2022.02.16
ジョブズの助言でエコシステムを創出。セールスフォース・ドットコムが市場の覇者になるまで。

ジョブズの助言でエコシステムを創出。セールスフォース・ドットコムが市場の覇者になるまで。

セールスフォース・ドットコムが提供する、法人向けSaaSマーケットプレイス「AppExchange」。約15年前にローンチして以来、5000以上のビジネスアプリが並ぶエコシステムへと成長している。AppExchange 誕生の裏側、戦略について、総責任者 Woodson Martin(ウッドソン・マーティン)氏が語った。

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※2021年12月9~10日に開催された【PRODUCT LEADERS SALON 2021】より、セールスフォース・ドットコムのプロダクトマネージャーWoodson Martin(ウッドソン・マーティン)氏のセッションをお届け。書き起こし形式で編集したものをお届けします。

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【スピーカー】Woodson Martin SalesforceEVP and GM, AppExchange at Salesforce(画像 右)
2005年にプロダクトマネージャーとしてSalesforceに入社し、現在はSaaSマーケットプレイスのリーダーとして「AppExchange」のビジョンや戦略をリード。創業7年目にBtoBプラットフォームエコシステムを構築することを決断したSalesforceで数千社におよぶ世界中のテクノロジーパートナーのオンボード、Enablement、Go-To-Marketを支援してきた。

【モデレーター】Ken Wakamatsu 株式会社metroly CEO / CPO(画像 左)
⽶国カリフォルニア州オレンジカウンティ⽣まれ、カリフォルニア⼤学バークレー校出⾝。⼤学卒業後、エンジニアとしてMacromediaに⼊社。その後、Kodak、Adobe、Ciscoを経てSalesforceに⼊社。2016年、Salesforce Japanに出向し、プロダクトマネジャーの責任者として、プロダクトマネジメントチームを⽴ち上げる。 2020年、AI交通費精算サービスを提供する株式会社metrolyに参画。20年以上SaaSを中⼼としたプロダクト開発で培った知⾒を⽣かし、経営とプロダクトの責任者としてタイムマネージメントのアプリケーション「Time Insights」の開発に向き合っている。

目次
・AppExchange誕生秘話
・上場直後のセールスフォース・ドットコム
・パートナーが参画するメリット
・新規顧客とマーケットの開拓
・AppExchangeのチーム体制
・エコシステムを強固にする「Trailblazers」
・今後のビジョンとロードマップ
・AppExchangeに取り組む醍醐味
・エコシステムを構築していきたい企業へのアドバイス

AppExchange 誕生秘話

まずは自己紹介からお願いします。(※聞き手:Ken Wakamatsu氏 日本CPO協会 代表理事)

本日は素晴らしい機会をありがとうございます。私はウッドソン・マーティンです。セールスフォース・ドットコムで AppExchange の GM を務めています。勤続17年目で、AppExchange の始動とほぼ同時期に入社し、これまでに14の職務を担当しました。直近3年間は、AppExchange に携わっています。

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AppExchange についてカンタンに説明をお願いします。

AppExchange*とよく似たものに、アップルのApp Store があります。iPhone というプラットフォーム上で、サードパーティーが作ったアプリを市場に提供するのがApp Store です。AppExchangeも同様の仕組みです。

*AppExchange について
Salesforce 向けに開発された専用のアプリケーションストア。営業、マーケティング、カスタマーサービスなど部門ごとの業務に特化したものから、製造、不動産、金融、小売りなど業種別のものまで、幅広いカテゴリや業種に対応したアプリケーションが揃っている。アプリをインストールすることで、Salesforce の機能を拡張し、アプリを利用してビジネスを発展させることができる。

AppExchange のパートナーはCustomer 360 というプラットフォーム上でアプリケーションを構築し、AppExchange を通じてアプリを提供します。彼らの成功をサポートする「パートナープログラム」があり、顧客の紹介・市場進出やカスタマーサクセス構築の支援を行っています。

ありがとうございます。アップルといえば、ちょっとした逸話があるんですよね。

じつはアップルの創業者 スティーブ・ジョブスは、セールスフォースのCEO マーク・ベニオフのメンターでした。2003年、彼がスティーブ・ジョブスに会ったときに、こう言われたそうです。

発展的なプラットフォームであることを市場に証明するには、クラウドを取り巻くエコシステムが必要だ」と。マークはこのアドバイスをきっかけに、AppExchange の構想を練り、2006年に始動しました。

その後、2007年にアップルは iOSとiPhone 向けにApp Store を立ち上げています。マークはアドバイスのお礼として、AppStore.comのドメイン名をスティーブ・ジョブズにプレゼントしたそうです。

上場直後のセールスフォース・ドットコム

セールスフォース・ドットコムが上場したのは2004年頃、 AppExchange の発表はその直後でした。プラットフォームの構築には時間やリソース面で多くの投資が必要となるのに、早い段階からリスクを取り、着手しています。当時は、どういった状況だったのでしょうか?

保証のあるビジネスなんてありえません。努力と注力が全てです。

さきほどのスティーブ・ジョブズのアドバイスを受けて、マークはチームと共に戦略構築に取り組んできました。Salesforce を単なるセールスチームの管理に使えるCRMではなく、顧客がアプリケーションのカスタマイズや新規構築ができるプラットフォームにしようと考えていました。

当時、スティーブ・ジョブズや多くの顧客との会話から、世の中のCIO(Chief Information Officer:最高情報責任者)が弊社のプラットフォームの採用を本格的に検討していることをマークはよく理解していました。 彼らは他のCIOがプラットフォームにどのくらい期待を寄せているのか、弊社のエコシステムやプラットフォームを利用するかについて関心を寄せていたそうです。そこでセールスフォース・ドットコムの「やるべきこと」が明確になったのです。クラウドのプラットフォームとして成功すること。そのために、技術提携を進め、その状態を維持していくためにプラットフォームを構築していくことです。

最初は小規模で、Sales Cloud アプリケーションやService Cloud アプリケーションに近い技術を持ったパートナーが早期に導入しました。現在ではAppExchange でビジネスを構築し、 成長させ 、IPO を成功させ、継続的に投資を行っている上場企業がたくさんあります。 

現在のような盛況なマーケットプレイスになるまでは険しい道のりでしたが、 今では多くの企業が倣おうとしてくれています。現在の主要なクラウド企業にはスタックの一部としてマーケットプレイスがありますが、AppExchangeを発表した弊社が提供するのは統合型テクノロジーを購入するオンラインのマーケットプレイス以上のものです。こうしたパートナーシップと弊社プラットフォームを中心に、顧客の成功の支援に向けた全方位型プログラムも構築しています。

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AppExchangeにパートナーが参画するメリット

AppExchangeのパートナーやアプリケーションの登録数はどのくらいあるのでしょうか?

現在、すぐにインストールできるアプリケーションは約5,000個あります。コンサルティングパートナーは約2,000社が登録されていて、今もなお成長を続けています。

何千ものパートナーにとって、AppExchangeのメリットとは何でしょうか?

パートナーが利用する理由は大きく2つあります。

1つ目は技術です。 セールスチーム、カスタマーサービス、マーケター、 EC サイト、経営者などのためにアプリケーションを構築する場合、弊社のプラットフォームではすでに何百万ものユーザーが存在する市場が確立されているため、プラットフォーム上で自社と弊社の技術統合や自社の技術構築をすればすぐにでも市場参入が可能です。

2つ目は、顧客との関係性です。セールスフォース・ドットコムでは世界中の様々な業界の何十万もの企業と直接的な関係を構築するべく、多大な投資を行っております。弊社のマーケットプレイスを通じて、市場に参入する際にはこうした関係を活用することも可能です。

他にも様々なメリットがあります。AppExchange リストへの掲載、顧客や見込み客がアプリケーションを知るために参考にできるカスタマーレビューの提供など。パートナーのために、日々AppExchange は革新を続けています。

エコシステムの構築には「顧客が利用できるアプリケーションが必要だ」という話をしました。当初、Salesforce Labsでアプリケーションを構築していたそうですね。

Salesforce Labs とは、弊社スタッフが構築したアプリケーションを無料で提供するものです。 コマースからセールス、マーケティング、 カスタマーサービス、プロジェクト管理等様々な分野のアプリケーションがあり、現在約500のソリューションがあります。

弊社のお客様の91%以上がAppExchangeのアプリを利用し、お客様がAppExchangeを知るきっかけとなっています。

新規顧客とマーケットの開拓

当初想定していなかったアプリのユースケースを目の当たりにすることもあると思います。エコシステムをビジネスとしてどのように捉えていますか?

OEM パートナーが新たな顧客や市場を開拓した事例としてLitifyを例に挙げましょう。

Salesforce ではCRM アプリケーションを様々な業種業界の企業に販売していますが、とくに法律事務所は専門的なニーズがあるため、サービスの提供に力を入れてきませんでした。しかし、それをチャンスと捉えたエコシステム内の賢い起業家が、法律事務所の管理支援アプリケーションを提供する会社を設立しました。それが、Litifyです。

彼らは我々がターゲットになるとは想像もしなかった市場で販売し、世界的な成功を納めています。こういった事例が無数にあり、パートナーたちには毎日のように驚かされています。

アプリの構築を行う企業に対して、セールスフォース・ドットコムが投資することもあるのでしょうか?

15年ほど前に「Salesforce Ventures」というベンチャー投資部門を立ち上げていて、多くのパートナーに対して投資しています。その他にも、Salesforce に関連のある企業や、補完関係にある様々なエンタープライズテクノロジーに投資しています。弊社のプラットフォームを利用した技術革新で、お客様に利益をもたらしている企業への支援は快いものです。

AppExchangeのチーム体制

AppExchangeのチーム体制についても伺いたいです。ここまでお話を伺っていると、セールスフォース・ドットコムの中でも独自のエンジニアリングチームやマーケティングチーム、カスタマーサクセスチームなどが必要だと感じます。実際にはどのような体制になっていますか?

AppExchangeはSalesforceからは独立したビジネスではありますが、内側ではしっかりと統合されていて、各チームが連携を取り合っています。

エンジニアリングチームでは、パートナーが取引を行い、お客様にアプリケーションを提供するためのプラットフォームを開発しています。

マーケティングチームでは、AppExchangeのアプリをお客様に販売するサポートをしています。弊社には主要パートナーとの共同マーケティングプログラムのほか、マーケットプレイスに登録して間もないパートナーの製品発表や顧客ベースへのアクセスを支援するプログラムもあります。マーケットプレイスの成長促進のために、さまざまなアプローチを実施しています。

テクニカルエバンジェリストも存在します。パートナーと直接やり取りをしてアプリの構築や新技術の導入を支援しているのです。エコシステム内にあるパートナーに向けた技術とその有効化こそが運営上非常に重要です。

パートナーとのやり取りを通して関係を構築し、契約を締結して企業間の取引関係を管理するアカウントマネージャーもいます。

エコシステムを強固にする「Trailblazer」

Salesforceのようにエコシステムを構築したいという企業も多いと思います。エコシステムを機能させる上で、重要な要素はなんでしょうか?

よくいただく質問のひとつです。Salesforceのエコシステムを機能させている最も重要な要素は、「Trailblazer(トレイルブレイザー:先駆者)」です。Trailblazerとは、ユーザー企業内でSalesforceの活用を推進する担当者のことを指します。

あらゆる業界、 国、規模のビジネスにおいて、何百万人ものTrailblazerがSalesforce を自分のビジネスに活かしてくれています。彼らの情熱 、イノベーション精神がエコシステムに加わることで、パートナーが自社のプロダクトで培ってきた新しいアイデアが日の目を見ることができます。そして、ユーザーから得たフィードバックをもとに、パートナーはビジネス成功の道を開くことができるのです。

エコシステムを構築する上で、考えるべきはマーケットプレイスのプロバイダー側をまとめる方法だけではありません。自社のプロダクトやプラットフォーム、マーケットプレイスを中心としたコミュニティを作ること。成果につながるイノベーションやパートナーシップを促進していくことです。

知識やスキルを伸ばし企業や社会へ貢献している人には、オリジナルの黒のパーカーをプレゼントしています。特に目立った貢献をした場合には、コミュニティ全体のお手本になったことを称えて、ゴールドのパーカーを差し上げています。

今後のビジョンとロードマップ

AppExchange の発表から約15年が経ちます。現在描いているビジョンやロードマップについてお聞かせください。

弊社にとってAppExchange は、これまで以上に重要な存在になっていきます。COO のブレット・テイラーはAppExchange が、常に最強の差別化要素になると述べています。競合他社がその技術を真似できたとしても、 エコシステムまで真似するのは困難ですから。

エコシステムの成長と維持には、Salesforce の価値提供が不可欠。そのためパートナーや顧客が使用できる新しい技術の導入に常に投資しています。自社開発のイノベーションや AWS 等の非常に重要なパートナーを含む技術提供に加え、 Slack のように買収によるものもあります。

カスタマーエクスペリエンスにも継続した革新が必要です。 最新機能の一つがAppExchangeチャットです。ソリューションを作った代理店とリアルタイムでやり取りすることができます。お客様をサポートする素晴らしい方法です。DreamforceやWorld Tour等の大規模イベントの展示会場にあるブースで行うやり取りを、今ではApp Exchangeのマーケットプレイスで、パートナーと直接行えるようになったのです。顧客向けのエクスペリエンスとパートナー向けのプラットフォームに継続的に投資し、 パートナーが顧客を成功に導くためのつながり作りをサポートしています。

AppExchangeに取り組む醍醐味

これほど多種多様な会社と関わり、様々なビジネスに触れられるというのは素晴らしい仕事だと思います。Woodsonさんにとって、AppExchangeに取り組む中での醍醐味はなんでしょうか?

私は非常に幸運です。最高の仕事をさせてもらっていると思います。それはなぜかというと、 数多くのビジネスに首を突っ込むことができるからです。 2〜3名規模の非営利団体から世界で最大規模の金融機関まで、数多くのビジネスや様々な領域で仕事をする機会に恵まれています。

AppExchangeでは退屈な日なんてありえません。あらゆるプロダクトチームと一緒に仕事ができてとても楽しいです。また、現在のプロダクトリーダーは誰しも自社プロダクトを取り巻くエコシステムが必要であることを理解しています。

また、弊社かパートナーかにかかわらず、お客様はどのプロダクトマネージャーにも同じように要望します。問題を解決してくれる人を探しているのです。境界線やエンタープライズソフトウェアはありません。

ソフトウェアのエコシステムを成功させるには、コラボレーションとパートナーシップの精神が必要です。すでに構築されたものを市場に投入するだけでなく、ソリューションの未来を見据え、新たなギャップを埋めたり、顧客から寄せられたアイデアの実現に向けての協力方法を検討することが大切です。それがこの仕事の醍醐味でもあります。非常に難しいですが充実感があり、うまくいった時にはやりがいが感じられる仕事です。

エコシステムを構築したい企業へのアドバイス

最後に、独自にアプリケーションエコシステムを構築し始めている企業へアドバイスをお願いします。

信頼性を重視することです。マーケットプレイスは信頼があってこそ成り立つものですし、パートナーが運営側を信頼してこそ成り立つものです。私たちは信頼を維持するためにお客様やパートナーとの関係だけでなく、技術面にも莫大な投資を行っています。

マーケットプレイス上のすべてのアプリケーションを確認し、情報セキュリティやプライバシーに関する弊社の基準を満たしていることを確認することでお客様が安心してアプリケーションを使用し取引できるようにしています。

また、価値の方程式を正しく理解することも非常に重要です。

・なぜ顧客はあなたのマーケットプレイスやプラットフォームを選ぶのか。
・なぜパートナーはその環境を選び、ビジネスを運営するのか。
・あなただけが提供できる、他社にはない独自性は何か。

焦点を当てるべきは、マーケットプレイスの拠点や中心点として提供できる「独自の価値」を生み出すことです。

(おわり)


編集 = 野村愛


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