの道のりではプロダクトの特性上、難しい壁に何度もぶつかってきました。本日はそんな壁に、PMとしてどう向き合ってきたのかお話したいと思います。

まず、どういった要因がプロダクト開発を難しくしているのか。私たちの置かれている状況からお話できればと思います。

【1】関係者が多い

一つ目は、BtoBtoCモデルで「関係者が多い」こと。塾・予備校の中でプロダクトに関して意思決定をする人もいれば、現場でプロダクトを活用する先生もいます。生徒側には、通塾の意思決定者である保護者、塾で学ぶ生徒…多くの関係者を考慮する必要があります。

また、教室という場で、先生と生徒がオフラインで相互に関わりながら、複数のプロダクトを同時に利用します。ユーザーストーリーは複雑になり、設計の難易度はより一層高まります。

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【2】顧客の多様化

二つ目は、「顧客の多様化」です。ありがたいことに、創業以来サービスの提供範囲が広がり、2021年9月時点では2,600を超える教室でプロダクトをご活用いただいています。

一方で、塾・予備校ごとに授業形態はさまざまな中で、それぞれのやり方に沿うように一つのプロダクトとして開発しなければなりません。

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【3】顧客への影響が大きい

ここが一番難しいポイントなのですが、「顧客影響の大きなプロダクト」という点です。「atama+」は、塾・予備校の最も重要な商売道具である教材を提供するプロダクト。「事業変革を担う」といっても過言ではありません。コスト構造も変わりますし、先生と生徒の関わり方、人数比率、業務プロセスも大きく変わります。

また、プロダクトがどう活用されるのか、なにが起きるのかは、実際に使ってみないことには分からない部分も大きいです。大きな変化のなかで、顧客と一緒に未知の課題に向き合わなければならないことも、開発の難易度を上げている一つのポイントです。

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課題が増えていくにつれ、優先度決めは困難に。

ここからは、私たちがプロダクト開発を進める上でぶつかった3つの壁と、それらに対してどう向き合ってきたのかご紹介できればと思います。

一つ目は、「プロダクトの優先度決定」の壁です。従来の開発プロセスでは、現場の声や観察をベースに課題を捉えて、プロダクト開発をしていました。今でも大事にしていることではあるのですが、これだけだと限界を迎えている部分がありました。

導入数が増えていくにつれ、課題はどんどん多くなり、上手く優先順位付けができなかったり、「どんな生徒が使っているのか」「どんな塾の教室なのか」という背景情報とセットじゃないと、課題を正確に捉えることができなくなっていました。

なので私たちは、「生徒」、「教室」、「塾・予備校」の3つのレイヤーに分けて課題を捉え、それらを構造化し整理することで、課題の全体像を捉えるようにしています。

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たとえば、「生徒」については、ペルソナを設定してプロダクトを開発してきました。学習プロダクトは生徒層によって大きく変わるので、ペルソナによる目線合わせが重要です。

先ほどもお伝えした通り、顧客層は多様化しているのですが、メインのペルソナは変わっていません。ペルソナの生徒が塾・予備校でどのような位置づけなのか、どのくらいの数いるのかなど、セールスやカスタマーサクセスを担うビジネスチームと連携を取りながら、実態を把握するようにしています。

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「教室」は、塾・予備校ごとに指導形態やプロダクトの活用方法はさまざまなので、前提となる情報をビジネスチームと連携しながら、一緒に現場を観察したり、ヒアリングを通して課題の共通理解を測るようにしています。

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「塾・予備校」単位では、導入を推進しているビジネスメンバーとの連携が欠かせません。「どんな経営課題を解くために我々のプロダクトを導入していただいているのか」を理解するために、資料にまとめて共有してもらうようにしています。一社一社作成するのも、把握するのも大変ですが、非常に重要な情報です。

塾・予備校、教室、生徒、それぞれのレイヤーに分けて課題を把握していくことで、全体像を把握することができ、いままでよりも適切に優先度決めができるようになりました。

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これらの整理をもとに、チームの活動に落とし込むためにロードマップとOKRという枠組みを活用しています。

ロードマップでは、大きな流れの整理として「向こう2年間の全社戦略」を経営陣を中心に整理し、「どの順番でどのペインを解いていくのか?」の見通しを立てています。OKRでは「導入目的、現状課題、生徒」と「向こう2年間の会社として目指す姿」を総合して、直近3カ月のフォーカスポイントを決めて取り組んでいます。

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また、方針をもとに一丸となって開発を進められるように、開発体制も見直しました。開発規模が大きくなっていく過程で、一時期はプロダクトの担当領域によってチームを分けていましたが、会社全体の方針を上手く反映できなかったり、各チームごとに別々の目線でプロダクト開発してしまう状態になっていました。

現在はOKRと開発エリアを紐づける形で、チーム編成をしています。OKRの「Object」ごとにチームをつくり、その都度柔軟に役割分担を変えつつ短期的なフォーカスは明確にできるような体制になっています。

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授業形態も活用方法も様々。複雑な状況を考慮して、いかにフィットする機能をいかにつくるか。

二つ目の壁は、「プロダクトの仕様検討」に関する壁です。先ほどもお伝えした通り、「atama+」の導入により既存の業務フローを変更する必要があるため、同じように仕様を変える時もその影響範囲を考慮しなければいけません。しかも、現場の状況はそれぞれ異なる中で、活用される機能をつくるのはとても難しいです。とはいえ、プロダクトの個別最適化をするとスケールしない。バランスを取りながら、現場の課題にフィットする機能を生み出さなければなりません。

仮に現場の課題にフィットする機能ができたとしても、それだけでは不十分。いつリリースするのか、どう展開するかも、その後の活用状況に影響を与えます。このあたりを考慮したプロダクトの仕様検討のプロセスが必要です。

これらの課題に向き合うため、2つ工夫していることがあります。

一つ目は、「デュアルトラックアジャイル」という、チームで試行錯誤しながらソリューションを見つけていくアプローチです。仕様検討と実装のチームが中心になって、「ディスカバリー(仮説検証)」と「デリバリー(開発)」を行っています。「ディスカバリー」は、ある課題に対するソリューションを見つけるための活動で、最小のコストで最大の学びを得ることを目的にしています。一方、デリバリーは、ある程度確からしい機能をプロダクトを通してユーザーに提供することで、一定規模の学びを得ることを目的にした活動です。

複雑な状況を踏まえた機能検討が必要なので、開発メンバー自身が直接顧客とコミュニケーションを取りながら機能を検討し、早くいろいろな仮説をぶつけながら、少しづつ前に進めていくアプローチが有効だと考えています。

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もうひとつのアプローチとして、リリースプランニングを入念に行っています。とくに塾は4月や夏休み明けのタイミングで生徒が入れ替わるので、新しい取り組みができるチャンスです。検討はアジャイルに進めつつ、最後にリリースをするタイミングは狙いを定めるようにしています。

リリースする際には、顧客への伝え方も工夫するようにしています。カスタマーサクセスチームと一緒に顧客に展開する資料作りのサポートなど、ちゃんと活用してもらえる状態をつくるために機能開発以外の部分も含めて検討しています。

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あらゆるアプローチで、適切な評価指標をつくりにいく。

最後は、「プロダクトの効果測定」における壁です。プロダクトに関わる登場人物が多く、相互作用しながらプロダクトを使っているので、データだけを見ていても、どこをどう改善したら、どう使い方に良い影響があるのか把握しづらい状況でした。

解約率や学力向上など、事業上の重要指標はあるのですが、様々な要素が絡み合う中で影響が間接的であることが多く、プロダクトの改善の影響を科学することが難しい。こうした状況を踏まえて、私たちは2つのアプローチで効果測定しています。

一つ目は、「定性の情報と組み合わせる」ことです。プロダクトを上手く活用している教室にヒアリングしたり、現場を観察させていただいて、効果につながるプロダクトの活用ポイントを特定していきます。それと合わせて、実際にどんな機能がどのくらい使われているのか、プロダクトから得られる定量データと照らし合わせることで、モニタリングする指標を少しずつ見つけていきました。これによって個々の施策ベースではなく、俯瞰して各塾や教室ごとにプロダクトの活用状況の健全性を大まかに評価できるようになりました。

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もうひとつは、「プロダクトの中でだけでは取れない情報を泥臭く集める」ことです。たとえば、試験の結果などは、プロダクトの中で把握できません。そういったプロダクトの「外」にある情報をお客さんに協力をお願いして、把握できるようにしています。

プロダクトの中のデータと外のデータを分析することで、関連性が分かり、改善の方向性が明確になっていきます。まだまだ進化の途中の取り組みで、少しずつ改善している状況です。

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ものごとの多面的な把握と、一貫した方針・戦略を両立させていく。

ここまで、「atama+」のプロダクト開発をする上でぶつかってきた壁と、それに対する取り組みを紹介してきました。最後にまとめると、共通して重要な要素は2つあります。

一つ目は、ものごとの多面的な把握です。課題の把握を、生徒、教室、塾・予備校それぞれのレイヤーに分けて全体像を捉えたり、顧客のオペレーションを詳細に理解した上で機能を検討したり。定量的な情報と定性的な情報を組み合わせて把握したり。ものごとを一面的にとらえるのではなく、多面的に捉えて全体像を把握することが大事だなと思います。

二つ目は、一貫した方針・戦略です。いろいろな課題を多面的に捉えた上で、戦略を決めるために取捨選択をしていかなければなりません。一つのプロダクトとして提供しているので、ブレないコンセプトや一貫した評価指標をつくる努力がとても重要です。

この二つを両立させることはなかなか難しいことですが、ミッションの実現を第一におき、一次情報を解像度高く理解するatama plusのカルチャーが下支えしているのではないかと思います。

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(終わり)


編集 = 野村愛


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